この無慈悲な世界に哀しみの雨(ブラッドレイン)が降り注ぐ

涼風 しずく

地獄と希望

―――― 「うわぁぁぁぁ!!!!」


僕の眼球に針が突き刺さる。頭が破裂しそうなその痛みに僕は気絶寸前だった。


しかし、それを良しとしないカルロットは、部下である拷問が大好きなサイスに、針を抜くように命令する。


針が抜かれた僕の片目は、ジンジンと熱く脈をうっている。視界は漆黒に染まっていた。


しかし、それもつかの間。その激しい痛みはピタッと治まる。それと同時に視界も戻っていく。


「はぁ、はぁ、」


僕は荒い息を整えながら、カルロットの不適な笑みを見つめる。


「う~ん。これはいまいちだったか。なにか、もっと面白そうなもんはないか?」


カルロットは不服そうに深いため息をついている。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう。指をゆっくり、ゆーっくり切り落とすというのは」


サイスは腰からナイフを取り出すと、刃の部分を舐めるように見ている。


「ゆっくりか。それもいいかもしれんが。あくまでもゆっくりだぞ、ちょっとでもナイフを止めれば、こいつの傷は治ってしまう。それじゃ、つまらん」


カルロットは金で出来た椅子に、ふんぞり返りながらワインを嗜んでいる。


「や、やめろ!やめろ!!」


僕は必死に抵抗をする。しかし、両手を手錠と鎖で固定された僕は、ただただ無力だった。


「よし、サイス。早く始めろ」


「はい!よろこんで」


サイスは不気味にライトで反射するナイフを僕に近づける。


「やめろーーーー!!」


僕のその悲鳴は、屋敷中に拡がって虚しく反響していた。


―――― 「ほら!はいれ!」


僕は自分の個室である牢屋に放り込まれる。今日もやっと、カルロットたちは満足して僕を解放した。


僕は冷たい牢屋の石の床に横たわりながら、救いようのない自分の人生を恨んだ。


「アスカ?大丈夫?」


すると、僕の牢の正面にある牢から、セルシアの心配そうな声が聞こえてくる。


「セルシア。あぁ、僕は大丈夫だ。セルシアは?今日は何もされてない?」


「え?あ、うん。大丈夫だよ。それより、アスカの方が心配だよ。明日は私が代わりに相手をするから、アスカは」


「セルシア!僕は大丈夫だって言ってるだろ!明日も、明後日もこれからずっと、僕があいつらの見世物になる。だから、セルシアは心配しないで」


セルシア。彼女と出会ったのは丁度1年前ぐらいだった。彼女も僕と同じく奴隷として売られていた。


彼女は、カルロットの玩具として買われたのだ。僕は拷問用の玩具。セルシアは欲求を満たす玩具。


初めは彼女は口を開くことなく絶望に満ちていた。僕だって彼女と出会うまでは何度も死のうと思った。


でも、死ねなかった。それは、この体のせいだ。僕は他のものより特殊で、かなりの治癒力があった。指を切られれば、数秒でまた新しい指が生えてくる。


カルロットたちにとっては、何度痛めつけても、まった新品に戻るのだから絶好の玩具だった。


「アスカ!きっと。もう少しで奴隷制度が廃止される。それまで、二人で絶対に耐えぬこうね」


この国の制度は今、大きく変わろうとしていた。新しい国王が奴隷制度の廃止を掲げたのだという。


つまり、僕たちのような哀れな魂を救う、唯一の希望というわけだ。僕はその制度が確立するまで、セルシアと励まし合い、この地獄を耐え抜こうと決めていた。


「セルシア。自由になったら。この国の隅から隅まで一緒に見に行こうね」


それは僕の大きな夢だった。この国を大好きな人と旅をする、そんな幸せがもうすぐ来ようとしているのだ。


「うん。絶対だよ!約束ね!」


セルシアは牢越しに僕に笑いかけてくれる。


「うん!約束だ」


僕は、そこで会話を打ち切り、仰向けになって暗い牢の天井を見上げる。


そもそも、こんなことになったのは、一年前。あの、出来事からだ。


―――― 僕は、普通に高校に通う17歳だった。その日もいつもと変わらずに、通学路を歩いていた。


途中、大きな交差点に差し掛かる。僕は交差点の信号が赤になったのを確認して、歩くスピードをゆっくりと落とし始める。


交差点には先に小学生が一人信号を待ちをしていた。この後起こる悲劇を僕はまったく予想なんてしていたかった。


僕は小学生の後ろに並ぼうとさらに、歩くスピードを落とした。その時だった。まだ、交差点の信号が赤にも関わらずに、前方から、夏だというのに長袖長ズボンの男が歩いてきたのだ。


僕にはその男の手がなにやら光ったように見えた。僕は気になりよく目を凝らしてみる。


「あ!」


そして、それに気づいたときには、僕は小学生の目の前に入り込んでいた。


その瞬間、腹部から熱いものを感じた。僕の視界の先には赤いものが目にはいる。これは血だ。僕の腹部から流れ出している。


「きゃーーーー!」


すると、周りからそんな悲鳴があがると僕は力なくその場にたおれこんだ。


その悲鳴に驚いて、長袖長ズボンの男はその場から走り去る。僕を突き刺した包丁を手に持ったまま。


そう、僕はあの時気づいたのだ。男が包丁を手にしていること、このままだと小学生が危ないということ。


僕は咄嗟に小学生を庇い、そして見事に腹部を刺されたってわけだ。


まさか、自分の最後がこんなにカッコいいものになるとは。これじゃヒーローみたいだな。小学生を守って自分が死ぬなんて。


あれ?死ぬってこんな感じなんだ。こんなに呆気ないんだ。こんなに怖くないんだ。それほど、僕は退屈な人生を歩んできたということなのだろうか?


あぁ、空が青い。憎いほどに青い。あそこに今から行くんだな。天国ってどんなところなんだろう。いや、僕はもしかしたら地獄に行くかもしれないな。


まぁ、いいや。もし、来世があるというなら、もっと、かっこ良く、優しい男にしてくれよ神様。


僕は遠くなる意識の中、哀れな自分に少しだけほくそ笑んで、その呆気ない人生を終えた。


そのはずだった。次に僕が目を覚ますと、暗い部屋の中にいた。あれ?ここはどこだろう?僕はさっき死んだんじゃ?


「おお、やっとおきたかい?」


すると、僕の右の方から、少ししゃがれた男の声が聞こえてくる。


「え?」


「君はなかなか面白そうな体をしているみたいだね。瞬間治癒力か。これは高値がつくかもしれないね」


その声はいきなりとんちんかんな事を口にする。


「え?何をいってるんだ?」


「ふん。まだ、話すぐらいの気力はあるか。ますます高値がつきそうだ」


高値がつくだと?何の話をしてるんだ?


「おい、訳の分からないことをいってんじゃねぇよ!お前は誰なんだ!?」


「生意気な口も高品質の証拠だ。それと、仕事柄、名前は言えないのだよ」


男はフフンと鼻で笑っている。


「は?だから何をいって?」


その時、僕は異変に気づいた。足がなにやら重い。それに手も自由に動かない。僕は拘束されていた。


「おい!なんだよこれ!はやく外せよ!」


「うるさいぞ!まぁ、勢がいいのはいいのとだ。お前みたいな奴隷はそうはいないからな」


は?奴隷?


「ははっ!奴隷?なんだよそれ?そんなのこの国で許されているわけないだろ?何をいってんだか」


「は?お前こそ何をいっているんだ?ここ、マーラー国では奴隷なんて、息をするように当たり前ではないか?うむ、少し頭は悪いみたいだな。となれば、カルロットの奴にでも売り渡すか」


男のその言葉に耳をうたがった。ここは、日本じゃないのか?マーラー国?そんなの聞いたことがない。


それに、僕は確かにさっきまで日本にいたはずだ。なのに、これはどういうことだ?


僕は死んだんだ。確かに死んだんだ。そして、聞き覚えもない国。もしかして、これって。


小説でも読んだことがある。映画やアニメにだって多く存在する。俺は、異世界に転生してしまったらしい。



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