炎の騎士伝

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動き始める者達

帝歴403年7月19日 午後8時頃

 帰り道の途中、見知れた者を見かけた。フードを被った者、サリアにいた頃に私へある依頼をした者だ。
 そいつは私を探していたのだろうか、俺を見つけると手招きをする。現状の報告、私はその為に奴と話す必要がある。
 路地裏に入ると、人影は無く静まり返っていた。夜の薄暗い明かりに照らされているフードの者は私に話掛ける。
 「随分と派手にやりましたね、ラウ。」
 声からして恐らく女性、しかし顔はフードに隠れ目視は出来ない。
 「大した問題では無い、それにこれはお前の指示であろう。私の言葉が真実と確かめる方法としてな……。」
 「そうでしたね。信用には足りましたか?」
 「足りたと判断出来たのだろう現状としてはな。今日の記事は彼女の事で盛り上がりを見せている。故に私に関する記事はほとんど無いのだからな。」
 俺は端末に表示されている今日の記事を見せた。
 謎の天才美少女剣士、八席を破ると大きく表示されている。
 「そうでしたか。では依頼の件は引き受けてくれますか?」
 「いや、受ける上での判断材料としては足りないのが現状だ。更に貴様が本当に奴であるならば、仮に彼女を殺したとしても利点は無い。お前がよほど気に掛けているシラフという者にとっては特にな。」
 「私の目的の為には彼女が死んでもらう必要がある可能性がある事、それだけです。」
 「必要である可能性……。彼女は確かに危険な存在だろう……しかしそれだけで彼女を殺せば祖国のサリアはどうなると思っている?彼女の存在がどれほどサリアにとって大きいかはお前が重々理解しているはずだ。」
 「随分と彼女の方を持つんですね。」
 「お前が彼女を殺す事に固執している理由が知りたい。我々にとっての利点はあるのか?それに成功の報酬についても闘武祭とやらで優勝すれば手に入る事が分かっている。それについてはどうするつもりでいる?」
 「それは私の誤算ですね……、確かにあなたの実力なら問題無くあの大会で勝てるでしょうから。」
 「お前の目的は一体何だ?」
 「今は話す必要はありません。いずれあなた自身が分かる事ですから。」
 フードの者が立ち去ろうとすると、フードの者は何かを落とした。金属製のペンダント、いや銀製の懐中時計だろうか。それを見られたフードの者は急いでそれを拾った。数秒の事だったが拾ったそれは古びており、かなりの年代物と思える。
 「それは見られては困る物か?」
 「……。」
 フードの者はただ黙っている。無言の肯定だろう。
 そしてフードの者は、落ち着いた口調で淡々と話した。
 「今見た物と同じ物を彼が持っています。」
 「持っている……。何故そう言えるんだ?」
 「いずれ分かります。」 
 そう言い残すとフードの者は去って行った。
 目的が不明、しかし何かが引っかかる……。何故奴はそこまで彼女を殺す事にこだわるのか……。そして、奴はいずれ分かると告げた。
 つまり私と彼等はある程度の関わりがある事、それだけは確かかなのだろう。
 


帝歴403年7月22日
 
 今日は移動教室などは無く、そのまま自分の組での授業だ。
 今、俺の目の前には教師が数学の問題とそれの解説が黒板に板書している。目の前の式は難しいが……いや難しかったの方が正しいだろう。
 サリアにいた頃、家庭教師はこそ付かなかったが俺はそれなりに自分で勉強に取り組んでいたのだ。小さい頃から対して力があった訳でも無かった俺は、力が無い事を補う為に勉強には特に熱心に取り組んでいた。
 今もそれは続けている。それが功を差したのか目の前の問題に関して、俺にとっては難題という訳でも無い。午前の授業も最後を迎え、前の生徒の何人かは教室の時計を見るなり今か今かと鐘が鳴るのを待っているように伺える。
 「シラフ?授業聞いてるの?」
 俺の隣に座っているクレシアが小さな声で俺に話し掛けた。
 「一応聞いてる。」
 俺も同じく小さな声で彼女に応えると、小さく頷き視線が黒板へと戻る。
 学院編入四日目、俺はクレシアのおかげで難なく学院生活へと馴染み始めている。この前、八席であるラノワさんと姉さんが試合をした。結果はラノワさんの降参により姉さんの勝利だ。その事により姉さんの名前は学院中に知れ渡っている。まあ、知れ渡っているのは実力以外もあるが……。
 俺はあの日の夜に姉さんに電話を掛けた。あの力が何なのかを知るために………。そして姉さんはそれに簡潔に答えた。

 「いずれ話すよ。今はその時じゃないから……。」

 そう姉さんは言った。いずれ……つまりいつかは話してくれる。それがいつになるかは分からないが……。
 そして気になるのは、奴等の事だ。例の二人、ラウとシンである。あの者達の目的の一つに姉さんを殺す依頼がある事、そしてあの二人の本当の目的だ……。更に二人へ依頼した者は俺の顔見知りである事だ。依頼人の事も気になるが、更に二人はある人を尋ねようとしている、元八英傑アルス・ローランだ。
 彼の所在を俺は知っている。何故ならその人は俺達の組の担任教師であるからだ。奴に教えるべきでは無い……いやいずれ奴自身で見つけるだろう。
 もし奴が俺達の敵となれば、その時は……。
 俺が思考を巡らしていると気付けば時間は過ぎ授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いていた。
 教師が授業終了を告げると、連絡は無いのかそのまま教室を出て言った。昼休みを迎えた教室はすぐに賑やかになっていた。
 「シラフ、何か考え事?」
 クレシアが俺の様子に何かの違和感を感じたのか心配そうに話し掛けてくる。
 「まあ色々と……。授業は分かってるから問題無いと思う。」
 「分かってても聞いて無かったんだね。」
 「そうだな……。ここ最近色々とあり過ぎて頭が整理仕切れていないんだよ……。」
 「ルーシャと何かあった?」
 ルーシャの事だと思われていたようだ。まああるにはあるが先程の事とは違う。しかし彼女にその話をする訳にはいかない、
 「別に、あいつとは弁当作って欲しいと頼まれたから昨日から彼女専属の料理人になったくらいだよ……。俺はあと少しで執事か何かになりそうだよ。」
 「料理人って……騎士なのに?」
 「ルーシャはあれでもサリアの王女だ。あいつの身の回りの世話も俺の仕事の内なんだよ。」
 「世話か……。ねえ、シラフから見てルーシャはどんな感じなの?」
 「そうだな……。昔はかなり乱暴だったよ、よく彼女の姉に叱られていた光景を目にしていたな。」
 「乱暴……今とは想像つかないね……。」
 「確かに……。今の彼女は学院でもかなりの優等生で人望が厚く人気者らしい。何があいつを変えたんだろうな……?」
  俺の言葉にクレシアは笑うと、
 「さあね……。シラフ、昼食はどうするの?」
 「今日は先約がいるんだ、午後の授業には間に合うように戻るから。」
 「先約って誰なの?」
 「クレシアなら知っている人だと思うけどな……。ルーシャの妹君、シルビア・ラグド・サリアその人だよ。」
 「ああ……ルーシャの妹か。あの子前に会った事あるけど……どうしてシラフが?」
 「まだ挨拶を済ませていないんだよ。何かと都合が合わなくて、今日やっと予定が取れたんだ。」
 「そうなんだ……。シルビアさんとはいつ以来なの?」
 「去年の夏が最後だったから一年ぶりかな。」
 「へえ、ルーシャの兄弟の人全員と面識あるの?」
 「あるよ。国王陛下や女王陛下、彼女の兄にあたる第一王子から一番末のシルビアまでな。両陛下とその子供五人に面識がある。」
 「すごいね……王族と面識あるのって……。」
 「すごいのは姉さんだよ……。何故か姉さんには両陛下も頭が上がらないんだからな……。」
 「え……どういう意味なの?」
 「そのままの意味だ。それじゃあ俺はもう行くよ約束があるからな。」
 俺は机の中にしまっている二人分の弁当を取り出すと教室を出た。クレシアは色々と疑問に思ってはいるようだが俺は気にせずに歩いていた。
 ●
 俺は待ち合わせの場所である、中庭に入る。
 そこは多くの花に囲まれており、いくつかの休憩場所が用意されていた。屋根があるその場所を見つけると、端末をいじっている金髪の少女が目に入った。少女は一人で座っており一人暇そうにしていた。間違いない、彼女が待ち合わせの人物だ。 
 俺は少女に近づき、話しかける。
 「お久しぶりです、シルビア様。待たせてしまいましたか?」
 俺の声に気付き、ゆっくりと俺の方を向くと笑顔で話しかける。
 「いえ、私も今来た所ですから、気にせずにどうぞ座って下さい。」
 目の前の彼女は小柄で華奢、そして素直で健気な性格だと感じた。姉達がそれぞれ強気な様子に対し彼女は小動物のような印象である。姉妹故かその顔立ちの整い方は変わらずに受け継いでおり自分より三つ年下であるにも関わらず素直に美しいと感じるまでに成長していた。
 俺は彼女の言われた通りに俺は向かいの席に座る。目の前のテーブルに二人分の弁当を置くと一つを彼女に渡す。
 「これが例の弁当です。お口に合えば良いですが。」
 「いえ、ありがとう御座います。それではいただきますね。」
 彼女が俺の弁当を受け取り、蓋を開けた。
 そして俺達は共に昼食を取り俺はシルビアと会話を交わしていた、
 「どうして急に俺の作った弁当を食べたかったんです?」
 「以前ルーシャ姉様がシラフさんの話をしていたんです。彼の作る料理がかなりおいしくてつい食べ過ぎてしまうと……。」
 「そうですか……。」
 「はい。それで私もシラフさんの料理を一度食べてみたいって思ったんです。でも直接部屋に赴くのは時間的に厳しいので……。」
 「それでお弁当ですか……。それでお味はどうでしたか?」
 「はい、とても美味しいです。また機会があったらまたお願いしてもいいですか?」
 「それは何よりです。俺で良ければまた作りますよ。」
 「はい、ありがとう御座います。」
 「それで、俺を呼び出したのはどういう理由で?挨拶だけでは無いと思えるんですが?」  
 「はい……実はこれについて相談があるんです……。」
 そしてシルビアは自分の髪を掻きあげ、自分の耳についているピアスを見せた。
 その金属は青みを帯び羽を模した装飾品と伺える。しかし……俺はこれを何処かで見たことがある気が……。
 「きれいな耳飾りで実にお似合いですが、それが何か?」
 「あの……実はこれ神器なんです……。」
 「そうですか、神器……。って神器?」
 「はい。昨年から姿を消したサリアの秘宝、天臨の耳飾りなんです……。二ヶ月程前のある日、目が覚めたらこれが私の枕元にあって……。何なのか分からず触ったら、突然光を放って……。」
 「なるほど……。つまり……シルビア様は選ばれてしまったんですね……神器に。」
 「はい……。国に返したいですが……返したくても返せなくて……。」
 「そうですね……シルビア様が神器に選ばれたとなれば、つまり……」
 「はい……。神器の契約者は自分の死ぬ時まで契約者である事に変わりありません。そして契約者が死ぬまでその神器に新たな契約者が現れる事はありません。」
 「……困りましたね……。それに十人目となれば……。」
 「四国にとってそれは400年以来の事です。それがあってか辞めたくても辞められなくて……。」
 「…………。」
 「シラフさん……私どうすればいいんですか……。」
 泣きそうな彼女の様子が少し可哀想に見える。
 彼女はサリアの第三王女、王位継承権は一番下とはいえ王族なのには変わり無い。男性であれば剣などを扱う事があるが、女性であればそれはまずない。例外にはあの第一王女がいるが……。
 だが例外は置いて、彼女は剣とは縁遠い人物である事に変わりは無い。小さい頃からの彼女は一応理解している、運動はもとより苦手、力は普通の女性より無いだろう。争いも好まず、いつもルーシャの後ろで隠れていた事を覚えている。
 「…………シルビア様はどうしたいんです?」
 「選ばれたのはその責務は果たさないといけません。でも私は一度も武器を手に取った事も無くて……。それに神器使いのほとんどは闘武祭に出場しているんです……。ですが戦うにしても私には……。」
 「自分は戦え無いと……。うーん、でも戦うとなれば何とかなるかもしれませんよ。」
 「どういう事ですか?」
 「いや、神器の武器と使用する時は契約者の力を最大限に活用出来る形になるんです。だからシルビア様の武器がどのような物か分からない以上それを判断してからの方が……。あのシルビア様の武器はどんな物で?」
 「それじゃあ今から見せますね……。」
 そう言うとシルビアは魔力を高め自分の手の上にそれを出現させた。
 武器に変えるだけでも素質は充分だろう。まばゆい光を放ち現れたのは、白い塗装が目立つ長銃いや大砲とも言える物だった。銃の全長はシルビアの身長の倍以上はあり、さらに銃口の大きさは見た限り約二十ミリ程はある……。
 「…………えっと……その銃には詳しい訳ではありませんが……その規格だと人に使用するのは……。」
 「はい……。多分確実に……。」
 両者が沈黙する。
 シルビアの神器が示した形は、恐ろしく高威力であろう長銃だった。確か帝国時代の資料で見た対物狙撃銃のそれに似ている気がする。まず人に使えば確実に命は無いだろうと感じた。かといって神器それ以外の形を取る訳では無い。目の前の大砲に近いそれはシルビア様の力を最大限に引き出す物なのである……。
 そしてこれは神器。ただの銃なのでは無い、神如き力を行使出来る国の最終兵器のそれだ……。
 俺は思わず頭を抱える。無理だ……、これを使えば確実に死人が出ることに違いない。一国の姫を殺人罪を背負わせる訳にはいかない、絶対に……。
 「シルビア様……さすがにこれは俺の手には負えません。」
 「そう……ですよね……。」
 「姉さんに頼んでみますか?」
 「……シファ様も神器を?」
 「まあな、十剣では無いけど神器を所有している。」
 「そうですか。あの、シファ様と話をさせて下さい。」
 「了解した。」
 俺は自分の端末を取り出し姉さんに電話を掛ける。
 事の事情を姉さんに伝え、後ほどどうするかを検討する。
 それが今できる最善だろう……。

 シラフ達が電話を掛けているその頃、
 「……報告は以上です。」
 「うむ。次、オキデンス代表ムル殿」
 学院の丁度中心部に位置する街、首都ラーク。その中にあるとある建物にてそれぞれの支部の経過報告をしていた。
 そして今オキデンス代表である者が報告を行おうとしていた。
 ムル殿と呼ばれた長髪の男が立ち、話を進める。
 「はい。それでは今月の経過を報告いたします。先日の試合にての詳細が明らかになりましたので報告します。今月19日において行われたラノワ・ブルーム対シファ・ラーニルの試合においてラノワの戦力は瞬間的に五百万を超えていました。これはこれまでの彼の試合においての最高値の記録です。しかし、対するシファはそれを圧倒する実力者であり莫大な魔力の放出のみでラノワの戦意を喪失させた後彼の降参にて試合は終了いたしました。彼女の放出された魔力からの推定戦力は二億五千万以上程と判断。彼女は闘武祭への申請はしておらず彼女の弟であるシラフ・ラーニルも同じく申請していません。」
 この場で最も偉い人物である、学院都市ラークの副理事長アルクノヴァが彼に質問をする。
 「なるほど、確かシラフ殿は十剣の一人と噂で聞いているが、それはどうなのかね?」
 「はい、それは間違いないかと。サリアの国王陛下直々の書類にて彼は十剣の一人だと明記されています。」
 「サリアか……。あの国は異端の集まりに近い……他には何かあるのか?」
 「はい。同じく19日にて戦力の計測を行ったところ推定戦力四千万を超える者が現れたそうです。」
 「出身国と名は?」
 「はい。サリア王国出身、ラウ・クローリア。性別は男、顔と生徒情報については資料の通りです。」
 その名を聞くと、アルクノヴァが不意に呟く……
 「ラウ・クローリア……。帝国の英雄と同じ名を持つ者か……。この顔は確かにあの男に似ている……そして一部彼女の面影を感じる……。」
 「どうか致しましたか副理事長?」
 「いや、問題無い。続けてくれ……。」
 「それでは次に治安状況の報告をいたします……。」 
 アルクノヴァがその後の報告を大して耳に入れる事は無くそのまま会議は過ぎていく。
 
 

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