炎の騎士伝

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災難な再会

帝歴398年8月某日

 「はぁはぁ……。」
 俺は息を切らしていた。両手で持っているのは練習用の木剣、それを杖のようにしながらかろうじて立っている。
 そんな状態の俺に対して目の前にいる途方もない程の美貌を持つ銀髪の女性こと、姉さんは練習用の木剣を軽く扱いこなしていた。
その様子に、いささか腹が立つ。
木剣の重さは練習用という事あってかなりの重量があるはずだ。本物に比べれば遥かに軽いが……。それでも扱うようになるには相当の力が必要だ。
 「シラフはもう降参?」
 「僕は素人だ、あなたとは違う。」
 「そう……連れないね……。君ならいい線いけるかなって思っていたんだけど……。」
 「いずれあなたを越えます、必ず。」
 その言葉が意外だったのか、少し唖然とした表情を見せる。それに対し、文句があるのかと姉さんを睨む。すると、
 「楽しみにしてるよ、シラフ。」
そう言うと姉さんは優しく微笑んだ。

帝国400年6月某日
 
 「っ!」
 金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡る。ぶつかり合う金属は、二本の剣だ。高速の攻防戦が繰り広げられている。
 キンとぶつかり合えば、ジャリィィィンという音が響き剣がいなされその攻撃が離される。その繰り返しだった。
 「っ……。っ!」
 攻防戦がしばらく続くと思えば、終わりは突然だった。
 気付けば既に俺の首元には剣が突き付けられていた。自分の負けを悟った俺は剣を下ろし、
 「参りました……。」
 と、降参の意を伝える。
 相手にその意が伝わると、剣が離れ鞘へと刃が収まった。剣の持ち主は相変わらずその美貌が目立ちつつも、勝ち誇った顔で楽しげに微笑んでいた。
 「今日も私の勝ちだね、シラフ。私が勝ったから、またお菓子作ってよ。」
 「分かりましたよ、作ればいいんでしょ……作れば……。」
 今日も負けた、この人には勝てる気がしない。


 俺の姉であるシファ・ラーニルという人に今までただの一度も勝てていない。そんな日々が、剣を習い始めて5年間ずっと続いていた。俺が十剣に選ばれても、それは変わらなかった……。

帝歴403年7月18日
 学院に編入した初日、俺ことシラフは、色々な意味で人生最大の危機に陥っていた。
 現在俺は学院の寮にいる。寮は学院の生徒達が寝泊まりをする場所で、俺の住む場所となった寮の名前は黒ウサギという少々変わった名前の建物だった。見た目は普通の建物、建物の表札の上にはウサギの像がある。大理石で出来た白いウサギ……。
 何処が黒いんだと言いたいが、そんな事はどうでもいい。今は俺の置かれた状況にある。寮はそれぞれ部屋があり、二人部屋となっている。大抵は男女別々らしいが、俺は男女の部屋を割り当てられた。
 「…………。」
 俺はその女性に頭を悩ましている。目の前の女性はじーっと俺の顔を伺っている。
 なんかすごい見てくる。無言で…………まあ無理も無いだろうな、うん。
 俺の目の前にいる金髪の長い髪が特徴的の女性。普通の男ならまず2度目する程の容姿端麗で清楚な印象を受けるだろう彼女。サリア王国第二王女のルーシャ・ラグド・サリアその人である。
 事の経緯は、校長の挨拶の後だ。姉さんがラノワとの試合を受け入れた後、俺と姉さんは再び車に乗り込みラノワから説明を受けていた。勿論、先ほど述べた寮についてである。 
 「以上が寮での確認事項だ。荷物等は既に部屋に届いているので確認して欲しい。もし間違い等があった場合、私に連絡をしてくれ。」
 ラノワは一通りの説明を終えると、
 「質問はあるかな?」
 「あの、部屋は二人部屋がほとんどなんですよね?」
俺はラノワにそう質問をすると、
 「ああ、基本的に身分家柄関係無くだ。君達には、一人部屋として使用していた者達から無作為に選ばれた者だよ。男か女かは会ってから分かる。私の相部屋の者は、少々片付けが苦手な者だったが……。」
 「そうですか。あの、ラノワさんは俺達のルームメイトでしたっけ……。誰か知っているんですか?」
 「知らないよ、私には知る権利が無いからね。まああまりに問題がある相手ならそれ相応に学院が対応してくれるから問題無いよ。」
 「そうですか……。」
 そして現在、俺はその問題に直面していた。
 「……私に会って何も無いの、シラフは……」
 彼女が俺に話し掛けて来る。普通の男なら喜ぶところだが俺にとってはかなり複雑な心情だ。
 「ええと………久しぶりです姫様……。お元気そうで何よりです。」
 「久しぶりだね、シラフ。会うのは3年ぶりかな?」
 「ええ、そうですね……。あのどうしてここに?」
 「私が学院に在学しているのは知っているでしょ?」
 「知っています。」
 「ここが私の寮部屋なの、シラフはどうしてここに?」
 「いや……だからですね……その……」
 「?」
 「俺もこの寮のこの部屋に住む事になったようで……。」
 「ふーん……。って……シラフがこの部屋に!!?」
 「はい……あの多分荷物届いてますよね?」
 部屋の隅の方には大きな鞄が二つある。旅行用の大きな鞄だ。
 「……確かにあるね……。鞄のデザインがどことなく女性物だけど……。」
 「姉さんと同じデザインなんだよ。」
 「…………。」
 目の前の姫様は少し困惑している様子だ。まあ無理も無いだろう……。何故なら彼女はサリアの王族である。第二王女とはいえ、王族なのに変わりは無いのだ。そして彼女は未婚の女性だ、そんな方と俺のような男が一緒の部屋に住む事になってしまった場合、俺はサリア王国を敵に回す事になる。前回にラウに言った事がまず俺自身に降りかかる事になる。
 俺は自分の血が引いていくのを感じた。

 シラフがそんな思考を巡らしているのに対し、目の前の姫様は……。
 《シラフが私と同じ部屋に……。》 
 ルーシャは目の前の茶髪の青年に目線を向ける。
 目の前の彼は、何かを考えている様子だった。
 《何考えているんだろ、私の事かな?》
 彼がぶつぶつと何かをつぶやいている。それが何かは分からないがルーシャは彼を観察していた。
 《やっぱり、成長しているなぁ……。前は少し可愛いところがあったけど、今はなんかたくましくなっている感じがする。》

 ルーシャとシラフは幼なじみだ。彼が7歳の時、家族を失ってすぐの頃二人はサリアの王宮で出会う。そしてルーシャは次第に彼に惹かれていき幼い頃から彼に対し好意を抱いていた。しかし王女という身分故に彼への想いをひた隠しながら現在に至っている。

 《3年経っただけなのに、もう大人みたいなのか……。何を考えているんだろう……?私の事ならいいんだけど……。》
 ルーシャは彼を見ていた。そんな彼女の様子にシラフは目線が泳いでいる。
 シラフは確かにルーシャの事を考えていたが、その思考は限りなく氷点下に近づいていた。

 さて、どうする。とりあえず、ラノワさんに相談……。いや待て余程の問題が無い場合部屋は変更出来ないんだったはずだ……。これは余程の事だ……うん……そうに違いない。いやでも断られたら、在学中ずっと彼女と住む事になるんだよな……。えっ……俺……死ぬの……。学院卒業後に死刑執行……。十剣になってまだ1年なのに……卒業して21歳で……待ってよ……いや本当に待ってって……。
 シラフの思考は限りなく、負の連鎖に陥っていた。
 「シラフ?どうかしたの?」
 姫様は、俺に話し掛けて来る。そうだ、当の本人に確認して聞けばいいんだ……。それで嫌だと言われれば、この状況をどうにか出来る。
 「姫様、その……俺と同室で住む事に対してどう思います?」
 よし、後は彼女から拒否の言葉を得られれば……。
 「別にシラフなら構わないよ。小さい頃からよく城に泊まっていたし……。」
 嘘だろ……。この状況で拒否しないって……。
 シラフの思惑が歪み始めると、姫様は更に追い打ちを仕掛けた。
 「シラフは私と同じ部屋が嫌なの?」
 「いや……だからですね……姫様は一国の姫で、未婚の女性が男と一つ屋根の下で共に暮らすなど……。」
 「シラフはシファ様と暮らしているよね……。」
 「いやそれは家族だから……。」
 「ラーニル家とサリア王家も家族ぐるみ付き合いだからもう家族同然でしょ……。」
 「いや、だとしても……。」
 「シラフの言いたい事は分かるよ、身分云々とか私が一番分かってる……。」
 「だったら……。」
 「でも同じ部屋になった限り余程の理由が無ければ変更は出来ない事はシラフも分かっているんだよね……。でもそれを分かった上でシラフは私との相部屋が嫌なの……。」
 やばい……この人の目が涙ぐんでいる……。余計にまずい……。
 「いやその嫌というか……何というか……その……。」
 どうする……これ以上はまずい。何かいい理由は……。
 シラフが思考を巡らしていると、気付けば彼女が自分の服を掴み頭を埋めていた……。
 「シラフ……答えて。家柄以外にも、私を拒む理由があるの……。私……シラフに嫌われるような事したかな……。」
 彼女が泣きながら俺に話し掛けた、さすがのシラフもこうなるとは思っおらず、
 どうする……この状況……なんか新婚にして突然離婚話を突き付けられた妻みたいな反応は……。予想以上に面倒だよ……まだ相部屋の方がましに感じるな……。家柄以外だと……何も浮かば無い……まあそうだよなぁ……幼なじみだから大抵の不満は妥協で許せる範囲だからなぁ……。  
 そんな思考を巡らしてシラフ答えをだす。
 「分かったよ、一緒の部屋で構わない。だからそんな泣くなよ……頼むからさ……。」
 俺の言葉を聞くと、泣いていたのが突然収まり……。
 「やっぱりシラフは泣き落としには弱いか。」
 俺から離れると、彼女は微笑み。
 「やっぱりシラフは可愛いね、そういうところは相変わらずかな……。」
 「……俺を謀ったのか……。」
 「そうだよ。でもシラフだって悪い、私に会って無言でずっと考えてばかりでさ……。」
 「だから謀ったのか?」
 「そうだよ。」
 こいつやっぱり面倒だ。学院で少しは大人しくなったと思えば、やっぱり変わって無かった。
 「姫様は相変わらずかよ……。全くかなり焦ったよ……。」
 「姫様って呼ば無いでよ、昔みたいに名前で呼んで。」
 「いや……しかし。」
 「姫を泣かせた騎士として名前を公表するよ。」
 悪魔だ……。
 「分かったよ、ルーシャ。」
 「…………。」
 「ルーシャ?」
 「なんでも無い。」
 「それで部屋の件はどうなんだよ?」
 「私は構わないよ。家柄程度では変更は難しいからね……。」
 「そうですか……。」
 「シラフ、どうかな……少しは成長してるでしょ?」
 シラフはルーシャを見て
 「別に、背が伸びた程度だろ」
 「シラフに聞いたのが馬鹿だった……。」
 「なんだよそれは……。」
 「ねえ、シラフ。リンちゃんは?」
 「リンは姉さんと一緒だよ。」
 「そう……。やっぱりシファ様も来てるんだね。」
 「そうだよ。更に明日、ラノワさんと試合をする。」
 「えっ?今ラノワって言った?」
 「ああ。」
 「あの人、八席の一人で二つ名が魔王っていうオキデンス最強の人だよ。」
 「オキデンス最強か……。」
 「何その、反応は?」
 「いや別に……。相手が姉さんだから結果はもう見えてる。」
 「そうなんだ……。」
 ルーシャがシラフの身に付けている腕輪に気づく。
 「あれ、その腕輪……。」
 「ああそういえばまだ伝えて無かったよな、俺は去年から正式に十剣になったんだよ。」
 「えっ!!シラフが十剣に!!」
  
 そして俺はルーシャにその経緯を話す。そして俺が国でどんな事があって今に至っているのかを……。とりあえず、あの二人については話さなかった。
 
 「そんな事が……。大丈夫なの、だってシラフは……。」
 「剣術と、魔力操作があるからそれなりには戦えるよ。これでも一応強くはなってるつもりだからさ。」
 「そうなんだ……。なら心配ないよね……。」
 ルーシャは少し暗い表情を見せていた。それを見かねてシラフは、
 「そんな心配しなくていいよ、俺だってもうそんなに弱々しくないんだからさ。とりあえず3年ぶりに再開したんだ、夕食作ってやるよ。」
 「シラフが料理するの?」
 「そうだよ、まさか俺が出来ないとでも思っていたのか?」
 「いや、だって……。」
 「日常生活には支障は無いよ、だから心配するな。それより、食べたい物とかあるか?」
 「それじゃあ、鳥肉……。ああ……でも材料買わないと……。」
 「了解、それじゃあ買い出しついでに街の案内頼むよ。それでいいか、ルーシャ。」
 「うん、じゃあすぐに支度するね……。」
 ルーシャに笑顔が戻る。そして彼女が支度を終えると二人は街に買い出しへと向かった。

● 
 二人が買い出しに向かったその頃、シラフの姉であるシファは寮部屋にいた。彼女のルームメイトは、ラウの従者であるシン・レクサスその人であった。
 「ええと、これからよろしくねシン。」
 「はい、よろしくお願い致します。」
 「………………。」
 「………………。」
 二人の会話は続かない。
 「まだ何か?」
 「いえ、特には……。」
 「そうですか、では何かありましたらお呼び下さい。荷物の確認がありますので。」
 そしてシンは部屋の奥へと去って行った。
 「シファ姉、どうするの?」
 「どうするも何も、仕方ないよ。慣れてくればきっと親しくなれると思う……多分……。」
 「そうだといいけど……。」
 彼女達の歪な新生活もまた動き出していた。そしてラウも……

 「君が新しい編入生か?」
 ラウの目の前には茶髪の女性がいる。長髪だが、身だしなみは気にしない性格なのか寝癖がかなりひどく目の下にはクマが見受けられていた。
 「そうだ。」
 「私は、シトラ。君は?」
 「ラウ・クローリア。」
 「クローリア……か。」
 「そうだが、何か気に触ることでも?」
 「いや、気のせいだよ。それで君は何年から編入だい?」
 「四年だが?」
 「そうか……なら私の一つ下か。私は五年だからな。」
 「学年が上だから敬えとでも?」
 「いや別にそんな事は必要無い。自然体でいてもらった方がこちらとしては楽だからね。」
 「そうか……。」
 「でも君……かなりの器だよ。闘武祭には出るのかい?」
 「一応申請はしているが。」
 「なるほど、いい判断だよ。実力があれば単位の免除もある。授業をサボるにはうってつけだからな、私も闘武祭には結構上の部類でその恩恵を受けている身だからね。」
 「そうか。」
 「これでも学位序列7位の身だ。そのかいあって単位の6割程免除されている。お蔭様でこうして外界から避けて暮らせるのでね。」
 「なるほど、世間的でいう引き込もりという物か?」
 「そうだな、私は引き込もりだよ。今朝、また両親から登校しろなどと催促されたばかりでね……。」
 「そうか。」
 「君は話があまり得意では無いようだね?」
 「興味が無い、それだけだ。」
 それを聞いたシトラは突然笑い出した。それが収まると改めてラウに手を伸ばす
 「まあとにかくだ、これから世話になる。よろしく頼むよ、ラウ君。」
 
 謎の引き込もりの女性シトラ。そんな彼女と共に暮らす事になったラウ。彼等の新しい生活が幕を開けるのであった。

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