炎の騎士伝

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プロローグ

 炎に包まれ、燃え盛る屋敷内で一人の男の子が泣きながら走っている。男の子は誰かを探しているのか、誰かの名前を叫んでいる様子に見える。しかし声は俺には届く事は無かった。しかし俺には誰を探しているのかが分かっていた。
 「この先に行くな……。行くんじゃない。」
 心の中で俺はそう念じながらも男の子は屋敷の奥へと走っていく。すると探していた部屋の前に着き、男の子は扉を叩きながら誰かの名前を叫んでいるように見えるが声は俺に届かない。しかし俺は知っている……。
 目の前の光景が移り変わると、部屋の内部が現れる。目の前で男の子は目の前に倒れている人に泣きついていた。その人の顔を今でも俺は忘れるはずが無い、何故ならその人は自分の母親だからだ。
 男の子の声は届かない。そして、間もなく部屋に誰かが入って来る。すると目の前の光景が闇に包まれ俺の意識は途絶えた。
 
 帝歴403年  7月9日 
 
 目を開けるとそこには薄暗い部屋の天井。横を見れば見慣れた机や本棚、家具があった。カチカチと時計の音だけがその空間に響いており、カーテン越しから朝日がおぼろげに差し込んでいた。
 「…………。また、あの夢か……。」
 寝ぼけて、感覚がはっきりとしていない体をゆっくりと起こし、部屋の時計から時刻を確認する。時刻は午前5時前程であり、いつも起きている時刻と変わりは無かった。
 「夢見が悪いな……。」
 カーテンを開け、朝日を部屋に入れる。眩しいとつくづくと思いながら、俺はクローゼットから衣服を取り出し着替えを軽く済ませる。この部屋は二階なので一階降り洗面所で顔を洗い歯を磨く。
 目の前の鏡には寝癖かかっている茶髪の青年がいる。鏡という物は自分を映してくれる物だそうだが自分の顔を見るのはあまり好まない。女性は鏡で常に身だしなみを気にするようだが男の俺には到底わかり得ない。しかし身内が自分以上に身だしなみに疎いので気にして欲しいなと思いながらも俺は軽く自分の寝癖を直すと、朝食の用意をする為に台所へと足を運んだ。すると、野菜の入った籠を持った給仕服の女性が現れる。
 「おはよう御座います、シラフ。今日は新鮮な野菜と卵を仕入れました。本日の朝食は何になさいましょうか?」
目の前で挨拶をした女性はアノラ。この屋敷の主に仕える者の一人で俺はよくこの屋敷内で料理の手伝いを勝手にさせて貰っている。国からこの屋敷に派遣された優秀な人である。
 「卵もあるから……野菜とパンも合わせてサンドイッチはどうでしょう。他には、芋が残っていたはずなので野菜と合わせてサラダなどでは。」 
 俺の言葉を聞いて、頷くと。アノラは、何かを思い出したのか、
 「畏まりました。すみませんがこの場を任せて貰っていいでしょうか。丁度、珈琲と紅茶が切らしていた事を思い出したので倉庫から取り出すまでの間をお願いします。」
 「了解。あと、ハムとか勝手に使っちゃうけど構いませんよね?」
 「構いません、それではお願い致します。」
 アノラが、テーブルに籠を置くと急いで食料庫へと向かった。そして俺は手を洗うと、まな板を取り出しテーブルに置く。籠から野菜を取り出し、軽く洗った後、水を切り包丁で切る。アノラの来るまでにどこまで仕上げられるかと思っている間に手際良く調理は進んでいた。アノラが戻って来る時には、サンドイッチは既に完成しており余った食材で簡単なスープを用意していた頃だった。
 「すみません、後は私が済ませておきますので。シラフはあの人達を起こして貰えませんか。食事は出来たてが一番ですので。」
 「分かったよ。それじゃあ姉さん達を起こしに向かうから、後は頼みます。」
 軽く調理道具の片付けを済ませると、俺は二階に上がり自室の右隣の部屋をノックする。
 「おーい、姉さん起きてる?」
 俺が声を掛けても返事は無い。
 「朝食出来るから、起きて。」
 その声が聞こえたのか、突然部屋の中からドタンという音が聞こえてきた。そして、少しするとドアが開く。
 「朝ごはん出来たの、シラフ……。」
 あくびをかきながら銀髪の女性は俺に話掛けてきた。自分で言うのもあれだが、恐ろしい程の美人だと身内の俺でさえつくづくと思う容姿を持っているが……。
 「姉さん……。寝癖がひどいから直してくれ、それと服のボタンもずれて……その……。」
 流石に酷いと言わざるをえない。髪は嵐が過ぎ去ったかのように荒れ、服装も乱れ服の外から下着が僅かに見えていた。いくら姉弟とはいえ年頃の男を前にその緊張感の無さに呆れそうになる。
 「ああ、ごめんね……。後で直すから。」
 「頼むから、今直してくれ。」
 「はいはい……。」
 そしてドアが閉まる。姉さんは恐ろしい程の美人だが、とにかくだらしない所が多々ある人である。全く、人は見かけによらないとはこの事である。
 さて、語り手である俺も自己紹介をしよう。俺の名前はシラフ・ラーニル。俺はこの屋敷に養子として迎え入れられている、その主はあのだらしのない姉こと、名はシファ・ラーニル。そして彼女にはもう一つの顔がある、このサリア王国において最強と呼ばれる騎士団、ヴァルキュリアの団長である白騎士その人である。
 
 白騎士。それはこのサリア王国において伝説の存在。かつて幾度に渡って来た帝国軍をたった一人で撤退にまで幾度となく追い込んだ人物であり、サリア及び他の諸国においても有名な人物であるがその素性は一切が不明。

 しかし俺はここに暮らして6年目だが未だに本人とは思えない、いや思いたくない。小さい頃から誰もが憧れたあの白騎士が目の前のだらしない姉であるとは思えないからだ。しかし事実、俺は姉さんの負ける所を見たことが無い。俺は姉さんに剣を教わっているが、これまで一度も俺は勝った事が無い。俺は一切手を抜いていない、むしろ本気で向かっている……しかし俺はあっさりと負けてしまう。
 「この人に勝てる人が見てみたいよ……。」
 ため息交じりに、言葉がこぼれる。するとドアが再び開き、服を直した姉さんと、その頭上に羽の生えた小さな少女が現れる。
 「おはようシラフ、全く姉に欲情するなんてどういう神経しているの?」
 「朝から、突然何を言っているんだよリン。」
 羽の生えた小さな少女、そう彼女は一応世で言う妖精である。名前はリーン・サイリス・ノド……。とにかく名前が長いのでリンと呼んでいる。彼女は俺がこの屋敷に来る以前からの付き合いであり、ある意味俺を一番知っている人物だろう。
 「とにかく、朝食出来るからさっさと移動して。」
 「「はーい!」」
 元気よく応えると姉さんの頭の上にリンが乗っかり、二人は階段を降りて行く。
 「全く……。ああ……そうだ忘れ物……。」
 俺は忘れ物に気付き自分の部屋に戻る。ベッドのすぐ横の机の上には銀製の懐中時計、そして赤みを帯びた鈍い輝きを放つ金属製の腕輪を手に取る。懐中時計を首に下げ、腕輪を右腕につける。そして俺はその腕輪を少し眺めた後、その部屋を後にした。

● 
 
 朝食を済ませた後、俺はアノラと共に食器を洗っていた。
 「これは私の仕事ですので、手伝いは不要なのですが。」
 「いいんですよ、俺がしたくてしている事ですから。」
 「それならいいのですが。」
 「それに明日からはしばらくここを離れるので」
 「そういえば、もう明日なのですね。荷造りなどはもうお済みになられましたか?」
 「俺は昨日の内に済ませたんですけど、姉さん達は一切していませんね……。後で荷造りを手伝って貰えませんか?」
 「畏まりました、後で向かいます。それと例の品が届いております。」
 「分かった、姉さん達の荷造りが終わったら持って来てくれ。」
 「畏まりました。」
 洗い物を済ませると、俺は屋敷の外に出る。そして俺は庭に向かう。庭に着くと俺は右腕の腕輪に視線を向けた。
 「早く俺は……」
 目を閉じ自身の精神を集中させる。すると自分の体内から何らかの流れを感じる。姉さん曰く、これが魔力という物らしい。魔力は生命力のような物であり植物や動物、構わずに存在している。微量でもあるが鉱物や大気にも存在している。俺は今、その魔力を高めている。ある程度まで高まった事を確認すると、俺は再び視線を腕輪に向ける。そして腕輪に高まった魔力を注ぎ込ませる。
 腕輪は赤い光を放ち形を変えていく。腕輪はその色味を残し、一振りの剣に変わった。その剣は少し細身で自分の腕程の長さと化していた。剣は自分の目の前で浮遊しており、俺が手に取るのを待っているようであった。
 「…………。」
 そして、俺が手に取ろうとすると剣から激しい炎が巻き起こり俺を包み込む。炎は熱いが、火傷にはならない……。しかし俺の肌からは大量の冷や汗が溢れていた。
 「やめろ……」
 俺の視界がぼやけ、目の前の光景が大きく揺れる。体の自由が効かずそして思わず膝を付いた。
 俺の思考に、恐怖が差しかかる。今日夢で見たあの日の光景が鮮明かつ断片的に。思い出したくない……あの夢を……あの日を……あの炎を……。
 俺を包み込むあの炎は消えない、俺から全てを奪ったあの日の光景は今も俺を苦しめる。脳裏に浮かぶ、叫び声……炎に飲まれ助けを求める人、火傷がひどく元の姿が何であったのか分からない死体の山……。
 「やめろ……やめろ……。」
 俺を包み込む炎は、俺の悪夢を呼び覚まし続ける。拷問に等しいそれに自分が分からなくなりかけたその時……突然俺を包み込む炎は消え去り俺の力がすっと抜けた。地面倒れそうになった瞬間、誰かが俺の体を支えた感覚をうっすらと感じる。そして俺の意識はぷつりと途絶えた。

 「っ……ここは?」
 意識がはっきりせず、誰かの声が頭に響く。体が重く、上手く動かす事が出来ない。
 「シラフの部屋で、私がここまで運んで来たの。」
 意識がはっきりとし始め、俺は体を起こす。俺に掛けられた毛布の上にはリンが寝ている。辺りは日が落ち始めている頃になっており、俺が寝かされたベッドの横に姉さんがいた。
 「また無理をしたよね……。」
 「すみません、また迷惑を掛けました。」
 そう、これはいつもの事なのだ。この腕輪には、強大な炎の力が宿っている。だが俺は、幼い頃に両親を火災によって無くした。その影響からか、俺は今でも炎を見ると恐怖心を覚えてしまう。日常生活は問題ない程度には回復してはいるが、腕輪の力は凄まじく俺は耐える事が出来ない。
 「無理はしなくていいっていつも言っているけど聞き入れてはくれないんだね……。」
 姉さんの心配の声に対し、俺は自分の意見を主張する。
 「俺は自分に与えられた責務から逃げたくありません。」
 言葉を発するが、自分の手は確かに震えていた。過去の事件は今もこうして俺を苦しめる。自分の弱さに涙が溢れそうになる、昔から何も変わってなどはいない……ただ目を背けていただけだと……。
 「シラフは頑張り過ぎだよ……。そんな事を繰り返したら、いずれ自分を壊しかねない。私だって昔から強かった訳じゃないしさ。焦らなくてもいいと思うよ。」
 優しい言葉……慰め……同情……。俺はそれに僅かながら苛立ちを覚え始める
 「そうだとしても、俺は早く結果を出さないといけない。姉さんも分かっているでしょう、この腕輪に選ばれる事の意味をあなたが一番理解しているでしょう。」
 その言葉に対し姉さんは表情を曇らせた。しかし、それでもなお言葉を返そうとする。
 「そうだとしても、私は……。」
 この人は優し過ぎる。今の俺にはそんな甘い言葉がとても嫌に聞こえる。
 「姉さんには返し切れない恩があります。ですが……それ以上俺に踏み込もうとするなら俺はあなたを恨みます。」
 「シラフ……。」
 姉さんと言葉を交わす事が苦痛だった。だから、俺は……
 「今は一人にさせて下さい。」
 震える手を強く握る。俺の言葉とその様子を見かねた姉さんは静かに部屋を去っていく。日は完全に落ち、夜の僅かな光が部屋を照らしていた。
 「俺は……どうして前に進めないんだ。これじゃあ俺は昔と何も変わっていない……」

 自分の弱さが嫌になる。その憤りの感情がこの時、俺の中を占めていた。この時はまだ知るよしも無かった。明日に待ち受ける人物との出会いが俺の運命を……世界を揺るがす壮大な物語が始まる事をこの時の俺はまだ知らなかった。

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