隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

84話 筆記試験と準備運動

 問題用紙と解答用紙が配られるとの事なので、僕らは喋るために横に向けていた体を前に戻す。
 そして講堂中にいる子供達が静かになったところで、この学校の職員と見られる方々がそれらを一斉に配り始めた。
 先程まではどちらかというと賑やかで活発といった表現が似合う空気が、今はピンと張りつめたものになっている。皆緊張しているんだろう。
 隣に座っているネイにチラリと視線を向けると彼女もやや硬い表情になっている。でもネイなら少しくらい緊張しても大丈夫だろう。何せ僕が作った問題を難なく解けるようになっているのだから。




 この入学試験の申し込みを終えた日。
 僕らはすぐに宿に帰り、僕はネイにこの試験の予想問題集を渡した。これは僕が図書館にあったこの学園の過去問を参考に、ネイのためにこっそりと作ったものだ。実を言うとこの学園の試験より少し難易度を高めに作った。
 彼女は最初こそ苦戦していたものの、繰り返しそれをする事によって今では全問解けるようになっている。




 だから少しくらい緊張したところで問題を解くことに支障はないはずだ。
 ……とはいってもネイの内心を考えればストレスに押しつぶされそうになっているかもしれないな。その辛さは僕も前世で何度も味わったことがあるから知っている。だからネイに向かって小声でアドバイスを送ることにする。






「ネイ、深呼吸をすれば少しは楽になるよ」






 するとネイは一度こちらを見てコクリと頷くと深呼吸をし始めた。




 緊張しているときは呼吸が浅くなりがちになる。そのため酸素を取り込む量が少なくなり、頭が上手く働かなくなることが多い。
 そのため深呼吸をして酸素をより多く体の中に取り込むことで頭を働きやすくさせ、緊張をいくらか緩和することができる。




 ネイは一分ほど深呼吸を繰り返ししていると、張りつめていた表情がだんだん普段のそれと変わらなくなってきた。これでもう大丈夫だろう。




 そこからさらに二十分程経った頃。
 とうとう受験番号が最後である僕の目の前に問題用紙と解答用紙が置かれた。
 するとそれらを配っていた試験監督の方が講堂の一番前に立っている小太りのおじさんに手を挙げて合図を出した。
 小太りのおじさんはそれを確認し、開始の声を上げる。






「では、筆記試験始め!」






 その声と同時に講堂中に一斉にペラペラッという音が響き渡った。裏側に向けられていた問題用紙と解答用紙を表に捲る音だ。
 僕も自分の分のそれを裏返す。そして早速問題をーー解かない。
 まずは全ての問題を斜め読みして全体の難易度を把握するのだ。
 ……ふむ。流石学園区域一の難関校と言われるだけある問題ばかりだ。でも所詮は七歳が解く問題。僕にとってこれらの問題は問題にならない。
 そしてそれは僕の予想問題集を解くことができるようになったネイも同様だろう。何せネイにあげた予想問題集はこの世界で十歳になる子供達が勉強する内容なのだから。現に横目で彼女の羽ペンの動きを見ると一切の迷いなく動き続けている。これなら安心だな。




 さて、それじゃあ僕も問題を解いていきますか。
 えーと最初の問題は、この国の名前? マギスエス王国だ。これはサービス問題だな。
 で、次は……魔力を注ぎ続けたスライム紙は変色する。その変色する色は何色か。変色する順番に全て答えよ、か。黒、茶、青、緑、黄、赤、白、と。これもサービス問題だな。
 それで次は? ……人は魔力を使い続けていると吐き気やめまいなどの症状が起きる。この症状をなんと言うか。魔力欠乏症ですね。
 やっぱり僕にとってこれらの問題は簡単すぎる。これなら見直しを三回した後に寝る時間までできるだろうなぁ。






◇◆◇◆◇◆






 ……む? これは魔力?
 前から魔力が漂ってきていることに気づいた僕は、突っ伏して寝ていた体を起こしてその魔力の主を探す。
 するとその主を見つけ出す前に不自然に大きい声が講堂中に響き渡った。






「そこまで! ペンを起きなさい!」






 あ、もう終わりか。
 そう思った直後に試験監督の方々が動き出し、僕らの問題用紙と解答用紙を回収していく。
 どうやら今の魔力は前にいる小太りのおじさんが声をこの講堂全体に行き渡らせるものだったみたいだ。




 問題用紙と解答用紙の回収が終わるまでの間、何をするでもなくボーッとしていると、再び小太りのおじさんの声が届いてきた。






「今日の試験はこれで終わりだ。忘れ物がないように注意して帰りなさい」






 どうやら全ての問題用紙と解答用紙を回収し終わったみたいだ。
 もう終わりなのか。
 そういえばさっきやった錬金学の試験が最後の筆記試験だっけ。なんだかあっという間だったな。……あ、試験時間の半分くらいは寝てたからそう感じるのは当たり前か。






「ふぅ、思っていた以上に簡単だったわね。ラインはどうだった……って聞くまでもないか」






 隣のネイが一つ息を吐いて僕にそう訊いてきた、が僕の顔を見てその質問は意味がないと悟ったようだ。まぁネイは僕の方が頭が良いのは知っているから途中で質問を打ち切ったのだろう。






「まぁね。僕は全ての教科の問題を三回ずつ解いたからね。満点の自信はあるよ。ネイは?」






「あたしもラインの予想問題集のおかげで全部解けたわ。筆記はこれで大丈夫だと思う」






 やっぱりネイも余裕だったか。これで筆記試験で落ちる心配は無くなったな。後は明日と明後日の実技試験が残るのみだ。




 それから僕らは講堂の出入り口が受験生でいっぱいになっているのをのんびりと見てから帰った。さすがにある意味で帰宅ラッシュと言えるところには突っ込んで行きたくなかったのだ。














 夜が明けて次の日。
 今日は実技の試験があるということなので、僕とネイは冒険者として仕事をする時の動きやすい服装をしていくことに決めた。
 そして昨日と同じように僕らは一番乗りで試験会場であるサミット学園のグラウンドに来た、のだが……。






「広いな……」






「広いわね……」






 この学園は一つ一つの物がデカすぎるのではなかろうか。昨日見た講堂もそうだったが、このグラウンドもまたその講堂の大きさと負けないくらい広い。ちなみにここに来るまでの間に校舎と寮も見たのだがそれらもまたデカかった。






「他の人達が来るまでここで軽く運動してようか」






「そうね」






 グラウンドの広さに圧倒されてしばしの間呆然としていた僕らだったが、昨日も講堂で同じような衝撃を受けたのだ。再起動するまではそれほど時間がかからなかった。
 この学園の巨大さを受け入れた僕らはグラウンドの端の方で軽く準備運動をする。具体的に言えばラジオ体操だ。これをするのとしないのとでは、その後の動きが全然違うのでしっかりとやっておく。もちろんネイも僕の隣で一緒に体操している。




 そうしてラジオ体操第一から第二まで終わらせ、グラウンドを見回すとチラホラと試験監督らしき人や受験生らしき子供の姿が見られた。






「僕らも向こうに行こうか」






「そうね」






 そうネイと言葉を交わして、僕らは軽くジョギングをしながら受験生が集まり始めているところに向かう。

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