隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

54話 リトルグリーンウルフと砂鉄

「ふぅー」






 一度深呼吸をし、混乱している自分を落ち着ける。
 死角からの完璧な攻撃を避けられたことも、剣を易々と手放してしまったことも、一度忘れよう。
 今は素手でリトルグリーンウルフ五匹と戦っている。そう思うことにする。






「ワン!」






 僕の右にいるリトルグリーンウルフが一声吠えた。
 そちらを警戒し、顔を右に向ける。
 その途端、左側にいたリトルグリーンウルフが僕の首目掛けて飛びかかってくるのが魔力探知でわかった。






「よっ!」






 それを前方へ向かって走ることによって避ける。
 するとまたもやそれを見越して、前にいたリトルグリーンウルフが襲いかかってきた。
 だが、僕も馬鹿ではない。
 先程からの攻撃パターンは全て同じものであると読んでいた。
 走ったまま上半身を横にずらし、その噛みつきを紙一重で回避する。
 そしてそのまま包囲網を抜け、地面に刺さっている剣を抜く。
 すると魔力探知ですぐさま包囲網を形成しながら、走り寄ってくるリトルグリーンウルフ達を確認した。
 これ以上あの厄介な包囲網に囚われるわけにはいかない。
 なのでまずは包囲網を形成できないようにさせる。






「[ストーンウォール]!」






 前後に縦に長い土の壁を生成し、五匹いるリトルグリーンウルフを二匹と三匹に分断する。
 これであの厄介な包囲網に囚われる可能性がグンと下がった。
 そして僕は当然、二匹いる方……ではなく三匹いる方に立っている。






「[空砲]!」






 その三匹に向かって[空砲]を放つ。これは早い話、空気砲の略だ。
 だが、これは普通のダンボールで放つような優しい空気砲ではない。
 魔力を込めることによって威力を何倍にもあげた凶悪な砲弾である。
 その威力を示すかのように、それを発動した瞬間辺りの空気がドンと振動する。
 凶悪な風に煽られ、小さな体で必死にその場でうずくまる三匹の狼達。
 飛ばされないだけ凄いとは思うが、そんなことは関係ない。
 そうやってうずくまっている隙に、[空砲]を維持しながら、三匹に向かって即座に切り込む。






「[ストライク]」






 追い風と共に助走を着けることによって、通常よりもさらに威力が増した一突き。
 上半身を思い切り捻り、さらに威力を上げる。
 そうして一匹の狼を狙ったその一撃は、今度こそ他の狼達に邪魔されることなく、その一匹の体を容赦なく貫いた。
 まずは一匹!






「ウォーン!」 






 分断した壁の向こうから、心なしか悲しげな鳴き声が聞こえてくる。まるで仲間の死を嘆いているようだ。
 ふとそんな事を思ってしまった自分を叱咤し、次に狙いを着ける。そこから一番近くでうずくまっている狼に。






「[サイドスラッシュ]!」






 絶命したそれから剣を抜くと同時に、素早く横に振る。
 風切り音を発しながら振りきったその剣は、二匹目の胴体を的確に捉え、そして切り裂いた。
 これで二匹目!






「ウォーン!」






 またもや先と同じ鳴き声が壁を挟んで聞こえてきた。
 だが、それを無視して走る。
 少し離れた場所で、未だにうずくまっている三匹目の狼に向かって。






「[スラッシュ]!」






 そうして三撃目の剣は狙い違わずあっさりと狼の首を断ち切った。
 三匹が完全に動かない事を確認すると同時に[空砲]を解く。






「はぁ、はぁ、はぁ……」






 後は壁の向こうにいる二匹だけ。
 二匹ならあの厄介な包囲網は作れないだろうし、[空砲]で足止めさえ出来れば、簡単に倒せる事も分かった。
 バクバクと心臓が激しく脈を打っているのが分かる。落ち着くためにも一度大きく深呼吸をする。






「すぅー、はぁー」






 たった一度、深呼吸をするだけでも全然違う。
 そして壁の向こうに向かおうと体の向きを変えた瞬間だった。
 リトルグリーンウルフが口を開けて目の前に迫っているのが目に入ったのは。






「うわ!?」






 鋭い牙を太陽光に反射させながら飛びついてきたリトルグリーンウルフは、的確に僕の首筋を狙ってきていた。それを咄嗟に右手で防ぐ。






「がぁ!? [剛体・腕……! くそ!」






 首を脅威から守ったのは良いものの、リトルグリーンウルフの牙は僕の右手に深く食い込んだ。
 咄嗟に[剛体・腕]を使って硬化を試みるも、しっかりとしたイメージができず、不発となってしまう。
 それを悟った瞬間、僕は腕を勢いよく振り回し、無理矢理リトルグリーンウルフを引き剥がした。






「くそ! やっぱり今度はこっちか!」






 一匹が攻撃してくれば反対からも攻撃がくる。それがリトルグリーンウルフ達の戦い方だと先からの戦闘で身にしみている。
 なので噛みついてきたリトルグリーンウルフを剥がしたと同時に、土壁の方に跳び、背後からの強襲を避ける。
 すると予想通り、もう一匹のリトルグリーンウルフが、つい今しがた僕が立っていた場所を通過していった。






「[ヒール]」






 ズキズキと熱を持つように痛む右腕を、左手で抑えながら回復魔法を使う。
 まさか先程分断したこの二匹が、もうこちら側に回り込んでくるとは思っていなかった。
 奴らは中型犬サイズでしかないから、高さはある程度は無視し、強度と長さに重きを置いて分断する土壁を生成したのだが……。
 チラリと壁を見れば、どこにも崩された跡が残っていない。ならば思っていた以上にこいつらの足が速かったらしい。
 こいつらが常に使っている魔法は[脚力強化]で決定だな。
 そんな事を頭の片隅で考えながら[ヒール]を使い続ける。噛みつかれた場所は牙が相当深く入り込んでいたらしく、回復が未だに終わらない。まぁ、痛みでイメージがしっかりとできてないってのもあるんだろうけど。




 すると二匹のリトルグリーンウルフが左右に分かれ、こちらを向いて戦闘体勢に入った。






「グルルル……」






 牙を剥き出しにし、そう唸る二匹。
 どっちから先に攻撃してくる?
 右? 左? それとも両方同時にか?
 右腕の痛みで分散してしまっていた集中力をかき集め、いつ攻撃が来ても良いように警戒する。
 だが、二匹はその体勢になってしばらくしても攻撃を加えてくる様子は全くない。しきりに低く唸り、威嚇をしてくるだけだ。
 ……どうしたんだ?




 右腕を回復させながら現状を分析する。
 何故攻撃してこない?
 何か理由があるのか?
 先程までの戦闘と今の状況の違いはなんだ?




 数の違いか? いや、今噛みつかれた怪我はリトルグリーンウルフを二匹まで減らした後だった。それなら数の違いは関係無いだろう。
 だとすると他には……壁、か?
 今の僕は土壁を背にして、リトルグリーンウルフ達と相対している。
 この状況そのものがリトルグリーンウルフ達が攻撃してこない原因なんじゃないか? 
 リトルグリーンウルフ達の連携攻撃は一方が攻撃したらもう一方も攻撃を加えるという、挟み撃ち攻撃が主体だったからだ。
 今攻撃してこない理由は……もしかしてこいつらはその攻撃方法しか出来ないのかもしれない。
 右腕の回復を終え、不自由なく動かせることを確認する。……少し確認してみるか。




 一匹のリトルグリーンウルフの方に向かって走る。もう一匹に背を向けるようにして。
 すると背後にいたリトルグリーンウルフが跳びかかり、僕に攻撃を加えてきたことが魔力探知で分かった。それを見ずに横に避ける。すると前にいたリトルグリーンウルフがそのタイミングに合わせて攻撃を仕掛けてきた。






「[剛体・腕]」






 左腕を硬化し、前から跳んできたリトルグリーンウルフを強引に弾く。鋭い牙で噛みついてきたが、[剛体]の前ではそれは無力だ。
 そしてその直後に再び壁まで走り、それを背にして立つ。するとリトルグリーンウルフ達はまたもや左右に分かれて唸り声をあげだした。戦闘体勢を維持するだけで、攻撃してくる素振りは一向に無い。




 どうやら予想通り、こいつらは挟み撃ち攻撃しか出来ないみたいだ。
 それが分かれば後は簡単だ。相手の攻撃方法が限定されており、その場で威嚇しかできない。
 それは動かない的と同じだからだ。
 左手を前に出し、魔法を唱える。






「[風弾]」






 極限まで圧縮された小さな空気弾を、左にいるリトルグリーンウルフに向かって発射する。






「キャウン!?」






 すると避ける素振りもなく、あっさりと絶命した。
 そして右にいるリトルグリーンウルフにも同じようにして頭を貫通させる。これで二匹が絶命し、リトルグリーンウルフ達との戦いは終わった。
 ……最後は実に呆気ない戦いだったな。
 右手に持っていた剣をゆっくりと鞘に仕舞いながらそう思う。




 だが、冷静に考えればこの結果は当たり前かもしれない。
 何故ならこの依頼は茶色、つまりは駆け出しのひよっこ冒険者が受けるような依頼である。事前にリトルグリーンウルフ達の攻撃方法を知っており、その対策をしっかりとたてて戦闘を行えば、今のように楽に戦う事ができただろう。




 ……反省は後にしよう。今はリトルグリーンウルフの素材が手に入ったことを素直に喜ぼうか。これでまた[脚力強化]の魔法を靴に着けることでグレードアップをする事が出来るのだから。




 先に五体のリトルグリーンウルフの血液を採取する。それから、リトルグリーンウルフ達の死体を[ストレージ]に放り込む。後でギルドの裏手にある広場で解体するつもりだからだ。
 ちなみに弱い魔物の血液の使い道が、今のところ魔道具にしか無いことを知っているのは僕とネイだけだ。そのためそれを採取をしているところを誰かに見られたら怪しまれるだろうから、それだけは誰もいないここで先にやっておく。






「まだ昼前か」






 全てのリトルグリーンウルフの死体を[ストレージ]に入れ終わったところで天を仰ぎ見る。
 結構長いことリトルグリーンウルフ達と戦っていた気でいた。だから、もうそろそろ夕方になる頃なんじゃないかと思っていたのだが、意外にも、まだそれ程時間が経っていなかったらしい。太陽は天高く昇っていた。




 このままのんびりと歩いて帰っても良いのだが、今この場所には誰もいない。例え誰かが来たとしても、ここは木の一本も生えていない大草原だ。見通しが良いので、すぐに分かるだろう。
 なのでこの世界の人、もちろんネイも含めた人達全員にはあまり見せたくない魔法の実験をしようと思う。




 手のひらを地面に向かって広げ、頭の中でイメージを形成する。
 まずは砂鉄だけを地面から抽出するイメージ。
 魔力を辺り一帯に薄く広げて、そうイメージする。すると魔力を広げた範囲から僅かにだが黒い砂粒のような物が次々と浮かび上がってきた。






「たったこれだけのイメージでも、結構集まるものなんだな」






 浮かび上がらせた砂鉄を手元に集めながら、一人そう呟く。
 集まった砂鉄の量は、片手では持ちきれないが、両手なら余裕で持てる、といった量だ。正直に言うと予想していたより大量に集まった。これだけ集めることが出来たなら十分だ。




 これでひとまずこの実験は終わりで良いか。
 そう思ったのだが、僕の中に少しの興味が沸いた。更にイメージを強く、はっきりとさせて砂鉄を集めてみたら、どれ程の量が集まるのか、といったものだ。実際にやってみる。




 結果は……やらなければ良かったと後悔した、とだけ言っておこう。




 それともう一つ実験をした。これはこの砂鉄実験よりも遥かにヤバいと思わせられるものだ。
 詳細は伏せておこう。だが、簡単に砂鉄が鉄になった、とだけ言っておく。




 なんともまぁ、魔法とは恐ろしい物だ。




 それらの実験を全て片付け、再び天を仰ぎ見る。すると既に太陽が傾き始めていた。もうあと数時間もすれば夕御飯の時間になるだろう。
 そう思い、僕は帰ることに決めてオハラ草原を後にした。
 宿に帰ったらすぐに魔道具作りにとりかかろう、と思いながら。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品