隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

51話 血液と親和性

「これってコボルトとホーンラビットの血よね? 何に使うの?」






 実験の準備は終わり。
 次は実際に実験をする段階だ。この段階になったらネイにも説明をしたほうが良いだろう。これから行うことのワクワク感を知ってもらいたいからね。






「これはこの二種類の魔物がそれぞれ何の魔法を使って生活していたのかを調べるために使うんだ」






 魔物は常に何らかの魔法を使って生きている。例えば腕力が強い魔物は常に[腕力強化]の魔法を、足が早い魔物は常に[脚力強化]の魔法を使っている。
 そしてこの特徴は例外なく全ての魔物に共通している。






「あー、あたしも魔物は何かの魔法を使って生きているってどこかで聞いたことがあるわ」






 だけど、と彼女は続ける。






「どんな魔法を使っているのかは詳しく分かっていないんじゃ無かったっけ?」






「うん。そうらしいね。だけど僕はその魔物が何の魔法を使って生きていたのか、それを調べる方法を発見したんだ。これらを使ってね」






 そう言って僕が指差したのは積み重ねられた十枚の布。特にこれといって特徴の無い、普通の布だ。そこらへんでも同じような布が安く売られているだろう。






「凄い! って言いたいところだけど、この布で本当に分かるの?」






 どうやらネイもこの布の普通さに気がついたらしい。肌触りまで確かめてから、半信半疑のような目で僕を見てくる。






「分かるよ。それを裏向けてごらん」






 ただし、それらの布が普通の布に見えるのは片面だけだ。
 ネイが僕の指示通りに、積み重なっている布の一番上にある布を手に取り、裏返す。
 すると彼女は一瞬ハテナマークを浮かべ、こう呟いた。






「これは……魔法陣?」






「うん。そうだよ」






 彼女の呟きにそう答える。
 その布に描かれているのは魔法陣だ。一枚の布に一つの魔法陣が大きく描かれている。それはネイが今手に取った布だけでなく、十枚とも全て同じように魔法陣が描かれているのだ。






「それらの布には全て別の魔法陣が描かれているんだ。それらを使ってコボルトとホーンラビットが常にどんな魔法を使って生きていたのかを調べるんだよ」






 そうネイに説明する。が、実際にやって見せた方が早いだろう。そう思い布の山に手を伸ばす。






「ちょっとそこで見ててね」






「わかったわ」






 僕は積み重ねられた布の内、適当に一番上の一枚を手に取る。そしてそれをコボルトの血で満たされたトレーにドップリと漬ける。






「この状態で魔法陣に魔力を流すんだ。……やってみる?」






「うん」






 ネイが前屈みになり、あまりにも熱心に僕の話を聞いてくれていたため、ネイに魔力を流してもらうことにした。特に危険は無いためネイにバトンタッチしても何も問題はない。
 ネイは手を血液の上にかざし、魔法陣に魔力を流す。すると血液の上にボッと小さな火が、それこそ蝋燭に灯るような小さな火が出現した。






「これは、[ファイアー]? それにしては少し火が小さいような……」






「お、正解。この魔法陣はネイが言った通り、[ファイアー]の魔法陣だよ。火が小さいのはコボルトと火属性の魔法の相性が悪かったからだね」






 僕はそう言いながらコボルトの血液に浸していた布を取り出し、絞る。あ、血液が跳ねて床に着いちゃった。後でキチンと拭いておかないと。






「それってコボルトには火属性の魔法が有効ってこと?」






 そんなことを考えているとネイがそう言ってきた。
 これ以上水滴が落ちない程堅く絞った布を床に置き、再び布の山に手を伸ばしながら返答する。






「うん、そうだよ。まぁコボルトの弱点を探しても弱い魔物だからそんなに意味は無いんだけどね」






 別にコボルトの弱点を知ったからといって、コボルト相手に火魔法を積極的に使わなくても問題ない。現にネイは三匹いたコボルトの内二匹を土魔法と風魔法で倒したのだから。




 そんな会話をしながら僕は目的の魔法陣が描かれている布をその山から探す。えーっと確か下の方にあったはず……あ、あった。






「じゃあ、次はこれでやってみよう」






 そう言って僕は目的の魔法陣をコボルトの血液に静かに浸す。
 するとネイが質問してきた。






「今度のこれは何の魔法陣なの?」






「[嗅覚強化]の魔法陣だよ」






 布に描かれている魔法陣全体が、トレーに入った血液に浸されていることを確認しながらそう答える。




 狼の顔をしたコボルト。その顔から恐らく[嗅覚強化]の魔法を常に使っているだろうと予想する。
 もしその予想が当たれば僕が望む実験結果が出るはずだ。






「じゃあ、今度は僕が魔力を流してみるね」






 ネイにそう一言言ってから、手のひらをかざして魔力を魔法陣に流す。






「わぁ。綺麗!」






 すると魔法陣が起動したと同時に、赤黒かった血液がたちまち赤色に変化した。






「あれー? おかしいな……」






 しかし僕はその血液の色の変化に戸惑いを覚えていた。そんな僕の様子を見たネイが不思議そうにこちらを見ていたので解説する。






「親和性が高い魔法陣を血液の中で起動させると、この赤色とは比較にならないほど鮮やかな赤色になるはずなんだよ」






 ゴブリンの森でゴブリンの素材を得、ゴブリンの素材だけを使って見つけたこの方法。
 ゴブリンは例外的に一匹一匹がそれぞれ異なる魔法に親和性を見せたので、このコボルトの血液の色は違うとすぐにわかった。
 それをネイに説明するとネイは目を輝かせながらこう言ってきた。






「これ以上の綺麗な赤色……是非見てみたいわ!」




 ネイがまるで目の中に星を煌めかせているような顔で、こちらを見てそう言った。
 そんな彼女の様子を見ながら、意識の一部を思考に割く。
 親和性が高い魔法を発動したときの血液の色を思い出し、コボルトは常に何の魔法を使っていたのだろうか、と考える。常に使っていた魔法は親和性が高いため、血液の色の変化が最も顕著なのだ。それは今目の前で赤色に変化した色よりも、もっとだ。






「んー。なら一つ一つ調べていこうか。じゃあつぎは風属性の魔法陣でやってみよう」






 そうしてしばらくの間、あーでもない、こーでもない、と二人で言い合いながら布を血液に浸し、魔法陣を起動し続けた。
 おかげで僕らの両手はコボルトの血液で真っ赤である。そしてトレーの周りの床も真っ赤に染まってしまっている。この汚れ、ちゃんととれるのかな……。心配になってきた。






「じゃあ、次は[脚力強化]の魔法陣をやってみよう」






「はーい」






 残りの試していない布の数は僅か二枚。
 ネイも魔法陣を起動させた際の変化にすっかり慣れてしまったらしく、淡々と僕が渡した布を血液に漬けてくれている。






「じゃ、魔力を流すね」






 そう言って僕が魔力を魔法陣に流す。
 これも特に変化は起きないだろうな。そんなことを考えながら僕は魔法陣を起動させた。
 すると今までとは違う変化がコボルトの血液に起きた。






「わぁ!? なにこれ!?」






 [脚力強化]の魔法陣を起動した瞬間、コボルトの血液の色が鮮やかな赤色に、それこそまるでルビーのようにキラキラと輝きだしたのだ。






「おぉ!? これだよ! この色を待ってたんだよ!」






 まさにこれが血液と親和性が高い魔法陣を起動したときの輝きだ。
 まさか[嗅覚強化]ではなく[脚力強化]の魔法の方が親和性が高いなんて思いもしなかった。






「ライン! この色が出る魔法、つまりは[脚力強化]の魔法がコボルトが常に使っていた魔法ってことなのね!」






「まぁ、正確には違うけど、その通りだよ」






 彼女が興奮しながらそう言ってきた。
 しかし僕がそう曖昧な返事をすると、彼女はどういうことだと言わんばかりの顔でこちらをジッと、至近距離で見てくる。顔が近いよ……。
 なので軽く解説する。






「一口に[脚力強化]といっても用途は色々あるよね? 例えば走る、だったり、跳ぶ、だったり」






「……つまりは同じ[脚力強化]でも使い方が違うって言いたいの?」






「そうそう。で、その使い方と同じ魔法、例えば走る、だったら[走力強化]の魔法陣、跳ぶ、だったら[跳躍力強化]の魔法陣の方が[脚力強化]の魔法陣より親和性が高いんだ」






 そうやって一つ一つネイに解説する。そうやって解説をしていると、魔法陣に込めた魔力が切れたのか、コボルトの血液の色が元の赤黒い色に戻った。




 コボルトの親和性が高い魔法がわかったので、そちらは一旦置いておく。
 ホーンラビットの実験が待っているからだ。
 しかしこちらはすぐに親和性の高い魔法陣が判明した。






「やっぱりウサギだもんね。[脚力強化]以外に考えられないよ」






「そうね」






 一発でルビーのような輝きを放ったホーンラビットの血液を見ながら、二人でそう言い合う。コボルトとは違い、何ともあっさりと終わったな。




 これでコボルトとホーンラビットが常に使っていた魔法が判明した。






「それでライン。この二種類の魔物が使っていた魔法はわかったけど、それを知ってどうするの?」






 ネイからそんな質問が飛んできたので、僕は端に置いていたコボルトとホーンラビットの毛皮を持って笑う。






「これらの素材を使って魔道具を作るんだよ」






 ここまでは前菜に等しい。なにせ、どの魔法が一番素材との親和性が高いかを探すだけだったのだから。
 これからがメインディッシュなのだ。
 そう。忘れてはいけない。僕は始めから魔道具を作る気でいたのだ。






「へぇ! あたしも見ていていい? って言いたいけど……」






 一瞬僕が魔道具を作るところを見たい、と言ってきたので、もちろん、と言おうとしたのだが、その前に彼女は気怠げな目をして続きを口にした。






「眠い」






「……え?」






 彼女がそう言ったので、急いでカーテンの隙間から外を確認する。すると外は真っ暗で、所々に魔道ランプの光や、巡回している騎士達の[ライト]が確認できる。そのまま顔を上に向け、空の様子を見ると、既に天高く月が登っていた。月の位置から時刻は既に真夜中である。






「……今日はもう寝ようか」






「うん」






 その後、ネイは早々にベッドに入って寝た。それに対して僕は実験道具を片付け、床に零れた血液を拭き、そしてベッドに入ろうとした。
 しかしこの時、このまま寝てしまっても良いが、ネイが寝ている間に魔道具を作ってしまったほうが彼女は驚くのでは? という考えが頭をよぎった。
 ……そっちの方が楽しそうだな。
 深夜でテンションがおかしくなっていたのだろう。僕はそう判断してネイが寝ている隙に魔道具を作り終えた。
 それからベッドに入ってからの記憶は殆どない。どうやらベッドに入ってすぐに爆睡してしまだたようだ。






◇◆◇◆◇◆






「コケコッコー」






「どうしたの?」






「……いや、何でもない」






 習慣とは怖いもので、昨日は遅くまで起きて魔道具を作っていたのに、今朝はいつも通り太陽が顔を出す前に起きてしまった。




 宿の部屋の窓から外を見れば、朝靄が王都全体を幻想的に包んでいる。その景色に一人感動していると、太陽が出てきてその朝靄を瞬時に消し始めたのだ。
 朝靄の中で霞んでいた建物達が次々とハッキリ見えるようになる。まるで王都自体が目を覚ましたようである。
 そう感じた瞬間、
(これは言わなければ!)
と思い、天に向かって鶏の鳴き真似をしたのだが、ネイに冷静に突っ込まれてしまった。なんだか急に恥ずかしくなってきたぞ。
 その恥ずかしさを誤魔化すためにもネイの方に向き直り、一言。






「外に行こう!」






「その前に朝御飯を食べましょ」






「……そうですね」






 意気込んでそう言ったものの、ネイに一言で一蹴されてしまった。今日は出鼻を挫かれる日なのかな……。
 そんなことを思いながら先に部屋を出て行ったネイの後を追う。








 目が飛び出る程美味しい朝食を食べ終えて、僕らは外に出てきた。ちなみに朝食はサンドイッチだった。






「ネイ、ちょっと待って」






「ん? 何?」






 宿の前の大通りに出て左右を確認する。そして人も、馬車も、巡回している騎士もいないことを確認した。






「[ストレージ]。これを見て!」






 そしてこれから説明を始める。
 僕が昨日の夜中に作ったこの魔道具の説明を。

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