隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
48話 探索とスライム?
「意外と魔物に出くわさないわね」
ザッザッという落ち葉を踏みしめる音を立てながらネイがそう呟く。
「そうだね。それだけこの森が広いってことなのかな」
そういう僕もネイと同じく足音を立てながら歩く。
周りを見渡しても木、木、木。それ以外なにも無い。
ネイがコボルトを倒してから、体感でもう一時間は歩いている。しかし僕らは一向に魔物を見つけることができないでいた。
もう少し頻繁に魔物と出会うと思っていたんたけどなぁ……。
「ラインの魔力探知でも魔物は見つからないんでしょ?」
「……うん。ゴブリン一匹すらいないよ」
もう一度意識を集中して魔力探知を使い、この辺りを調べてみるがそれらしい反応はない。
僕の魔力探知の範囲はおよそ半径一キロある……と思っている。正確に測ったことはないが、大体そのぐらいの広さだと思う。うん。
その僕の魔力探知では、コボルトとの戦闘以降、残念ながら魔物が発する魔力を見つけられないでいた。ゴブリンの森だと魔力探知の範囲内に、常にゴブリンがいたと言っても良いほど頻繁に出くわしたのになぁ……。
もはや最初に森に入った頃の緊張感は解け、足音など隠す気もなく普通に歩いている。まるでピクニックでもしている気分だ。
「もう少し森の奥に行ってみる?」
「……そうね。あまり危険は冒したくないけれど、魔物に出会わないならしょうがないものね」
このままだとコボルトだけでなくゴブリンにさえ出くわしそうに無いため、そう提案する。
ギルドの受付嬢の説明によるとこの森は奥に行けば行くほど強力な魔物がたくさんいるらしい。そのため最初は外縁部で経験を積んでから徐々に森の奥に足を踏み入れていくのが望ましい。
だが、今のところコボルトを三匹見つけた以外で他の魔物は見かけない。
なのでネイと2人で相談して、もう少し森の奥に行ってみることにする。
「段々と緑色が濃くなってきたわね」
「うん。それだけ最深部に近付いているってことだね。ここら辺でもう一度魔物を探してみようか」
この森は奥、つまり中心部へ近づけば近づく程、木々の色が深い緑になっていくらしい。そのため外縁部の木々の色と周囲の木々の色を比較する事で自分達がどれくらい森の深くに足を踏み入れているのかが分かる。もっとも外縁部の木々の色を覚えていなければ意味はないが。
ある程度森の奥まで来たところで再び辺り一帯を探索する。
魔力探知を使いながら歩くも、やはり魔物の反応は見当たらない。まったく……。どれだけ広いんだ、この森は。
そんなことを考えながら歩いていると視界に薄い茶色の物が一瞬だけ動いたように見えた。そちらの方を凝視しながら隣にいるネイの肩を叩く。
「どうしたの? いた?」
「魔力探知の範囲外だから、魔物かどうかは分からないけどね。何かが、いる」
確信を持ってそう断言する。
そんな僕の言葉を聞き、ネイも僕が凝視している方をジッと見つめる。
魔力探知は自分の視野の外にまで意識を傾けることができる分、範囲が意外と狭い。そのため魔物を見つけた時は、今回のように肉眼で見つけることも多かったりする。
そうやってしばらくの間、ジッとそちらを見つめているともう一度ピクリと何かが動いた。今度はハッキリ見た。やはり間違いなく何かがいる。
「今、一瞬だけど何かが動いたわね」
ネイも今の一瞬の動きを見逃さなかったようだ。小声で、だが、僕にハッキリと聞こえる声量でそう言ってきた。
「[視覚強化]」
ピクリと動いた物の正体を確かめるため、魔力を目に集めて視力を強化する。
その生き物がいる辺りの場所を魔法で強化した目で見ると、僅かにだが何かがその場でブルブルと細かく震えている。
「何かわかった?」
ネイは[感覚強化]の類いの魔法を使えない。そのため一旦視線をそれから外し、僕の方に顔を向けてそう聞いてきた。
「特にこれといって分かったことは無いよ。唯一分かったことは小刻みにずっとブルブル震えているくらいかな」
「ブルブル震えている? それってスライムじゃないの?」
「違う。さすがにスライムかそうじゃないかぐらいはここからでも分かるよ」
僕が[視力強化]で発見したことをそのままネイに伝えると、彼女は怪訝な顔をしてそう言ってきた。
スライムはそれこそ街を一歩出ればどこにでもわんさかといる。それは森や河原だけでなく、山の上や火口にもいるらしい。実際に僕らが王都からこの森に来るまでにも何匹も見かけた。
それほど身近な存在であるスライムと、あのブルブルと動いている謎の物体を見間違える程僕も馬鹿ではない。
「……それじゃあ何かしら?」
「分からない。とりあえずもう少し近づいてみよう。僕の魔力探知の範囲に入れば魔物かそうでないかぐらいは分かるから」
ネイが僕らが思っていることを代弁してくれた。しかし例えそれを口に出したとしても分からない物は分からない。
ここでこのままジッと観察し続けても意味が無い。なので僕らはその謎の震える薄茶色の物体に近付くことにする。
そしてここからは念のためジェスチャーで声無き会話をする。
(あそこの木の根元まで行こう)
数メートル先にある大木を指差して、腕を振り、歩く素振りをする。
(分かったわ)
ネイに僕が言いたいことがちゃんと伝わったようだ。彼女は一つ頷くと、その大木の方に向かってゆっくりと歩き出した。
それを確認して僕も同じくゆっくりと大木の方へ向かう。
当然足音が立たないように細心の注意を払って歩く。
そうして大木のもとにたどり着くと、謎の物体の正体が一部わかった。
「魔力探知の範囲内に入った。どうやらあれは魔物みたいだよ」
顔をネイのすぐそばまで持っていき、小声でそう言う。
たった数メートル動いただけだが、そのおかげで謎の物体の情報が手に入った。少しだけだが、それでも思わぬ収穫だ。
「!? あ、あれが魔物、か。あんな魔物、見たこと無いわね。あんたは何か分かる?」
僕が何も言わずに顔を近付けたからか、彼女は一瞬ビクッと驚いた後、少しどもりながら小声でそう言った。
「いや、僕も見たことない。何だろ、あれ」
この位置から[視覚強化]で見てもブルブル震えていること以外何も分からない。これでは先程と殆ど一緒だ。
もう少し近付くか? でも、ちょうど良い太さの木が近くに無いな。どうするか……。
そうやって悩んでいると今度はネイが僕の耳に顔を近づけて話しかけてきた。
「あんたならここから攻撃できないの?」
「!? う、うん。あ、いや、できると思う」
……何も言われなかったら確かにビックリするね、これ。
そう思いネイの方を見ると、彼女はまるで悪戯に成功したかのようにニンマリと笑っていた。なんだかしてやられた気分だ。
「とにかくやってみるよ。一応耳を塞いでおいてね」
「わかったわ」
ネイが両耳を手で塞いだのを確認する。
そして気持ちを入れ替えて、魔物の方に向き直り右手を上げる。
頭の中で魔法のイメージを作り上げる。
僕とあの謎の魔物との間に回路を作るイメージ。
その回路上の-極を僕の手のひら、+極を謎の魔物に集めるイメージ。
そして、電子は-極から+極に流れる。
それをハッキリと意識して魔力を放出する。
「[雷撃]」
一瞬。
凄まじい轟音。
目が眩む程の閃光。
認識できたのはたったそれだけだった。
そうしてしばらくすると眩んでいた視界が段々と戻ってくる。
すると周りの景色が認識できるようになってきた。
そして、気づけば謎の魔物は動かなくなっていた。
「魔力はそれほど込めてなかったんだけどな……。凄いうるさかったな……」
耳を押さえながら周りを見渡す。特に火が出ているなどの被害はないみたいだ。
どうやら擬似的に再現した雷は僕の狙い通りにまっすぐ進み、謎の魔物を穿ったらしい。その証拠に謎の魔物からはプスプスと煙が出ている。
「な、何? 今の……」
耳を押さえていたネイが恐る恐ると言った様子で顔を上げる。どうやら今の雷に相当驚いたらしく、瞳に涙が浮かんでいる。そんな彼女を安心させるようにポンポンと頭を叩きながら今の攻撃の説明をする。
「今のは魔法で再現した雷だよ。まぁあれだけの音が出るとは思わなかったけど」
初めてにしては上手くいった方だが、まだまだ改良は必要だな。特にあの轟音。よく僕の鼓膜が破れなかったなと感心するくらいの大音量だった。
頭の中でどのように改良を施そうかと考えていると、ネイが僕の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きついてきた。よっぽど怖かったのだろう。声を押し殺しながら泣いている。もう少し優しい魔法を使えばよかったな。ポンポンとネイの頭をなでながら今一度反省する。
少しの間そうやっていると、ネイは自分から離れていった。そして涙を拭い、何時もの彼女に戻る。
「それで、魔物はどうなったの?」
先程まで煙をあげていた魔物の遺体からは、もう煙は立っていなかった。そのためここから見れば謎の魔物は何ともないように見える。
だから僕はネイに魔物がどうなったかを伝える。
「もう動いてないよ。行ってみよう」
僕が先行して魔物の遺体に近付く。そうやって近付くにつれ細かな部分がハッキリと見えてくる。そしてその魔物の全貌を視界にいれた時、全身から力が抜けた。
「……なんだ。ホーンラビットじゃない」
僕の後ろをついてきていたネイがそう呟いた。そう。僕がわざわざ派手な魔法を使ってまで倒した魔物はゴブリンと同じくらい弱い魔物であるホーンラビットだった。角が額に一本生えたウサギである。
僕が魔法で仕留めたホーンラビットは一部を除き、焦げた部分がない。その焦げた部分でさえ、毛皮に小さな穴が開いている程度だ。おそらくその穴から血液に電流が流れ、そのまま絶命したのだろう。
そんなホーンラビットは食事をしていた最中だったのか、口に植物を加えたまま絶命している。
「僕らはホーンラビットのお尻をずっと見ていたんだね……」
ホーンラビットのお尻は丸い。そして食事の最中だったから、体がブルブルと小刻みに震えていたんだろう。
「なんだかホーンラビットのお尻に過剰な警戒をしていたわたしたちがバカみたいね」
「……まぁ警戒しないよりはマシだよ。スライムだと思ったらオーガだったなんて話があるらしいしね」
「そんなバカみたいな話があるの?」
「うん。実家にあった本で読んだことがあるんだ」
ふーん。そうなんだ。と、さして興味も無さそうに呟くネイ。さすがに七歳にもなると童話には興味を示さないか。結構面白かったんだけどな、あれ。
そんなことを考えているとふとあることに気づいた。
「ねぇ、ネイ。そういえばこの森に入ってからスライムを見た?」
「スライム? それならその辺にいっぱい……あれ? いないわね。……そういえば森に入った時から見なかった気がするわ」
街から一歩外に出れば、どこにでもいるスライム。それこそ河原や山の上、火口にもいるらしい。
そして当然森の中にも。
実際に僕らが王都からこの森に来るまでにも何匹も見かけた。
しかしこの森に入ってから今までスライムを見かけていない。
今思い出してみると僕の魔力探知にも魔物は見つからなかった。それは当然スライムも含む。
何だか嫌な予感がするな……。
「ネイ、今日はもう帰ろうか」
「そうね。何だか嫌な予感がするわ」
どうやらネイも僕と同じく嫌な予感がしたらしい。
ホーンラビットは王都のギルドの裏にある広場を借りて解体する事にしよう。
そう決め、ホーンラビットの遺体を丸ごと[ストレージ]に突っ込む。
そして来た道を先程よりも警戒して歩く。そうやって僕らは森の外に出て、王都に戻った。
ザッザッという落ち葉を踏みしめる音を立てながらネイがそう呟く。
「そうだね。それだけこの森が広いってことなのかな」
そういう僕もネイと同じく足音を立てながら歩く。
周りを見渡しても木、木、木。それ以外なにも無い。
ネイがコボルトを倒してから、体感でもう一時間は歩いている。しかし僕らは一向に魔物を見つけることができないでいた。
もう少し頻繁に魔物と出会うと思っていたんたけどなぁ……。
「ラインの魔力探知でも魔物は見つからないんでしょ?」
「……うん。ゴブリン一匹すらいないよ」
もう一度意識を集中して魔力探知を使い、この辺りを調べてみるがそれらしい反応はない。
僕の魔力探知の範囲はおよそ半径一キロある……と思っている。正確に測ったことはないが、大体そのぐらいの広さだと思う。うん。
その僕の魔力探知では、コボルトとの戦闘以降、残念ながら魔物が発する魔力を見つけられないでいた。ゴブリンの森だと魔力探知の範囲内に、常にゴブリンがいたと言っても良いほど頻繁に出くわしたのになぁ……。
もはや最初に森に入った頃の緊張感は解け、足音など隠す気もなく普通に歩いている。まるでピクニックでもしている気分だ。
「もう少し森の奥に行ってみる?」
「……そうね。あまり危険は冒したくないけれど、魔物に出会わないならしょうがないものね」
このままだとコボルトだけでなくゴブリンにさえ出くわしそうに無いため、そう提案する。
ギルドの受付嬢の説明によるとこの森は奥に行けば行くほど強力な魔物がたくさんいるらしい。そのため最初は外縁部で経験を積んでから徐々に森の奥に足を踏み入れていくのが望ましい。
だが、今のところコボルトを三匹見つけた以外で他の魔物は見かけない。
なのでネイと2人で相談して、もう少し森の奥に行ってみることにする。
「段々と緑色が濃くなってきたわね」
「うん。それだけ最深部に近付いているってことだね。ここら辺でもう一度魔物を探してみようか」
この森は奥、つまり中心部へ近づけば近づく程、木々の色が深い緑になっていくらしい。そのため外縁部の木々の色と周囲の木々の色を比較する事で自分達がどれくらい森の深くに足を踏み入れているのかが分かる。もっとも外縁部の木々の色を覚えていなければ意味はないが。
ある程度森の奥まで来たところで再び辺り一帯を探索する。
魔力探知を使いながら歩くも、やはり魔物の反応は見当たらない。まったく……。どれだけ広いんだ、この森は。
そんなことを考えながら歩いていると視界に薄い茶色の物が一瞬だけ動いたように見えた。そちらの方を凝視しながら隣にいるネイの肩を叩く。
「どうしたの? いた?」
「魔力探知の範囲外だから、魔物かどうかは分からないけどね。何かが、いる」
確信を持ってそう断言する。
そんな僕の言葉を聞き、ネイも僕が凝視している方をジッと見つめる。
魔力探知は自分の視野の外にまで意識を傾けることができる分、範囲が意外と狭い。そのため魔物を見つけた時は、今回のように肉眼で見つけることも多かったりする。
そうやってしばらくの間、ジッとそちらを見つめているともう一度ピクリと何かが動いた。今度はハッキリ見た。やはり間違いなく何かがいる。
「今、一瞬だけど何かが動いたわね」
ネイも今の一瞬の動きを見逃さなかったようだ。小声で、だが、僕にハッキリと聞こえる声量でそう言ってきた。
「[視覚強化]」
ピクリと動いた物の正体を確かめるため、魔力を目に集めて視力を強化する。
その生き物がいる辺りの場所を魔法で強化した目で見ると、僅かにだが何かがその場でブルブルと細かく震えている。
「何かわかった?」
ネイは[感覚強化]の類いの魔法を使えない。そのため一旦視線をそれから外し、僕の方に顔を向けてそう聞いてきた。
「特にこれといって分かったことは無いよ。唯一分かったことは小刻みにずっとブルブル震えているくらいかな」
「ブルブル震えている? それってスライムじゃないの?」
「違う。さすがにスライムかそうじゃないかぐらいはここからでも分かるよ」
僕が[視力強化]で発見したことをそのままネイに伝えると、彼女は怪訝な顔をしてそう言ってきた。
スライムはそれこそ街を一歩出ればどこにでもわんさかといる。それは森や河原だけでなく、山の上や火口にもいるらしい。実際に僕らが王都からこの森に来るまでにも何匹も見かけた。
それほど身近な存在であるスライムと、あのブルブルと動いている謎の物体を見間違える程僕も馬鹿ではない。
「……それじゃあ何かしら?」
「分からない。とりあえずもう少し近づいてみよう。僕の魔力探知の範囲に入れば魔物かそうでないかぐらいは分かるから」
ネイが僕らが思っていることを代弁してくれた。しかし例えそれを口に出したとしても分からない物は分からない。
ここでこのままジッと観察し続けても意味が無い。なので僕らはその謎の震える薄茶色の物体に近付くことにする。
そしてここからは念のためジェスチャーで声無き会話をする。
(あそこの木の根元まで行こう)
数メートル先にある大木を指差して、腕を振り、歩く素振りをする。
(分かったわ)
ネイに僕が言いたいことがちゃんと伝わったようだ。彼女は一つ頷くと、その大木の方に向かってゆっくりと歩き出した。
それを確認して僕も同じくゆっくりと大木の方へ向かう。
当然足音が立たないように細心の注意を払って歩く。
そうして大木のもとにたどり着くと、謎の物体の正体が一部わかった。
「魔力探知の範囲内に入った。どうやらあれは魔物みたいだよ」
顔をネイのすぐそばまで持っていき、小声でそう言う。
たった数メートル動いただけだが、そのおかげで謎の物体の情報が手に入った。少しだけだが、それでも思わぬ収穫だ。
「!? あ、あれが魔物、か。あんな魔物、見たこと無いわね。あんたは何か分かる?」
僕が何も言わずに顔を近付けたからか、彼女は一瞬ビクッと驚いた後、少しどもりながら小声でそう言った。
「いや、僕も見たことない。何だろ、あれ」
この位置から[視覚強化]で見てもブルブル震えていること以外何も分からない。これでは先程と殆ど一緒だ。
もう少し近付くか? でも、ちょうど良い太さの木が近くに無いな。どうするか……。
そうやって悩んでいると今度はネイが僕の耳に顔を近づけて話しかけてきた。
「あんたならここから攻撃できないの?」
「!? う、うん。あ、いや、できると思う」
……何も言われなかったら確かにビックリするね、これ。
そう思いネイの方を見ると、彼女はまるで悪戯に成功したかのようにニンマリと笑っていた。なんだかしてやられた気分だ。
「とにかくやってみるよ。一応耳を塞いでおいてね」
「わかったわ」
ネイが両耳を手で塞いだのを確認する。
そして気持ちを入れ替えて、魔物の方に向き直り右手を上げる。
頭の中で魔法のイメージを作り上げる。
僕とあの謎の魔物との間に回路を作るイメージ。
その回路上の-極を僕の手のひら、+極を謎の魔物に集めるイメージ。
そして、電子は-極から+極に流れる。
それをハッキリと意識して魔力を放出する。
「[雷撃]」
一瞬。
凄まじい轟音。
目が眩む程の閃光。
認識できたのはたったそれだけだった。
そうしてしばらくすると眩んでいた視界が段々と戻ってくる。
すると周りの景色が認識できるようになってきた。
そして、気づけば謎の魔物は動かなくなっていた。
「魔力はそれほど込めてなかったんだけどな……。凄いうるさかったな……」
耳を押さえながら周りを見渡す。特に火が出ているなどの被害はないみたいだ。
どうやら擬似的に再現した雷は僕の狙い通りにまっすぐ進み、謎の魔物を穿ったらしい。その証拠に謎の魔物からはプスプスと煙が出ている。
「な、何? 今の……」
耳を押さえていたネイが恐る恐ると言った様子で顔を上げる。どうやら今の雷に相当驚いたらしく、瞳に涙が浮かんでいる。そんな彼女を安心させるようにポンポンと頭を叩きながら今の攻撃の説明をする。
「今のは魔法で再現した雷だよ。まぁあれだけの音が出るとは思わなかったけど」
初めてにしては上手くいった方だが、まだまだ改良は必要だな。特にあの轟音。よく僕の鼓膜が破れなかったなと感心するくらいの大音量だった。
頭の中でどのように改良を施そうかと考えていると、ネイが僕の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きついてきた。よっぽど怖かったのだろう。声を押し殺しながら泣いている。もう少し優しい魔法を使えばよかったな。ポンポンとネイの頭をなでながら今一度反省する。
少しの間そうやっていると、ネイは自分から離れていった。そして涙を拭い、何時もの彼女に戻る。
「それで、魔物はどうなったの?」
先程まで煙をあげていた魔物の遺体からは、もう煙は立っていなかった。そのためここから見れば謎の魔物は何ともないように見える。
だから僕はネイに魔物がどうなったかを伝える。
「もう動いてないよ。行ってみよう」
僕が先行して魔物の遺体に近付く。そうやって近付くにつれ細かな部分がハッキリと見えてくる。そしてその魔物の全貌を視界にいれた時、全身から力が抜けた。
「……なんだ。ホーンラビットじゃない」
僕の後ろをついてきていたネイがそう呟いた。そう。僕がわざわざ派手な魔法を使ってまで倒した魔物はゴブリンと同じくらい弱い魔物であるホーンラビットだった。角が額に一本生えたウサギである。
僕が魔法で仕留めたホーンラビットは一部を除き、焦げた部分がない。その焦げた部分でさえ、毛皮に小さな穴が開いている程度だ。おそらくその穴から血液に電流が流れ、そのまま絶命したのだろう。
そんなホーンラビットは食事をしていた最中だったのか、口に植物を加えたまま絶命している。
「僕らはホーンラビットのお尻をずっと見ていたんだね……」
ホーンラビットのお尻は丸い。そして食事の最中だったから、体がブルブルと小刻みに震えていたんだろう。
「なんだかホーンラビットのお尻に過剰な警戒をしていたわたしたちがバカみたいね」
「……まぁ警戒しないよりはマシだよ。スライムだと思ったらオーガだったなんて話があるらしいしね」
「そんなバカみたいな話があるの?」
「うん。実家にあった本で読んだことがあるんだ」
ふーん。そうなんだ。と、さして興味も無さそうに呟くネイ。さすがに七歳にもなると童話には興味を示さないか。結構面白かったんだけどな、あれ。
そんなことを考えているとふとあることに気づいた。
「ねぇ、ネイ。そういえばこの森に入ってからスライムを見た?」
「スライム? それならその辺にいっぱい……あれ? いないわね。……そういえば森に入った時から見なかった気がするわ」
街から一歩外に出れば、どこにでもいるスライム。それこそ河原や山の上、火口にもいるらしい。
そして当然森の中にも。
実際に僕らが王都からこの森に来るまでにも何匹も見かけた。
しかしこの森に入ってから今までスライムを見かけていない。
今思い出してみると僕の魔力探知にも魔物は見つからなかった。それは当然スライムも含む。
何だか嫌な予感がするな……。
「ネイ、今日はもう帰ろうか」
「そうね。何だか嫌な予感がするわ」
どうやらネイも僕と同じく嫌な予感がしたらしい。
ホーンラビットは王都のギルドの裏にある広場を借りて解体する事にしよう。
そう決め、ホーンラビットの遺体を丸ごと[ストレージ]に突っ込む。
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