隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
47話 依頼と血液
冒険者ギルドはランク制度を採用しており、下から順番に黒、茶、青、緑、黄、赤、白、銅、銀、金となっている。この中で黒と茶色は駆け出しのひよっこ冒険者。青と緑は一人前の冒険者。黄と赤は手練れの冒険者、となっており、赤までなら冒険者を続けていると自然となれるといわれている。
その上の白、銅は天才の領域。銀は伝説。金は英雄と呼ばれている。是非とも金まで上り詰めてみたいものだ。
そしてそのランクを上げるにはギルドに貢献しなければならない。その貢献とは、正確にはギルドが発注した依頼をこなすことだ。
そうしてギルドのランクを上げていけば様々な特典がついてくる。それは武器や防具を購入する際の割引であったり、指名依頼の報酬の増加であったり、と様々だ。
ちなみにネイは報酬の増加という点に目を付けており、この二ヶ月間で少しでもランクを上げたそうにしていた。
他にも細々とした規則や注意すべきことの説明を受けた。
そして一通り説明を受けた僕らは受付から離れ、依頼書が張り出してある依頼ボードの前に立つ。
「ネイ、どの依頼を受ける? 僕は何でもいいよ」
僕は二ヶ月後の入学試験までに実戦経験をある程度積めればそれでいいので、依頼の選定は全てネイに任せ、僕は後ろの方で待つことにする。
一つ一つじっくりと依頼書を確認していくネイ。しばらくそうしているとどの依頼を受けるか決めたみたいだ。こちらにトテトテと早歩きでやってくる。その手には二枚の紙が。
「この茶色と黒の常設依頼を受けましょ!」
「わかった」
ネイは報酬が豪華な依頼を受けるかと思ったが、意外にも一年中、常に張り出されている二つの依頼、常設依頼を受けることに決めたらしい。特に異論はないので首を縦に振る。
ギルドの依頼は自分の現在のランクの一つ上の依頼まで受けることができるのだ。
そのため茶色を含めたそれらの依頼書を持って、受付で受注手続きをする。
今回の依頼内容は黒が薬草採集、茶がコボルト討伐だ。いずれも王都の近くにある森で依頼を果たすことができるらしい。
そうして手続きを終えた僕らは早速王都の外に向かった。
「そういえばまだ朝食を食べてなかったね。何か適当に食べながら行こうか」
「そういえばそうね。朝の市場で色々と目移りしてしまって忘れていたわ」
[ストレージ]から昨日盗賊から貰ったパンを取り出して、二人で食べながらのんびりと森を目指す。太陽の位置から時刻はおよそ八時。依頼をこなすにはまだ充分時間がある。
そうしてのんびりとパンを食べながら歩いていると森が見えてきた。今日の目的地である。
残りのパンを平らげ、手をパンパンと叩いてパンのカスを地面に落とす。パンだけに。……一瞬寒くなったのは気のせいだ。
そしてここからは下を見ながら歩く。薬草を探すためだ。
「あ、あった」
「こっちにもあったわ」
二人で並んで下を向く。
僕は道の右端を、ネイは道の左端を、というように役割分担して歩く。
薬草は道の脇に頻繁に生えているので比較的採取が容易だった。もっとも頻繁に生えている反面、この薬草は回復の効力が薬草の中で一番弱いのだが。ちなみにこの薬草はピース草という。
そうしてピース草を摘みながらしばらく歩いていると不意に頭上に影が刺した。二人そろって顔を上げると目の前には森が広がっている。いつの間にか目的地まで来たようだ。
「結構たくさん採れたからこれでいいんじゃないかしら」
「そうだね。それじゃあ次はコボルト討伐に移ろうか」
両手いっぱいになったピース草を見てネイがそう言う。僕の両手にもこれ以上持てない量のピース草がある。
それらを僕の[ストレージ]に全て入れる。
ネイの[ボックス]に入れない理由は[ボックス]は中の物の時間が経過するのに対して、[ストレージ]は時間が経過しないからだ。
採集して長いこと時間が経った物よりも、このように状態が良い方が高く買い取ってくれるので、こうして僕の[ストレージ]にピース草を全て入れる。
そして全てのピース草を[ストレージ]に入れ、準備が完了した。二人揃って森の中に入る。
「そういえばライン、武器はどうするの?」
するとネイが声をかけてきた。
見れば彼女は短剣を装備している。それに対して僕は何も持っていない。素手だ。
訂正。まだ準備は整っていなかった。
「魔法だけを使う気でいたから武器を装備するのをすっかり忘れていたよ」
苦笑いしてそう言い訳しながら[ストレージ]と唱える。
魔法だけを使うからといって武器を携帯しないのは間違いだ。それは万が一魔物が近くまで接近してきたら対処する術が己の拳以外無いからだ。無手の状態で使えるアーツを持っていればそれで良いのだろうが、魔法を主に使う人間はアーツを習得していない場合が多い。だから魔法使いでも武器の携帯は必須だ。まぁ、複数人でパーティーなどを組む場合は話が別だが。
メインで使っていた剣は昨日の盗賊との戦いで折れてしまったので、予備の剣を取り出す。
「二本も剣を持っていたのね」
ネイから呆れ混じりの声が飛んでくる。
実は今取り出したこの剣は、武器屋で買った剣ではない。自分で一から作り上げた剣だ。その性能は昨日まで使っていた剣の遥か上をいく。ちなみに昨日まで使っていた剣は武器屋で安く売っていた剣だったりする。何故性能の低い方を使っていたかだって? 僕は貧乏性だからだよ。
その剣を腰に装備する。
「よし。じゃあ行こうか」
「うん」
森の中。
木々の間を縫うようにして慎重に歩く。
猿のような奇怪な鳴き声や鳥が羽ばたく時のバサバサという音が聞こえる。
足下からは腐葉土の匂いが漂っている。
こうして感覚を研ぎ澄ませていると、自分は大自然の中に身を置いているという実感が心の奥底からどんどん湧いてくるな。
ゴブリンの森とはまた違った良さがある。
そんなことを感じながら、二人で極力足音を立てないように歩いていると、右前方に青いシルエットがチラリと見えた。
ジェスチャーでネイの歩みを止める。そして木の陰に隠れ、右前方を指差す。するとネイもその存在に気づいたようだ。彼女もすかさず別の木の陰に身を隠す。
そして木の陰から顔を僅かに出してその青いシルエットを観察する。
狼のような歯をむき出しにした顔。
背中側全体を覆う青い毛皮。
お腹側全体は毛皮が無いのか灰色の皮膚が見えている。
そしてフリフリと動く尻尾に狼のような足。
最後に手は人間と同じ五本指であり、棍棒を持っている。
コボルトだ。
そのコボルトが三匹集まって行動している。
それを確認した後、ネイと木の陰に隠れながらジェスチャーで会話をする。
(僕が二匹、ネイが一匹でどう?)
僕は自分を指差ししてから二本の指を立て、ネイを指差して一本の指を立てる。
それを見たネイは首を横に振った。
(私が三匹纏めて相手をするわ)
ネイが自分を指差し、三本の指を立てた。
それを見て驚いた顔をする僕。
(大丈夫?)
そして顔を少し傾け心配そうな顔を作る。
(大丈夫)
それを見て首を縦に振るネイ。
ちゃんと僕の意志は伝わっているようだ。
ならば今回僕はこのまま隠れてネイの戦いぶりを観察させてもらおう。
最初に動いたのは、当然先に相手の姿を視認していたネイだ。
彼女は木の陰から姿を現し、コボルトに向かって攻撃を仕掛ける。
「[アースランス]!」
コボルトのすぐ近くの地面が急激に盛り上がる。
そう思った次の瞬間、鋭く尖った槍が三本生まれた。
するとその槍はグングンと標的に向かって伸びていく。
それらは的確にコボルトの腹をめがけて伸びていった。
そして遂にはコボルトの腹を捉える。
「キャウゥン!?」
しかし、その土の槍で捉えることができたのは一匹のみ。
残りの二匹のコボルトは迫り来る土の槍に気づき、横や上にジャンプして避けた。
そしてその二匹のコボルトの顔がこちらの方に向く。
ネイの存在に気づいたようだ。
コボルト達は両手足を地面につき、器用に棍棒を片手で持ったまま駆けてくる。
その速さは犬程ではないものの、僕らが全力で走る速度よりも速い。
つまりコボルトに気づかれた時点で僕らは逃げられないということだ。
しかし、ネイは落ち着いた様子で次の魔法を唱える。
「[エアスラッシュ]!」
「ギャフゥ!?」
真空の斬撃を生み出す[エアスラッシュ]が放たれる。
その斬撃は片方のコボルトだけを狙ったものだった。
しかしその範囲は大きく、そして速かったからか、コボルトが避ける間もなく見事命中した。
そうして上下に別たれるコボルト。
「ガルルルル」
最後の一匹となったコボルトは、そんな仲間を一別した後、口から涎を垂らし唸りながらネイに近づいていった。
生き残ったコボルトとネイの距離はもう僅か十メートル程しかない。
僕は木の陰から出て何時でもネイを守れるように位置取りをした。
「[アースホール]」
しかし僕の心配は杞憂に終わった。
ネイがコボルトの行く先の地面に浅い穴を作ったからだ。
その穴にコボルトは足を引っ掛けて転んでしまう。
その隙を逃さずネイは片手をコボルトに向け、魔法を唱えた。
「[ファイアーボール]」
「ギャウォォォン!?」
ネイの手のひらから出た火の玉はまっすぐとコボルトに吸い寄せられ、そして着弾した。
瞬く間にコボルトの体全体が火で覆われる。
コボルトは右に左に激しく体を回転させ、必死で体についた火を消そうとする。
そうしてしばらくの間そのコボルトは暴れていたが、やがて動かなくなった。
「[ウォーター]。お疲れさま」
コボルトが暴れたことによって引火した落ち葉や草を消化しながら、ネイに労いの言葉をかける。だが、ネイの表情はコボルトを討伐したのにも関わらず、曇っていた。
「……倒すことだけを考えていたせいで、他のことを考えるのを忘れていたわ」
「まぁ、次から気をつければいいさ」
どうやら倒し方が納得いかなかったようだ。
俯くネイの肩をポンと叩き、励ます。
土手っ腹に大穴を開けたコボルト、綺麗にスライスされたコボルト、そして丸焦げになったコボルト。素材の面から見ればどれも価値がだだ下がりである。きっと冒険者ギルドに安く買い叩かれるだろうな。
そんなことを考えながら僕はコボルトの血を瓶に入れていく。
「……なにをやっているの?」
「血を集めているんだ。魔法陣を書く際のインクに使えるんだよ」
魔法陣を描く際に使うインクはその素材ごとに魔力効率などが変わる。そのためゴブリンの素材しか持っていない今の僕にとって、コボルトの血液は万金に値する。
それに血液は余程高ランクの魔物の物しか売買されていない。つまりこのコボルトの血はお金ではめったに買えない物なのだ。
そうして血液をある程度採取した後、僕らはコボルトを解体し、売り物になりそうな部位だけを集めて僕の[ストレージ]に入れる。
「これで一応受注した依頼は全て終わったね」
「そうね。けれどもう少し魔物を狩りたいわ。コボルトがあれだったし……」
ネイはコボルトの素材がほとんどだめになったことを気にしているらしく、森の奥の方をじっと見つめている。
まだ王都から出てきてそれほど時間は経っていない。木陰に隠れて見えにくいが、太陽の位置から見てもそれは明らかだ。だからもう少し森の奥に行っても大丈夫だろう。
そう判断してネイに声をかける。
「なら、もう少し森を探索しようか。運が良ければまたコボルトが見つかるかもしれない」
「……いいの?」
「もちろん」
ネイがやりたそうにしているのだ。それを邪見に扱うわけにもいかない。
それに僕としてはまたコボルトの血を手に入れることができるかもしれない。これ以上の狩りをしても決して損ではないのだ。
そうして僕らはさらに森の奥へと足を踏み入れた。
その上の白、銅は天才の領域。銀は伝説。金は英雄と呼ばれている。是非とも金まで上り詰めてみたいものだ。
そしてそのランクを上げるにはギルドに貢献しなければならない。その貢献とは、正確にはギルドが発注した依頼をこなすことだ。
そうしてギルドのランクを上げていけば様々な特典がついてくる。それは武器や防具を購入する際の割引であったり、指名依頼の報酬の増加であったり、と様々だ。
ちなみにネイは報酬の増加という点に目を付けており、この二ヶ月間で少しでもランクを上げたそうにしていた。
他にも細々とした規則や注意すべきことの説明を受けた。
そして一通り説明を受けた僕らは受付から離れ、依頼書が張り出してある依頼ボードの前に立つ。
「ネイ、どの依頼を受ける? 僕は何でもいいよ」
僕は二ヶ月後の入学試験までに実戦経験をある程度積めればそれでいいので、依頼の選定は全てネイに任せ、僕は後ろの方で待つことにする。
一つ一つじっくりと依頼書を確認していくネイ。しばらくそうしているとどの依頼を受けるか決めたみたいだ。こちらにトテトテと早歩きでやってくる。その手には二枚の紙が。
「この茶色と黒の常設依頼を受けましょ!」
「わかった」
ネイは報酬が豪華な依頼を受けるかと思ったが、意外にも一年中、常に張り出されている二つの依頼、常設依頼を受けることに決めたらしい。特に異論はないので首を縦に振る。
ギルドの依頼は自分の現在のランクの一つ上の依頼まで受けることができるのだ。
そのため茶色を含めたそれらの依頼書を持って、受付で受注手続きをする。
今回の依頼内容は黒が薬草採集、茶がコボルト討伐だ。いずれも王都の近くにある森で依頼を果たすことができるらしい。
そうして手続きを終えた僕らは早速王都の外に向かった。
「そういえばまだ朝食を食べてなかったね。何か適当に食べながら行こうか」
「そういえばそうね。朝の市場で色々と目移りしてしまって忘れていたわ」
[ストレージ]から昨日盗賊から貰ったパンを取り出して、二人で食べながらのんびりと森を目指す。太陽の位置から時刻はおよそ八時。依頼をこなすにはまだ充分時間がある。
そうしてのんびりとパンを食べながら歩いていると森が見えてきた。今日の目的地である。
残りのパンを平らげ、手をパンパンと叩いてパンのカスを地面に落とす。パンだけに。……一瞬寒くなったのは気のせいだ。
そしてここからは下を見ながら歩く。薬草を探すためだ。
「あ、あった」
「こっちにもあったわ」
二人で並んで下を向く。
僕は道の右端を、ネイは道の左端を、というように役割分担して歩く。
薬草は道の脇に頻繁に生えているので比較的採取が容易だった。もっとも頻繁に生えている反面、この薬草は回復の効力が薬草の中で一番弱いのだが。ちなみにこの薬草はピース草という。
そうしてピース草を摘みながらしばらく歩いていると不意に頭上に影が刺した。二人そろって顔を上げると目の前には森が広がっている。いつの間にか目的地まで来たようだ。
「結構たくさん採れたからこれでいいんじゃないかしら」
「そうだね。それじゃあ次はコボルト討伐に移ろうか」
両手いっぱいになったピース草を見てネイがそう言う。僕の両手にもこれ以上持てない量のピース草がある。
それらを僕の[ストレージ]に全て入れる。
ネイの[ボックス]に入れない理由は[ボックス]は中の物の時間が経過するのに対して、[ストレージ]は時間が経過しないからだ。
採集して長いこと時間が経った物よりも、このように状態が良い方が高く買い取ってくれるので、こうして僕の[ストレージ]にピース草を全て入れる。
そして全てのピース草を[ストレージ]に入れ、準備が完了した。二人揃って森の中に入る。
「そういえばライン、武器はどうするの?」
するとネイが声をかけてきた。
見れば彼女は短剣を装備している。それに対して僕は何も持っていない。素手だ。
訂正。まだ準備は整っていなかった。
「魔法だけを使う気でいたから武器を装備するのをすっかり忘れていたよ」
苦笑いしてそう言い訳しながら[ストレージ]と唱える。
魔法だけを使うからといって武器を携帯しないのは間違いだ。それは万が一魔物が近くまで接近してきたら対処する術が己の拳以外無いからだ。無手の状態で使えるアーツを持っていればそれで良いのだろうが、魔法を主に使う人間はアーツを習得していない場合が多い。だから魔法使いでも武器の携帯は必須だ。まぁ、複数人でパーティーなどを組む場合は話が別だが。
メインで使っていた剣は昨日の盗賊との戦いで折れてしまったので、予備の剣を取り出す。
「二本も剣を持っていたのね」
ネイから呆れ混じりの声が飛んでくる。
実は今取り出したこの剣は、武器屋で買った剣ではない。自分で一から作り上げた剣だ。その性能は昨日まで使っていた剣の遥か上をいく。ちなみに昨日まで使っていた剣は武器屋で安く売っていた剣だったりする。何故性能の低い方を使っていたかだって? 僕は貧乏性だからだよ。
その剣を腰に装備する。
「よし。じゃあ行こうか」
「うん」
森の中。
木々の間を縫うようにして慎重に歩く。
猿のような奇怪な鳴き声や鳥が羽ばたく時のバサバサという音が聞こえる。
足下からは腐葉土の匂いが漂っている。
こうして感覚を研ぎ澄ませていると、自分は大自然の中に身を置いているという実感が心の奥底からどんどん湧いてくるな。
ゴブリンの森とはまた違った良さがある。
そんなことを感じながら、二人で極力足音を立てないように歩いていると、右前方に青いシルエットがチラリと見えた。
ジェスチャーでネイの歩みを止める。そして木の陰に隠れ、右前方を指差す。するとネイもその存在に気づいたようだ。彼女もすかさず別の木の陰に身を隠す。
そして木の陰から顔を僅かに出してその青いシルエットを観察する。
狼のような歯をむき出しにした顔。
背中側全体を覆う青い毛皮。
お腹側全体は毛皮が無いのか灰色の皮膚が見えている。
そしてフリフリと動く尻尾に狼のような足。
最後に手は人間と同じ五本指であり、棍棒を持っている。
コボルトだ。
そのコボルトが三匹集まって行動している。
それを確認した後、ネイと木の陰に隠れながらジェスチャーで会話をする。
(僕が二匹、ネイが一匹でどう?)
僕は自分を指差ししてから二本の指を立て、ネイを指差して一本の指を立てる。
それを見たネイは首を横に振った。
(私が三匹纏めて相手をするわ)
ネイが自分を指差し、三本の指を立てた。
それを見て驚いた顔をする僕。
(大丈夫?)
そして顔を少し傾け心配そうな顔を作る。
(大丈夫)
それを見て首を縦に振るネイ。
ちゃんと僕の意志は伝わっているようだ。
ならば今回僕はこのまま隠れてネイの戦いぶりを観察させてもらおう。
最初に動いたのは、当然先に相手の姿を視認していたネイだ。
彼女は木の陰から姿を現し、コボルトに向かって攻撃を仕掛ける。
「[アースランス]!」
コボルトのすぐ近くの地面が急激に盛り上がる。
そう思った次の瞬間、鋭く尖った槍が三本生まれた。
するとその槍はグングンと標的に向かって伸びていく。
それらは的確にコボルトの腹をめがけて伸びていった。
そして遂にはコボルトの腹を捉える。
「キャウゥン!?」
しかし、その土の槍で捉えることができたのは一匹のみ。
残りの二匹のコボルトは迫り来る土の槍に気づき、横や上にジャンプして避けた。
そしてその二匹のコボルトの顔がこちらの方に向く。
ネイの存在に気づいたようだ。
コボルト達は両手足を地面につき、器用に棍棒を片手で持ったまま駆けてくる。
その速さは犬程ではないものの、僕らが全力で走る速度よりも速い。
つまりコボルトに気づかれた時点で僕らは逃げられないということだ。
しかし、ネイは落ち着いた様子で次の魔法を唱える。
「[エアスラッシュ]!」
「ギャフゥ!?」
真空の斬撃を生み出す[エアスラッシュ]が放たれる。
その斬撃は片方のコボルトだけを狙ったものだった。
しかしその範囲は大きく、そして速かったからか、コボルトが避ける間もなく見事命中した。
そうして上下に別たれるコボルト。
「ガルルルル」
最後の一匹となったコボルトは、そんな仲間を一別した後、口から涎を垂らし唸りながらネイに近づいていった。
生き残ったコボルトとネイの距離はもう僅か十メートル程しかない。
僕は木の陰から出て何時でもネイを守れるように位置取りをした。
「[アースホール]」
しかし僕の心配は杞憂に終わった。
ネイがコボルトの行く先の地面に浅い穴を作ったからだ。
その穴にコボルトは足を引っ掛けて転んでしまう。
その隙を逃さずネイは片手をコボルトに向け、魔法を唱えた。
「[ファイアーボール]」
「ギャウォォォン!?」
ネイの手のひらから出た火の玉はまっすぐとコボルトに吸い寄せられ、そして着弾した。
瞬く間にコボルトの体全体が火で覆われる。
コボルトは右に左に激しく体を回転させ、必死で体についた火を消そうとする。
そうしてしばらくの間そのコボルトは暴れていたが、やがて動かなくなった。
「[ウォーター]。お疲れさま」
コボルトが暴れたことによって引火した落ち葉や草を消化しながら、ネイに労いの言葉をかける。だが、ネイの表情はコボルトを討伐したのにも関わらず、曇っていた。
「……倒すことだけを考えていたせいで、他のことを考えるのを忘れていたわ」
「まぁ、次から気をつければいいさ」
どうやら倒し方が納得いかなかったようだ。
俯くネイの肩をポンと叩き、励ます。
土手っ腹に大穴を開けたコボルト、綺麗にスライスされたコボルト、そして丸焦げになったコボルト。素材の面から見ればどれも価値がだだ下がりである。きっと冒険者ギルドに安く買い叩かれるだろうな。
そんなことを考えながら僕はコボルトの血を瓶に入れていく。
「……なにをやっているの?」
「血を集めているんだ。魔法陣を書く際のインクに使えるんだよ」
魔法陣を描く際に使うインクはその素材ごとに魔力効率などが変わる。そのためゴブリンの素材しか持っていない今の僕にとって、コボルトの血液は万金に値する。
それに血液は余程高ランクの魔物の物しか売買されていない。つまりこのコボルトの血はお金ではめったに買えない物なのだ。
そうして血液をある程度採取した後、僕らはコボルトを解体し、売り物になりそうな部位だけを集めて僕の[ストレージ]に入れる。
「これで一応受注した依頼は全て終わったね」
「そうね。けれどもう少し魔物を狩りたいわ。コボルトがあれだったし……」
ネイはコボルトの素材がほとんどだめになったことを気にしているらしく、森の奥の方をじっと見つめている。
まだ王都から出てきてそれほど時間は経っていない。木陰に隠れて見えにくいが、太陽の位置から見てもそれは明らかだ。だからもう少し森の奥に行っても大丈夫だろう。
そう判断してネイに声をかける。
「なら、もう少し森を探索しようか。運が良ければまたコボルトが見つかるかもしれない」
「……いいの?」
「もちろん」
ネイがやりたそうにしているのだ。それを邪見に扱うわけにもいかない。
それに僕としてはまたコボルトの血を手に入れることができるかもしれない。これ以上の狩りをしても決して損ではないのだ。
そうして僕らはさらに森の奥へと足を踏み入れた。
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