隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

44話 眼と門前審査

「……え? 今、なんて……?」






 下を向いていた彼女は僕のその言葉を聞き、恐る恐るといった様子で顔を上げた。正面から目と目が合う。彼女の瞳は不安で揺らいでいた。だが、僕はそんなこと関係なく言葉を続ける。






「嫌だ、って言ったんだ。そんな約束をここでするのは、僕は嫌だよ」






「な、なんで……?」






 僕が心の内に思っていたことを正直に言うと、ネイは言葉を詰まらせながらそう言った。あまりにもショックが大きかったのか、彼女の瞳は今にも涙が溢れそうだ。
 僕は言葉を続ける。






「なんでってネイと別れたくないからに決まっているじゃん」






 出会ってまだ一日しか経っていないが、ネイといる時間は楽しかった。だからもっとネイと喋りたいと思うことは当たり前のことだろう。もっともこれは恋愛ではなく親友に向けるものと同じだ。流石に七歳に恋をすることはない。
 僕がそう言うと彼女は安堵し、嬉しそうな顔をした。
 だが、すぐに彼女の表情に影が差す。






「そりゃ、あたしもラインと別れたくないよ? 一緒にいて楽しかったし、魔法ももっと教えてほしいし……。でも、ラインは王都に行くんでしょ?」






 再び下を向き、そう言うネイ。
 そんな彼女に僕は語りかけるように口を開く。






「うん。その通りだよ。僕は王都に行く。だからさ、ネイも一緒に王都に入ろうよ。元々そのつもりだったんでしょ?」






 理由は知らないが、ネイは王都に用事があるから村から出てきたと言っていた。だからネイを誘っても問題はないはずだ。
 唯一の問題を除いて。






「そうだけど……。でもほら、昨日言った通りあたしは赤目だから、王都に入れないのよ……」






 自分の目を指差しながらそう言うネイ。
 そう言う彼女に、僕は[ストレージ]からあるものを取り出して彼女に差し出す。






「そのことなんだけどさ、これをあげるよ」






「これって……もしかしてネックレス!?」






「そうだよ」






 僕が差し出したのは白くて綺麗な糸を使用してできたネックレスだ。そのネックレスは何も綺麗なだけじゃない。その手触りはまるで天使の羽のようにふんわりとしており、それでいて丈夫で切れにくい。
 そしてそのネックレスには白の糸を丸い円盤状に加工し、何層にも重ねたものが取り付けられている。それだけでなくその円盤状の糸の層の中には魔法陣が描かれた金属の丸い板が入っている。






「着けてみて」






「そ、そんな。あたしたちは出会ってからまだ一日しか経っていないのよ? それなのにネックレスだなんて……」






 ネイは顔を少し赤らめながらそう言葉を並べ立てた。
 そうか。異性からのプレゼントとしてはネックレスは七歳の少女にとって豪華すぎたのかもしれない。もっと普通の……それこそ腕輪とか髪留めにした方が良かったかな……?
 だけどもう作ってしまったからなぁ……。材料はもう無いし、ネイと王都に入るにはこれしか手はないし……。これは受け取って貰うしかないな。






「たしかに僕らは出会って一日しか経っていない。だけどそれは関係ないよ」






 どうにか受け取って貰うために頭をフル回転させる。
 これをネイが受け取ってくれたら、きっとこれからの彼女の人生は幸せになるに違いない。だからどうしても受け取ってほしいのだ。






「僕はネイのためにこれを作ったんだ。ネイにこれを身につけてほしくて作ったんだ。だからどうか僕が作ったこのネックレスを受け取ってほしい」






 必死に頭を回転させ、言葉を並べ立てる。自分で言っていて少し恥ずかしいセリフだが、ま、まぁ所詮僕らはまだ七歳だ。いつか今日のことを忘れるだろう。だから気にしないことにする。






「えぇ!? これラインが作ったの?」






「うん。そうだよ」






 そんな僕の言葉よりも彼女はこのネックレスを僕が作った事実に驚いたらしい。まぁ、さっきの言葉を覚えられても恥ずかしいだけだから、その言葉を忘れてくれても構わないんだけどね。
 そんなふうに考えていると、ネイが口をゆっくりも開いた。






「……あたし、貧乏だよ? いくら今回の盗賊討伐でお金が手に入ったところで、そのお金は全て家に送るつもりだから、あたしはこれからも貧乏なままだよ? そんなあたしがネックレスなんて……」






 そう言って自虐的になるネイに対して僕は苦笑する。






「ネイが貧乏か貧乏じゃないかなんて関係ないよ」






 そう。貧乏かどうかなんて関係ない。僕は例えネイがお金持ちだったとしても同じ事をしていただろう。






「で、でもでも! あたしたちまだ七歳だし、その、早すぎるというか……」






「そんなことないよ。大丈夫、安心して」






 七歳だろうがそうじゃなかろうがネックレスを着けるなんて関係ない……と思う。うーむ。女心はわからんな。






「……あ、ありがと、ライン」






 そのまましばらくの間沈黙し、やがて小さな声でネイはそう言った。
 彼女は僕と目を合わせたくないのか下を向いていたが。続けて彼女は口を開く。






「そ、それじゃあせっかくだから、ラインがあたしに着けてよ」






「いいよ。……えっと、これでいいかな?」






「う、うん」






 やはりネイも女の子。男にネックレスをかけてもらうのを夢見ていたのかもしれない。
 そんなことを思いながら、僕はネイの首にネックレスをかける。
 うん。似合ってる。






「次はそのネックレスに魔力を通してみて」






「? わかったわ」






 ネイは何故ネックレスに魔力を通さないと行けないのかわからないのか、一つ首を掲げた後、魔力を通した。
 うん。ちゃんと動作しているな。それを確認して、僕は[ストレージ]から水の入った桶を取り出す。






「ネイ。これを覗き込んでみて」






 ネイに地面に置いた水の入った桶を覗かせる。すると彼女は目を限界まで見開いて驚いた後、こちらに振り向いた。






「ライン! どういうこと!? あたしの目が……目が、赤色じゃなくなってる!」






 ネイは掴みかかるような勢いで僕に顔を近づけ、そう言った。
 ネイの水色の目が勢いよく目の前まで迫ってくる。
 背中を反らせながら、僕はそんなネイに解説をする。






「そのネックレスは、実は[ミラージュ]を発動させる魔道具なんだ。それを僕がネイの目の色が変わるように調節したんだよ。つまりネイ専用の魔道具だよ」






 昨晩洞窟で夜を明かしたとき、ネイが寝静まったタイミングで僕は洞窟の中を見回った。その時にウィックスパイダーという全長約三十センチ程のクモを数匹捕まえ、そいつらが出す糸でこのネックレスを作ったのだ。もちろんネイが寝ている間に。
 それをネイに説明すると彼女は驚いた顔をした。






「全然知らなかったわ……」






「そりゃ、ネイは寝てたもんね。これは僕からのサプライズプレゼントだよ」






「あ、ありがとう。でも、これってウィックスパイダーの糸からできてるんでしょ? すぐに切れない?」






 ネイは顔を赤らめ、僕にお礼を言ってきた。
 そして当然誰もが聞いてくるであろう質問が飛んできたので、軽く解説をする。






「大丈夫。すぐに切れたりしないよ。クモの糸ってのは本当は凄く丈夫なんだ。それこそそのネックレスのように、何本かねじりあわせて一本にすれば、すさまじい強度が生まれるんだ。だからよっぽどの事がない限り切れないはずだよ」






 クモ糸は鋼鉄の五倍の強さを持ち、直径一センチの太さで巣を作れば、ジャンボジェット機を軽々と絡めとれる程凄いのだ。さらに言えば三百度の熱にまで耐えられ、その重さは同じ強度の鋼鉄と比べ六分の一程の重さらしい。
 そんな凄い糸でネックレスを作ったのだからそう易々と切れたりしない。実際にこのクモ糸を寄り合わせたものに[スラッシュ]を放ってみたが、切れなかった。
 それをネイに噛み砕いて説明するとネイは感心した様子でネックレスを見た。






「ウィックスパイダーってただの虫かと思っていたけど、そんなに凄かったのね。知らなかったわ」






 彼女はそうして納得したように首を縦に振っていた。
 そして彼女は、それより、と話を続ける。






「あたしこんな小さな魔道具ってみたことないんだけど、世間ではこんな小さな魔道具があるの?」






「ソ、ソウジャナイカナー」






 痛い所を突かれ、思わず目を逸らしてそう答える。……棒読みになったのは気のせいだ。きっと。
 しかしネイは僕が何かを隠していると感づいたのか両手を胸の前で組み、ぷくっと頬を膨らませた。






「ネックレスをくれたのに、ラインはあたしに隠し事をするんだ。ふーん。……ねぇ、ライン。あたしに隠し事なんて通じると思う?」






 ネックレスをあげたのは関係ないと思うのですが……。とてもそんなことを言える雰囲気じゃないな。
 まぁ、ネイになら話しても良いか。彼女とこれからも一緒にいることになりそうだし、いつかバレることだろうから。
 そう開き直り、僕は魔法陣の謎を全て解いたこと、自分で魔道具を作れることなど、全て彼女に話した。






「ラインって実はすっごい人だったのね!? あ、あたしなんかが本当にネックレスなんて貰っちゃっても良かったのかしら……」






「いや、ネックレスは関係ないから」






 戦々恐々としながらネックレスを手に取るネイに大丈夫だと言って落ち着かせる。
 すると彼女は顔を赤らめて一言、うん、と頷いた。……何故顔を赤らめて頷くんだ? 
 そんな事を少し考えるも、わからない。そして、まぁいいか。と、気にしないことにした。女心はわからんと相場が決まっている。






「じゃあ王都に行こうか。もう目の前だしね」






 既に王都の外壁は見えている。いつまでもこんな所でうだうだしているわけにもいかない。ネイを促して再び歩き出す。
 するとネイがこんなことを言ってきた。






「ライン! あたしはラインの秘密を誰にも喋らないと約束するわ! もしあたしが約束を破ったらそのときはもう魔法を教えなくてもいいから!」  






「わかったよ。まぁ、でも、僕はネイが他人に僕の秘密をバラさないと信じたから喋ったんだし、そこまで約束しなくていいよ」






 そんなことを二人で話ながらのんびりと歩く。
 しばらくの間そうやって歩いていると王都を目の前にして、ネイの歩くスピードが段々と落ちてきた。






「ネイ、大丈夫? 段々歩くスピードが遅くなってるけど」






 ネイの歩くスピードに合わせて僕も歩くが、ネイは返事をするのも厳しそうな顔をしながら口を開いた。






「なんだか、段々、体が重く、なってきて……」






 そう言われて僕は重大な事に気がついた。ネイに、大事な説明をしていなかった事に。






「ごめん! ネイ! 実はそのネックレス、使用者の魔力を自動的に吸い取って起動しているんだ。だから今ネイがしんどいのは体内の魔力がギリギリまで減ってきているからだと思う……」






 僕があげたネックレスは魔石を必要とせず、使用者の魔力を自動的に吸い取ることで起動している。その事実をすっかり忘れていた。




 ネイに謝罪し、道端に転がっている大きめの石の上で休ませる。そして[ストレージ]から水やら塩やら砂糖やらを適当に混ぜたスポーツドリンクを飲ませる。
 そうやって少しの間休憩していると彼女は口を開いた。






「この水、凄い美味しいわね。さっきあんたが作っているのを見たけど、何を混ぜてたの?」






「えっと、水に塩と砂糖を混ぜただけだよ」






 そう答えると、彼女はプルプルと震えだした。何やら火山の噴火前を想起させる絵づらだな。
 そんなことを思っていたら次の瞬間、彼女が爆発した。






「な、なんでそんな貴重な物を持ってるのよ! それらはもう少し大事な時に使いなさいよ!」






「えぇ……」






 ネイがしんどそうにしていたから迷わず使ったのだが、彼女にはその理論は通じなかった。どうやら塩か砂糖、またはその両方は凄い貴重な物みたいだ。全然知らなかった……。
 次からは気をつけるようにしよう。




 そうしてしばらく休憩した後、落ち着いた彼女は岩をひょいと降り、軽く体を動かしていた。
 そして、よし、と一言発すると出発しようと言ってきた。






「ちょっと待ってよ、ネイ。そのネックレスは一旦起動させると、外さない限り使用者の魔力を吸い続けるんだ。だから王都の門前審査まで外しておいたほうが良いよ」






 僕はネックレスを着けたまま、早々に歩き出したネイに向かって注意を促す。しかし彼女はそのネックレスを外すどころかギュッと握り、外さない意志を明確に示した。






「嫌よ。これはラインから貰った大事なネックレスだもの。一生外すつもりは無いわ! 」






 それに、と彼女は続ける。






「これを身につけていれば勝手に魔力を吸い取ってくれるんでしょ? それなら魔力量を増やすのにちょうどいいじゃない!」






 そう言われて、たしかにそうだ。と気づいた。僕は今まで魔力量を増やすには魔力隠蔽しながら魔力を外に漏らしていたのだ。その魔力を無駄なく有効利用するという意味でもネイが言った通り、そのネックレスと同じような携帯できる魔道具を身につけているほうが遥かに良い。






「……僕も今度何か適当な魔道具を作って携帯しようかな」






 そんなことを頭の隅で考えながら、再びネイと一緒に王都を目指す。






◇◆◇◆◇◆






 王都の外壁、門前審査が行われている場所にたどり着いた。審査の速さが遅いのか、それとも単に王都に来る人が多いのか、受付には長蛇の列が出来ている。僕らもその列の最後尾に並ぶ。
 ここはネイが赤目だからという理由で審査に弾かれた場所だ。ネイはその時のことを思い出したのか僕の裾をギュッと握り、不安そうな表情を見せた。






「大丈夫だよ、ネイ。今の君は紅眼じゃなくて水色の眼なんだから」






「……うん。そうよね」






 そう小声でネイを励ます。




 そうやってしばらく並んでいると僕らの番がやって来た。
 どうやらここは審査の速さが長蛇の列に追いついていないようだ。だが一人一人の審査自体は早いので、それほど待たずに僕らの番が回って来た。






「次。ここに名前と出身地、それからーー」






 これだけの長蛇の列だ。何回も同じ説明を行ったのだろう。受付をしている兵士はまるで説明をするのではなく、暗記しているものをただ口に出しているだけのような口調だった。そんな兵士の言葉を聞きながら、無事二人とも受付をパスした。
 そしていよいよ王都の中へ入るーー






「そこの二人、ちょっと待て」






ーー寸前で受付をしていた兵士が僕らを呼び止めた。そしてその兵士は僕らに向かってこう言った。






「その隠している眼を見せろ」






 ……やばいな。ネイの偽装がバレたみたいだ。
 僕らは足取り重く、その兵士の元まで戻る。

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