隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

36話 決定と眼帯

 翌日。
 朝ご飯を食べた後、早速サミット学園の過去問を始める。
 僕が座る席以外何もない部屋。
 机の上には既に裏向きに置かれた問題用紙と羽ペンとインク。
 顔を上げれば目の前には試験監督のサーシャ。
 そして彼女の横には時間を計る巨大な魔道具。
 今のこの部屋は本番の試験と限りなく近い環境になっている。






「坊ちゃま。準備はよろしいですね?」






 首を縦にふる。
 もはや単に勉強しているのではなく、模試を受けている気分になってきた。
 若干の緊張状態になっている僕は深く、深く深呼吸をして自分を落ち着かせる。






「では、始め」






 その声と同時に問題用紙を表に向け、羽ペンを手に取る。まずは魔法学の問題だ。






◇◆◇◆◇◆






「そこまで。これで全ての科目が終わりました。坊ちゃま、お疲れさまでした」






 その声と同時にハッとする。
 もう終わりなのか。集中していたのか随分と短く感じた……いや、違うわ。寝てたわ。
 問題が簡単すぎて三回見直ししても時間が余ったから寝たんだった。
 ま、それも仕方ないか。何せこれは七歳が解く問題だったんだから。僕が簡単すぎると感じたのは当たり前だな。いや、むしろ難しいとか普通とか感じた方が異常かもしれないな。
 そんなことをボーとしながら考えていると、サーシャが僕の目の前で丸付けを始めた。
 その間暇なのでポケットからスライム紙を取り出して魔力操作の訓練をする。




 スライム紙は魔力を流し込んだ量によって色が変化する。その色で大雑把にその人の魔力量を割り出すことが出来る。
 当初は下から二番目の茶色だった僕だが、今の魔力量は一番上から二番目に位置する赤色だ。
 一年でこれだけ魔力量が増えたのは、やはり常に魔力を外に漏らしていたからだろう。もちろんサーシャとアンナにバレないように魔力隠蔽をしながらだ。そのおかげで誰にも悟られることなく魔力量を増やすことが出来た。




 話がそれたが、僕はそのスライム紙の性質を生かして毎日魔力操作の訓練をしている。訓練の仕方は単純に魔力を糸のように操ってスライム紙に絵をかくのだ。だがこれがなかなか難しい。
 通常、魔力をスライム紙に流すと流し込んだ場所から、まるで絵の具が紙に染み込んだように広がっていく。つまり円形に広がっていくのだ。
 そうならないように流し込む魔力を極限まで減らし、糸のように操ることで込めた魔力がスライム紙上に広がらないようにする。
 そうやってスライム紙に絵を描くのが、僕が毎日やっている魔力操作の訓練だ。




 そうしてスライム紙に絵を描いているとサーシャが丸付けを終えたようだ。






「丸付けが全て終わりました。結果をご覧になりますか?」






「うん。ありがとう」






 そう言ってサーシャが解答用紙を差し出して来たのでスライム紙を一旦机の上に置き、一言断ってから受け取る。
 結果を見ると全て満点だった。
 まぁ、七歳が受けるテストだからこの結果は当たり前か。






「じゃあこれは僕が父さんと母さんに直接渡してくるよ。……サーシャ?」






 解答用紙を手に持ち、椅子から立ち上がりながらそう言ったのだが、サーシャの返事がない。訝しげにサーシャを見ると、彼女は先程僕が机の上に置いたスライム紙を両手で持ってジッと眺めていた。どうしたのだろうか?






「……坊ちゃま。これは一体なんですか!?」






 ようやく彼女がスライム紙から目を離したと思ったら、今度は僕につかみかからんという勢いでそう聞いてきた。






「何ってスライム紙に絵を書いたやつだよ。まだ途中だけど」






「それは見れば分かります! 私が聞きたいのはどうやってこの絵を書いたのか、ということです!」






「どうやってって……。えっと魔力を糸のように操って、スライム紙上に広がらないように気をつけながら流し込むんだよ」






「糸のように操って……? スライム紙上に広がらないように……?」






 サーシャに説明すると、フリーズしてしまった。僕が言っていることは理解出来るけど、信じられないみたいだ。
 説明するよりも、直接見せた方が早いと思い彼女の前で実演する。






「ほら、こうやって……」






「なんと……」






 サーシャの目の前でスライム紙に赤色の渦巻きを描いて見せると、彼女は感嘆したように溜め息をついた。






「私もやってみます」






 そう言ってサーシャはポケットからスライム紙を出し僕と同じように絵を描こうとした。……どうでもいいけど、サーシャはなんでスライム紙をポケットに入れてるんだろう。
 そんなサーシャのスライム紙には、魔力が少し広がってしまったのか親指程の太さの線が出来ていた。






「……これは、難しいですね。私ではこの太さが精一杯です。とても坊ちゃまのような細さには……」






「僕だってこの細さで絵を書けるようになったのは最近なんだよ。むしろ初見でそこまでの太さに出来るサーシャが凄いと思うんだけど」






 僕がこれをやり始めた時は線を描くどころか、紙全体に魔力が行き渡らないようにするのが精一杯だった。それに対してサーシャは初見で親指程の太さにまで押さえることに成功したのだ。素直にサーシャは凄いと思う。






「坊ちゃまはいつからこれをしていらしたのですか?」






「えっと……スライム紙のことを初めて知った時から、かな」






「それは、たしか初めて坊ちゃまの魔力量を測定したときですね。そんなにも前からこれをしていらしたのですか。……なるほど。それで坊ちゃまは上級魔法を初見で使うことが出来たのですね」






「あー、そうかも知れないね」






 魔法を使うには魔力感知と魔力操作が使えることが大前提だ。これらの技量は高ければ高いほど難解な魔法やアーツを扱う事ができる。
 [ウィンド]などを習った時は気づかなかったが、言われてみればサーシャが言った通りかもしれない。
 ここでふと、持っていた解答用紙が目に入った。そうだ。これを父さんに見せに行かなきゃいけないんだった。






「サーシャ、僕は父さんにこれを見せてくるよ」






「っは!? そうでした。申し訳ございません、坊ちゃま。つい夢中になってしまいました」






 僕がサーシャに声をかけると、サーシャはスライム紙から目を離し、謝ってきた。
 そんなサーシャに気にしないように言い、僕は父さんが今も待っているであろう執務室に足を運ぶ。
 執務室の前に立ち、コンコン、と二回ノックをする。






「どうぞ」






 すると間髪入れずに、すぐさま返事が返ってきた。それに従いドアを開け、部屋に入る。






「お疲れ様、ライン。じゃあ早速で悪いけどテストの結果を見せてくれるかな」






 父さんは執務机に座ったままそう言ったので、僕は父さんの前まで行き、持っていた解答用紙を直接渡す。






「おぉ!?」






 父さんは一枚目の解答用紙を見ると驚き、声を上げた。そして二枚目、三枚目とめくるにつれ声を失っていった。そして最後の解答用紙を見た後に父さんは深く溜め息をつき、口を開いた。






「……まさかラインがここまで頭が良いとは、父さんは知らなかったよ」






 そう言いながら父さんは僕に解答用紙を返してくれた。そして一息すると今度はキリッと引き締まった顔をしてこう言った。






「ライン、サミット学園の入学試験を受けてきなさい。そしてその学園で思う存分楽しんでくるといい」






「ありがとう、父さん」






 まだ入学が決まったわけではないが、父さんの中では決まっているのだろう。もちろん僕も試験に落ちる気などさらさら無い。
 ともかく、こうして僕がサミット学園の入学試験を受けることが決まった。






「あぁ、それと、ラインこれを持って行きなさい」






 僕が部屋を出ようとすると、父さんが何やら思い出したように机の引き出しを漁り、直方体の小箱を渡してきた。






「これは?」






「父さんと母さんからのプレゼントだよ。開けてみなさい」






 お土産は三カ月前に父さん達が帰ってきた時に貰ったし、僕は父さん達に何かを買ってもらうようおねだりした記憶もない。入学祝いにしては早すぎるし……。
 とりあえず父さんに言われた通り箱を開けてみる。
 すると中には真っ黒な眼帯が入っていた。






「……なんで眼帯? 僕、目は悪くないよ?」






 詳しくはないが、眼帯は目の病気にかかった際に使われる物じゃないのだろうか。後は海賊が付けていた、とか。そのぐらいの知識しかない。






「その様子だと知らないみたいだね」






「ん? なにを?」






「紅眼のことだよ」






 紅眼ってことは……僕の左目のことか。でも左目だけ視力が落ちたこともないし、目の病気にかかった覚えもない。
 頭の中がハテナでいっぱいになっていると、父さんが少し言いにくそうにしながらも口を開いた。






「紅眼はね……世間では《魔物の目》と言われて、忌み嫌われているんだ」






「魔物の目……?」






 そう言われてゴブリンの目を思い出してみる。……確かに紅色は紅色だけど、人間の目とは違い全体が紅色だった気がする。人間で言う黒目とか白目とか、そう言う区別なく全体が紅色なのだ。






「そうだ。その認識は世間では深く浸透していてね。もしかしたら紅眼というだけで試験を落とされるかもしれない。まぁ学園区域一のサミット学園ではそんなことはないかもしれないけど。でも、外出する時は常にそれを付けていたほうが良いだろうね」






 そんなに紅眼は嫌われているのか……。これは父さんの言う通り、常に身につける方が良いかも知れない。






「……わかったよ、父さん」






 すると、父さんは暗い空気を消し飛ばすように一度手をパンッと叩き、そして笑った。






「せっかくラインが満点を取ってきたのにこんな暗い話をして悪かったね。この話はこれでおしまいだ! ところでラインはいつ出発するつもりだい?」






 そう言って父さんは全く別の話題を振ってきた。これは父さんなりの配慮なのだろう。その勢いに僕も乗らせてもらう。






「そうだね……。出来れば試験の二月前には向こうに着きたいから……早くて明後日、遅くても来週までには出発するつもりでいるよ」






 実は入学試験までは既に三ヶ月を切っており、そろそろ二ヶ月を切ろうとしている。
 そして眼帯を付けたままの生活に慣れるのと、秘密基地にある今まで作った魔道具なんかを片付けるにはそのくらいの日数が必要だ。
 僕が父さんにそう告げると、またもや父さんは目を見開き、驚いた。






「そんなに早くに行くのかい? もう少しゆっくりしてもいいと父さんは思うんだけど」






「いや、僕は早めに行くよ。実は僕は今までゴブリンしか狩ったことがなくてさ。このままだと実技の試験が不安なんだ」






 サミット学園の入学試験は大きく分けて二つある。筆記と実技だ。
 そのうち筆記は問題ないと自負している。それは今僕が手に持っている解答用紙を見れば明らかだ。
 だけど実技は不安を感じている。
 殆ど毎日秘密基地に出かけ、そのたびにゴブリンを狩っていると言っても所詮ゴブリンだ。他の魔物、例えばコボルトやオークに、ゴブリンとの戦い方が通用することは無いと思っている。それは実技試験も同じだ。対ゴブリンの立ち回りをしても落とされるだけだろう。




 その事を父さんに伝える。






「だから僕は事前に王都周辺の魔物を相手に実技訓練をしたいんだ」






「……そう言うことなら分かった。頑張ってきなさい」






「うん。頑張ってくるよ」






 その後、少し雑談をして僕は父さんの執務室を出た。

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