隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

29話 実験と失敗

 僕は[ストレージ]から魔法陣が描かれた紙の束と既に魔石をいれてある魔石入れを取り出す。そしてその束をペラペラと捲り、目的の魔法陣を探す。




「えーっと最初に実験する魔法陣はーっと……あった。これだ」




「坊ちゃま、それは何の魔法陣ですか?」




 アンナが[ストレージ]から丈夫な紐を取り出しながら訊いてきた。アンナが[ストレージ]を使っている所を初めて見たな。




「これは魔道ランプの魔法陣をちょっと弄ったやつだよ」




 魔石入れを、探し出した魔法陣にセットしながらそう答える。魔石は魔法陣を動かすためのエネルギーを供給する物なので、魔石入れは魔法陣を起動させる上で必要なのだ。
 するとアンナが興味を覚えたのか、魔法陣をヒョイと覗き込んできた。




「アンナ、この魔法陣はどこを弄ってあるのかわかる?」




 サーシャの準備がまだ終わっていないみたいなので、アンナに簡単なクイズを出してみる。




「……いえ、坊ちゃまと違って私は魔法陣に詳しい訳ではないので分かりません」




 しかしアンナはこのクイズの答えが分からなかったようだ。簡単だと思ったんだけどなぁ。    
 そこで僕はヒントとして何も手を加えてない、魔道ランプの魔法陣を取り出した。




「あ! 模様を変えたんですね!」




「正解!」




 魔法陣は一番外側の魔法円、その内側にある内円、魔法円と内円の間にある魔法記号、内円に内接する図形、図形の中に描かれている模様の五つのパーツから成る。
 今アンナにクイズを出した魔法陣は、魔道ランプの魔法陣の模様を別の魔法陣に使われていた模様に書き替えた物だ。
 この二つの魔法陣を起動させて、その違いからその模様の役割、意味を暴き出すのが今回の実験の目的だ。要は対照実験を行うわけだ。
 もちろんこの図形だけでなく、他に魔法記号や図形などの役割や意味も暴き出すつもりでいる。




「坊ちゃま、こちらの準備は全て終わりました」




 すると入り口の方からサーシャがやってきた。彼女も準備が終わったらしい。




「よし。じゃあもう一度実験の手順を確認しようか」




 三人で円を描くように座り、これから行う実験について今一度確認する。




「まず魔法陣をこの洞窟の奥に置く。そしてサーシャがアンナの背中に僕を、この紐でこうやって括りつける」




 先程アンナが取り出した丈夫な紐を持ち、アンナと背中合わせになった状態で括るよう、サーシャに説明する。


 
「僕をアンナに括りつけ終わったら、僕達は魔法陣のそばで、サーシャは洞窟の外で待機してて。あ、サーシャは洞窟の入り口に魔法が届くギリギリのところにいてね」




「はい」




 サーシャに向けて言うと、彼女は固い表情で返事を返してきた。どうやらこれから行う実験に対して緊張しているようだ。




「そしてここからが本番だよ。まずは魔法陣の近くで待機している僕達は僕が魔法陣側、アンナが洞窟の入り口側に向いてスタンバイする。そして僕が魔法陣を起動させたと同時にアンナに合図をだすから、アンナはそれと同時に[ブースト]で僕ごと洞窟の外まで走って」




 今回の実験場であるこの洞窟は入り口から一番奥まで一直線になっている。なのでアンナが[ブースト]をかけて全力で走っても、彼女が変な所で躓かない限り、スピードを落とさずに洞窟を脱出できる。




「サーシャは僕達が洞窟から出たのを確認したらすぐに魔法で入り口を塞いで。爆風が外に漏れないようにしてほしいんだ」




 魔法陣は爆発するしないに関わらず、魔力を流してからの数秒間は起動しない。なのでその隙に魔法陣から出来るだけ離れ、洞窟の中で爆発させる。これによって、僕達が死ぬ事は無く、周りに被害が拡大しないように出来る……はずだ。とは言っても爆発の規模などは分からないので、もしかしたらこれは過剰な対処かもしれない。




「以上で説明は終わり。何か質問とかある?」




 これまでも何回かこの説明はしたから特に質問は出ないはずだ。
 しかしそんな予想と反対にアンナが手を上げた。




「何、アンナ?」




「えっとですね。洞窟から脱出した直後からは斜めに走っても良いですか? もし爆発しても爆風をあびなくて済むと思うので」




 ふむ。確かに起動させた魔法陣と洞窟の入り口の直線上にいたら、爆風を受けるかもしれない。それならアンナが言ったようにしたほうがいいな。




「わかった。それでお願いね」




「はい」




「他には何かある?」




 二人にそう訊いてみたが特に質問などは無さそうだ。




「それじゃあ実験を始めようか」




◇◆◇◆◇◆




 サーシャに僕をアンナの背中に括り付けてもらう。するとサーシャがこんな事を言ってきた。




「坊ちゃま。今度街に行って服を新しく買いましょうか。今の服はサイズが合っていないようなので」




「あー。うん、そうだね。今度買いに行こうか」




 この二カ月間、一日たりとも運動しない日は無かった。ランニングに素振り、対人訓練に魔法訓練と過酷なメニューを毎日こなした。その結果、お腹は引っ込み、全身の贅肉は殆ど無くなった。
 そのため太っていた頃に着ていた服が今の僕に合わなくなってしまった。持っている全ての服がブカブカなのだ。
 だからサーシャのその提案はありがたい。新しい服は前から欲しいと思っていたし、そのうえ僕は家の敷地から出るのは今日が初めてなので、服を売っている店がどこにあるのか知らないからだ。




「これを、こうして……と。坊ちゃま、アンナ、これで宜しいでしょうか?」




 サーシャが、僕をアンナに括りつける作業を終えてそう言った。
 手足を動かして、実験の支障にならない事を確認する。アンナも僕に了承をとった後、屈伸したり軽くジャンプをして紐が緩まないかどうか確かめた。
 サーシャは思いのほかキツく縛ったみたいだ。激しく動いても大丈夫だと安心出来るほど紐を堅く縛ってくれていた。




 それから僕とアンナは洞窟の奥に、サーシャは外に出てそれぞれの所定の位置についた。




「アンナこの魔法陣をここに置いてくれる?」




 アンナに、僕が手を加えた[ライト]の魔法陣を地面にセットしてもらう。
 一応ここで合図の確認をしておくか。




「アンナ。僕が魔法陣に魔力を流したら、その直後にアンナの頭を軽く叩く。だからアンナはそれを合図にすぐに走り出してね」




「分かりました」




 魔法陣をセットした。
 合図の確認もやった。
 よし。それじゃあ始めようか。




「アンナ、始めるよ」




「はい」




 僕がそう言うとアンナはクラウチングスタートのような体制をとった。
 同時に僕は足をいっぱいに伸ばし、手をアンナの頭の近くに持っていく。
 そしてカウントダウンを開始する。




「魔法陣に魔力を流すまで、五、四、三、二、一、ゼロ!」




 ゼロ! と声を発すると同時に、僕は足から魔法陣に魔力を流す。
 よし。これだけ魔力を流せば十分だ。
 そう判断し、僕はアンナの頭を軽くポンッと叩いた。




「[ブースト]!」




 僕が頭を叩いたと殆ど同時にアンナは走り出した。
 グングンと加速していき魔法陣がどんどん小さくなっていく。
 ビュービューと耳元で風を切る音を聞きながら周囲を見渡すと、まるで高速道路を走っている車から見る光景のように、景色が次から次へと流れていく。
 速い。
 僕が[ブースト]を全力で使って走っても追いつけないと確信できる程速い。
 すると急に視界が明るくなった。
 もう洞窟を抜けたのか。
 アンナが走る方向を少し変え、斜めに走り出した。
 強い日差しやカラカラに乾いた空気を肌で感じながら前、魔法陣をセットした方を見る。




「[ストーンウォール]」




 するとサーシャが洞窟の入り口を塞ぐように石壁を作った。
 ……魔法名を唱えて、殆どラグが無いタイミングで石壁を完成させていたな。
 今の僕では必ず二秒は掛かる。
 いくら難しい魔法をすぐに習得出来るからって、二人と本気で戦えば絶対に勝てないな。この間アンナとの模擬戦で勝ったのは、不意打ちで放出系の魔法を使ったからだ。もし彼女が放出系の魔法を警戒していれば僕は一瞬で負けるだろう。
 そんなことを考えているとアンナが急に走るのを止めた。




「坊ちゃま、魔法陣が爆発したような音は聞こえてきませんので[ストーンウォール]を解除しますか?」




 声が聞こえてきた方に首を向けると直ぐ近くにサーシャがいた。
 ここは洞窟から百メートルは絶対に離れている。そんな場所から洞窟の入り口にピンポイントで魔法を届かせ、発現させるとは……。
 僕はまだ十メートル先までしか魔法を発動させられない。それも正確に狙いを定めれるわけではない。やはりサーシャと戦えば僕が負けるな。
 改めてそう感じた。




「坊ちゃま?」




 僕がいつまでも返事しないことを訝しんだのか、サーシャがもう一度僕に声を掛けてきた。




「あ、あぁ。ごめん、ボーッとしてたよ。えっと、それじゃあ洞窟の入り口についたら[ストーンウォール]を解除してくれる?」




「承知いたしました」




 いつの間にかアンナとサーシャは洞窟に向かって歩き出していた。もちろん僕は未だにアンナに括り付けられたままだ。




 洞窟の入り口横に着くとサーシャが[ストーンウォール]を解除してくれた。そこから恐る恐るといった様子で中を覗く二人。ちょ、僕も見たいんですけど!
 しかし結果は見るまでもなかった。




「わぁ! 起動してます! ちゃんと正常に起動してますよ!」




「坊ちゃま、おめでとうございます」




 なぜならサーシャとアンナの声で結果が分かってしまったからだ。……自分の目で確認したかったよ。とほほ……。




 サーシャとアンナはそこから洞窟の奥に向かって歩いていき、魔法陣のそばまでくると、紐を解き、僕を降ろしてくれた。
 おぉ。本当にちゃんと起動してるな。
 そう感動した時間は一瞬だけ。まだ今日中に実験したい分が山ほど残っているんだ。時間が勿体ない。
 [ストレージ]から羽ペンとインク、それにメモ用の紙を取り出す。インクはアンナに持ってもらおう。




「……色、形、大きさ、性質。どれも全て魔道ランプと同じかぁ……」




 おかしいな。僕の予想ではその四つの内どれか一つは相違点があると思っていたのに……。
 さて、どうしたものか。




「サーシャ、羽ペンと紙を少し持ってて」




 サーシャに羽ペンとメモ用の紙を押し付け、僕は[ストレージ]から魔道ランプの魔法陣を取り出す。それを僕が手を加えた、既に起動している魔法陣の横におく。そして起動。するとポワッと見慣れた[ライト]が浮かび上がった。




「……うーん。やっぱり同じかぁ……」




 オレンジに輝く二つの[ライト]。色、形、大きさ、性質、全てが同じだ。
 二つの[ライト]を横に並べれば些細な違いが分かるだろうと思ったのだが、全く同じ[ライト]だった。




「他に何か違う所はないのか? いや、あるはずだ」




 考えろ考えろ考えろ。
 この二つの相違点を探し出すんだ。
 直接[ライト]に触れたり、下からそれを覗き込んだり、魔法陣ごと持ち上げてみたり……。
 だけれど、それでも二つの違いは見つからない。




「何故だ? 絶対に何かしらの違いがあるはず。……もしかして模様の意味はないのか? そもそも考え方からして合っているのか? 偶然化学の考え方が当てはまっただけで、実は適当に描いただけ、とか?」




 二つの[ライト]を調べれば調べる程相違点が無いことが分かる、分かってしまう。
 僕の考えは始めから間違っていたのか?
 時間が経つにつれ、当初あった自身が急速に失われていく。




「坊ちゃま」




 こうして僕が心理的に追いつめられている時、サーシャが声を掛けてきた。
 二つの[ライト]。その違いが分かったのか!? と思い、勢いよくそちらに振り返る。
 だが、サーシャがかけてきた言葉はそんな甘いものではなかった。




「坊ちゃま。もうお終いにしましょう」

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