隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

16話 努力と魔道具

「……」




 目が覚めると部屋が真っ暗だった。
 まだ朝じゃないみたいだ。
 こんな時間に目が覚めるなんて初めてだな。




 (しんど……)




 体がとても重く、そしてダルい。




(……そっか。魔力切れで気を失ってたのか)




ーーーーーーー




ーーーー









 あの時突如泣き出した僕を、サーシャは止めなかった。むしろ更に長々とお説教が続いた。
 元々僕を泣かす前提で怒ってたってことだろう。
 だがその長々としたお説教が終わってもなお、僕が延々と泣き続けたことになにやら軽い罪悪感でも感じたのか、優しく話しかけたり頭をナデナデしたりと色々やってきた。
 すると僕の泣き声が思っていた以上に大きかったのか、はたまたサーシャが戻ってくるのが遅かったからか、どちらにせよアンナが僕達を心配して様子を見にきた。
 そこで僕の状態を見、サーシャから事の経緯を聞くと、彼女はすぐに水を持ってきた。…………脱水症状の心配をして。いや、心配してくれたのは嬉しいんだけど、心配するところがちょっとズレてない?
 その行動に一瞬、呆気にとられたせいなのか、はたまた時間が解決したのか、その後は徐々に涙が収まっていった。




 その後はきちんとサーシャに誠意をこめて謝罪し、二度と指示や注意を破らないと二人の前で固く誓った。前世のことを思い出したことによって泣き続けていたが、それでもサーシャのお説教の内容はちゃんと頭に入っている。
 そんな僕の様子を見ていたアンナがサーシャに小声で何事か話しかけると、サーシャは若干迷った様子を見せた後に一つ頷き僕にこんな事を言ってきた。




『坊ちゃまが訓練以外で、どうしても魔法を使いたいと言うのならば、ベッドの上で、そして私達の内どちらかが傍にいるという条件で自由に使うことを認めましょう。ただし、それ以外の状況でどうしても使わざるを得ない場合を除き、魔法を使った場合は私達の訓練は即終了とさせていただきます。よろしいですね?』




 まさかそんな妥協案が出てくるとは思っていなかったので二つ返事でオーケーした。
 そして早速サーシャの監視のもと[ライト]を使おうとしたのだが、その時




『もし魔力切れを起こし、魔力量を増やすことを目的として魔法を使うのならば、それは一日に一回だけにしてください』




と言われた。
 魔力量は増えすぎて困ることなんて無いだろうし、僕の場合はむしろ増やさないといけない。そこはサーシャも当然分かっていたからこそ、あえてこの話を出してきたのだろう。
 それに一日一回ならその一回は寝る前にするべきだろう。仮に深夜に目を覚ましてもそのまま朝まで眠ってしまえばいいのだから。
 僕はすぐさま魔力を大量に[ライト]に費やし、わざと魔力切れを起こさせた。







ーーーー




ーーーーーーー




 あれからどれだけの時間がたったのかは分からない。だがそんなことを考えるよりも、今は早く寝よう。




(このしんどさを少しでも取り除かないと。あんなことがあっても、明日からはまたいつも通りの二人にもどるだろうし。それにこのしんどさを残したまま訓練に参加したら絶対に地獄を見る……)




◇◆◇◆◇◆




 今まで前世のことを思い出さなかった。いや、違うな。思い出そうとしてこなかった、と言う方が正しい。なぜなら皆ともう二度と会えないという事実を認めたくなかったから。




「すごい! 凄いですよ、坊ちゃま! 初めて10周を完走しましたね!! おめでとうございます!!」




 だが、僕は昨日の一件でその事実を受け入れることができた。……18年も生きてきて、みっともなく泣き喚いたことは忘れたい。新たな黒歴史が出来てしまった……。




「坊ちゃま、 座って休憩してください。 まだサーシャさんが来るまで時間がありますから楽にしましょう」




「ハァ、ハァ、ハァ…………まだ時間があるならもう一周走ってくるよ」




「えぇ!? 本気ですか!?」




 今まで僕は、ラインという人間は僕の事ではなく、どこか他人のように思っていた。僕は前世の世界の人間で、この世界の人間ではない。同様に僕はラインではないと心のどこかで考えていたからだろう。




「坊ちゃま。今日は何時もより沢山食べますね……。アンナの影響かしら……」




「サーシャさん、坊ちゃまに失礼ですよ」




「そ、そうね。……私が言いたいのはそういう事じゃないのだけれど……」




 だが昨日の一件を経て、今の僕は、前世の僕とは全く別の人間、ライン=ノルドであるという事実を受け入れた。
 同時にこれからこの世界でライン=ノルドとして生きていく決心がついた。
 そう決意した瞬間、まるで歯車と歯車が噛み合ったように、心と体が完全に繋がった。自分でも何故確信を持って言えるのか分からないが、確かにそう感じたんだ。
 そして体の奥底から力が沸き、全ての感覚器官が鋭敏になった……というより僕が転生してきた時にこの体の感覚や力に制限がついていて、その制限から解放された、と言った方が正しいかな。
 分かりやすい例を上げるとすれば、奥歯の間にエノキが挟まって最初は気持ち悪さを感じていたが、ずっと挟まってるとその気持ち悪さになれてしまう。この状況が転生してから今までの僕。
 そしてそのエノキが取れた時の、慣れてしまった気持ち悪さが払拭された感覚。これが今の僕の状態。
 これは僕の心とこの体が完全に繋がった影響だろう。




「……あら? 坊ちゃま、どうしたのですか? 私が魔力を注いでも悲鳴を上げないとは……。それに変顔をして笑わせようとしてくる余裕まであるとは……。はっ!? まさか逆に気持ち良く感じるようになってしまわれたのですか!?」




「違うよ! 普通に我慢してるんだよ! あと必死に叫ばないようにしていたから変な顔になったの!」




 決心がついた影響か、はたまた体の感覚や力が正常に戻り、完全に自分の物にしたからか。訓練に対する心持ちが変わり、これまで以上に真剣に行うようになった。
 だけどいくらこの体の感覚や力を自分のものにしたからといって、三日分の訓練を一日で出来るようになったのには自分でも驚いたよ。




「……坊ちゃま。食べるのは程々にしてください。既に何時もの二倍は食べていますよ」




「大丈夫ですよ、サーシャさん。この後も階段で運動するのですぐに消化しきれますよ。それに1日ぐらいご飯をたくさん食べても太りません! モグモグ」




「そうじゃなくて私は坊ちゃまの体調を……って、全く聞いてないわね……」




 そして、もう一つ決心したことがある。
 前世を思い返すとやり残したことや、やりたかったこと、やっておくべきだったことが沢山あり後悔した。だから今世では、なるべくそんな思いをしないためにも、自分がしたいと思ったことを積極的にやっていきたい。もちろん悪事に手を染めない、他の人になるべく迷惑をかけないことが前提だ。




「お水をどうぞ。確実に体力はついてきてますね。この間よりも遥かに早く終わりましたよ!」




「ありがとう。……確かに十往復し終わった今でもまだ行けそうな気がする。足に力が入るし、重くない。前とは全然違うよ」




 しかしライン=ノルドとして生きていくと決心したものの、前世の僕の記憶は無くならない。それは僕が転生する前のラインの『記憶』も同じだ。
 前世での知識や経験は僕の大切な人達から得たものが大半だ。つまりこれらは彼等彼女等との繋がりを示す唯一の物。
 それを僕の心の内にずっと秘めておくのもいいが、有効活用したほうが遥かに良いだろう。だから使えそうな知識や経験はどんどん使っていこう。
 まぁ記憶は時間とともに消えていくから目に見える形で残したいってのが一番の理由なんだけどね。




◇◆◇◆◇◆




 それから二週間が経ったある日。
 アンナとの晩御飯後の運動を終えた僕は、部屋に戻り体を拭いていた。




「坊ちゃま」




「はーい」




 丁度体を拭き終えたタイミングでドアの方からサーシャの声が。




「これから魔力を使おうと思っていたから、タイミングはバッチリだよ」




 そう言いながら、ドアの外にいたサーシャを部屋に入れる。
 あ、ドア開けとかないと。
 暗闇に慣れきってしまって、明かりつけるのを忘れていた。すると部屋が優しいオレンジ色に染まった。




「ありがとう、サーシャ」




 サーシャが明かりを付けてくれたようだ。




「坊ちゃま。一つ話があるのですが良いでしょうか?」




「いいよ」




 サーシャが座る用の椅子をベッドの横まで持って行く。
 ……あ、既に自分で移動させてましたか。そうですか。




 僕がベッドに腰を下ろすとサーシャも椅子に座り、話を切り出した。




「ここ最近の坊ちゃまは大変頑張っておられますが……お体の調子は大丈夫ですか?」




「大丈夫だよ。あーでも、最近筋肉痛が酷いってのはあるかな」




「そうですか。なら良かったです。ですがアンナの訓練メニューより多く運動するのは少し控えて下さい。今の坊ちゃまの年齢で無理をし過ぎてしまうとお体に良くありませんから」




「これでも筋肉痛がある時はアンナに言って運動を控えているんだけどね。でもサーシャがそう言うなら了解したよ」




 そういえば、まだ僕は六歳なんだった。訓練のことばかり考えていたから、すっかり忘れてたなぁ。
 それを考慮すると、確かに無理をするのは程々にしたほうがいいかもしれない。




 その時の空いた時間をどのようにして過ごそうか、と今から考えていると、視界にオレンジ色に光っている魔道具が。




「……あ、そうだ! 魔道具について教えてよ!」




「魔道具ですか。使い方なら特に難しくないので今この場でお教えしましょうか?」




「お願い!」




 サーシャに怒られてから今まで、自分の体の変化ばかりに気を取られて魔道具の事をすっかり忘れていた。
 だが一度思い出してしまうと僕の中で好奇心がムクムクと沸いてきた。
 使い方だけじゃなくてどんな構造になっているかも興味がある。色々聞いちゃおう!




 サーシャが棚から行灯を取り出し、僕達のすぐ側に置いてくれた。




「結構でかいんだね」




 下から見上げてもよくわからなかったが、この行灯は大人が両手で抱える程の大きさだった。
 ……そんなものを棚に置いてるんだから、上から降ってきたら確かに死ぬな。むしろ頭がトマトみたいに潰れていなかったのが奇跡じゃないか?
 ……後で部屋の隅に置いといて貰おう。




「これは魔道ランプと言いまして、基本的に貴族様や裕福な商人が馬車の中で野宿するときに使われるものです」




「へー。そうなんだ」




 ……ちょっと待って。なんか今の言葉だけで僕の頭が爆発しそうなんだけど。
 馬車? 野宿? これを外に持って行って使うの? どうみてもこれは家に置いとく物の大きさでしょ。
 それになんで外で使うものが僕の部屋の棚にあるんだよ! どう考えても危ないでしょ!
 ……あ、疑似転生前のライン君がだだをこねたせいですか。自業自得ですか。……いや、止めろよ。




「てかこんな大きい物、この前片付けたときは無かった気がするんだけど……」




 僕が転生してきたあの日。頭の中で考えを巡らせ、そちらに意識の半分以上を向けていたとはいえ、こんなに大きいものがあったら流石に覚えている自信がある。




「それは坊ちゃまが片付けるように仰ると思い、私が先に片付けていたからです。とは言っても先に片付けることができたのはこれだけですけどね」




 道理で見覚えが無かった訳だ。








「世の中には様々な魔道具がありますが、それらの使い方は基本的に同じです」




 そう前置きすると彼女は[ライト]を二つ浮かべ魔道ランプの明かりを消した。そして行灯で言う外側の模様が付いている紙の部分、ランプでいう外側のガラスの部分に当たる場所を持ち上げた。
 するとそこだけカポッとはずれ、中から複雑な模様が顔を見せた。




「……これ、何?」




「これは魔法陣と言います。この魔法陣に魔力を注げばそれに対応した魔法が発現します」




 ……これが魔法陣、か。前世で中二病をこじらせて調べた、星形やら複雑な図形やらが書かれている魔法陣とは全然違うな。
 共通してるのは円形ってことぐらいか? 
 他には渦巻きや、よく分からない文字、いや、記号か? とにかくそんな感じの模様があった。


 
「えっと、ここに魔力を注げばいいんだね」




 サーシャに指示され、目の前の魔法陣に魔力を注ぐ。
 すると魔法陣の中心からオレンジ色の[ライト]がボワッと浮かび上がった。

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