隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

7話 階段とスイカ

「内包系、ですか?」




「うん。アンナはそれの方が得意だから、サーシャに魔法を教えてもらった方が良いって言ってた気がする」




 そう言うと、サーシャは納得したような顔をした。




「なるほど。つまり坊ちゃまは、放出系の魔法を使いたいと言うことですね?」




 いや、そんな顔で確認されてもよく分からんのだが……。




「ごめん……。一から説明をお願いします」




「……分かりました。魔法は大きく分けて2種類あり、一つは放出系、もう一つは内包系と呼ばれる体系に分かれています」




 少し呆れた視線を向けられながら説明を聞く。……すみません。




「この二つは、単純に魔力を体外に放って魔法を使うか、体内に留めて使うかによって分けられています。例えば……」




 彼女はおもむろに右手を机の上に出し、手のひらを上に向けた。




「これが放出系の魔法です。」




 彼女の右の手のひらの上に、ピンポン球程の大きさをした白く輝く球体が浮かび上がる。




「おぉ!! すごい!! これが魔法か!!」




 初めて見る魔法と言う現象に年甲斐もなくはしゃいでしまう。
 ……いや、今は6歳だから別にいいのか。精神は18歳?細かい事は気にするな。




「これは[ライト]、または[ライトボール]と呼ばれる放出系の代表的な魔法です。」




 興味が湧きそのライトとやらにソーッと手を伸ばして触る……直前にサーシャが右手を引っ込めそれを消した。……いい笑顔しやがって。




「そして、えーっと……なにか良いもの……はないわね。坊ちゃま少々お待ち下さい。すぐに戻りますので。」




 急にキョロキョロと周りを見渡し何かを探していたが、目当ての物が無かったのか台所の方に歩いていった。




 ……この間に魔力操作の練習をしよう。
 魔法を初めて見たせいで、《魔法を使いたい》という思いがより一層強くなった。




 しかし五分もしないうちにサーシャが戻ってきたので、練習を中断して向き直る。
 ……魔力操作の練習をしながら彼女の話を聞く、なんて器用なことが出来たらいいのだが。
 右手で計算問題を解きながら左手でゲームを同時にするようなものだから、僕には無理だな。




 そんなことを考えているとサーシャが椅子に座り、説明を再開した。




「次は内包系の説明ですね。坊ちゃま、まずはこれを手で割ってください」




 そう言って渡してきたのは白い皿に乗った、緑と黒の模様が特徴的なスイカのような物。




「これは?」




「スイカです」




 スイカでした。




「……このスイカを手で割れと?」




「はい」




 ……無理じゃね?
 いくらポッチャリ系六歳児でもこれは無理だよ? いや、普通の六歳児でも無理だと思うけど。
 戸惑いつつも、やれと言われたのでとりあえずやってみる。




 立ち上がり左手でスイカを抑える。
 右手を握りゆっくりと後ろに引く。
 そして息を止めて……殴る!!




「とりゃ!!」




 ポキッ




「オォォォォォ……右手がぁぁぁぁ……」




 何やら怪しげな音を鳴らした右手は、すぐさまサーシャの魔法で治された。




「とまぁ、この様に坊ちゃまや私のような非力な存在は、素手でスイカを割るような事は出来ませんがーー」




 なにも無かったかのように説明を再開しよった!




「内包系の魔法を使えば……」




 そんな僕の心境を無視し、彼女は何気ない動作で右手の人差し指をスイカに突き刺した。
 ……はぁ!? 突き刺した!?




「サーシャ!! 指は大丈夫なの!?」




「えぇ。全く問題はありませんよ」




 何でもないことのように言って、サーシャはスイカからズボッと指を引っこ抜いた。




「すると、あら不思議。簡単に穴が開いてしまいました」




 おどけたようにして、スイカに開いた穴をこちらに向けてくる。




「……なんも言えねぇ」




「言ってるじゃないですか」




 いや、確かにそうだけど!! 
 僕が言いたかった事とは少し違う!!




「この様に放出系の魔法と違い、自分の体内に魔力を留め、身体能力を強化する魔法が内包系の魔法です」




「なるほど……。確かにこれは凄いね。常に内包系の魔法を発動してたら無敵じゃん」




「いえ、その様なことをする人はいないでしょう。内包系の魔法は体内に魔力を留めて使いますが、身体能力を強化すればするほど魔力の消費量も増大します。それに、常に全身に魔力を張り巡らせることをできる人はまずいませんから」




「え? そうなの? 魔力の消費量の問題は仕方がないとしても、常に全身に魔力を張り巡らせる事って練習すれば出来そうだと思ったんだけど……」




「確かに練習をすれば出来るかも知れません。しかしそれは常に自分の体の動きをイメージしつつ魔力を張り巡らせる事になるのですぐに集中力が切れることになります」




 なるほど。それはしんどそうだ。




「例えば、好きな物を食べてる時も口や手の動きに気を配らなければなりません。その場合口や手の動きに気を取られすぎて、味など殆ど記憶に残りません」




「それは嫌だな。好きな物を美味しく食べれないなんて地獄でしかないじゃん。なら内包系は一時的に使う方がいいのか」




「殆どの人はそうやって使うそうですよ。まぁ、内包系の魔法に関しては私よりアンナの方が上手なので、何か質問があればあの子に質問するといいですよ」




「あー。確かにアンナは放出系より内包系の方が得意って言ってたな。それなら内包系の魔法はアンナに教えて貰おうかな」




「私もそれがいいと思います」




 するとサーシャは何かを思い出したように言ってきた。




「そう言えば、アンナが宜しければダイエットのお手伝いをしたいと言ってましたよ」




「そうなの? それなら頼もうかな」




「ならば、これからアンナの所に行ってみては如何ですか? 坊ちゃまのために張り切って色々と考えている様でしたし。それに、これからしばらくは魔力操作の訓練が続くので、今すぐ私から教えなければならない事はありませんし」




「分かった。アンナがこの時間に何処にいるか知ってる?」




「まだ先程使った食器を洗っていると思います。私が交代するついでにアンナを呼んできましょう。坊ちゃまはここで少しの間お待ちください」




 そう言い残して台所に歩いていった。
 ……五指をスイカに突っ込んで。
 いやそれは、一時的の範囲を越えてない?
 あと、お皿があるんだからそれする意味あった?




◇◆◇◆◇◆




「これから何処に行くの?」




 木製の床独特の心地よい靴音を聞きながら、前を歩くアンナに気になった事を尋ねる。




「一階と二階を繋ぐ階段です。今日はもう外が暗いので、そこで一階と二階を行き来しましょう」




 なるほど。今の体力を考えたらその辺が妥当か。……いや、机と椅子を運んだだけで息切れする体だぞ? むしろ意外とキツイのでは?




 不安を抱きつつ、角を曲がる。そこから少し進むと木でできた階段が。
 んー……。僕の部屋は一階にあるからここを使った記憶は殆どないんだけど、思っていたより段数あるね?
 だんだん自信が無くなってきた……。
 だけど、手すりがちゃんとあるのはグッジョブ。




「では坊ちゃま、私も一緒にやりますから頑張りましょう! 目指せ、十往復です!」




 十往復かぁ……。




「う、うん。頑張ろう……。目指せ、じゅ……やっぱり三往復で許して?」




 今の体力を考えたら三往復でバテるんじゃないかなぁ……。




「坊ちゃまなら大丈夫です! 十往復くらいすぐに終わりますよ! 私を信じてください!」




 冷静に考えると、彼女をいくら信じてもやはり無理だと思う。
 ……だが美少女メイドにそんなことを言われたら、彼女を信じない男などいるだろうか。いや、いない!!




「分かった! アンナを信じるよ!!」




 よし!! 目指せ十往復!




ーー開始から三分経過ーー 




 余裕のある軽い足取りで一階の床に足を着ける。この木材でできた床は、ベッドとか椅子と違ってギシィって言わないから凄く安心できる。


「これで一往復か。まだまだいけるな」


「坊ちゃまなら絶対いけます! 今みたいにゆっくりでいいので、がんばってください!」


「分かった。がんばるよ!」




ーー開始から七分経過ーー




 先程より少し弱々しいものの、それでもまだ余裕がある軽い足取りで、一階の床に足を着ける。


「……よし。これで三往復」


 少し息が切れてきた。けど、まだ余裕はあるから大丈夫だ。
 思っていたよりもいけるな。


「おぉ、まだ七分ですか。私が思ってたよりだいぶ早いですね。この調子でどんどん行きましょう!」


「了解! この調子でがんばるよ!」




ーー開始から十分経過ーー




 滑らかな手すりに手を添え、普通に降りる時より少し重い足取りで一階の床に足を着ける。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……。これで、五往復っと!」


 キッツイなぁ……。もう息が切れてきた。
 まだあと五往復も残っているのか……。


「坊ちゃま、これでもう半分終わりましたよ! 残り半分です。がんばりましょう!」




「まだ半分も……。いや、アンナの言う通りもう半分終わったんだ! がんばろう!」




ー開始から十五分経過ーー




 先程より大分重い足取りで、一階の床に足を着ける。




「はぁ、はぁ、はぁ……。これで、七往復目……」 




 足が重い……。足におもりをつけてるような感じがする。力が入らん……。




「坊ちゃま、あと三往復です。もう少しで終わります! がんばってください!」




「あと三往復もあるのか……」




ーー開始から三十分経過ーー




 足の裏を若干引きずるようにして、一階の床に足を着ける。




「はぁー、はぁー、はぁー……」


 これで、えっと……九往復か……。
 無理、もう無理。これ以上は歩けんよ……。
 足上がらんもん。頑張って足あげようとしても上がらんもん。




「坊ちゃま、あと一往復です! ラストですよ! がんばってください!」




「…………」




ーー開始から五十分経過ーー




 摺り足で段差を降りるようにして、一階の床に足を着ける。そしてそのまま床に寝転がる。


「ハーッ、ハーッ、ハーッ……」


 酸素! 酸素頂戴! 息継ぎ切らしたら死ぬ!
 それか水頂戴! 喉が乾燥して声が出ないんよ! お願いだから水頂戴!


「すごい! さすが坊ちゃまです! 私が思ってたよりだいぶ早く終わりましたよ! お疲れ様でした」


 お疲れ様でした~……じゃなくて! 水頂戴って! 今欲しいのは褒め言葉じゃなくて水!


 僕の必死の思いと視線に気づいたのか、アンナが


「お水を持ってきますね。すぐに戻るので少しの間お待ちください」


と言って駆けて行った。
 そっちは…………台所か!
 と言うか、何故最初から水を用意してないの?
 ……あ、僕の体力が予想より遥かに低かったって事ですね。すみません。






 すぐ近くの壁に上半身を預け、休憩する。まだ息は上がって声が出ないものの、さっきより大分楽になってきた。……それでものどは渇いているので水が欲しい。




 早く水を持ってきてくれ……と心の中でアンナを急かし、水なし地獄を耐えていると、アンナが走って行った方向から足音が聞こえてきた。




 やっと帰ってきた! 
 早く来てくれアンナ! 
 もうこれ以上は待てないよ!




 すると、アンナが角を曲がってこちらにやって来た…………スイカが乗ったお皿を持って。




 ちがうよ! それじゃないよ! 確かに水分は多いけど、今はガブガブと水を飲みたいの! シャクシャクして水分を取りたいわけじゃないの!
 それに、ご丁寧に四等分されて分かりにくいけど、それさっきサーシャが穴開けたスイカじゃん!




「坊ちゃま! 頑張ったご褒美にこれをどうぞ!」




 違うんだ! スイカじゃなくて水が欲しいの! 頼むから水を頂戴!
 そんな僕の心の叫びは残念ながら伝わらず、アンナがスイカを押しつけてきた。
 それでも、(違う。これじゃないんだ)という思いを少しでも伝えようと首を振る……あかん。力が入らんわ。




 仕方がないから水はもう諦め、スイカで水分を採ろうと頭を切り替える。
 押しつけられたスイカを少し齧る。




 シャク。




 このスイカ、めっちゃ旨いやんけ……。
 クソゥ……。




「聞いてください、坊ちゃま!」 




 僕がスイカを食べていると、アンナが唐突にそう言ってきた。




「実はですね……。私が水を取りに行った時、サーシャさんに『坊ちゃまが頑張って階段の上り下りの十往復を成し遂げました!』って言ったら、サーシャさんも余程嬉しかったのか、今まで見たことのない笑顔を浮かべたんですよ!」  




 ふむ。サーシャが笑顔ね……。
 嫌な予感がする。




「しかも、『坊ちゃまと一緒に食べなさい』ってこのスイカをくれたんですよ」




 サーシャの仕業かぁぁぁ!
 でも美味しいから許す!




 そのまま貪るようにスイカを食べ……スイカで水分補給をしていると、アンナも隣に座り、スイカで水分補給を始めた。
 ……アンナさん食べるの早いね? もう二切れも食べたの? 僕はまだ一切れも食べ終えてないよ? あれ? 二切れも食べたのに、何故まだお皿の上にある最後の一つに目が釘付けになってるの?




 ぎゅるるる……。




 ……ついさっき晩御飯食べたよね? 更にスイカも二切れ食べたよね? まだ食べるの?




 これは僕の物だと主張するために、最後のスイカが乗っているお皿を僕の方にスススッと寄せる。
 すると、アンナの視線もその動きについてきて、同時にこの世の終わりのような顔をする。
 ……何故か少し罪悪感が出てきたので、先程の位置にお皿を戻す。
 すると、アンナの視線もその動きについてくる。あ、真顔に戻った。
 そのまま僕とアンナの間を行ったり来たりさせると、視線をスイカから離さずに真顔と絶望的な顔を繰り返す。
 アンナの表情の変化が少し面白いかったので、今度はお皿をアンナのすぐ傍にスッと動かす。 ……あれ? 真顔だ。……いや、口の端から涎が出てる!




 ぎゅるるるる……。




 しかもお腹までなった!




「……アンナ、食べる?」




 そんなアンナの様子を見ていたら(あげてもいいかな)と思ってしまった。もう喉の渇きは収まって声も出るから、これ以上スイカを食べなくても大丈夫だからね。




「いえ、大丈夫です。私はもう二切れも食べましたので。最後の一切れは坊ちゃまがどうぞ」




 言葉だけを聞けば僕の善意を断ろうとしているのが分かる。
 でも、スイカに視線を固定したまま言われてもなぁ……。




「僕はこの一切れで十分だから、アンナが欲しいなら食べていいよ」




「ならお言葉に甘えていただきます!」




 アンナは素早く最後の一切れをガシッと掴み、瞬く間に平らげた。
 ……食べるの早すぎない? あと、僕が食べてるのを凝視しないで。流石にこれはあげないよ?










 あ、そう言えばアンナに聞きたいことがあったんだった。


「ねぇ、アンナ。僕が魔力操作を出来るようになったら、内包系の魔法を教えて?」

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