隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
プロローグ 2話 昔と今
坊ちゃまが生まれて、早くも六年が経ちました。振り返ってみると、脳裏に様々な思い出がまるで昨日のことのように浮かんできます。
一番最初の思い出は、初めて坊ちゃまが目を開けたときのことでした。
左右の綺麗な紅と碧の瞳を見て、あまりの美しさに思わず息を呑んでしまったことを覚えています。
これにはマルロ様とルシア様も大変驚いたご様子でした。
碧色の瞳はルシア様譲りのようですが、紅色の瞳に関してはどうやら先祖返りのようです。ノルド家の家系には紅色の瞳を持つオッドアイの方が偶にいらっしゃるようで、ライン坊ちゃまもそれと同じだろうとマルロ様がおっしゃっておりました。
また、一番衝撃が大きかった思い出は、サーシャさんに教えて貰いながら、初めて坊ちゃまのおしめを変えた時のことですね。
サーシャさんのアドバイスに従い、汚れたおしめを慎重に取り外して、新しいおしめに手をのばした瞬間、坊ちゃまがピューッとオシッコをなさいました。
その時、私は驚いてつい悲鳴をあげてしまい、さらには、坊ちゃまがそれに驚き泣き出してしまいました。
そこからは、私もパニックに陥ってしまい自分の手の平で生温い噴水を押さえようとするわ、それと同時にサーシャさんが汚れたおしめで噴水を止めようとして誤って私の手の甲にそれを押し付けてくるわ、悲鳴を聞いたマルロ様が仕事中にもかかわらず坊ちゃまの部屋にドタドタと駆けつけてくるわ……。
今思い出せば愉快な笑い話です。
それ以外にも、坊ちゃまが初めて私の名前を呼んでくれたときや、私のいるところまでハイハイで来たこと。
サーシャさんが坊ちゃまと二人きりの時は、いつものクールな顔がゆるんでいることを発見したり、坊ちゃまがルシア様の元までフラフラしながらも二足で歩くことができて皆で喜んだり……。
坊ちゃまが赤ちゃんの時は毎日が楽しかったものです。
しかし、最近の坊ちゃまは……
「アンナー、お菓子ちょうだーい。あと、何時ものジュースもー」
「坊ちゃま。つい先程朝ご飯を残したばかりではないですか」
「俺はご飯よりお菓子の方が好きなの! だからご飯なんかいらない! お菓子持ってきて!」
「……承知しました。すぐに用意して参りますので少々お待ちください」
このように我が儘ばかり言ってくるようになってきました。
坊ちゃまがこのように育ってしまった原因は、マルロ様とルシア様が欲しいものを何でも与え、甘やかしてきたからです。
坊ちゃまがこうなることは事前に予測出来たためそれを避けるために、サーシャさんと一緒にマルロ様に諫言したこともありました。
しかし、残念ながら改められることはなく、むしろ
「ラインの言うことは極力聞いてやってくれ」
とまで言われる始末。
今ではノルド家は、貴族様方の間で《歴史以外何もない家》や《教育もしっかりと出来ない貴族の恥》などと影で囁かれています。
◇◆◇◆◇◆
坊ちゃまに頼まれた、甘いお菓子と果物のジュースを坊ちゃまにお出しします。
そして、食べ終わったら
「じゃ、部屋で昼寝するから俺が起きるまで入ってくるなよ」
「承知しました。おやすみなさいませ、坊ちゃま」
このように坊ちゃまは、毎食後必ずお休みになります。そのおかげで坊ちゃまの体形は、マルロ様のスラッとした体形と全く異なり、まん丸としています。
そのせいで、本人は気付いていませんが、平民の間ではオークなどと呼ばれています。
ハァ……。
ため息をつきつつ、坊ちゃまが残した朝ご飯を捨て、食器を洗います。
もう、この仕事をやめてしまいましょうか……。
◇◆◇◆◇◆
最後の食器を洗っている時、坊ちゃまの部屋の方から
ドン! ガララララ! ガシャーン!!
と物騒な音が聞こえてきました!
何事かと思い、洗っていた食器を横に置いてすぐに坊ちゃまの部屋に向かいます。
そしてすぐさまドアを ドンドン! とノックします。
中がどうなっているのか。
なにが起きたのか。
坊ちゃまは無事なのか。
その考えで頭がいっぱいでノックする手に力が入りすぎていたようです。
しかし、中から返事が一切返ってきません。それだけでなく、物音すらしません。
やはり何かあったのでしょうか……?
と思ったと同時にドアを勢いよく バンッ と開けました。
「坊ちゃま!!」
しかし、部屋の中には坊ちゃまはの姿はありません。
あるのは、坊ちゃまがいつも使っているベッドと、その近くに本やら魔導具やらが乱雑に積み上げられた山だけです。
……って!!その山の下から赤い液体が出てきているじゃないですか!
「坊ちゃま!! 坊ちゃま!! 大丈夫ですか!? 返事をしてください!!」
坊ちゃまの上に積み上げられている本や魔導具を乱雑に掻き分けつつ、坊ちゃまに呼びかけます。
その中からすぐに坊ちゃまを見つけることが出来ましたが、気を失っているのか、いくら呼びかけても反応が一切返ってきません。
(死んでしまった……?)という考えが頭によぎった瞬間、頭の中が真っ白になり体から血の気がスーッと引いていくのを感じました。
「坊ちゃま! 坊ちゃま!! 目を開けてください!! ライン坊ちゃま!!」
坊ちゃまの上半身を起こして、肩を強く揺すります。しかし、坊ちゃまの首は力が入っていないのかダランとしており、(本当に死んでしまったんじゃないか……?)とより強く感じました。
「坊ちゃま!! お願いですから目をあけてください!! 坊ちゃま!!」
さらに強く、ガクガクと坊ちゃまの肩を揺すります。
そこまでしたとき、横から誰かの手が伸びてきて私の腕をガシッと押さえてきました。
そちらの方に振り向くと、そこにはサーシャさんが。
「落ち着きなさいアンナ!! 坊ちゃまは気を失っているだけで息はちゃんとしているわ!! よく見なさい!!」
そう言われてハッとし、もう一度よく坊ちゃまを見ます。
すると、確かに坊ちゃまの胸がゆっくりと上下しているではありませんか!
そこまで確認した後、サーシャさんが後頭部の怪我を発見し、治療するから上半身をそのまま起こしておくように言われました。
その間、念のため坊ちゃまの顔の近くに手のひらを持って行きますと、坊ちゃまの呼吸を確かに感じることができました。
すると、フッと一気に緊張が解け
「よがっだ……。ぼんどうによがっだああぁぁ!!」
泣き出してしまいました。
それと同時に、私は(仕事を止めたい)と考えてしまう程、坊ちゃまに対して良く思って無かったはずなのに、(坊ちゃまが死んだ)と思ったときの喪失感の大きさに自分でも驚きました。
(自分にとって坊ちゃまはこれほど大きな存在だったのか……)と思い知らされました。
と、その時
「……んん…」
坊ちゃまがなにやら呻き声を上げています!
「坊ちゃま! 坊ちゃま!! 大丈夫ですか!?」
今度は坊ちゃまの肩を揺らさずに話しかけます。すると坊ちゃまの目が少し開きました!!
(よかった!!生きてる!!)
余りにも嬉しすぎて、思わずガバッと坊ちゃまに抱きつこうとした瞬間、
「え、誰?」
絶望的な一言が坊ちゃまの口から発せられました。
一番最初の思い出は、初めて坊ちゃまが目を開けたときのことでした。
左右の綺麗な紅と碧の瞳を見て、あまりの美しさに思わず息を呑んでしまったことを覚えています。
これにはマルロ様とルシア様も大変驚いたご様子でした。
碧色の瞳はルシア様譲りのようですが、紅色の瞳に関してはどうやら先祖返りのようです。ノルド家の家系には紅色の瞳を持つオッドアイの方が偶にいらっしゃるようで、ライン坊ちゃまもそれと同じだろうとマルロ様がおっしゃっておりました。
また、一番衝撃が大きかった思い出は、サーシャさんに教えて貰いながら、初めて坊ちゃまのおしめを変えた時のことですね。
サーシャさんのアドバイスに従い、汚れたおしめを慎重に取り外して、新しいおしめに手をのばした瞬間、坊ちゃまがピューッとオシッコをなさいました。
その時、私は驚いてつい悲鳴をあげてしまい、さらには、坊ちゃまがそれに驚き泣き出してしまいました。
そこからは、私もパニックに陥ってしまい自分の手の平で生温い噴水を押さえようとするわ、それと同時にサーシャさんが汚れたおしめで噴水を止めようとして誤って私の手の甲にそれを押し付けてくるわ、悲鳴を聞いたマルロ様が仕事中にもかかわらず坊ちゃまの部屋にドタドタと駆けつけてくるわ……。
今思い出せば愉快な笑い話です。
それ以外にも、坊ちゃまが初めて私の名前を呼んでくれたときや、私のいるところまでハイハイで来たこと。
サーシャさんが坊ちゃまと二人きりの時は、いつものクールな顔がゆるんでいることを発見したり、坊ちゃまがルシア様の元までフラフラしながらも二足で歩くことができて皆で喜んだり……。
坊ちゃまが赤ちゃんの時は毎日が楽しかったものです。
しかし、最近の坊ちゃまは……
「アンナー、お菓子ちょうだーい。あと、何時ものジュースもー」
「坊ちゃま。つい先程朝ご飯を残したばかりではないですか」
「俺はご飯よりお菓子の方が好きなの! だからご飯なんかいらない! お菓子持ってきて!」
「……承知しました。すぐに用意して参りますので少々お待ちください」
このように我が儘ばかり言ってくるようになってきました。
坊ちゃまがこのように育ってしまった原因は、マルロ様とルシア様が欲しいものを何でも与え、甘やかしてきたからです。
坊ちゃまがこうなることは事前に予測出来たためそれを避けるために、サーシャさんと一緒にマルロ様に諫言したこともありました。
しかし、残念ながら改められることはなく、むしろ
「ラインの言うことは極力聞いてやってくれ」
とまで言われる始末。
今ではノルド家は、貴族様方の間で《歴史以外何もない家》や《教育もしっかりと出来ない貴族の恥》などと影で囁かれています。
◇◆◇◆◇◆
坊ちゃまに頼まれた、甘いお菓子と果物のジュースを坊ちゃまにお出しします。
そして、食べ終わったら
「じゃ、部屋で昼寝するから俺が起きるまで入ってくるなよ」
「承知しました。おやすみなさいませ、坊ちゃま」
このように坊ちゃまは、毎食後必ずお休みになります。そのおかげで坊ちゃまの体形は、マルロ様のスラッとした体形と全く異なり、まん丸としています。
そのせいで、本人は気付いていませんが、平民の間ではオークなどと呼ばれています。
ハァ……。
ため息をつきつつ、坊ちゃまが残した朝ご飯を捨て、食器を洗います。
もう、この仕事をやめてしまいましょうか……。
◇◆◇◆◇◆
最後の食器を洗っている時、坊ちゃまの部屋の方から
ドン! ガララララ! ガシャーン!!
と物騒な音が聞こえてきました!
何事かと思い、洗っていた食器を横に置いてすぐに坊ちゃまの部屋に向かいます。
そしてすぐさまドアを ドンドン! とノックします。
中がどうなっているのか。
なにが起きたのか。
坊ちゃまは無事なのか。
その考えで頭がいっぱいでノックする手に力が入りすぎていたようです。
しかし、中から返事が一切返ってきません。それだけでなく、物音すらしません。
やはり何かあったのでしょうか……?
と思ったと同時にドアを勢いよく バンッ と開けました。
「坊ちゃま!!」
しかし、部屋の中には坊ちゃまはの姿はありません。
あるのは、坊ちゃまがいつも使っているベッドと、その近くに本やら魔導具やらが乱雑に積み上げられた山だけです。
……って!!その山の下から赤い液体が出てきているじゃないですか!
「坊ちゃま!! 坊ちゃま!! 大丈夫ですか!? 返事をしてください!!」
坊ちゃまの上に積み上げられている本や魔導具を乱雑に掻き分けつつ、坊ちゃまに呼びかけます。
その中からすぐに坊ちゃまを見つけることが出来ましたが、気を失っているのか、いくら呼びかけても反応が一切返ってきません。
(死んでしまった……?)という考えが頭によぎった瞬間、頭の中が真っ白になり体から血の気がスーッと引いていくのを感じました。
「坊ちゃま! 坊ちゃま!! 目を開けてください!! ライン坊ちゃま!!」
坊ちゃまの上半身を起こして、肩を強く揺すります。しかし、坊ちゃまの首は力が入っていないのかダランとしており、(本当に死んでしまったんじゃないか……?)とより強く感じました。
「坊ちゃま!! お願いですから目をあけてください!! 坊ちゃま!!」
さらに強く、ガクガクと坊ちゃまの肩を揺すります。
そこまでしたとき、横から誰かの手が伸びてきて私の腕をガシッと押さえてきました。
そちらの方に振り向くと、そこにはサーシャさんが。
「落ち着きなさいアンナ!! 坊ちゃまは気を失っているだけで息はちゃんとしているわ!! よく見なさい!!」
そう言われてハッとし、もう一度よく坊ちゃまを見ます。
すると、確かに坊ちゃまの胸がゆっくりと上下しているではありませんか!
そこまで確認した後、サーシャさんが後頭部の怪我を発見し、治療するから上半身をそのまま起こしておくように言われました。
その間、念のため坊ちゃまの顔の近くに手のひらを持って行きますと、坊ちゃまの呼吸を確かに感じることができました。
すると、フッと一気に緊張が解け
「よがっだ……。ぼんどうによがっだああぁぁ!!」
泣き出してしまいました。
それと同時に、私は(仕事を止めたい)と考えてしまう程、坊ちゃまに対して良く思って無かったはずなのに、(坊ちゃまが死んだ)と思ったときの喪失感の大きさに自分でも驚きました。
(自分にとって坊ちゃまはこれほど大きな存在だったのか……)と思い知らされました。
と、その時
「……んん…」
坊ちゃまがなにやら呻き声を上げています!
「坊ちゃま! 坊ちゃま!! 大丈夫ですか!?」
今度は坊ちゃまの肩を揺らさずに話しかけます。すると坊ちゃまの目が少し開きました!!
(よかった!!生きてる!!)
余りにも嬉しすぎて、思わずガバッと坊ちゃまに抱きつこうとした瞬間、
「え、誰?」
絶望的な一言が坊ちゃまの口から発せられました。
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