魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

90話 指名依頼

 魔法士は戦闘には向かない。
 それは攻撃するために詠唱時間が必要であるし、その攻撃も殆ど威力が出ないものばかりだからだ。
 それが常識であるためギルド上層部はダンジョン都市奪還作戦で、魔法士であるカズトがランクAの魔物にトドメを刺したという報告を信じることが出来なかったのだろう。
 受付嬢はそう話した上で続けて口を開く。


「けれども並の冒険者でもランクA魔物との戦いに参加すれば即死することは間違いありません。それにも関わらずそれらの戦いから生き残り、ましてや雷霊さんのサポートを成し遂げたのは十分素晴らしいことです。そのため上層部はランクAの魔物との戦いの報告を半分だけ信じる形で評価したようです。もし上層部がそれらの報告を全て信じて評価したとすればカズトさんは確実にランクA冒険者となっていたでしょう」


 受付嬢は説明の途中から取り出した紙を見ながらリディアとカズトに向かってそう説明した。
 おそらくその紙にはカズトがランクCに落ち着いた理由が書かれているのだろう。
 その説明を受けてカズトは納得した顔をした。
 本来ならば不満のひとつでも見せそうなものだが、今の彼は嬉しいことに金欠状態から小金持ちになった。
 そのため浮かれており、正直ランクが一つ下がろうが特に関係ないと思っている。
 対してリディアは険しい顔をしたままだ。
 それもそのはずで事実を報告したにもかかわらずそれを信じて貰えないとは、とてもでは無いが愉快なものではないからだ。
 それに加え自分の愛する人が疑われているのだから尚更不愉快である。
 そのため彼女は険しい顔をしたままどうやってカズトのことをギルド上層部に信じさせようかと思案する。
 しかしそうしてリディアが黙ってしまったことにより話は終わりだと思ったのか、カズトが全く別の話題を口にした。


「そういえば先程、ギルドにやってくる殆どの冒険者が奪還作戦の報酬の受け取りのためにここにやってくると言っていましたけど、それ以外にここに来る冒険者はどのような用事でやってくるんですか? 見た感じ依頼書は張り出されてないですし、報酬も入ったばかりなので依頼を受ける冒険者はまずいないと思うのですが」

「そうですね。たしかにカズトさんがおっしゃる通り依頼を受けるためにギルドにやってくる冒険者は今はいません。皆さん奪還作戦の報酬が手に入ったので懐に余裕があるみたいですから。他にやってくる冒険者といったら暴風の宴と大地の目覚めのみなさんでしょうか」

「え? カルロスさんとダニーさん達が来てるんですか?」

「はい。あの方たちにはギルドマスターと領主様からの指名依頼でダンジョン内部の調査に向かっておりますから。丁度今日の早朝に出発したみたいですよ」

「そうなんですか……。昨日あれだけお酒を飲んでいたのにもう仕事に行くのか。高ランク冒険者も大変だなあ」

「そんなことを仰っているカズトさんも既に高ランク冒険者の仲間入りをしていますよ。おそらく今週中には暴風の宴や大地の目覚めの方たちと同じようにカズトさん達にも領主様から指名依頼がやってくるはずです」

「え、本当ですか?」

「はい。スタンピード後のダンジョン調査依頼は毎回領主様から高ランク冒険者さん達に向けて指名依頼という形で依頼するのが通例ですので」

「そうだったんですか……。それならそのための準備をしないといけないですね。リディアさん、僕はダンジョンに潜るための用意をしたいから一度バッセルの街に帰るけどどうする?」

「え、あ、うん。それなら私もついて行く」


 これまでずっと思考に没頭していたリディアは、カズトに話しかけられたことによって即座に我に返って顔を上げた。
 そしてなんとか耳に残っていたカズトの言葉を理解して咄嗟にそう返事をする。


「そう? ありがとう。それなら今日は暇だし早速行こうか。というわけで受付嬢さん、僕らは一旦バッセルの街に戻ります」

「わかりました。もし指名依頼が来たらバッセルの街の冒険者ギルドにも連絡しますね」

「ありがとうございます。それじゃあ行こうか」

「……うん」


 そう言うとカズトはギルドを出て行ってしまった。
 リディアとしてはカズトのランクアップの件でどうしてもギルドに考え直して欲しかったが、当の本人がそれを気にしていないようであればいくら言っても仕方がない。
 そのため彼女はため息をひとつはいて諦めてからカズトの後を追ってギルドを出た。


「えーっと、必要なのは……保存食はまだ残ってる。寝袋もある。火をつけるための木炭は無いから買わないと。後は……杖をもっといい物に変えようかな。なんだかんだ言ってここぞと言う時に使ってるし。それにこの杖、マールの街で買った一番安いやつだし」


 一人でブツブツとバッグの中をあさりながら、ダンジョン探索で足りないものが無いかを確認するカズト。
 すると隣を歩いていたリディアが彼に話しかけた。


「木炭なら私が持ってる。だから買わなくていい」

「あ、そうなの? それならお言葉に甘えてリディアさんの木炭を使わせてもらおうかな。なら買うのは杖と……他になにかあるかな」

「ダンジョン探索関連の道具なら余るほど持ってる。だからカズト君はそれ以外の物を買うといい」

「用意がいいね……。あ、リディアさんはダンジョンに潜って宝探しするのが趣味だからか。でもそれはありがたいけど、さすがに全部リディアさんに頼るのは申し訳ないよ。せめて、そうだな……食料は僕が負担するよ」

「食料って保存食のこと? あれじゃ力が出ない」

「うっ。……それもそうか。僕も正直あれを食べるのは嫌だし」

「だからカズト君は気にしないでいい。どうせ必要な荷物は全て揃っているから、無理に荷物を増やす必要も無い。まあ増えても亜空の腕輪に入れておけばいいから関係ないけど」

「うーん……でもなあ……やっぱりそれでも気が引けるというか……。そうだ! それなら僕が食事を作るよ! 美味しい物があれば頑張れるしね。これでも料理の腕には自信があるんだ」

「ご飯も私の亜空の腕輪の中にたくさんはいってる」

「ふっふっふっふ。それならリディアさんが今まで食べたことの無いような料理を作るよ!」


 そう言ってカズトは一人張り切り出す。
 この世界の料理はカズトからすればどれも美味しいものだったが、それでも日本にあってこの世界にない料理はたくさんある。
 そのためカズトはそれらの料理を作ってリディアに食べてもらおうと思ったのだ。
 するとリディアが口を開いた。


「今まで私が食べたことのない料理……。こう見えても私はこれまでたくさんの料理を食べてきた。だから並大抵の料理が出てきても驚かない自信がある。それでもいいならカズトくんに任せる」


 言葉だけを捉えれば挑戦的な雰囲気が漂ってくるが、彼女の顔はどうしようもないほど輝いている。
 誰がどう見てもカズトの料理を期待していると分かる顔だ。
 そんな彼女の様子を見て、カズトはますます張り切った。


「任せてよ! 腕によりをかけてとびっきりおいしい料理を食べさせて上げるから!」


 そうと決まれば彼らの行動は早い。
 すぐさまダンジョン都市を出て、バッセルの街へと向かった。

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