魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります
84話 サンダーグリスリーアンデット(5)
(そうだ、僕がこうしてイライラしている間、リディアさんは命の危機に瀕しているんだ。今もそう。なら今考えるべきことは自分に対して怒ることや自分が弱い事の後悔じゃない。どうやってリディアさんを助け、なおかつサンダーグリスリーアンデットを彼女から引き剥がすかだ)
リディアから戦力外と言われ絶望し、自分の弱さに対して怒りを抱いていたため、彼は何を優先して考えなければならないかを忘れてた。そしてサンダーグリスリーアンデットの咆哮を聞き、リディアが今も命の危険にあるということを思い出した彼は感情的になるのを止めた。未だに彼の中に激情は渦巻いているが、それでもリディアを助けなければならないと自覚した彼はそれを無理やり心の奥底に封印する。そして冷静に頭を働かせ始めた。
(どうやって助ける? 走って追いかけるのは無理だし、第一サンダーグリスリーアンデットに近づいたら咆哮を食らってまたリディアさんの足を引きずるのは目に見えている。それなら遠距離からリディアさんを支援するしかないけど、今の僕の魔力制御の実力じゃあ遠距離だと充分な魔法の威力は出ない。くそっ、もっと僕が強ければ......!)
思わずガシガシと頭を掻きむしったところでハッとし、一度考えを止めて深呼吸をする。再び自分への怒りが再燃し、考えることを止めそうになかったからだ。もしここで再び怒りに染まってしまったら、次またいつこうして冷静になって頭を働かせることが出来るかわかったものではない。
(今は自分の弱さにイライラしている場合じゃない。リディアさんを助ける方法を考えるんだ。でも遠距離で彼女を助け出すのは難しいことに変わりはない。となったら近距離まで接近して威力の高い魔法を……いや、だから僕の足では彼女たちに追いつけないって言ってるだろ。となるとやっぱり遠距離且つ威力の高い魔法……それもマーレジャイアントの頭を吹き飛ばしたような威力のやつを……いや、待てよ)
マーレジャイアントの頭を吹き飛ばした魔法。それは彼が持っていた炭の炭素と空気中の水素から無理矢理トリニトロトルエンを作り出して爆発させるというものだ。その魔法の威力は絶大であることはマーレジャイアント相手に実証済みだ。しかしその攻撃は先程数多のアリ魔物達を相手にした時試してみたが、マーレジャイアントの頭部を吹き飛ばすほどの威力はどうやっても出なかった。
(何故だ? マーレジャイアントのときはあれだけの威力が出たのに、さっきはその時と比べると天と地ほどの差があった。あの時との違いはなんだ? 木炭があったことか……?)
もしかしたらそこに今の自分でも強力な遠距離攻撃の魔法を放てるようなヒントがあるかもしれない。そう予感したカズトはその事だけに意識を向けて全力で頭を回転させる。
そしてややあって彼は木炭が鍵では無いかと思いついたが、魔法を使うにあたって重要なことの中に道具を使うなんてことはなかった。そもそも木炭は炭素でできているためトリニトロトルエンを無理矢理作り出すためにイメージしやすかったから使っただけだ。だから木炭そのものに魔法の威力を上げるような効果はない。
そう考えたカズトは一度初心に戻り、神様に教えてもらった魔法の説明を思い出すことにした。
(神様は魔法を使う上で重要なことは魔力を上手く操る魔力制御の他に、具体的で多角的イメージ、つまりより鮮明なイメージをすることだと仰っていた。そのなかに道具を使うことなんて書かれていないから……あ、そうか! 鮮明なイメージだ!)
カズトはマーレジャイアントからリディアを助ける際、これまでにないほどの集中力を発揮してイメージを構築した。それはトリニトロトルエンの構造から二重結合の数やその性質、さらにはその製造方法まで、とにかくそれに関する彼が知っていること全てを、イメージを構築することに費やしたのだ。
それらの知識によって多角的な方向から構築されたイメージはこれ以上ないほど鮮明であった。言い換えれば魔法を構築するための最上級の材料となったのだ。
その事に思い至った彼はいてもたってもいられず、すぐさま近くの建物の屋根の上にあがっった。仮にも彼はこれまで魔人とランクAの魔物を1体ずつ倒し、その分身体能力が強化されている。そのため一階建ての低い建物の屋根程度ならばなんとかよじのぼることができるのだ。
そうして低い建物の屋根に乗った彼は、その次に低い建物の上に登る。それから次々と階段を上がるようにして、ある程度高い建物の上までやってきた。
「よいしょっと。それでサンダーグリスリーアンデットはどこにいるんだ?」
その建物の上から街を俯瞰する。今彼がたっている建物よりも高い建物はそれなりにあるため所々視界が遮られているが、それでもサンダーグリスリーアンデットを見つけるのにそう時間はかからなかった。
「あれか……」
繰り返される咆哮や次々と鳴る建物の崩壊音が聞こえる方向に目を向けると、巨大な熊が四足で建物を壊しながら走っているのをすぐに見つけることができた。その熊の前にはリディアが屋根を足場にして頻繁に飛び跳ねながら走っている。するとサンダーグリスリーアンデットが咆哮すると同時に雷撃を放ったのが見えた。
(あいつ、雷撃を放つことができるのか。急がないと)
カズトは少しでも魔法の威力を上げるために短杖を、そして魔法攻撃に使うために鉄釘を取り出す。この鉄釘は荷車を改造した時に余ったものだ。そして彼は陸亀守護獣の指輪にこれまでに流したことの無いほどの量の魔力を流す。今の魔力制御の技量でギリギリ扱える最大量の魔力を流すのだ。
そうしながら彼は魔法を放つためのイメージを構築する。
「結界のイメージは細長いパイプだ。釘がピッタリ入るような細長いパイプ。長さはできるだけ長く、それこそここからサンダーグリスリーアンデットに届く程の長さが欲しい」
鮮明にイメージを構築するために言葉を発して詠唱を行う。結界の色は視界を遮らないように、されど全く見えなければ使い辛いため半透明の黒色に。そして強度は限界まで頑丈に。
するとそのイメージに答えるように陸亀守護獣の指輪が徐々に結界を生成していく。その結界の太さが細いためか、生成されてゆく速度はかなり速い。リディアとサンダーグリスリーアンデットが走る速さを軽く上回っている。
そうしてできたその結界の全長は軽く五キロメートルを超えている。それを彼は手に取り、結界の先をサンダーグリスリーアンデットに向けた。そしてパイプ状になった結界の片方に鉄釘を入れる。さらにその鉄釘が入った結界の両端に、気体の出入りだけを防ぐ結界を蓋をするように張る。
「これで結界の中は完全に密閉された。次だ」
彼の視界にはリディアを追いかけているサンダーグリスリーアンデットがハッキリと映っている。まさに今リディアの命が危険に晒されているのだ。だからこそ彼は胸をジリジリと焼かれるような焦りを感じるが、それでイメージの鮮明さを損ねてしまったら元も子もない。
なによりサンダーグリスリーアンデットを倒すまでは行かなくとも、その気をリディアから離すほどの威力を生み出す魔法を発動させるためには、時間がかかる。
つまりこの魔法を使うのは一度しかないということだ。一度目で失敗し、二度目を準備している間にリディアが殺られてしまったら元も子もない。
だからこそ彼は焦りを抑えて冷静さを保ちながら、引き続き詠唱を行う。
「結界内の空気の分子運動を抑制させる。これによって温度が下がり、気圧が低下するーー」
リディアから戦力外と言われ絶望し、自分の弱さに対して怒りを抱いていたため、彼は何を優先して考えなければならないかを忘れてた。そしてサンダーグリスリーアンデットの咆哮を聞き、リディアが今も命の危険にあるということを思い出した彼は感情的になるのを止めた。未だに彼の中に激情は渦巻いているが、それでもリディアを助けなければならないと自覚した彼はそれを無理やり心の奥底に封印する。そして冷静に頭を働かせ始めた。
(どうやって助ける? 走って追いかけるのは無理だし、第一サンダーグリスリーアンデットに近づいたら咆哮を食らってまたリディアさんの足を引きずるのは目に見えている。それなら遠距離からリディアさんを支援するしかないけど、今の僕の魔力制御の実力じゃあ遠距離だと充分な魔法の威力は出ない。くそっ、もっと僕が強ければ......!)
思わずガシガシと頭を掻きむしったところでハッとし、一度考えを止めて深呼吸をする。再び自分への怒りが再燃し、考えることを止めそうになかったからだ。もしここで再び怒りに染まってしまったら、次またいつこうして冷静になって頭を働かせることが出来るかわかったものではない。
(今は自分の弱さにイライラしている場合じゃない。リディアさんを助ける方法を考えるんだ。でも遠距離で彼女を助け出すのは難しいことに変わりはない。となったら近距離まで接近して威力の高い魔法を……いや、だから僕の足では彼女たちに追いつけないって言ってるだろ。となるとやっぱり遠距離且つ威力の高い魔法……それもマーレジャイアントの頭を吹き飛ばしたような威力のやつを……いや、待てよ)
マーレジャイアントの頭を吹き飛ばした魔法。それは彼が持っていた炭の炭素と空気中の水素から無理矢理トリニトロトルエンを作り出して爆発させるというものだ。その魔法の威力は絶大であることはマーレジャイアント相手に実証済みだ。しかしその攻撃は先程数多のアリ魔物達を相手にした時試してみたが、マーレジャイアントの頭部を吹き飛ばすほどの威力はどうやっても出なかった。
(何故だ? マーレジャイアントのときはあれだけの威力が出たのに、さっきはその時と比べると天と地ほどの差があった。あの時との違いはなんだ? 木炭があったことか……?)
もしかしたらそこに今の自分でも強力な遠距離攻撃の魔法を放てるようなヒントがあるかもしれない。そう予感したカズトはその事だけに意識を向けて全力で頭を回転させる。
そしてややあって彼は木炭が鍵では無いかと思いついたが、魔法を使うにあたって重要なことの中に道具を使うなんてことはなかった。そもそも木炭は炭素でできているためトリニトロトルエンを無理矢理作り出すためにイメージしやすかったから使っただけだ。だから木炭そのものに魔法の威力を上げるような効果はない。
そう考えたカズトは一度初心に戻り、神様に教えてもらった魔法の説明を思い出すことにした。
(神様は魔法を使う上で重要なことは魔力を上手く操る魔力制御の他に、具体的で多角的イメージ、つまりより鮮明なイメージをすることだと仰っていた。そのなかに道具を使うことなんて書かれていないから……あ、そうか! 鮮明なイメージだ!)
カズトはマーレジャイアントからリディアを助ける際、これまでにないほどの集中力を発揮してイメージを構築した。それはトリニトロトルエンの構造から二重結合の数やその性質、さらにはその製造方法まで、とにかくそれに関する彼が知っていること全てを、イメージを構築することに費やしたのだ。
それらの知識によって多角的な方向から構築されたイメージはこれ以上ないほど鮮明であった。言い換えれば魔法を構築するための最上級の材料となったのだ。
その事に思い至った彼はいてもたってもいられず、すぐさま近くの建物の屋根の上にあがっった。仮にも彼はこれまで魔人とランクAの魔物を1体ずつ倒し、その分身体能力が強化されている。そのため一階建ての低い建物の屋根程度ならばなんとかよじのぼることができるのだ。
そうして低い建物の屋根に乗った彼は、その次に低い建物の上に登る。それから次々と階段を上がるようにして、ある程度高い建物の上までやってきた。
「よいしょっと。それでサンダーグリスリーアンデットはどこにいるんだ?」
その建物の上から街を俯瞰する。今彼がたっている建物よりも高い建物はそれなりにあるため所々視界が遮られているが、それでもサンダーグリスリーアンデットを見つけるのにそう時間はかからなかった。
「あれか……」
繰り返される咆哮や次々と鳴る建物の崩壊音が聞こえる方向に目を向けると、巨大な熊が四足で建物を壊しながら走っているのをすぐに見つけることができた。その熊の前にはリディアが屋根を足場にして頻繁に飛び跳ねながら走っている。するとサンダーグリスリーアンデットが咆哮すると同時に雷撃を放ったのが見えた。
(あいつ、雷撃を放つことができるのか。急がないと)
カズトは少しでも魔法の威力を上げるために短杖を、そして魔法攻撃に使うために鉄釘を取り出す。この鉄釘は荷車を改造した時に余ったものだ。そして彼は陸亀守護獣の指輪にこれまでに流したことの無いほどの量の魔力を流す。今の魔力制御の技量でギリギリ扱える最大量の魔力を流すのだ。
そうしながら彼は魔法を放つためのイメージを構築する。
「結界のイメージは細長いパイプだ。釘がピッタリ入るような細長いパイプ。長さはできるだけ長く、それこそここからサンダーグリスリーアンデットに届く程の長さが欲しい」
鮮明にイメージを構築するために言葉を発して詠唱を行う。結界の色は視界を遮らないように、されど全く見えなければ使い辛いため半透明の黒色に。そして強度は限界まで頑丈に。
するとそのイメージに答えるように陸亀守護獣の指輪が徐々に結界を生成していく。その結界の太さが細いためか、生成されてゆく速度はかなり速い。リディアとサンダーグリスリーアンデットが走る速さを軽く上回っている。
そうしてできたその結界の全長は軽く五キロメートルを超えている。それを彼は手に取り、結界の先をサンダーグリスリーアンデットに向けた。そしてパイプ状になった結界の片方に鉄釘を入れる。さらにその鉄釘が入った結界の両端に、気体の出入りだけを防ぐ結界を蓋をするように張る。
「これで結界の中は完全に密閉された。次だ」
彼の視界にはリディアを追いかけているサンダーグリスリーアンデットがハッキリと映っている。まさに今リディアの命が危険に晒されているのだ。だからこそ彼は胸をジリジリと焼かれるような焦りを感じるが、それでイメージの鮮明さを損ねてしまったら元も子もない。
なによりサンダーグリスリーアンデットを倒すまでは行かなくとも、その気をリディアから離すほどの威力を生み出す魔法を発動させるためには、時間がかかる。
つまりこの魔法を使うのは一度しかないということだ。一度目で失敗し、二度目を準備している間にリディアが殺られてしまったら元も子もない。
だからこそ彼は焦りを抑えて冷静さを保ちながら、引き続き詠唱を行う。
「結界内の空気の分子運動を抑制させる。これによって温度が下がり、気圧が低下するーー」
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