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魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

81話 サンダーグリスリーアンデット(2)

 カズトの視界からサンダーグリスリーアンデットの姿が消えたと同時に、彼の体に落下時特有の全ての内蔵が体内で浮かび上がるような、なんともいえない気持ち悪い浮遊感が襲う。
 すると直後に重力がこれでもかというほど彼の体にかかった。


「ぐぇっ」


 上から押し潰されたまま無理矢理鳴いたカエルのような声がカズトの口からでる。
 リディアが高い教会の屋根の上から飛び降りて地面に着地したのだ。
 そして彼女は落下の衝撃を上手く殺して着地した後、すぐに細い道へと入っていく。
 そこからまるで蛇行運転でもしているのかと思うほど彼女は何度も何度も道を曲がった。


(右、左、左、右、左、右、右…………えーっと、ああ、もうわからん!)


 サンダーグリスリーアンデットが視界から消え、幾分か冷静さを取り戻したカズトは、リディアが辿ってきた道順を覚えようと必死に頭を使う。
 しかし彼女があまりにも複雑な道を行くため、途中で覚えきれなくなった。
 そこでカズトは道順を覚えるのを諦め、リディアに気になっていたことを聞くことにした。


「リディアさん、どこに向かうつもりなの? もうサンダーグリスリーアンデットは巻いたみたいだから、後は見つからないように拠点に帰ればいいと思うんだけど。後、恥ずかしくなってきたから下ろして……」
「ん、わかった」
「っと。ありがと、助かったよ。それでこれからどうする? 僕はここに来たのは初めてだから帰り道とか分からないんだけど、リディアさんは分かる?」
「分かる。けどまだ帰らない」
「え、何で?」
「まだあのアンデットから離れていないから」


 そう言うとリディアは亜空の腕輪から魔力を回復させるポーションを取り出した。そして疑問を浮かべているカズトに向かってその答えを口にする。


「死んでからさほど時間が経つことなくアンデットになった魔物は、運動神経だけじゃなくて感覚も普通じゃないくらい鋭い。だからあのアンデットは犬と同じように私達の臭いを辿って来るはず。それでも追いかけづらいように屋根の上に跳んで逃げたけど、ここまで来るのは時間の問題」


 そう言うとリディアは亜空の腕輪からさらにポーションを取り出して、それらの中身を全て飲み干す。
 そこでようやくカズトは彼女の顔が青く、魔力欠乏症になりかかっている事に気が付いた。


「リディアさん、顔が……」
「これぐらい大丈夫」


 カズトが心配して声をかけるも、リディアはもう一つ取り出した魔力を回復させるポーションを呷ってからそう言った。


「これからやるのはあのアンデットをマシンガンビートルになすりつけるだけ。ただただ逃げ回るだけでいいから、必要な魔力は疾駆の革靴に使う分だけで十分」
「そっか。それなら僕は何をすればいい?」
「ここらへんで隠れてて」
「……何で?」


 その言葉を聞いたカズトは怪訝な顔をした。彼は当然2人で力を合わせてサンダーグリスリーアンデットをなんとかするものだと思っていたからだ。しかしリディアが言ったことは彼の考えとは全く違うものだった。


「アンデットの咆哮には生者を絶望や恐怖に陥れる力がある。一種の精神攻撃のようなもの。だけどそれは精神がある程度強ければ効かないから私には効かない。けど、カズト君には効いていた。だからあなたがあのアンデットの前に立てば、本来の実力を発揮できずに殺される可能性が高い。だから私が戻ってくるまで隠れていて」


 リディアはサンダーグリスリーアンデットが咆哮する度にカズトが体を震わせていたことに気づいていた。
 そのため彼女は純粋にカズトの身と心を案じてそう言ったのだが、それを聞いたカズトは雷に撃たれたような大きな衝撃を受けた。

 たしかにカズトはサンダーグリスリーアンデットに対して恐怖を抱いていた。
 何をしてもどうしようもないと思えるほど強大な恐怖だ。
 そしてそれだけでなく深い絶望も抱いていた。
 攻撃が全て当たらず避けられるため、自分では奴に敵わないと思わせられた絶望だ。

 そしてそれを自覚していたからこそ、リディアの口からそうはっきり言われれば、それは戦力にならないから足を引っ張らないでくれと言われたのだと彼は解釈してしまう。

 これまで彼は自分はまだ弱い、人を守る力がない、という思いから強くなろうと努力してきた。
 だからこそ戦力にならないと断言されると、彼の心はサンダーグリスリーアンデットの咆哮を受けた時より数十倍もの絶望に黒く染め上げられた。
 さらにダイアナと同じくらい親しく、それでいて自分のことを好きだと言ってくれたため意識していたリディアにそう言われたことによって、彼は胸を抉り取られ、そこがポッカリと空いてしまったような気持ちを味わうことになった。
 あまりにも辛く、顔を俯けて何もない地面をじっと見つめるカズト。

 だがリディアはそんな彼の様子に気が付かない。
 既にサンダーグリスリーアンデットに再び追いかけられる準備ができており、彼に背を向けて歩き出しているからだ。
 だがカズトはそれに気づいていながらも、彼女を引き止めない。
 いや、引き止めることができない。
 もう一度、戦力外だと言われるのが怖いからだ。
 だがそれでも彼の中にはリディアと共に戦い、彼女を守りたいという思いがある。
 だからだろう。
 

「それじゃあ、行ってくる」


 リディアがそう言った。
 するとそこでカズトはようやく動き、彼女に向かって手を伸ばす。


「待っ……て……」


 しかしそこに彼女の姿は無かった。
 


◇◆◇◆◇◆



 リディアはカズトにそう告げた後、すぐさま屋根に跳び乗って辺りを見回す。


(いた。やっぱり臭いを嗅ぎながら私達が通ってきた道をやってきてる。このままだとカズト君が危ない)


 サンダーグリスリーアンデットの姿を確認したリディアはすぐさま建物の上を走り、建物と建物の間を跳び、大きな高低差も難なく超える。
 これは彼女がこのダンジョン都市で毎朝トレーニングの一環として屋根づたいを走っているからこそ可能な芸当であり、彼女と同じランクB冒険者でも彼女のように軽々と移動することはできないだろう。
 そして彼女はこのダンジョン都市の屋根づたいを走り慣れているため、周囲の様子を見ながらでも走る事ができる。


(アングリースパイダーはもう倒されてる。キングアントも瀕死なのが残り一匹でほかは全滅してる。アンファングアントももうじき終わりそう。これなら向こうが終わり次第こっちに応援が来てくれるはず)


 高い建物が並ぶ場所からこの街の中央部に目を向けていたリディアは、続いて北区に目を向け、マシンガンビートルの場所を確認する。


(少し遠い。けど逃げることに集中すればあそこまで辿り着くのも難しくない。アリ魔物達も全て南区に行ってるみたいだし、最短ルートで行こう)


 そう決めるとリディアは視線をサンダーグリスリーアンデットに戻したーー直後に横に跳ぶ。


「っ!?」
「ギャルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!」


 すると数瞬前まで彼女がいた場所を黄色い閃光が貫いた。


「うそっ……雷を飛ばしてきた!?」


 雷が飛んできた方向を見れば、サンダーグリスリーアンデットがその目でしっかりとリディアを捉え、口を開けていた。
 その顔の周りには今でも電気がパチパチと音と光を出しているのが遠目からでも分かる。


(まさかそんな事ができるだなんて……。生前のサンダーグリスリーでさえそんな攻撃はしないのに……。それにまだこれだけの距離があるのに見つかった。このアンデットをマシンガンビートルの所まで誘導するのは少し厳しいかもしれない)


 今のサンダーグリスリーアンデットの雷攻撃を躱す事ができたのは、ただの偶然だ。
 リディアがこれまで培ってきた経験と高ランク冒険者としてのカンに従っただけだったのだ。
 そのため次同じ攻撃をされたらひとたまりもない。


(けど、それでもやるしかない)


 空中で体勢を整え、地面にきれいに着地する。
 そしてもう一度別の建物の上に跳び上がる。
 するとその直後に彼女がたった今着地した場所に閃光が通った。
 同時に数多の建物が殆ど同じタイミングで崩壊していく轟音が鳴り響く。
 その様を見てリディアのこめかみに一筋の汗が流れた。


(また撃ってきた。けど射程距離はギリギリ私がいたところまで。それが分かればなんとかなる)


 そして屋根に着地すると、彼女はサンダーグリスリーアンデットに目を向けた。


(咆哮をした後の顔が私に向いてる。さっきもそうだったから、顔を向けた方にしか雷は飛ばせないみたい。ならあのアンデットの顔の動きに注意していれば避けることができる)


 そうして彼女が分析していると、そこでサンダーグリスリーアンデットが動いた。


「ギャルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!」
「早いっ!?」


 サンダーグリスリーアンデットは先程と同じように立ちふさがる数々の建物を正面から壊しながら、最短距離でリディアに向かう。
 だがその速度はこれまで走っていた速さとは比べものにならないほど速い。
 リディアは咄嗟にマシンガンビートルの方へ向き、疾駆の革靴に魔力を込めながら走る。
 カズトと別れる前に魔力を回復させるポーションを飲んだからか、彼女の魔力には余裕がある。
 そのため彼女はこれまでの人生の中で一番多くの魔力を疾駆の革靴に注ぎ込んだ。
 その速さは彼女が通り過ぎた場所に大きな旋風が起こる程である。
 そしてそんな速さで走っているにも関わらず、彼女は平坦な道よりも遥かに複雑で走りにくいはずの建物の屋根づたいを容易に駆け抜ける。

 だがそれでもサンダーグリスリーアンデットの速さには敵わない。
 先程カズトを担いでいたリディアを追いかけていた時のサンダーグリスリーアンデットは、カズトの魔法による数々の足止めに対抗するために様々な事に意識を割いていたのだ。
 滑る地面の対策のために常に爪を立てて走ったり、小石や砂利、石畳の破片などを前に飛ばしながら走ることで脆く崩れる地面がどこにあるのか見極めたり、四方八方から襲いかかってくる魔法を避けたり迎撃するために周囲に目を凝らしたり……。
 先程までのサンダーグリスリーアンデットはそれらのことに神経を尖らせながら、カズトを担いだリディアを追ってきたのだ。

 しかし今は違う。
 今はリディアが一人でおり、魔法を放っていたカズトはいない。
 そのためサンダーグリスリーアンデットは走ること以外に意識を割くことなく、集中してリディアを追うことができる。
 なので今のサンダーグリスリーアンデットは先程までとは段違いの速さで走ることができるのだ。


「ギャルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!」


 後ろから追ってきてるサンダーグリスリーアンデットの声が近づいてくる。
 だがそれでも彼女は焦ることなくマシンガンビートルまでのルートを確認しながら後ろを見、雷の咆哮を食らわないように左右に不規則に移動しながら走る。
 

(このままだとマシンガンビートルの下に行く前に追いつかれる)


 そう悟ったリディアはさらに疾駆の革靴に魔力を注ぎ、スピードを上げる。
 すると彼女の中の魔力がとてつもない勢いで消費されていき、瞬く間に顔色が悪くなっていく。
 魔力欠乏症の症状が出掛かっているのだ。
 しかしリディアはそれを亜空の腕輪から取り出した魔力を回復させるポーションを飲むことで誤魔化す。

 しかしだからといって彼女の顔色が晴れることはない。
 なぜならいくらそのポーションを飲んだところで、彼女の魔力の消費スピードに魔力が回復していくスピードが追いついていないからだ。
 それだけ今の彼女は魔力を過剰に消費し続けている。

 しかし彼女にはその消費スピードを緩める気は全くない。
 むしろそうしなければならないほどサンダーグリスリーアンデットの速さが圧倒的なのだ。


「ギャルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!」


 サンダーグリスリーアンデットが吠える。
 それと同時にリディアが数瞬前にいた場所に閃光が走った。
 もし彼女が左右に不規則に移動しながら逃げていなければ、たった今放たれたその閃光に飲まれ、感電死していただろう。


(もっと速く逃げなきゃ)


 先程のサンダーグリスリーアンデットの咆哮はリディアの鼓膜を非常に強く叩いた。
 そのため後ろを見なくてもサンダーグリスリーアンデットがどれだけ近くまで来ているか分かる。
 なのでリディアはさらに疾駆の革靴に魔力を込めた。

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