魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります
79話 サンダーグリスリー(3)
辺り一帯に非常に濃い土煙が舞っている。
数寸先も全く見えないくらい濃い土煙だ。
そんな中、これまで次から次へと体中に降りかかってきていた痛みの雨が止んだ。
それでも未だに傷口がズキズキと熱を帯びような痛みが走るが、その痛みを重ね塗りをするように何重にもやってきていた先程までの苦痛と比べると何倍もましだ。
つまり先程の全身放電攻撃によりあのちっぽけな人間二人を殺すことに成功したのだろう。
サンダーグリスリーはそう確信して安堵した。
そして両腕を地面に突き、上半身を持ち上げる……が、どういうわけか上半身が持ち上がらない。
どれだけ力を入れても全く持ち上がらないのだ。
それは先程まで痛みの雨を受けていた時に、体を人間達のそばから離せなかった時と全く同じ感じがした。
だがその原因であろう人間達は殺したはず。
だから体が動いても良いはずなのだが、どういうわけか本当に体が動かない。
一体何故? と人間よりも低い知能で考えを巡らせる。
するとその時、土煙で見えない眼前から内容が理解できない声が聞こえてきた。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅ。一瞬でも遅れていたら危なかったね」
「うん。でも流石カズト君。完璧に防いでみせた」
パチン! という音ともに辺りに風が吹き、土煙が舞い上がる。
それによってサンダーグリスリーの視界が晴れ、目の前に先程まで自分に苦痛を合わせていた人間達が現れた。
カズトとリディアだ。
カズトはサンダーグリスリーが全身放電攻撃をしようとしていることをその行動から見破った直後、リディアを抱き寄せ無理矢理槍から手を離させた。
そしてマーレジャイアントからランクA魔物の脅威を嫌と言うほど学んでいたカズトは、その槍ならさらに放電攻撃が来ると予想し、電気を一切通さない絶縁結界を自分たちに密着するように張ったのだ。
それによって彼らは感電死を免れた。
だがそうと知らないサンダーグリスリーにとっては、渾身の一撃でも死なない彼らがおぞましい存在に思えた。
まだ死んでいなかった。
全身全霊の攻撃を傷一つ無く耐えられた。
また、あの地獄のような痛みがやってくる…………!!
「ガルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
そう悟ったサンダーグリスリーは狂ったように吠え、全身から放電しながらカズト達の結界を掴み、全力で引き離そうとする。
そしてその足はカズトの魔法により摩擦力が無いため、地を捉えられていないにも関わらず、必死に動かす。
そのおかげで辺りには凄まじい地響きと恐怖に染まりきった熊の叫び声が木霊する。
そんなサンダーグリスリーの姿を前にして、カズトとリディアはその叫び声に負けないほどの大声で話し合っている。
「このままだと攻撃できない! どうする!?」
「少し時間がかかるけど、僕がやってみる! 息苦しくなるだろうけど我慢して!」
「なら私はどうしたらいい!? 何もできない!」
「なら集中できるように僕の耳を塞いで!」
「……わかった!」
彼らの周りには今もまだ陸亀守護獣の指輪による自動防御機能の結界と絶縁結界が張られている。
そして絶縁結界を纏ったままでは槍に魔力を込めることができない。
そのためリディアはカズトに任せっきりになることを歯噛みしつつも彼の指示に従い、その耳を塞いだ。
そしてカズトはリディアの手で耳を塞がれながら、頭の中で考える。
これから彼が発動しようとしている魔法は、その規模にもよるが、それなりの時間が必要となる。
そして既に自動防御機能による結界を張ってから三分は過ぎている。
そのため下手すればこのままでは二人とも窒息死してしまう可能性が十分にあるのだ。
そしてそれを理解しているため、カズトの顔には焦りが浮かんでいる。
(この状況は想定外だ。事前に立てていた酸素不足になった場合の状況から脱するための作戦も使えない)
カズトが建てていた作戦とは、サンダーグリスリーが握り潰す事だけをしてきた場合に有効な作戦だ。
そもそもサンダーグリスリーの放電攻撃はサンダーグリスリー自身の体力も削るため、永続的に発動する事はない。
そのためカズトとリディアは、脱出するなら放電攻撃が切れた瞬間を狙ってその作戦を実行するつもりであった。
しかしサンダーグリスリーは死を免れるために、残存体力など無視して放電を続けているため、その作戦は使えない。
そのためカズトは次の攻撃で完全にサンダーグリスリーを屠るつもりで考えを巡らせる。
(結界の中で息ができるのは後二分。そして人間が酸素が無くても生きていられるのは約三分。合計五分の猶予があるわけだけど、呼吸できない状態ではさらに焦って集中が途切れてしまうだろうな。それならやっぱり制限時間は二分か)
彼は一つ深呼吸をして焦る気持ちを、イメージを構築するための集中力に変換する。
そうしなければ死ぬからだ。
そして死の間際にいるからか、その集中力は普段よりも数倍に跳ね上がり、より鮮明なイメージを構築していく。
(イメージするのは電子レンジだ。電子レンジはマイクロ波を作り出して食品に当て、水分子と共鳴させてそれらを回転させる。その水分子同士が擦れあって摩擦熱が発生し、発熱する。そのマイクロ波を当てる対象をサンダーグリスリーの頭にする。そうして発熱させ続けてその脳みそを沸騰させる!)
パチン!
「ガ!? ガルルルル……ガルルアアアアアアアアアアアアアアア!?」
その瞬間、カズトが放った魔法によってサンダーグリスリーが頭を押さえて苦しみ始める。
それはその脳みその中にある血液の温度が徐々に上昇しているからであり、それによって脳が異常をきたしているからである。
だがカズトが放った凶悪な魔法はそれだけでは終わらない。
まだほんの序の口である。
なぜなら電子レンジは、食品の温度を一瞬で上げるわけではなく、徐々に時間をかけて上げていくものなのだから。
そのためサンダーグリスリーが感じる苦しみは徐々に大きくなっていく。
しかしおぞましいこの魔法だが、欠点がいくつかある。
それは相手が事切れるまで時間を必要とし、なおかつマイクロ波を当て続けるというイメージなので対象をその場に留めておかなければならないということだ。
そのためこの魔法は実戦向きでは無いのだが、今のサンダーグリスリーを完全に固定できている状況では最強の魔法となる。
そうして時間が経つにつれサンダーグリスリーが鼻や口、そして目から血を流し始める。
そのおぞましい光景を見てリディアだけでなく魔法を放ったカズトでさえも吐き気を催したが、この状況では吐くに吐けないためなんとか耐える。
(うぇ……多分、毛細血管の中の血液が沸騰して破裂したんだろうけど、気持ち悪い……)
そうしてカズトがサンダーグリスリーの体に起こった事を推測していると、サンダーグリスリーが不自然な挙動をし始めた。
突如体をビクン! と跳ねさせたり、放電を断続的に止めたりしているのだ。
明らかにそれらの動作はサンダーグリスリーの意図している物ではないように思える。
恐らく脳みその血管も破裂したのだろう。
カズトは懐中時計を片手で握り締め、時間を確認する。
(まだ一分と少ししか経っていない。予想よりずいぶん早いけど、これならすぐに終わりそうだ)
すると次の瞬間、苦しみもがいているサンダーグリスリーの顔の毛皮が次から次へと連続して破裂しだした。
毛皮のすぐ下に流れている、毛細血管よりも太い血管に流れる血液が沸騰してその血管を内側から破ったためだろう。
そしてそれは想像を絶する痛みなのか、サンダーグリスリーがさらに苦しみもがく。
「ガルルラララアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
足を無闇矢鱈に動かし、腕を地面に叩きつけ、その場から離ようと体を捻る。
そのたびに凄まじい地響きがするが、陸亀守護獣の指輪の自動防御機能による結界はサンダーグリスリーの体を離さない。
そしてサンダーグリスリーも体力を消耗してきたのか、その体からはとうとう少しの電気も出なくなった。
いまやカズト達の目の前にいるのはランクAの凶悪な魔物ではなく、ただただ苦痛から逃れたい、死にたくないとばかりにひたすら暴れ続ける巨大な熊である。
そうしてさらに頭部の毛皮が破裂し続け、雷雲を思わせる灰色のそれが赤に染まりきった頃、あれだけ苦しんでいたサンダーグリスリーは、まるで全身から急激に力が抜けたように足を止め、腕を下ろした。
サンダーグリスリーの生命活動が完全に止まったのだ。
それを確認したカズトはすぐさま結界を解く。
「ぷはっ! ……あっぶな! ぎりっぎりだった!」
「はあはあはあ……。思ってた以上に苦しかった……」
二人はそう言いながら、不足していた酸素を急いで体の中に取り込む。
サンダーグリスリーを一方的に死に追いやっていたカズト達だったが、逆に彼らも死においやられていた。
なにせカズトがサンダーグリスリーに魔法を放ってから、完全に息の根を止めるまで三分もかかったのだから。
もし後二分、いや一分サンダーグリスリーが耐えていれば、酸素不足と焦りによってカズトの集中力が切れ、魔法を持続することができなくなっていただろう。
そうすれば酸素不足で死ぬか、それを回避するために結界を解いたところを生きようと足掻くサンダーグリスリーに殺されていたところだ。
それから二人はしばらくの間そこで酸素を補給した後、リディアがサンダーグリスリーに突き刺さっている槍を引き抜く。
そして彼女はその穂先からポタポタと落ちる血液を見ながら口を固く引き結んだ。
(何も、できなかった……)
今回のサンダーグリスリーの戦いでリディアがやったことと言えば、真っ先にカルロスからサンダーグリスリーの相手を引き受け、ここまで誘導したことと、その目玉を抉って雷を流し込んだことぐらいだ。
しかし前者はともかく後者に関しては、サンダーグリスリーは電気が殆ど効かなかったため、リディアの貢献は無いといっていい。
そのため彼女の胸中は悔しさや悲しさ、そして自分に対する怒りで溢れかえっていた。
しかしカズトはそんな彼女の内面を知ってか知らずか明るい声を出す。
「ギリギリだったけどなんとか無傷で倒せたね。予めカルロスさんが傷つけてくれたってのもあるけど、手負いならランクAでも無傷で倒せるって事か」
そう言ってカズトはサンダーグリスリーの死体を眺める。
彼が今回の戦闘で目標にしていたことはリディアを傷つけることなくサンダーグリスリーを倒すことだ。
そしてその目標は達成できたため、彼は嬉しそうにしている。
しかしそれでも反省すべき点はあるのだが。
(やっぱりサンダーグリスリーが最後に放電しながら暴れ出したのを読めなかったのが反省点だな。あれのおかげでこっちもギリギリ死ぬところだったんだから。でもそれ以外は概ね作戦通りだったし、有利に動けた。それにこうして無事に倒せたんだし、良しとしよう)
そうしてカズトはサンダーグリスリーから視線を切り、前に立っているリディアに声をかける。
「リディアさん」
「……何?」
リディアはまだ自分の無力さに悔しさや怒りといった感情を抱いているが、カズトに話しかけられたのでそちらにゆっくりと顔を向ける。
そんなリディアの様子を見ながらも、カズトは明るい声で口を開く。
「皆が戦っている場所に戻ろ……う……か」
するとカズトは突然言葉を失い、呆然とした顔をした。
そしてその目はリディアの後ろ、つまりサンダーグリスリーの死体に向けられている。
そんなカズトの様子に気づき、疑問を持ったリディアがそちらに視線を向ける。
「どうしーー」
「リディアさん危ない!」
「わっ!?」
その瞬間、カズトが叫びながらリディアに飛びかかった。
「ギャルルルルルアアアアアアアアアア!!」
直後、そんな禍々しい咆哮と共にリディアがいた場所から轟音が発生した。
「な、なにが…………っ!?」
カズトに突然飛びかかられたリディアは驚いたことによって反射的に瞑っていた目を開く。
そしてその視界に映ったものを認識すると同時に驚愕して目を見開いた。
そこには頭を血で真っ赤にさせ、絶命したはずのサンダーグリスリーが立っていたのだ。
(まだ生きていた? いや、死んだことは確認したし、槍を引き抜いたときも全く動かなかった。生きていたなんてありえない。ということはこいつはーー)
「アンデット……!?」
数寸先も全く見えないくらい濃い土煙だ。
そんな中、これまで次から次へと体中に降りかかってきていた痛みの雨が止んだ。
それでも未だに傷口がズキズキと熱を帯びような痛みが走るが、その痛みを重ね塗りをするように何重にもやってきていた先程までの苦痛と比べると何倍もましだ。
つまり先程の全身放電攻撃によりあのちっぽけな人間二人を殺すことに成功したのだろう。
サンダーグリスリーはそう確信して安堵した。
そして両腕を地面に突き、上半身を持ち上げる……が、どういうわけか上半身が持ち上がらない。
どれだけ力を入れても全く持ち上がらないのだ。
それは先程まで痛みの雨を受けていた時に、体を人間達のそばから離せなかった時と全く同じ感じがした。
だがその原因であろう人間達は殺したはず。
だから体が動いても良いはずなのだが、どういうわけか本当に体が動かない。
一体何故? と人間よりも低い知能で考えを巡らせる。
するとその時、土煙で見えない眼前から内容が理解できない声が聞こえてきた。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅ。一瞬でも遅れていたら危なかったね」
「うん。でも流石カズト君。完璧に防いでみせた」
パチン! という音ともに辺りに風が吹き、土煙が舞い上がる。
それによってサンダーグリスリーの視界が晴れ、目の前に先程まで自分に苦痛を合わせていた人間達が現れた。
カズトとリディアだ。
カズトはサンダーグリスリーが全身放電攻撃をしようとしていることをその行動から見破った直後、リディアを抱き寄せ無理矢理槍から手を離させた。
そしてマーレジャイアントからランクA魔物の脅威を嫌と言うほど学んでいたカズトは、その槍ならさらに放電攻撃が来ると予想し、電気を一切通さない絶縁結界を自分たちに密着するように張ったのだ。
それによって彼らは感電死を免れた。
だがそうと知らないサンダーグリスリーにとっては、渾身の一撃でも死なない彼らがおぞましい存在に思えた。
まだ死んでいなかった。
全身全霊の攻撃を傷一つ無く耐えられた。
また、あの地獄のような痛みがやってくる…………!!
「ガルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
そう悟ったサンダーグリスリーは狂ったように吠え、全身から放電しながらカズト達の結界を掴み、全力で引き離そうとする。
そしてその足はカズトの魔法により摩擦力が無いため、地を捉えられていないにも関わらず、必死に動かす。
そのおかげで辺りには凄まじい地響きと恐怖に染まりきった熊の叫び声が木霊する。
そんなサンダーグリスリーの姿を前にして、カズトとリディアはその叫び声に負けないほどの大声で話し合っている。
「このままだと攻撃できない! どうする!?」
「少し時間がかかるけど、僕がやってみる! 息苦しくなるだろうけど我慢して!」
「なら私はどうしたらいい!? 何もできない!」
「なら集中できるように僕の耳を塞いで!」
「……わかった!」
彼らの周りには今もまだ陸亀守護獣の指輪による自動防御機能の結界と絶縁結界が張られている。
そして絶縁結界を纏ったままでは槍に魔力を込めることができない。
そのためリディアはカズトに任せっきりになることを歯噛みしつつも彼の指示に従い、その耳を塞いだ。
そしてカズトはリディアの手で耳を塞がれながら、頭の中で考える。
これから彼が発動しようとしている魔法は、その規模にもよるが、それなりの時間が必要となる。
そして既に自動防御機能による結界を張ってから三分は過ぎている。
そのため下手すればこのままでは二人とも窒息死してしまう可能性が十分にあるのだ。
そしてそれを理解しているため、カズトの顔には焦りが浮かんでいる。
(この状況は想定外だ。事前に立てていた酸素不足になった場合の状況から脱するための作戦も使えない)
カズトが建てていた作戦とは、サンダーグリスリーが握り潰す事だけをしてきた場合に有効な作戦だ。
そもそもサンダーグリスリーの放電攻撃はサンダーグリスリー自身の体力も削るため、永続的に発動する事はない。
そのためカズトとリディアは、脱出するなら放電攻撃が切れた瞬間を狙ってその作戦を実行するつもりであった。
しかしサンダーグリスリーは死を免れるために、残存体力など無視して放電を続けているため、その作戦は使えない。
そのためカズトは次の攻撃で完全にサンダーグリスリーを屠るつもりで考えを巡らせる。
(結界の中で息ができるのは後二分。そして人間が酸素が無くても生きていられるのは約三分。合計五分の猶予があるわけだけど、呼吸できない状態ではさらに焦って集中が途切れてしまうだろうな。それならやっぱり制限時間は二分か)
彼は一つ深呼吸をして焦る気持ちを、イメージを構築するための集中力に変換する。
そうしなければ死ぬからだ。
そして死の間際にいるからか、その集中力は普段よりも数倍に跳ね上がり、より鮮明なイメージを構築していく。
(イメージするのは電子レンジだ。電子レンジはマイクロ波を作り出して食品に当て、水分子と共鳴させてそれらを回転させる。その水分子同士が擦れあって摩擦熱が発生し、発熱する。そのマイクロ波を当てる対象をサンダーグリスリーの頭にする。そうして発熱させ続けてその脳みそを沸騰させる!)
パチン!
「ガ!? ガルルルル……ガルルアアアアアアアアアアアアアアア!?」
その瞬間、カズトが放った魔法によってサンダーグリスリーが頭を押さえて苦しみ始める。
それはその脳みその中にある血液の温度が徐々に上昇しているからであり、それによって脳が異常をきたしているからである。
だがカズトが放った凶悪な魔法はそれだけでは終わらない。
まだほんの序の口である。
なぜなら電子レンジは、食品の温度を一瞬で上げるわけではなく、徐々に時間をかけて上げていくものなのだから。
そのためサンダーグリスリーが感じる苦しみは徐々に大きくなっていく。
しかしおぞましいこの魔法だが、欠点がいくつかある。
それは相手が事切れるまで時間を必要とし、なおかつマイクロ波を当て続けるというイメージなので対象をその場に留めておかなければならないということだ。
そのためこの魔法は実戦向きでは無いのだが、今のサンダーグリスリーを完全に固定できている状況では最強の魔法となる。
そうして時間が経つにつれサンダーグリスリーが鼻や口、そして目から血を流し始める。
そのおぞましい光景を見てリディアだけでなく魔法を放ったカズトでさえも吐き気を催したが、この状況では吐くに吐けないためなんとか耐える。
(うぇ……多分、毛細血管の中の血液が沸騰して破裂したんだろうけど、気持ち悪い……)
そうしてカズトがサンダーグリスリーの体に起こった事を推測していると、サンダーグリスリーが不自然な挙動をし始めた。
突如体をビクン! と跳ねさせたり、放電を断続的に止めたりしているのだ。
明らかにそれらの動作はサンダーグリスリーの意図している物ではないように思える。
恐らく脳みその血管も破裂したのだろう。
カズトは懐中時計を片手で握り締め、時間を確認する。
(まだ一分と少ししか経っていない。予想よりずいぶん早いけど、これならすぐに終わりそうだ)
すると次の瞬間、苦しみもがいているサンダーグリスリーの顔の毛皮が次から次へと連続して破裂しだした。
毛皮のすぐ下に流れている、毛細血管よりも太い血管に流れる血液が沸騰してその血管を内側から破ったためだろう。
そしてそれは想像を絶する痛みなのか、サンダーグリスリーがさらに苦しみもがく。
「ガルルラララアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
足を無闇矢鱈に動かし、腕を地面に叩きつけ、その場から離ようと体を捻る。
そのたびに凄まじい地響きがするが、陸亀守護獣の指輪の自動防御機能による結界はサンダーグリスリーの体を離さない。
そしてサンダーグリスリーも体力を消耗してきたのか、その体からはとうとう少しの電気も出なくなった。
いまやカズト達の目の前にいるのはランクAの凶悪な魔物ではなく、ただただ苦痛から逃れたい、死にたくないとばかりにひたすら暴れ続ける巨大な熊である。
そうしてさらに頭部の毛皮が破裂し続け、雷雲を思わせる灰色のそれが赤に染まりきった頃、あれだけ苦しんでいたサンダーグリスリーは、まるで全身から急激に力が抜けたように足を止め、腕を下ろした。
サンダーグリスリーの生命活動が完全に止まったのだ。
それを確認したカズトはすぐさま結界を解く。
「ぷはっ! ……あっぶな! ぎりっぎりだった!」
「はあはあはあ……。思ってた以上に苦しかった……」
二人はそう言いながら、不足していた酸素を急いで体の中に取り込む。
サンダーグリスリーを一方的に死に追いやっていたカズト達だったが、逆に彼らも死においやられていた。
なにせカズトがサンダーグリスリーに魔法を放ってから、完全に息の根を止めるまで三分もかかったのだから。
もし後二分、いや一分サンダーグリスリーが耐えていれば、酸素不足と焦りによってカズトの集中力が切れ、魔法を持続することができなくなっていただろう。
そうすれば酸素不足で死ぬか、それを回避するために結界を解いたところを生きようと足掻くサンダーグリスリーに殺されていたところだ。
それから二人はしばらくの間そこで酸素を補給した後、リディアがサンダーグリスリーに突き刺さっている槍を引き抜く。
そして彼女はその穂先からポタポタと落ちる血液を見ながら口を固く引き結んだ。
(何も、できなかった……)
今回のサンダーグリスリーの戦いでリディアがやったことと言えば、真っ先にカルロスからサンダーグリスリーの相手を引き受け、ここまで誘導したことと、その目玉を抉って雷を流し込んだことぐらいだ。
しかし前者はともかく後者に関しては、サンダーグリスリーは電気が殆ど効かなかったため、リディアの貢献は無いといっていい。
そのため彼女の胸中は悔しさや悲しさ、そして自分に対する怒りで溢れかえっていた。
しかしカズトはそんな彼女の内面を知ってか知らずか明るい声を出す。
「ギリギリだったけどなんとか無傷で倒せたね。予めカルロスさんが傷つけてくれたってのもあるけど、手負いならランクAでも無傷で倒せるって事か」
そう言ってカズトはサンダーグリスリーの死体を眺める。
彼が今回の戦闘で目標にしていたことはリディアを傷つけることなくサンダーグリスリーを倒すことだ。
そしてその目標は達成できたため、彼は嬉しそうにしている。
しかしそれでも反省すべき点はあるのだが。
(やっぱりサンダーグリスリーが最後に放電しながら暴れ出したのを読めなかったのが反省点だな。あれのおかげでこっちもギリギリ死ぬところだったんだから。でもそれ以外は概ね作戦通りだったし、有利に動けた。それにこうして無事に倒せたんだし、良しとしよう)
そうしてカズトはサンダーグリスリーから視線を切り、前に立っているリディアに声をかける。
「リディアさん」
「……何?」
リディアはまだ自分の無力さに悔しさや怒りといった感情を抱いているが、カズトに話しかけられたのでそちらにゆっくりと顔を向ける。
そんなリディアの様子を見ながらも、カズトは明るい声で口を開く。
「皆が戦っている場所に戻ろ……う……か」
するとカズトは突然言葉を失い、呆然とした顔をした。
そしてその目はリディアの後ろ、つまりサンダーグリスリーの死体に向けられている。
そんなカズトの様子に気づき、疑問を持ったリディアがそちらに視線を向ける。
「どうしーー」
「リディアさん危ない!」
「わっ!?」
その瞬間、カズトが叫びながらリディアに飛びかかった。
「ギャルルルルルアアアアアアアアアア!!」
直後、そんな禍々しい咆哮と共にリディアがいた場所から轟音が発生した。
「な、なにが…………っ!?」
カズトに突然飛びかかられたリディアは驚いたことによって反射的に瞑っていた目を開く。
そしてその視界に映ったものを認識すると同時に驚愕して目を見開いた。
そこには頭を血で真っ赤にさせ、絶命したはずのサンダーグリスリーが立っていたのだ。
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