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魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

66話 マーレジャイアント(5)

「リディアさん!」
「くっ……ああ!」


 マーレジャイアントに掴みあげられたリディアは、魔力欠乏症によって顔を青くさせながらも、握りつぶされるような痛みに顔を歪ませる。
 カズトはなんとかしてリディアをそこから解放しようとマーレジャイアントに走り寄り、気を引くために魔法を次々と際限なく発動する。
 しかしマーレジャイアントはそれを意に介さず、さらに力を加えてリディアを握り潰そうとした。


「あああああああ!」


 リディアの悲鳴が辺り一帯に響き渡る。その声には彼女が感じている苦痛が乗っており、聞いているだけで目を背けたくなるようなものだ。
 だがカズトはその声を聞いてますます焦り、さらに魔法を連発する。
 しかしそれでもマーレジャイアントは手の中にいるリディアに意識を向けており、そこから他に注意を割こうともしない。
 まるでこれまで苦しめられた元凶を一匹ずつ確実に潰そうとしているようだ。
 そんな風にしてマーレジャイアントに握りしめられているリディアは、魔力欠乏症によって体に力が入らないなりに藻掻いているが、マーレジャイアントにしてみればそれは児戯に等しい。


「オオオオオオオオオオオ!」
「ああああああああああ!!」


 マーレジャイアントの咆哮と共に、リディアの悲鳴がさらに大きくなる。
 マーレジャイアントがさらに力を込めてリディアの体を握り締めたのだろう。
 マーレジャイアントの顔は鬼のようであり、本気でリディアを握りつぶしにかかっていることがありありと分かる。
 しかしそれでもリディアの体は握り潰されない。それは彼女がこれまで数多の強大な魔物を屠ってきたことにより、その体が強化されているためであろう。
 だがそれでも痛みを感じないわけではない。彼女は全方位から体が押しつぶされる痛みに耐えきれずに、喉がはち切れんばかりに悲鳴を上げる。
 すると、そこでついにマーレジャイアントの手の中からバギボギと骨が折れる音が辺りに鈍く響いた。カズトがはっきりと聞き取れるくらいの大きさで。それも一本だけでなく、複数本が一度に折れた音だ。


「あああああああああああああああああ!!」
「リディアさん!」


 一際甲高い悲鳴がリディアの喉から出る。さらにその口からまるで溢れるかのように血がゴポリと出る。だがリディアは血を吐いたことなど気にする素振りもなく、ただただ苦痛を伴った叫びを上げるだけだ。
 しかしマーレジャイアントはそれでもなお力を緩めない。むしろリディアが苦しんでいる様を見て、気味がいいとばかりに愉悦の表情を浮かばせている。
 そんな対照的な光景を見て、カズトはただただ魔法を放ってマーレジャイアントの気を引こうとする事しかできない。彼の中にさらに焦りが生まれ、熱が出るほど頭を回転させる。だがそれでもマーレジャイアントからリディアを助け出せる妙案が浮かばない。
 するとマーレジャイアントは痛みにひたすら苦しんでいるリディアの様子を見てさらに勢いづいたのか、さらに力を加えたようだ。その手の中から明らかに先程よりも多くの骨が折れたと分かる音が大きく響いた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「…………」


 リディアが血を吐き出し続けながら悲鳴を上げる。その血の量は驚くほど大量であり、誰がどう見ても失血死をしてしまうのではないかと疑う程だ。それにマーレジャイアントの拳からも滲み出るようにリディアの血が垂れている。

 そしてその悲鳴を聞き、その光景を目にしたその瞬間、カズトの中をそれまでの焦りを上回る程の怒りが埋め尽くした。
 しかしそんな状態の中でも彼自身の頭は不思議なほどクリアだ。そんなどこか矛盾した状態の中で、彼は先程から働かせていた頭を更に回転させた。
 すると彼の脳は彼が保有している記憶の全て、それこそ彼自身が忘れていた記憶を含めた全てを掘り返した。
 そして思考時間零コンマ一秒にも満たない時間で、彼の頭はこれまで思いつかなかったリディアを助け出す方法に辿り着く。
 それと殆ど同時に、カズトはバッグの中に入れてある木炭を、それに包まれている袋ごと全てマーレジャイアントの口の中に投げ入れた。
 そして無意識の内に叫ぶ。


「リディアさんを、離せえええええ!」


 その叫びに負けず劣らず指に力を入れ、鳴らす。その音はあまりにも力強く指を鳴らしたため、普段より遥かに凶悪な破裂音を生み出し、魔法を発動させる。


 バチン!


 その瞬間、カッとマーレジャイアントの口内が赤く光った。それと同時にカズトの視界が全て真紅に染まる。さらに彼の足先から脳天まで体全体がその奥底から暴力的に揺さぶられるような爆発音が辺り一帯に轟いた。
 その衝撃で勢いよく土埃が舞い上がり、彼の視界を色濃く覆う。しかし今の彼の攻撃によって多量の熱が一瞬の内に生み出されたため、その場に上昇気流が発生した。みるみるうちに土埃が風に乗り、上へ上へと舞い上がる。
 するとカズトの視界が徐々に開けていき、やがてマーレジャイアントの姿が目に入った。それは下半身を地に埋め、両手を力無く地面に置き、頭部が綺麗に無くなっている。もはやそれはマーレジャイアントではなく、マーレジャイアントだった物と呼んだ方が適切だろう。
 だがカズトはマーレジャイアントが死んでいることを確認すると、特に驚くことなくすぐさまリディアの下に向かった。


「リディアさん!」
「けほ、けほ……。か、カズト、君……」


 リディアはカズトの声を聞くと僅かに目を開け、咳込みながらも口を開いた。
 その口から一塊の血がこぼれでる。


「リディアさん喋らないで! 今すぐ治癒魔法かけるから!」


 カズトはそう言って治癒魔法を使いながらマーレジャイアントだった物の指を動かしてリディアを解放させるようとする。
 しかしカズトの身体能力が低いからか、その巨大な指をピクリとも動かせない。死してなおマーレジャイアントはその手を離そうとはなかった。
 すると彼らの下に複数の足音が近づいてくる。


「おい雷霊、カズト! 大丈夫か!?」
「ぎゃああああああ! リディアちゃん!? リディアちゃんがぁ!」


 暴風の宴のリーダーであるカルロスと大地の目覚めのリーダーであるダニーだ。
 彼らはパーティーメンバーを連れておらずそれぞれ一人でやってきたようだ。恐らく他のメンバーが抜けられないくらいには他の魔物との戦いが激しいからだろう。
 それに気づいたカズトはすぐさま彼らに応援を頼む。


「カルロスさん! ダニーさん! リディアさんをこの手から解放させて! その間僕は治癒魔法に集中するから!」
「分かったぜ! すぐにとりかかる!」
「おいお前! 何故リディアちゃんがこんなことにーー」
「ダニー! そんなことは後だ! 手伝え!」
「ええい、分かったよ! お前、リディアちゃんを救えなかったらどうなるか覚えとけよ!」


 カズトの指示に従い、カルロスと少し遅れてダニーがリディアを掴んでいるマーレジャイアントの指を力一杯引き剥がす。
 すると二人はカズトより遥かに身体能力が高いため、素早くリディアを解放することに成功した。しかしリディアの体が露わになると、その様を見て三人は顔を強ばらせる。


「これは……」
「ひでぇな……」
「ここまでとなると……」


 リディアの体は、ランクA冒険者であり数多の戦いを潜り抜けてきたカルロスとダニーでさえも、それ以上言葉が出ない程酷い状態であった。
 それもそのはずでランクAの巨人に握り締められたのだから、ランクB冒険者であるリディアが耐えられる筈がない。
 だがこうして彼女の体が潰れておらず腕や胴体といった区別がつく状態であるのは、ひとえにリディアが魔物を倒したことによる強化現象によってランクB冒険者の中でもトップクラスの体の丈夫さを有しているからだ。
 けれどもこれだけ酷くやられてしまっていたら、いくら治癒魔法を使っても治すことは不可能だろう。
 いや、命をつなぎ止めることさえ難しい。
 それをリディアも分かっているのだろう。
 カルロスとダニーの手によって慎重に地面に寝かされた彼女は苦痛に顔を歪ませながらも口を開いた。


「カズト、君……。ごめん、なさい。せっかく、一緒に、作戦、考えたのに、こんなことに、なってしまって……」
「リディアさん! 口を開かないで! 容体が悪化するから!」
「ねえ、聞いて……。今まで ずっと、私は一人で活動、してきた……」
「そんなの今はどうでもいい! 大人しくしていて!」


 カズトは治癒魔法を使いながら、リディアに口を閉じるように繰り返す。
 だがそれでもリディアは口を閉じない。それは彼女が死がそこまで迫っていることを悟っており、少しでもその心の内に抱える思いをカズトに伝えたいからだろう。彼女は苦痛に顔を歪ませ、口から血を吐き出しながらも懸命に口を開く。


「カズト君と、パーティーを組んでから、今まで、すごく楽しかった。一緒に、情報集めたり、ご飯、食べたり……。けほっ、けほっ」
「だから口を閉じて! 喋らないで!」
「パーティーで活動することが、こんなに、楽しいだなんて、知らなかった。そんな、思い出を、くれて、私、幸せ……」
「わかった! わかったから! 今は黙って!」


 リディアは引き続きカズトの言葉を無視して一方的に話しかける。その言葉は途切れ途切れであり、力の入っていないものだった。
 そんな言葉を聞いてカズトは溢れ出そうになる涙を堪えながら、リディアに必死に口を閉じるように言う。
 しかしそれでも彼女は喋ることを止めない。苦痛に顔を歪ませ、血を吐き出しながらも彼女は口を開き続ける。
 するとそれまで一方的にカズトに思っていたことを語っていた彼女が、不安そうな顔と共に顔をカズトに向けた。


「……ねぇ、カズト、君。最後に、一つ、お願い、聞いて」
「嫌だ! ここがリディアさんの最後になんてしない! 絶対に助ける! だから今は喋らないで!」
「……ありが、とう。そう言って貰えるだけで、十分。だから、カズト、君。最後に、キス、して」
「だから口を……え?」


 リディアの最後の願いとやらの内容を聞いた瞬間、それがあまりにも想像していなかった事だったためか、カズトの頭の中が殆ど真っ白になった。だがそれでも彼の中にあるリディアを助けるという意志だけは強く残り、治癒魔法を使い続ける。
 するとその会話を聞いていたカルロスとダニーはお互いに一瞬だけ目を合わせ、静かにその場から離れた。そして彼らは魔物が来たときに対処するために周りを警戒し始める。これは彼らなりの配慮なのだろう。リディアが最後に愛する人と二人でいられるようにするための。
 しかし彼らのその行動をきっかけに頭の中が真っ白になっていたカズトは我に返った。それと同時に彼女の頼みに対する答えを静かに、されどはっきりと口をする。
 それは我に返ったカズトの中ですぐさま出てきた答えであり、リディアにとってとてつもなく残酷なものだった。


「嫌だ」


 その言葉を聞いたリディアは声が出なかった。いや、出せなかったのだろう。しかしその顔には彼女がどう思っているかが如実に表れている。
 そのまなじりから次々と涙が溢れ、こぼれ出す。それは透明ではなく血が混じっているため薄い赤色だ。
 しかしそんな彼女の様子を見ながらカズトは力強く言葉を続けた。


「そんな願い、生きていればいくらでも叶えられる。それこそ一回切りじゃなくて何度だって。だからまだ生きることを諦めないで。僕が必ず助けてみせるから」


 そう言ったカズトの顔はこれまでで一番男らしく、決意に溢れた顔だった。凛々しく、それでいて優しい、世界中のどんな男よりも素敵な顔だった。見る者に安心感を与え、生きる希望を与える顔だった。
 その顔を見て、その言葉を聞いて、リディアの中に暖かなものが溢れ出る。この人とまだまだ一緒にいたい、これからずっと一緒にいたい、という想いが湧き上がる。
 彼女は泣きながらも嬉しそうに笑い、頷いた。それっきり彼女は口を引き結び、喋らないとカズトに暗に告げる。その顔には先程までの絶望は既になく、希望に溢れたものになっていた。
 その事を理解したカズトは、素早くバッグから短杖を取り出して詠唱を始める。

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