魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります
43話 ダンジョン都市を目指して
「よっと」
全ての準備を終えたカズトは荷車に乗り込んだ。
「……意外に狭いな。もう少し大きい奴を買うべきだったかな? いや、でもそれだとお金が足りなくなるし、これで我慢するか」
荷車の中は金属の箱を設置するために正面と背面の壁を取っ払って内側に移動させたためやや狭い。
しかしそれでも人が二人並んで座ってもまだ余裕があるほどの広さはある。
そのため我慢できない狭さではなかった。
意識を荷車の狭さから実験へと戻す。
「いきなり強くやると荷車が壊れるかもしれないよな。最初は弱くして、少しずつ強くしていこう」
そう一人呟いたカズトは、魔法を発動させるためのイメージを構築していく。
(設置した金属箱の内、後ろ二つの中に大気中の水素を集める)
特定の分子だけを移動させることが可能なのか? といった疑問がこれを思いついた時にカズトの頭の中に湧いて出たことがあった。
だがカズトは魔法で水を生成するとき、大気中の酸素と水素を反応させることによってそれを得ている。
それはつまり酸素分子と水素分子を移動させ、それらをぶつけ合うことによって反応させているということだ。
ならば分子を移動させることだけできないなんてことがあるはずがない。
そう結論を出したカズトは迷い無くそのイメージを構築する。
(そして水素をある程度集めたら、発火させる)
パチン!
するとその瞬間、金属箱の中からポン! という音が鳴った。
これは水素爆発といって、水素濃度が大気中よりも高い場合に発火させた時、水素と酸素が急激に反応して爆発的な燃焼を起こす現象である。
とは言っても今行った実験では、カズトは水素濃度をそれほど高めなかったため爆発という言葉には相応しくないほど可愛らしい反応だったが。
だがこの現象をバカにしてはいけない。
なにせこれは東日本大震災での福島第一原発事故の原因とされている現象だからだ。
つまり水素爆発を利用すれば荷車を動かすエネルギーを得るのは難しくない。
そしてカズトがダイアナと会話していて思いついた事というのが、この水素爆発を使った移動方法であった。
そのためにカズトは荷車と、爆発の衝撃を一方向に逃しつつそれを利用するための金属箱を作ってもらい購入したのだ。
カズトは今の実験結果を見てポツリと呟く。
「……荷車、動きもしなかったな。それならもう少し水素濃度を高くしてみるか」
彼はもう一度イメージを構築し直し魔法を発動させる。
パチン!
ボン!
カズトが魔法を発動させた瞬間、金属箱の中からそのような爆発音が鳴り、馬車が緩やかに前進した。
「少し動いたな。ならもう少し水素濃度を高くしてみるか」
イメージを構築し直し、三度目の発火。
パチン!
ボバッ!
「おおぅ!?」
すると馬車がカズトの予想以上の速さで前進した。
あまりにも勢いが強かったため慣性に従いカズトの体が後ろに引っ張られるように倒れたが、荷車の壁が高かったため幸いそこから転げ落ちるようなことはなかった。
カズトは思わず掴んだ馬車の壁の縁を力強く握りしめながら、今の結果を振り返る。
「け、結構な勢いが出たな。でもこれだけ速ければ十分か? ……いや、緊急時に急いで移動するときの事を考えて限界まで挑戦してみるか」
それからカズトは荷車が悲鳴を上げるまでひたすら実験を繰り返したのであった。
そして実験を繰り返し、水素爆発の衝撃で荷車のスピードの調整や方向転換をマスターした帰り道。
ボン! ボン! ボン!
荷車とその他諸々の道具を一人で《熊の手亭》まで運ぶのは億劫だと感じたカズトは、街の中で物騒な爆発音を辺りに撒き散らしながらゆっくりと帰った。
その際、一般人の通報を受けて数時間前に会った騎士達がすぐさまカズトの下に駆けつけたため、彼がその場で怒られることになったのは言うまでもない。
そして次の日。
朝早くから力んだ声も上げずになんとか一人で外壁の外まで荷車を引いて来たカズトは意気揚々と荷車に乗った。
「ニーナさんから貰った手書きの地図も持ったし、荷物も全部持った。忘れ物なし! それじゃあ行くか!」
そう言って彼は後ろに倒れないように荷車の壁を強く握って、パチン! と指を鳴らす。
すると金属箱からボバッ! という派手な爆発音が鳴り響き、荷車が勢い良く進み出した。
◆◇◆◇◆◇
穏やかな晴れた日の昼下がり。
静かな部屋にサラサラとペンを紙の上に踊らせる音が広がる。
ここはダンジョン都市を治めている領主、ブランドン=ロットの執務室だ。
彼はいつものように書類仕事を片付けると背筋を伸ばして、固まった筋肉をほぐす。
それからいつも愛飲している紅茶が入ったティーカップを顔の近くに持ってきて、一通り匂いを堪能する。
そして口に含んでゆっくりと味わいながらのどの奥に流し込む。
彼はがっしりとした体つきをしており、いかにも武道派だといった雰囲気を常に纏っているが、意外にも書類仕事や紅茶を嗜むことは好きなのだ。
しかしだからと言って戦うことが苦手だなんていうことはない。
このダンジョン都市を治めるからには事務能力だけでなく、それ相応の強さと必要であるからだ。
事実、彼はBランク冒険者相当の実力を持っている。
そんな彼がゆったりと紅茶の香りを楽しみながら二口目を飲んでいると、部屋の外からドタドタドタという慌ただしい足音が聞こえてきた。
(焦っているような足音だな。何かあったのか?)
ティーカップを一旦机の上に置き、足音の主がやってくるのを待つ。
すると間もなくして部屋がノックされた。
その音はやや荒々しく、よほど急いでいるのだと思われる。
何かがあったようだ。
それは良い事なのか、はたまた悪い事なのか……。
(できれば良い事であってくれ)
そんなことを思いながらブランドンは一言入れ、と告げる。
するとその言葉を待っていましたとばかりに勢い良く扉が開かれた。
そして扉を開いた若い騎士はその場で敬礼をし、唾を飛ばすような勢いで口を開く。
「ブランドン様! ダンジョンがスタンビートを起こしました! 現在最寄りの騎士達と冒険者達が魔物の群れを押し留めておりますが、このままではいずれ突破されかねません!」
スタンビート、それはダンジョンがしばしば起こす天災の事だ。
それが起こると普段はダンジョンの中から決して外に出てこない魔物達が、一斉に外に出てくるのだ。
そしてこのダンジョン都市は一つの超巨大ダンジョンを中心としてその周りに家や店などを建ててできた街なので、スタンビートが起こってしまうと街が甚大なダメージを被ることになってしまう。
そのため若い騎士は慌ててその報告をブランドンに届けにきたのだ。
しかしブランドンはその報告を聞いても慌てることはなかった。
なぜならこのダンジョン都市のダンジョンは数年に一度の頻度でスタンビートを起こすからだ。
そのためブランドンはこういう事態に慣れている。
彼は慌てること無く報告に来た騎士に指示を出した。
「ならばいつも通りに対処しろ。全ての住民を避難させるのを最優先に、残っている騎士達は冒険者達と協力して魔物がそれ以上街に出てくるのを阻止するんだ。すぐに俺も出る」
「はっ!」
ブランドンから指示を受けたその騎士はすぐさま執務室から走り去っていった。
そしてブランドンは紅茶を全て飲み干し、亜空の腕輪から鎧と大槍を出した。
それらを慣れた手つきで装備する。
「さて、行くか」
完全武装になった彼はそう言って、執務室から出て行った。
全ての準備を終えたカズトは荷車に乗り込んだ。
「……意外に狭いな。もう少し大きい奴を買うべきだったかな? いや、でもそれだとお金が足りなくなるし、これで我慢するか」
荷車の中は金属の箱を設置するために正面と背面の壁を取っ払って内側に移動させたためやや狭い。
しかしそれでも人が二人並んで座ってもまだ余裕があるほどの広さはある。
そのため我慢できない狭さではなかった。
意識を荷車の狭さから実験へと戻す。
「いきなり強くやると荷車が壊れるかもしれないよな。最初は弱くして、少しずつ強くしていこう」
そう一人呟いたカズトは、魔法を発動させるためのイメージを構築していく。
(設置した金属箱の内、後ろ二つの中に大気中の水素を集める)
特定の分子だけを移動させることが可能なのか? といった疑問がこれを思いついた時にカズトの頭の中に湧いて出たことがあった。
だがカズトは魔法で水を生成するとき、大気中の酸素と水素を反応させることによってそれを得ている。
それはつまり酸素分子と水素分子を移動させ、それらをぶつけ合うことによって反応させているということだ。
ならば分子を移動させることだけできないなんてことがあるはずがない。
そう結論を出したカズトは迷い無くそのイメージを構築する。
(そして水素をある程度集めたら、発火させる)
パチン!
するとその瞬間、金属箱の中からポン! という音が鳴った。
これは水素爆発といって、水素濃度が大気中よりも高い場合に発火させた時、水素と酸素が急激に反応して爆発的な燃焼を起こす現象である。
とは言っても今行った実験では、カズトは水素濃度をそれほど高めなかったため爆発という言葉には相応しくないほど可愛らしい反応だったが。
だがこの現象をバカにしてはいけない。
なにせこれは東日本大震災での福島第一原発事故の原因とされている現象だからだ。
つまり水素爆発を利用すれば荷車を動かすエネルギーを得るのは難しくない。
そしてカズトがダイアナと会話していて思いついた事というのが、この水素爆発を使った移動方法であった。
そのためにカズトは荷車と、爆発の衝撃を一方向に逃しつつそれを利用するための金属箱を作ってもらい購入したのだ。
カズトは今の実験結果を見てポツリと呟く。
「……荷車、動きもしなかったな。それならもう少し水素濃度を高くしてみるか」
彼はもう一度イメージを構築し直し魔法を発動させる。
パチン!
ボン!
カズトが魔法を発動させた瞬間、金属箱の中からそのような爆発音が鳴り、馬車が緩やかに前進した。
「少し動いたな。ならもう少し水素濃度を高くしてみるか」
イメージを構築し直し、三度目の発火。
パチン!
ボバッ!
「おおぅ!?」
すると馬車がカズトの予想以上の速さで前進した。
あまりにも勢いが強かったため慣性に従いカズトの体が後ろに引っ張られるように倒れたが、荷車の壁が高かったため幸いそこから転げ落ちるようなことはなかった。
カズトは思わず掴んだ馬車の壁の縁を力強く握りしめながら、今の結果を振り返る。
「け、結構な勢いが出たな。でもこれだけ速ければ十分か? ……いや、緊急時に急いで移動するときの事を考えて限界まで挑戦してみるか」
それからカズトは荷車が悲鳴を上げるまでひたすら実験を繰り返したのであった。
そして実験を繰り返し、水素爆発の衝撃で荷車のスピードの調整や方向転換をマスターした帰り道。
ボン! ボン! ボン!
荷車とその他諸々の道具を一人で《熊の手亭》まで運ぶのは億劫だと感じたカズトは、街の中で物騒な爆発音を辺りに撒き散らしながらゆっくりと帰った。
その際、一般人の通報を受けて数時間前に会った騎士達がすぐさまカズトの下に駆けつけたため、彼がその場で怒られることになったのは言うまでもない。
そして次の日。
朝早くから力んだ声も上げずになんとか一人で外壁の外まで荷車を引いて来たカズトは意気揚々と荷車に乗った。
「ニーナさんから貰った手書きの地図も持ったし、荷物も全部持った。忘れ物なし! それじゃあ行くか!」
そう言って彼は後ろに倒れないように荷車の壁を強く握って、パチン! と指を鳴らす。
すると金属箱からボバッ! という派手な爆発音が鳴り響き、荷車が勢い良く進み出した。
◆◇◆◇◆◇
穏やかな晴れた日の昼下がり。
静かな部屋にサラサラとペンを紙の上に踊らせる音が広がる。
ここはダンジョン都市を治めている領主、ブランドン=ロットの執務室だ。
彼はいつものように書類仕事を片付けると背筋を伸ばして、固まった筋肉をほぐす。
それからいつも愛飲している紅茶が入ったティーカップを顔の近くに持ってきて、一通り匂いを堪能する。
そして口に含んでゆっくりと味わいながらのどの奥に流し込む。
彼はがっしりとした体つきをしており、いかにも武道派だといった雰囲気を常に纏っているが、意外にも書類仕事や紅茶を嗜むことは好きなのだ。
しかしだからと言って戦うことが苦手だなんていうことはない。
このダンジョン都市を治めるからには事務能力だけでなく、それ相応の強さと必要であるからだ。
事実、彼はBランク冒険者相当の実力を持っている。
そんな彼がゆったりと紅茶の香りを楽しみながら二口目を飲んでいると、部屋の外からドタドタドタという慌ただしい足音が聞こえてきた。
(焦っているような足音だな。何かあったのか?)
ティーカップを一旦机の上に置き、足音の主がやってくるのを待つ。
すると間もなくして部屋がノックされた。
その音はやや荒々しく、よほど急いでいるのだと思われる。
何かがあったようだ。
それは良い事なのか、はたまた悪い事なのか……。
(できれば良い事であってくれ)
そんなことを思いながらブランドンは一言入れ、と告げる。
するとその言葉を待っていましたとばかりに勢い良く扉が開かれた。
そして扉を開いた若い騎士はその場で敬礼をし、唾を飛ばすような勢いで口を開く。
「ブランドン様! ダンジョンがスタンビートを起こしました! 現在最寄りの騎士達と冒険者達が魔物の群れを押し留めておりますが、このままではいずれ突破されかねません!」
スタンビート、それはダンジョンがしばしば起こす天災の事だ。
それが起こると普段はダンジョンの中から決して外に出てこない魔物達が、一斉に外に出てくるのだ。
そしてこのダンジョン都市は一つの超巨大ダンジョンを中心としてその周りに家や店などを建ててできた街なので、スタンビートが起こってしまうと街が甚大なダメージを被ることになってしまう。
そのため若い騎士は慌ててその報告をブランドンに届けにきたのだ。
しかしブランドンはその報告を聞いても慌てることはなかった。
なぜならこのダンジョン都市のダンジョンは数年に一度の頻度でスタンビートを起こすからだ。
そのためブランドンはこういう事態に慣れている。
彼は慌てること無く報告に来た騎士に指示を出した。
「ならばいつも通りに対処しろ。全ての住民を避難させるのを最優先に、残っている騎士達は冒険者達と協力して魔物がそれ以上街に出てくるのを阻止するんだ。すぐに俺も出る」
「はっ!」
ブランドンから指示を受けたその騎士はすぐさま執務室から走り去っていった。
そしてブランドンは紅茶を全て飲み干し、亜空の腕輪から鎧と大槍を出した。
それらを慣れた手つきで装備する。
「さて、行くか」
完全武装になった彼はそう言って、執務室から出て行った。
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