魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

39話 護衛依頼

 カズトは寝袋と保存食を売っていた店を見つけるまでに見つけていためぼしい店を殆ど訪ね終わった。
 後は目を付けていた店の中でも一番興味を惹かれていた錬金術店を残すのみである。


「ここだな」


 錬金術店の扉を開けて中に入る。
 するとそこには白や緑に濁った水などのどうでもよさそうなものから、よく分からない魔物の爪や骨など、雑多な物がたくさん置かれている。
 その様はまるでカズトが思い描くよぼよぼのおばあさん魔女が営む店という怪しい雰囲気が漂っていた。


(うわぁ。カオスすぎるだろ)


 カズトは顔をひきつらせてこの店に入ったことを少し後悔しながらも、一応何が売っているのかを見ていく。


(ゴブリンの頭蓋骨、オークの睾丸、スライムの粘液、コボルトの犬歯……こんなの何に使うんだよ。不気味過ぎる……)


 入り口に近い場所にある棚から奥の棚に向かっていくにつれて、その不気味度は増していく。
 魔物の血液や骨はまだ優しい方で、奥に行けば行くほどよく分からない生物の心臓や目玉が瓶に詰められているのだ。


(よし。帰ろう)


 カズトはゴブリンの目玉が瓶に詰められてズラッと並んでいる棚を目に入れた瞬間にそう決断した。
 これ以上彼がここにいると胃の中身がひっくり返ってしまうだろうから、この判断は英断と言ってもいい。
 そうしてクルリと背を向け入り口に向かうと、カズトの足に何かがコツンと当たった。


「ん? なんだこれ?」


 それを拾い上げてまじまじと見つめる。
 それは黒くて円筒形をしており、所々に罅が入っている。
 カズトはこの黒い物体に見覚えがあった。
 とはいってもバーベキューの時に頻繁に使われるものなので、多くの人間が見たことあるだろう。


「木炭か!」


 それが木炭と分かったカズトは思わず声を上げてしまった。
 なにせ炭が欲しいと思っていたのに、これまで覗いた店には炭が一つも置いてなかったのだから。
 そのため炭を手に入れることを半ば諦めていた。
 そんなときに偶然にも木炭を発見したのだから、思わず声を上げてしまったのも仕方がない。
 カズトはその場でキョロキョロとし、木炭がたくさん入っている箱を見つけた。
 そこには値札がはってあることから、売り物なのは間違いない。


「大きめのやつをいくつか買っておこう」


 そう言ってカズトはゴロゴロと箱を鳴らしながら木炭の中で比較的大きなものを数個選んでいく。
 そして会計を済ませたカズトは入った瞬間の引きつった顔とは違い、ホクホクとした表情で店から出てきた。
 ちなみにここまでの買い物でカズトの全財産の内7割が消え去っていたが、彼は木炭を買えたことに満足して気にしない事にした。








 そうして一通りダンジョン都市へ行くための準備を終えたカズトは市場を離れ、最後に冒険者ギルドにやってきた。
 今はまだギリギリ昼だからか、殆どの冒険者は依頼に出かけているのだろう。
 ギルドの中は閑散としていた。
 カズトは内心ラッキー、と思いながら様々な依頼書が貼られてある依頼板の前にやってきた。
 そして目的の依頼が無いか探し始める。


(えーっと、たしかダイアナはダンジョン都市のことをロットの街って言ってたよな。だからロットの街に行く商人の護衛依頼が無いかを探せばいいのか)


 この世界では街と街の道中で魔物に出会ったり、運が悪ければ盗賊に襲われたりすることがある。
 そのため戦闘の素人である商人は戦いを生業としている冒険者に護衛の依頼を出すことが多々あるのだ。
 そして冒険者が他の街に移動したいときは、護衛依頼を受けてお金を稼ぎながら移動するのが主な移動方法なのである。
 ちなみにカズトのような一人で活動している冒険者には、この移動方法は単にお金が稼げるという利点だけがあるわけではない。
 野宿をする際交代しながら見張りをしたり、移動の際索敵範囲を分担したりすることができるので、一人で移動するより遥かに疲労を溜めにくくできるのだ。
 そのためカズトはロットの街へと行く商人の護衛依頼が無いかを探す。
 しかし。


「……無いな」


 残念ながらカズトが求めるその依頼は無かった。
 見逃した可能性も考えてさらに二回依頼板を眺め回したが、それでも無かった。


「……ニーナさんに相談してみるか」


 冒険者で賑わっている時間ならともかく、今のカウンターには誰も並んでいない。
 そのため迷惑になるようなことは無いだろうと思いニーナの下へ行く。
 するとニーナはカズトがやってきたことに気づき、挨拶を交わした。


「こんにちは、カズトさん。依頼の報告ですか?」


「こんにちは。いえ、今日は依頼を受けていないんですよ。それよりロットの街に行く護衛依頼が無いのですが、僕のようなソロ冒険者はどうやって街を移動すればいいのでしょうか?」


「ロットの街まで行くのですか。たしかにそちらの方へ行く護衛依頼は今のところありませんね。となると、ロットの街へ行く他の冒険者の方と一緒に行くしかありませんね」


「なるほど。他の冒険者ですか……」


 ニーナが提示してくれたその方法について考えを巡らせるカズト。
 一緒に行く冒険者が都合良く見つかるとも思えないし、いたとしてもその冒険者が信用できるか怪しい。
 そのような思いもあり、彼はニーナが言った方法を採用するかどうか迷っていた。
 するとその時、ニーナの隣に座っているベラが応対している人物の声がカズトの耳に入ってきた。


「すみません。ロットの街まで行くための護衛依頼を出したいのですが」


 その瞬間、ビュン! という風切り音が鳴るのではないかという勢いでカズトがそちらに顔を向けた。
 するとそこには丸々と太った男が立っており、カズトが顔を向けてきたことにビクリと驚いている。
 だがそんな反応など関係ないとばかりにカズトはその男に声をかける。


「あの! 今ロットの街までの護衛依頼を出したいと仰いましたか!?」


「え、ええ。そう言いましたけど……」


 その瞬間、カズトは笑みを浮かべながらニーナに振り返った。
 ニーナもまたその会話を聞いており、笑顔を浮かべる。
 そしてカズトはその男に向き直り、手を差し出した。


「自分はカズトと言います! 丁度ロットの街に行く護衛依頼を探していたところだったんです! あなたの護衛依頼を是非とも受けたいと思います!」


「ああ、なるほど。そういうことでしたか。自分はマルティンと申します。これからよろしくお願いします」


 カズトの言葉を聞いて腑に落ちたといった様子を見せたマルティンは、人の良い笑みを浮かべながらカズトの手を握り返した。
 そしてマルティンはまっさらの依頼書の項目を次々と埋めていき、ベラにそれを手渡した。
 渡されたそれをベラはどこか記入漏れなど無いかを確認し、一つの項目で目を留める。
 そしてチラリとカズトを見て、笑った。
 その様子を訝しんで、ニーナが声をかけながら横からその依頼書を見る。


「どうしたの、ベラ……って、あー、なるほど……」


「ん? どこかおかしかったですか?」


 ベラとニーナの反応を見て、マルティンもまた訝しげな顔をする。
 しかしベラは笑顔でそのまま応対した。


「いえ、どこもおかしくありません。ではこれで依頼完了とさせて頂きます」


 そう言いながらベラはカズトにその依頼書を見せつける。
 するとカズトは、ショックのあまり膝から崩れ落ちた。

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