魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

25話 魔人戦(2)

「セリオ!」




「はっ!」




 魔人が何かをする前にダイアナがセリオの名前を呼ぶ。
 それだけで意味が通じたのかセリオは盾を構えてすぐさまダイアナと魔人の間に立った。
 その直後に魔人の手からセリオに向かって火柱が放たれる。




「ふん!」




 セリオはその攻撃に対して盾を全面的に押し出してその攻撃を受け取める。
 するとその火柱はセリオの盾にぶち当たり、その場に派手に火花を撒き散らした。
 そして火柱をセリオが受け止め、周りの温度が一気に上昇する中、凛とした涼やかな声がその広間に響き渡る。




「我が刃は全ての物を凍てつくす。そこに距離は無く、時も無いーー」




「あん? 詠唱か?」




 ダイアナが剣を頭上に掲げる。
 するとその詠唱を聞いた魔人は訝しげな顔をした後火柱を消し、次に愉快そうな声を上げた。




「はっ。俺相手に魔法で勝負とはな。いいぜ、乗ってやるよ!」




「ーーただ一瞬のうちに止まるのみ。この一振りですべてが終わる。安心して眠れ!」




 魔人のその言葉を聞いてダイアナはさらに目つきを鋭くして詠唱に力を込めた。
 対して魔人はダイアナのその様子もまた愉快だと言わんばかりに更に笑みを深める。
 そして、詠唱が終わる。
 ダイアナと魔人の間で彼女を守っていたセリオは、それを察知してその場から素早く横に飛び退いた。
 直後、ダイアナは自身が制御できる最大の魔力をその魔法にこめて、剣を振り下ろす。




「アイスライン!」




 その瞬間、ダイアナの振った剣の延長線上にあるもの全てが一瞬で凍る。
 それは宙を舞うチリや地面、そして笑顔を浮かべた魔人も全てだ。
 そして魔人が放った火柱によって上昇していた温度が、今度は身震いするほど急激に下がり込む。
 だが、次の瞬間。
 バリィン! という音と共に、全ての氷がそこに一切存在しなかったかのように消え去った。




「なにっ!?」




「そんな、殿下の魔法が……」




 二人は両目をいっぱいに見開いてその現象を愕然とした。
 だが、そんな二人の反応を心底楽しむかのように魔人の高笑いが響いた。




「ははははははは! なんだその顔は? 俺は魔法に特化した魔人だぞ? 人間ごときが俺のイメージ力に勝てるとでも思ったのか?」




「マジックキャンセルか……」




 魔人のその言葉を聞いて、ダイアナがたった今何が起こったのかを、いや魔人が何を行ったのかを忌々しそうに言い当てる。


 マジックキャンセル。
 それは文字通り発現した魔法に干渉し、強引にそれをかき消す技術のことだ。
 だがこれを行うには魔法を発現させた者よりも、遥かに強いイメージの構築をしなければならない。
 魔法を発動させた者とそれを受ける者のイメージ力の勝負と言い換えても良い。
 そしてその勝負に勝った者が自身の魔法を発現させ続ける、または相手の魔法をかき消す事ができるのだ。


 そして今は魔人がダイアナの魔法をかき消すことに成功したため、魔人のイメージ力が魔法を発動ささたダイアナよりも強かったということを意味する。
 だが、それもそのはず。
 なぜならこの魔人は魔法に特化している存在だからだ。
 そのイメージ力は当然ながら卓越しており、大抵の相手の魔法ならば今のように簡単にかき消すことができる。




「ほぅら、まだ始まったばかりだ。もっと俺を楽しませてくれよ!」




 そう言って魔人が両手をダイアナとセリオに向ける。
 それを見た二人はその場からすぐに飛び退くが、魔人はその行動を読んだかのように魔法を発動させた。
 魔人の両手からメイベルを焼いたそれよりも大きな蛇が、二人が飛び退いた場所に先回りしたのだ。
 そして二人を飲み込まんと二匹の蛇が大きな口を開ける。




「このっ!」




「ふん!」




 だがダイアナ達もむざむざと飲み込まれるような真似はしない。
 ダイアナは剣を横に振るい蛇の頭を断ち切り、セリオは盾で殴るようにして蛇の頭を潰した。




「ははははは! いいねぇ! 次はこいつらだ!」




 それを見て愉快そうに笑い声を上げながら魔人が左から右へと腕を横に振るう。
 すると今度は人間大の狼の形をした炎が二匹現れた。
 それらは二人に牙をむき、左右にフェイントを織り交ぜながら近づいて行く。
 だがダイアナとセリオはこれまで何度も魔物と戦ってきた経験がある。
 狼の形をした炎のフェイントを難なく見切り、それぞれ一匹ずつ剣で切り裂いた。
 だがそれを見た魔人は笑みを深める。




「かかったな」




 ダイアナ達が狼の炎を切り裂いた直後、切り裂かれた炎が突如膨張し爆発したのだ。




「あああ!?」




「ぐあああ!?」




 間近で炎の爆発を身に浴びて、ダイアナとセリオは後ろに吹き飛び勢い良く壁に激突する。
 それでも二人はヨロヨロとしながらも二本の足で立ち上がり、剣を構えた。
 だが二人の肌は所々が焼け爛れ、鎧は炎の熱に当てられ僅かに変形している。
 とてもではないが普段通りに動けるとは思えない。




「まだまだいくぞぉ!」




 しかしそんな二人の様子を見て魔人はさらに愉快げに笑い、手のひらを上に向けた。
 すると魔人の頭上に小さな太陽のような禍々しい赤い炎の球が出現する。
 それを魔人はダイアナ達に投げつけるのではなく、勢い良く地面に叩きつけた。
 するとそこを起点に、ダイアナ達に向かって炎が地面を這っていく。




「避けろ!」




「はっ!」




 ダイアナが言葉を発すると殆ど同時に二人は左右に分かれてなんとかその場を飛び退くことに成功する。
 その直後、二人が立っていた場所を地を這う炎が通り抜けた。
 だが魔人はさらにたたみかける。




「ほらほらほらぁ! 避けてばっかじゃつまんねぇぞぉ!」




 ダイアナに向かって手のひらを向け、そこから炎の球を連射する。
 それは先程ダイアナに放った物とは速度が段違いに速く、彼女は避ける間もなく次々と被弾する。




「がっ、ぐはっ!」




 腹に、足に、顔に、次々と放たれる炎の球は速いものの、威力はそれほどでもない。
 これは魔人がわざとそうして、一方的にダイアナを嬲ることを楽しんでいるためだ。
 その証拠に魔人の顔は愉悦に浸っているため非常に不気味な笑顔をニタニタと浮かべている。
 だがセリオはその光景を黙って見ているわけにはいかなかった。




「殿下! 止めろおおおおおおお!」




 セリオはヨロヨロと上手く力が入らない体に鞭をうち、魔人に向かって切りかかる。




「ちっ。良いところだっていうのによぉ。邪魔してんじゃねぇよ!」




 するとダイアナを嬲ることを楽しんでいた魔人は、せっかくの遊びに水を差されたような顔をし、怒鳴りながら半透明の板を展開した。
 これまでと同じようにガキィン! という音が響き、セリオの剣が止められる。
 セリオはその目に憎悪と悔しさを宿しながら魔人を睨みつけーー直後に視線を魔人の後ろに向けて、驚いた顔をした。
 当然目の前にいる魔人はセリオのその表情の変化に気づく。




(なんだ?)




 それを訝しげに思った魔人は後ろを振り返る。
 その瞬間、魔人の右肘から先が斬りとばされた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品