魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

13話 第二王女登場

 あれはどう見ても厄介事の匂いがプンプンした。
 いや、冒険者ギルドの中に何故王女さまがいたのか、とか、実際の王女さまがどんな顔をしているのか、とか気になることはいっぱいあったよ?
 でもあれに関わったら厄介な事になるなんて火を見るより明らかじゃん。
 どう考えも王女さまが根無し草の集まりのようなものである冒険者ギルドに来るとか普通じゃないでしょ。
 そんなわけで僕は冒険者ギルドに背を向け、宿に向かう。






◇◆◇◆◇◆






「この方は第二王女、ダイアナ殿下である!」




 野太く、よく通る大柄な騎士の声が冒険者ギルドの空気を大きく震わせる。
 その瞬間、そこにいる冒険者とギルド職員達が一斉にひれ伏した。
 ちなみにこの状況になる直前にはカズトは既に扉を閉めて外に出て行ったため、その光景は見ていない。
 そんな状況で親衛隊の騎士たちに囲まれた中からコツと一歩を踏み出す音が聞こえた。
 そして次の瞬間、冒険者ギルドの中を凛とした美しい女性の声が静かに、それでいてはっきりと響き渡った。




「面を上げよ」




 その一声はひれ伏しているギルド職員と冒険者達全ての耳の中にスッと滑り込むように入り込む。
 そしてその言葉を聞いた皆は恐る恐る顔を上げる。
 するとそこには百人中百人の誰もが彼女を絶世の美女と評するような女がいた。
 その容姿は腰までとどく太陽のように輝く美しい黄金の髪を一つにくくり、それでいて吸い込まれるような錯覚を覚えるほど碧い目、スッと通った綺麗な鼻筋にプルっと弾力のありそうな唇がこれ以上ないくらい完璧なバランスで顔に乗っている。
 そしてその肌は雪のように白く、それでいてきめこまかい。
 手足はすらっとしており、体は女性らしさをこれでもかと体現している。
 それがここ、ヘルテー王国の第二王女であるダイアナだ。
 そしてそんな完璧な容姿をしているダイアナを見た者達は、彼女の完璧すぎる美貌故に男も女も関係なく見惚れていた。


 一方ダイアナにとっては当然このような反応は見慣れている。
 街を歩けば男も女も振り返り、こうして立ち止まっていれば誰もが自分の顔を、体を見つめてくる。
 そんな状況をこれまで何度も経験してきたのだ。
 慣れるなという方が難しい。
 むしろこうやって自分を一目見たら必ず見惚れられるというのが普通のことだと自然に思うようにさえなってしまっていた。
 それは決して傲慢などのような感情からくるものではない。客観的事実である。


 ダイアナが青い鎧に身を包んだ周りの騎士達を引き連れて歩く。
 その一挙手一投足を追うように皆の目線が彼女を追うが、そんな状況に慣れているダイアナは当然無視をする。
 そして彼女は赤髪の受付嬢、ニーナの前にやってきた。




「最近魔物の巨大個体が増えているとの報告を受けて調査に来た。是非とも詳しい話しを教えてほしい」




「……!? は、はい! 部屋を用意しますのでこちらへどうぞ!」




 周りの人間と同じようにダイアナに見惚れていたニーナは、話しかけられたらことによって止まっていた頭を再起動させ、すぐさま席を立ち仕事にとりかかる。
 だがそこでダイアナが再び口を開いた。




「ああ、それと最後に巨大個体を討伐した者に明日から行う私達の調査に同行してほしいと伝えてくれ」




「……え? 調査に同行、ですか?」




「ああ。魔力の指針を使うから、巨大個体を討伐した正確な場所が知りたいんだ」




 魔力の指針。
 それは魔物や人間といった生物が移動する際に僅かに残る魔力の痕跡を追うマジックアイテムである。
 その存在は今回のような魔物に関する調査だけでなく、犯罪が起きた際の調査にも頻繁に使われるため、有名なマジックアイテムなのだ。
 そしてそれは当然ニーナも知っていた。




「分かりました。ベラ、カズトさんが来たらちゃんと伝えてね」




「分かったわよ」




 カズトのことを嫌っている普段のベラならニーナのこの頼みは決して引き受けなかっただろう。
 しかし今は目の前にこの国の第二王女がいるため、嫌な顔一つせずに頷いた。
 するとそこでそのやりとりを見ていた冒険者の一人がダイアナに声をかける……のは躊躇ったらしく、少し迷った様子を見せた後、ニーナとベラに声をかけた。




「あー、オレが言ってこようか? さっきカズトがここに来たばっかだから、それくらいならすぐ終わるぞ?」




「え? カズトさんがここに来たんですか?」




「ああ。とは言っても第二王女殿下様方の姿を見た直後にすぐ出て行ったが」




 カズトは扉を開けたら正面に騎士達とダイアナの後ろ姿あったので、その姿だけに意識が向いていたが、その冒険者は彼がギルドにやってきたことをハッキリと見ていた。
 ちなみに冒険者ギルドにダイアナ達が入ってきたとき、ダイアナは騎士達に囲まれて周囲から見えない状態だったので、その冒険者の視線はダイアナに固定されてなかった。
 もっともダイアナの姿を見た途端、彼も例に漏れず彼女に見惚れていたが。
 するとその冒険者の言葉を聞いたダイアナがそちらに振り向いて口を開いた。




「ならそのカズトという冒険者はまだこの近くにいると言うことか。容姿を教えてくれ」




「く、黒髪黒目の少年ですますはい!」




 ダイアナに問われた冒険者は彼女の美貌に顔を赤くしながらも、これまでめったに使ったことのない敬語らしきものを使って答えた。




「黒髪黒目とは珍しいな。わかった。それならうちの騎士に呼びに行かせよう。セリオ、頼んだ」




「はっ」




 セリオと呼ばれた騎士はダイアナの言葉にそう答えると、すぐさま冒険者ギルドから走り去っていく。
 すると残った騎士達の内、先ほど冒険者ギルドの中で大声を発した野太い声をした大男がダイアナに声をかけた。




「殿下、伝言を伝えるならまだしも、呼び出す必要はないのでは?」




「なに、単純に巨大個体を倒した者と直接話しをしてみたいだけだ。明日になれば場合によっては殆ど話せんからな」






◇◆◇◆◇◆






 ザワザワ。
 人通りがそれなりに多い道を歩いて宿に向かっていると、反対側から来る人たちが一斉にどこかへと視線を向けた。
 そして耳を澄ませてみると、騎士という単語や青い鎧といった単語が聞こえてくる。
 なんだかとてつもなく嫌な予感がし、後ろを振り返る。
 すると遠くの方から青い鎧を着た騎士がこちらに向かって、心なしか僕の姿をまっすぐに見ながら走ってきている。
 ふむ。あの鎧はどこかで見たことがある……というより、さっき冒険者ギルドにいた第二王女の騎士集団が着ていた鎧じゃん。
 先ほどから感じていた嫌な予感が倍増した気がする。
 それにどう見てもあの騎士、僕のことを捉えている。


 ……いやいや、騎士にお世話になるようなことはした覚えはないし、するつもりもない。
 でも、万が一ということはあるので少し試してみよう。
 他の人に当たらないように注意しながら、あっちへふらふら、こっちへふらふらと左右に大きく動きながら歩いてみる。
 ……うん。どうみてもあの騎士の顔は僕の動きを追っていたな。
 ということはやっぱり僕を追ってきているのか。
 厄介事の匂いが鼻の奥にツーン! とした気がする。




「……逃げるか」




 僕は走ってきている騎士にクルリと背を向け、その場から全力で駆け出した。

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