魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

7話 アームホーンゴリラ

 その姿を発見した瞬間、僕は薬草の採集を中断してすぐさま傍の木の陰に隠れた。
 もちろん足音に細心の注意を払うことは忘れない。
 そしてその陰から顔だけをだして、もう一度その魔物の姿を確認する。




(……色は緑、異様に長い二本の腕を持ち二足歩行をしている。そして魔物の証拠である赤い眼。なにより特徴的なのは額から生える一本の角。あれは、アームホーンゴリラだ。昨日冒険者ギルドの資料室で見たから間違いない)




 アームホーンゴリラは全長二メートル程の額に角が生えているゴリラだ。
 そこらへんに生えている普通の木々なら易々と握りつぶしかねないほどの握力を持っている。
 さらにその膂力は人間相手では太刀打ちできないほどのものであり、岩を軽々と持ち上げて遠くに投げ飛ばすことができるほどだ。
 そして額についている鋭利な角は非常に堅く、岩を軽々と貫通させることができる。
 このように凶悪な力を持っているアームホーンゴリラだが、知能は魔物の中でも遥かに低く、力任せで大振りの攻撃しかしてこないらしい。
 そのため、ある程度戦闘経験を積んだFランク冒険者が主に狩る魔物である。
 そんな魔物が目の前にいるわけなのだが……。




(どうする? 普通なら逃げる一択だけど、幸い向こうはこちらに気づいていない。アームホーンゴリラは足が遅いらしいから、全力で走れば逃げ切れると思う。それに安全マージンを取れば遠距離から一方的に攻撃できるはず……)




 頭の中で考えを巡らせること約五秒、戦うことに決めた。
 理由はいくつかあるが、一つは冒険者ギルドで素材が高値で売れるから。
 もう一つはこれまでの僕の戦闘経験はスライムとゾンゲだけなので、アームホーンゴリラにどこまで僕の魔法が通じるか試してみたいという理由からだ。
 それに冒険者としてお金を稼ぐなら、いつかは相対する相手だろう。
 なら、今の内に自分の実力がどれほど通じるのか、そして実際に戦ってみてどんな感じなのかを知っておきたい。
 とは言っても真正面から挑むような無謀な事はしない。
 木の陰に隠れて一方的にチマチマと攻撃するのだ。
 それで倒せたらよし。
 倒せなかったら逃げる。
 命大事に、だ。


 アームホーンゴリラは未だにこちらの存在に気づいておらず、地面にあぐらをかいて座り、呑気に草を食べている。
 その様子を確認し、さらに今一度自分の周りに他の魔物がいないことを確認する。
 よし、攻撃開始だ。
 まずは資料室で知った対魔物戦の基本、足を攻撃して機動力を奪うところから。
 機動力を奪ってしまえば勝率がグンと上がるらしい。
 左手に短杖を構える。
 そして魔力を操作して空気中の酸素と水素に干渉する。




(酸素と水素の合成。厳密には酸素分子一つに対し水素分子を二つ結合させ、二つの水分子を生成させる。そして水分子の形は折れ線型)




 次々と水が生成され、周りにふよふよと水の玉が次々に現れる。
 水に関するこれだけの具体的なイメージと身の回りにある水をイメージすることによって、少量の魔力で大量の水を生成することが可能になるのだ。
 浮かんでいる水の玉をかき集めて剣の形にし、次のステップに進む。




(水分子の熱運動を減速させて温度を低下。氷点下にまで下げて水を氷に変化させる。これによって水分子は他の水分子と水素結合を形成し、四面体構造をとる)




 ピキパキと小さな音を立てながら水が凍っていく。
 このとき氷の体積が水の体積よりも増えてしまうため、刃の形が崩れてしまいかねない。
 だがそこは、全体が凍った後の形をしっかりとイメージしているため特に問題はない
 こうして氷の剣が完成した。
 そして最後のステップ。




(圧縮空気弾と同じ要領で空気を圧縮。そしてそれを解放!)




 パチン!




 最大限に圧縮した空気は剣の柄頭を殴るように解放され、それによって氷の剣が勢い良く射出される。
 それは一直線にあぐらをかいているアームホーンゴリラの太ももへと向かっていき、見事命中した。




「ブモオオオオオオオ!?」




 突然走った痛みにより思わず声を上げ、動揺するアームホーンゴリラ。
 すぐに痛みの出所である太ももに顔を向け、即座に刺さっている氷の剣を引き抜く。
 その剣はどうやら相当深く刺さったらしく、そこからドクドクと勢い良く血が流れ出しはじめた。




「ブモ! ブモオオオオオオオ!」




 アームホーンゴリラは不意打ちを食らって怒ったのか、そう叫びながら周囲の地面をドンドンと叩き始める。
 その振動はそれなりに離れているここまで届いており、アームホーンゴリラの膂力が相当な物であると嫌でも分かってしまう。
 だけどいまだに立ち上がらないところをみるに、どうやら機動力を奪う事には成功したみたいだ。
 まあ、この成果は短杖を使ったおかげもあると思うが。
 だからといって油断して姿を晒したりはしない。
 アームホーンゴリラの攻撃方法は近接攻撃が主体だが、投擲という攻撃方法もあるのだ。
 そのため見つからないように再び木の陰に体を隠す。


 次の攻撃からはアームホーンゴリラに見つからないように発動速度を重視した攻撃を主体にする。
 そのため威力の代わりに発動速度を犠牲にしてしまう短杖の役割はここでお終いだ。
 短杖を仕舞った僕は次の攻撃魔法を発動させる。




(まずは高熱圧縮空気弾からだ)




 木々に燃え移らないように配慮して、空中に小さな火を生み出す。
 そしてそれによって温められた空気を圧縮し、指向性を持たせて解放。




 パチン!




「ブモォ!?」




 指を鳴らして魔法を発動させた直後、アームホーンゴリラの上半身が何かに激突されたようにグラリと揺らいだ。
 空気弾なので目で見ることはできないが、どうやら狙い通りアームホーンゴリラに命中したようだ。
 しかしアームホーンゴリラは僅かに怯んだだけで、気絶するような事はない。
 ゾンゲを気絶させることができるこの攻撃でも、アームホーンゴリラにはあまり通用しないようだ。
 まあ、今の魔力制御の技量のせいで、放てる高熱圧縮空気弾はあくまでも対人戦で使用する魔法だからそこまで悲観することはない。
 それよりも……。




「ブモオオオオオオオ!」




 アームホーンゴリラにこちらの存在がバレてしまった。
 はっきりとこちらに顔を向けている。
 いくら魔法の発動タイミングを決めやすいからといって、さすがに隠れている時にも指パッチンをするのはまずかったか。
 反省反省。
 バレてしまったら木の陰に隠れている意味もないので姿を現す。
 するとアームホーンゴリラは片足を負傷しているにも関わらず、ヨロヨロと立ち上がった。
 そして牙をむき、胸を叩いてドラミングをし始める。






「!? まずい!」




 パチン!




 ドラミングをすぐさま止めさせるため、慌てて圧縮空気弾を放つ。




「ブモゥ!?」




 するとそれはアームホーンゴリラの顔に命中し、狙い通りすぐさまドラミングを止めさせることに成功した。
 そのことにホッとする。
 だが次の瞬間、山のいたるところから目の前のアームホーンゴリラのドラミングと同じ音や、鳴き声が聞こえ始めた。

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