エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

3

 謁見の間を後にした二人は、そこからティエルの部屋に向かう。


 目的はリンから貰った紙束を見るためだ。


「なんでケーイも来るんだよ」


 隣を歩くケーイの顔を横目で見る。するとケーイは決して慎ましやかではない胸を張りだして


「ティエル様が読んだ物をわかりやすく説明してもらおうと思って」


 と言った。


「ふんぞり返っていうことじゃないだろ……」


 それにティエルは呆れながらも目を逸らす。


「良いじゃん。それにちょっと用があるしねえ」


 ケーイは自分が受け取った紙の裏をティエルに見せた。


 そこには走り書きで『ティエル様の部屋で待つ』と書かれている。よく見慣れたそれはリンの字だった。


「果たし状か?」


 争うなら別の場所にしてほしいな、と頭の隅で思いながらティエルは首を傾げる。


「んなわけないっしょ。たぶん、巫女おいらに用があるんだと思う」


 ケーイはふうとため息を吐くと「嫌だなあ」とぼやいた。


「帰ったんじゃないのか?」


「兵は帰したんじゃない?」


 そんな話しながら歩いていると、いつの間にかティエルの部屋の前についていた。


 おや、と辺りを見渡してケーイは首を捻る。


「外で待ってると思ってたんだけど。居ないねえ」


 中かな、とケーイはノックもせずにドアノブを握って扉を開け放った。


「俺の部屋なんだけど」


 なんでそんなに自由に出入りされてるの、という言葉は飲み込んで、ティエルはそういうだけに留めた。


 どうせまともに取り合ってはもらえないのだ。


「気にしない、気にしない」


 そして、その通りだった。


「おや」


 真っ先に部屋に入って行ったケーイは入口付近で立ち止まって、また素っ頓狂な声を上げた。


「なんだよ?」


 何かあったのかとその後を追いかけてティエルは部屋の中を見る。


「!?」


 覗き見た部屋の中には奇妙な組み合わせの二人がいた。


 真っ赤な少女と真っ黒な少女が向かい合うようにしてテーブルを挟んで座っている。


 しかし何か会話をしていた様子はない。赤い少女は背筋を伸ばして真正面を見据えており、対する黒い少女は俯いて手遊びをしている。


 仲睦まじく見えるわけでもなく、しかし険悪なようにも見えない。奇妙な雰囲気にケーイもティエルも声をかけるのを躊躇った。


「あ、やっときたの!」


 二人が入口で立ち往生していると、こちらに気付いたエヴィが明るい声を上げた。


「わ、悪い」


 何に対して謝っているのかと思いながら、今の内とティエルはケーイの背中を押して、ようやく部屋の中に入った。


「遅かったですね」


 エヴィの声に反応したリンが顔だけを向けて静かな声で言う。


「ちょっと、いろいろあったんだよ」


「そうですか」


 特に何かあったわけではないがそう答える。すると何を思ったのか、リンは僅かに目を細めてから拗ねたように顔を逸らした。


「あー、で、リンとエヴィは何しにここに?」


 急に不機嫌になったリンの逆鱗に触れないよう、ティエルは頭をがしがしと掻きながら尋ねる。


 すると二人は声を揃えて


「ケーイ様に聞きたいことがありまして」


「ケーイに聞きたいことがあって」


 と言った。


 それならここじゃなくてもいいのでは、その言葉をティエルはまた飲み込んだ。


「そ、そっか。ケーイ、長いこと城に居なかったしな……」


 代わりにそう呟く。


 実はケーイはつい先日まで帰省していて城に居なかった。立場が立場なだけに容易に呼び戻すこともできず、また城に戻ってきてからは事件によって生じた騒ぎの終息に対応しなければならず、ティエルですらケーイとゆっくり話すのは久しぶりだった。


 そういってしまうと、ここにいる全員が全員、顔を合わせるのが久しぶりなのだが。


「じゃあ、なんでティエル様の部屋に?」


 ティエルが思わず口を閉じると、それと入れ違うようにケーイがティエルの言葉を代弁した。


「ティエルにも用があるの」


 それに答えたのはエヴィだけ。リンは何故か顔を逸らして黙っていた。


「リン様は?」


 ケーイは僅かに言い難そうにしながらリンを見る。


 するとリンはしばらく難しい顔をして地面を睨んだ後、


「ティエル様の、手の様子を見ようと思って……」


 と小さな小さな声で囁いた。


「ほうほう」


 それで全てを察したのか、ケーイはそれ以上言及することはなかった。代わりにティエルの手を見る。


 一週間前に、事故によって負傷したティエルの手にはまだ僅かに火傷の後が残っていた。しかし包帯を巻く必要もなくなった上にほとんど完治していた。


「心配ありがとうな。もう大丈夫だから」


「いえ。悪いのは私ですから……」


 さっきまでの機嫌の悪さはどこに行ったのか、リンは急にしおらしくなってぼそぼそと話す。


 それを見届けたケーイはよし、と声を上げた。


「一度にやろうとすると大変だし、一個ずつ片付けていこう」


 まずはリン様の用事の一つが片付いた、とケーイは言いながら指を一本立てる。


「違ってたら言ってほしいんだけど、今起きてる事件とやらのことを聞きたいのかァ?」


 ケーイの問いかけに二人は


「そうなの」


「そうです」


 と頷いた。


 それにケーイはふむと一回首を縦に揺らす。


「ならちょっと時間をもらってもいいかなァ? 実はおいらよくわかってないんだよ。先にティエル様と話して状況を理解しておきたいんだ。リン様からもらった資料もあるしねェ」


 そして困ったような笑顔を浮かべながらティエルの方を見て


「頼むよ、ティエル様」


 と言った。


 突然指名されたティエルは一瞬びっくりしたように「はえ!?」と奇声を上げる。


 しかしあまり間を空けずに、


「あ、ああ、うん、わかった」


 と頷いた。


 同時に疲れたように項垂れる。


「とりあえず、まずは座らせてくれ」


 そうしてティエルはようやく自室の椅子に座ることが出来た。

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