エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

7

 リンの部屋には火傷の治療をするための設備がやけに整えられていた。きっとほとんど自分のためにあるものだろう。


 水を張って氷を入れた容器に赤く爛れた手を入れる。


「っ」


 ずきんという鈍い痛みが手に走った。


「我慢してください」


 痛みに眉をしかめたティエルと全く同じ顔をしたリンが静かな声音で言う。


 それから彼女はそのままじっとしているようにティエルに言うと、ベランダに植えられている植物や部屋の色んなところから材料と器具を取り出して何かの調合を始めた。


 静かな部屋に切ったり擦ったり混ぜたりする音だけが響く。


 それがしばらく続き、容器に入れた氷が解けて水が温くなってきたころ、リンの作業は終わった。


「もう手を抜いて大丈夫ですよ」


 言われた通り水から手を抜くと、リンがすかさずタオルを持ってきて優しく水気を取ってくれた。


 そして台に乗った先ほどまで調合していた謎の薬と包帯を近くに寄せる。


「火傷によく効く薬です。といってもどこまで効くかは私にもよくわかりません」


 言いながら、リンは優しくいたわるように火傷した腕に薬を塗りこんでいく。


「っ」


 ティエルは悲鳴をかみ殺した。


「……申し訳ありません」


 それにリンは冷静な声で呟く。


「問題、ない。……それより、リンは平気か?」


 痛みに慣れたからか、しかめていた顔が少し穏やかになる。ティエルは腕から目を離してリンを見た。


「ティエル様が庇ってくださいましたので、ご心配には及びません」


 対するリンは傷から決して目を逸らさない。しかも沈痛な面持ちをしていた。


「そうやって自分を追い込むなよ。」


 それを励ますように、ティエルは空いているの方の手で数回リンの頭を撫でた。


 するとリンはやや上目遣いティエルを見つめた後


「はい」


 と無表情に頷いた。


 そうしているうちに、薬を塗り終えたリンはティエルの腕に包帯を巻き始める。


「大変だな、お前も」


 ふとティエルは呟いた。


 それにリンは苦い笑みを浮かべながら首を横に振る。


「いえ、そんなことは。生まれながらのことですし、最近はコントロールすることも出来るようになってきました。昔ほどではありませんよ」


「そうか」


 昔よりも前向きになった許嫁にティエルは少しほっとする。


 リンはトラストという火竜の血を継いでいる。


 火竜とは火属性の魔力を持つ竜だ。ゆえに扱うことが出来るのは火属性の魔法のみ。しかし、その魔法と魔力が膨大で強力だったために炎遣いと言われて崇められてきた種族でもある。


 その血を継いでいるリンも当然、火属性の魔法しか扱えない。しかし、彼女は両親ともに火竜の血を継ぐ竜人だ。


 同属性同士で混ざり合う特性を持つ魔力は、同属性同士が婚約をして子を成すと混ざり合って子供に受け継がれる。そのため、その二人の間に生まれたリンの魔力は計り知れないほど大きい。


 だが、そのあまりに大きすぎる力をリンは自分で押さえることができない。


 昔は自分の力で自分を傷付けることなどざらだった。それで余計自分を追い込んでさらに自分を傷付けてしまうことの繰り返し。


 それが今はほとんどなくなったことにティエルは安堵した。


「私より、ティエル様はいかがですか?」


 リンは包帯を巻き終えるとティエルの手を両手できゅっと握り閉める。上げた顔にはありありと心配の色が浮かんでいた。


「城下町で大変な目に遭ったと聞きました」


 痛いくらいに強く手を握るリン。ティエルは思わずその手に手を重ねた。


「大丈夫だよ」


 すると握り閉める手の力が弱くなる。


「私も駆け付けようとしましたが、兵に引き留められ、叶いませんでした」


 顔を俯け、肩を小刻みに震わせるリン。


 また感情的になって力が出てしまうのではとティエルは肝を冷やしたが、彼女はすぐにそれを止めていつもの無表情を見せた。


「……だから、ご無事で良かったです」


「ああ、ありがとう」


 どちらかと言えば無事ではないが、そんな無粋なことをいうわけにもいかず、ティエルは微笑むだけに留めた。


「これ以上は何も起きないと良いんだけどな」


 それからぼやくように呟く。


 するとしばらく考えるように黙り込んだリンが、ティエルの手を離して言った。


「もしよろしければ、事件のお話をお聞かせ願いますか? しばらくすれば耳にするかもしれませんが、あらかじめ概要を知っておきたいのです」


 その手は膝の上できちんと揃えられる。まるで彫像のように美しい座り姿。


 本当はもう聴取でさんざん話した後のためあまり乗り気にはならない。


 しかし真面目な顔で見つめてくるリンの顔を見ていると断るのも申し訳ない気がしてくる。ティエルは一度深呼吸をすると「よし」と呟いた。


 それから聴取で言った通りのことを洗いざらい全て話す。今度は、隠し事は一切しなかった。


 そして全て聞き終えたリンが神妙な顔で言った。


「この話は盗賊二人の凶行、という形になると思うのですが、ティエル様は気になることがあるのですか?」


 それに咄嗟にティエルは頷けない。


 盗賊の凶行。それはその行為を間近で見ていたティエルとしては反対するまでもない事実だった。


 だから、それに対して疑問を抱くことはない。


 しかし、でも何かがティエルの中に引っかかっているのだ。


「私は何か、よくないことが始まりそうな気がします」


 するとそんなティエルの気持ちを肯定するように、リンはまるで占いのようなことを言った。


「ただの勘、ですが」


 最後にそれはただそう思っただけ、そう直感しただけ、というように自信なさげにぼやく。


 だが、それが外れたところをティエルは今まで見たことがないのだった。

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