エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

6

 商店街の人々の協力と迅速な対応により、斬り付けられた全員が無事助かった。


 それをトラスト軍の兵士から聞いたティエルは数時間ぶりに、はあ、っと深い嘆息を零す。


 あの後、ティエルは兵士に連れられてトラスト城の一室に案内された。それから数時間、事情聴取を受けた。


 そしてたった今、聴取をとっていた兵士とは別の兵がそう告げ、部屋の外へ去って行った。


「犯人の方は?」


 聴取から解放されていたティエルは目の前に座る兵士に尋ねる。兵士は静かに口を開いた。


「城に搬送した後、地下に安置致しました」


「そうか……」


 身元不明の遺体が集まる安置室を思い出してティエルは苦い顔をする。


「目的はなんだったんだろうな」


 軽い雑談のつもりでそう尋ねた。しかし返ってきたのは突き放すような言葉。


「不明なことが多く、我々も多くをお話しすることは出来ません。現在、被害者の方からもゆっくりではありますがお話を聞いております。ティエル様の証言と照らし合わせて今後の対策に活かして参ります。ご協力、ありがとうございました」


 それも予想の内だったため、特に何を感じたわけでもなくティエルは椅子から立ち上がった。そして思い切り体を伸ばす。


「ああ、俺も出来る限りの協力はさせてもらう」


「ありがとうございます」


 強面の兵士はすごすごと頭を下げると扉を開けてティエルに外に出るよう促す。


 ティエルは促されるままに外に出た。


 廊下に出ると窓から橙色の光が差し込んでいるのが見えた。


 もうすっかり日が暮れている。


「全く、今日も平和ですねって言いに来たはずなのになあ」


 だいぶ遅れてしまったが、今日の目的であるトラスト王国訪問は果たした。しかし、その時と今とではだいぶ状況が変わってしまっていて、ティエルは小さく溜息を吐く。


「これで、終わると良いんだけどな」


 そう呟いてみるが、そんな気はまるでしなかった。


 これが始まりだとでも言われているような気がして、ティエルは思わず顔を伏せる。


 しかし、邪念を振り払うように思い切り首を横に振ると


「やることが終わったら考えよう」


 とわざわざ口に出して呟いた。


 それだけで先ほどの重たい気持ちが少し楽になったような気がしてくる。


「今日はとにかく、今日やることを」


 そうしてティエルはとある部屋に、本来ならもっと早い時間に訪れるはずだった場所に向けて歩き出す。


 勝手知ったるとまではいかなくとも、何度も言ったことのある場所である以上は迷うはずもなく、ティエルは目的地にすぐにたどり着いた。


 白で統一された廊下の壁と同じ。真っ白な両開きのドアがどんと入口を塞ぐ部屋の前。


 ティエルは遠慮がちにドアをノックした。


「リン、俺だ」


 言うと同時に重そうな扉が物凄い勢いで開かれる。


 あまりの速さにティエルは数回瞬きをした。


「ティエル様っ」


 開かれた扉の先で、息を切らせた赤髪の令嬢が真っ赤な瞳を赤く腫らせて立っている。


 白と赤のドレスがその鮮やかな赤い髪によく映えていた。


 その赤髪は普段のように一つに結い上げられているわけではなく、真っ直ぐ下ろされている。動くたびに揺れる髪もまるでドレスのようだ。


 リン・トラスト。正式に決まっているわけではないが、事実上、ティエルの許嫁であるトラスト王国王女。


 ティエルはなるべく気さくに笑いかけると後ろ頭を掻いた。


「悪い、遅くなった」


 普段は冷静にするよう努めているが、その実、ティエルよりも感情的で情緒豊かな彼女。


 リンはぼろぼろと涙を零しながら


「ご無事ですか!?」


 と噛み付くようにティエルの手を握った。


「あ、ああ」


 あまりの勢いに気圧され、ティエルは少し後ろに下がる。


 ティエルの無事が確認できて安堵したのか。


「よ、よか……っ」


 彼女はぼろぼろと涙を零し始めた。


「おい、リン、あんまり感情的になるとまた……」


 思わずティエルが苦言を呈そうと口を開く。それと同時にどこからかじゅっと何かが灼ける音がした。


「っう!?」


 次の瞬間、ティエルの口から悲鳴が上がる。


「!!」


 それにリンがびくりと体を震わせて手を離した。


 そうして現れたティエルの手に手形の火傷。


「も、もうしわけございませんっ」


 リンは絶叫すると咄嗟に自分の手をスカートに添えて頭を下げようとする。


「ばか!」


 思わずティエルはその手を掴んだ。


 じゅうと肉が焦げる音がして、ティエルの手が煙をあげ始める


「っ!?」


「その……っ、手で服触ってみろ、お前が火だるまになるぞ! 良いから落ち着けっ」


 まだ動揺が収まらないのか、涙を流し続けるリン。しかし、何かをごくんと飲み込むとそのままゆっくり何度も何度も深呼吸を繰り返した。


 すると徐々に手を灼く痛みが引いてくる。


「もう、大丈夫です。急いで手当を」


 ティエルの手から自分の手を取り、ぐいと甲で涙の跡を拭うとリンは冷静な声でそう言った。


 そうして手を引いてティエルを部屋に招き入れる。火傷した場所を握られ、痛みに顔が歪む。


 しかし、真剣なリンの表情にティエルは言葉を呑み込んだ。

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