エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

4

「っ……!?」


 商店街からやや外れた裏道。商店街から近い為に今まで治安が悪いという噂は聞いたことがなかった。


 ゆえに、ティエルは目の前に広がる光景に動揺を隠せずにいた。


 むせ返るような血の匂いと、耳が痛くなる悲鳴。そして、血を流して倒れ伏す五人の女性と子供。それを見下ろす虚ろな目をした二人組の男。その手に握られた剣から血が滴り落ちて地面を濡らす。


「なんだよ、これ……ッ」


 ティエルは叫ぶと同時に剣を抜いた。


 その叫びに男達がぴくりと肩を揺らして虚ろな目を上げる。


 死人のような目にぞっと怖気が走った。


「うあ、あああああああああ……!」


 声にならない声を上げて、二人は剣を振り上げて突っ込んできた。


 同時に振り下ろされた剣を受ける。


 二つの剣は極限まで固くなった木剣にわずかに傷を残した。


「ッ……!」


 先ほど言われた鍛冶屋の主人の言葉が過る。


 ティエルは歯を食いしばり、ぐっと足に力を込めると剣を薙ぎ払った。


 それだけで男二人が容易に吹き飛ぶ。


 その脆さにティエルは確信する。


「軍人じゃあ、ないな」


 男達の身なりは布一枚を腰ひもで固定しただけという簡易なもの。だが、持っている剣は軍人が持っていてもおかしくない程の代物だった。もしかしたら、と思っていたがそれはどうやら勘繰りすぎだったようだ。


「だとしたら、盗賊か……」


 きっとそれは間違っていないだろう。みすぼらしい格好をしながら、立派な剣を持っている。だとしたらそれは盗賊しかいない。


 しかし、だとしたらここにいる意味がわからない。


 少し道を外れればすぐに人に気付かれるような場所で、そして軍人が駆け付けるかもしれない場所で犯行をするだろうか。


 しかも目的は強盗ではなく殺人。


 ティエルは起き上がろうとする男達に駆け寄るとすかさず木剣を腹に叩き込んだ。


「ぐええッ」


 めり込んだ木剣に男達は気味の悪い叫び声を上げて静かになった。


 まるで事切れたようにぴくりとも動かなくなる。


 ティエルはまるで自分が人を殺してしまったような気分になって、数歩、後退った。


「うう……」


 しかし、呻き声を聞きつけて現実に引き戻される。


「大丈夫か!?」


 男達から視線を外して倒れこむ人々に駆け寄る。倒れた人々は全員まだ息があった。


 すかさず地面に散らばる毛布を拾い上げて止血をする。毛布はきっと彼女達が暖をとるために体に巻いていたものだろう。


「あり、がと……」


「喋ると傷に障るぞ」


 力なく横たわる子供の頭を撫でてやる。


 そうして一人一人の治療をし、自力で立ち上がれない者に肩を貸してなんとか全員で脱出する準備を整える。


 すると短く「ひっ」という悲鳴が数人から上がった。


 しゃがみ込んで立ち上がらせようとした二人をそっと降ろす。


 見据える先で二つの影がゆらりと立ちあがる。


「後ろに」


 ティエルは全員より前に出る。


 しばらくは目を覚まさないはず、と踏んでいたがゆらりゆらりと不自然に揺らめきながら男達がゆっくりと立ち上がっていた。


 剣に手をかけて相手の動きを待つ。


 虚ろな目をした男達。彼らはゆらりゆらりと影のように揺らめいた後


「うおあ、あああああ、ああああああああッッッッ」


 断末魔のような悲鳴を上げた。


 二人の絶叫にびりびりと空気が震える。


 ティエルの頬を嫌な汗が伝う。剣を握る手に自然と力がこもった。


 男達はまたゆらりと揺らめくと片手に握った剣を振り上げた。


 絶叫。悲鳴。緊張。


 そして


「うがあッ!!!」


 男達は二人で斬り合った。


「……――ッッ」


 その場にいた全員が悲鳴を呑み込む。


 そうして深々とお互いを斬り合った男達がゆっくりと崩れ落ちていく。


 叫びにならない声が木霊す中。




 ――パチンッ。




 どこからか、指を弾くような音が聞こえた。


「……?」


 その瞬間、緩やかに倒れかけた男達が爆ぜる。


 爆風。


「なん……!」


 咄嗟に顔を覆い、目をぎゅっと閉じた。


 熱を伴う暴力的な風。


 後ろに吹き飛ばされそうになるのを足に力をこめて堪える。


 体をなぶる風が止むのを待ってゆっくりと目を開け、腕の防御を外す。


 前を見て、ティエルは絶句した。


 二つの焦げた肉塊が転がっていた。それはまだ燻ってぷすぷすと肉の焦げる匂いを周りに振りまく。


 鼻をつく悪臭に思わず口と鼻を手で塞ぐ。


 何が起こったのか、何もわからなかった。


 混乱する頭を落ち着けようと何度も息を吸う。


 吸うと同時にむせる。


 すると


「ティエル!」


 遠くでエヴィの声が聞こえた。


「エヴィ、来るな!」


 咄嗟にそう叫ぶ。


 しかし一歩遅かった。角から袋を抱えたエヴィが飛び出してくる。


「っ……!?」


 その足が路地裏の惨状を見て止まった。


「なに、これ……っ」


 悲鳴のような声。彼女は意を決したようにその横を抜けるとティエルに駆け寄ってきた。


「大丈夫?!」


「俺は、大丈夫。……後ろの人達は!?」


 ようやく思考が回るようになってくる。ティエルは慌てて後ろに視線を向けた。


 後ろでは数人がしりもちを付いて目を見開いたまま固まっており、残りの数人はその場に倒れ伏していた。


「っ、みんな来て!」


 それにエヴィが叫ぶ。


 すると複数の足音が近づいてきた。


「うわ、なんだこりゃ」


「大変だ!」


「おい、こっちだ!」


 どうやらエヴィは商店街の人々を連れてここまで駆け付けてきたらしい。


「手を、貸してくれ」


 ティエルは口に添えた手を外すと、駆け付けてくれた屈強な男達に向かって言う。


 男達は頼もしい笑顔を浮かべてくれた。

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