エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

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 今日は十七年前と、比較的新しい時期に出来上がった本の写本を見ての授業だった。


「父は『竜王』と言われていました。その所以は言い伝えられている通りです。


 ……そういえば、ティエル様は『竜の父』をご存知ですか?」


 しかしフェリカはあまり教科書通りの進行をしない。ただし、無駄になる話もしない。


 ティエルは教科書から目を離すと首を横に振った。


「なんですか、それ」


 ふと今日の遠征で遭遇した竜の言葉が頭に浮かぶ。『我が父』。それと何か関係があるのだろうか。


「『竜の父』とは別名『初めの竜』と言われています。私達竜のご先祖様ということですね。


 私の父、エデンはこの『竜の父』と大層不仲でした。実は、この『竜の父』に対する反発感が『竜王』を生んだのではという説もあるのですよ」


 豆知識として覚えておくといいと思います、とフェリカは笑う。


 対するティエルは不思議そうに首を傾げた。


「あ、あのフェリカ様?」


「はい、なんでしょう」


 それにフェリカは先生らしく、落ち着いた様子で応じる。


「『竜の父』は『初めの竜』なんですよね?」


「はい、そうです」


「ということは、ずっと昔に生まれたということになりますよね?」


「そうですね」


 しかし、頷くほどにその顔が困惑に彩られていく。


 そこでティエルはようやく本題をぶつけた。


「……『竜の父』ってそんなに長く生きていたんですか?」


 言われて初めてそこに考えが及んだのか、フェリカはっとしたような顔をした。


 大きく頷きながら


「はい。最近お会いしておりませんが、今もご健在だそうですよ。セントラル地帯の奥深くにある巨樹の根本が彼の神殿です」


 と凛々しい眉を下げて言った。


 まだ生きている。予想していなかった答えに一瞬、反応が遅れる。


「不老不死、なんですか?」


「不老ではありません。ただ不死なだけです」


「不死……」


 ふと飄々と笑う黒い青年の姿が脳内に浮かんだ。


 フェリカは眉を下げたまま


私達りゅうは彼を神であると捉えています。そのためティエル様が抱くような疑問について考えが及びませんでした」


 申し訳ありません、と淑やかに頭を下げた。


「い、いえ、そんな……っ」


 それがあまりに恐れ多くてティエルは思わず立ち上がった。そのまま一人で慌てふためく。


「ふふっ」


 そんな様子を見てフェリカが薄く笑った。口元に手を添えて、小さく声を上げるだけの綺麗な笑み。


 落ち着いたその姿と自分の慌てぶりを比較してティエルは思わず赤面する。


「す、すいません」


「いえ」


 大人しく席に着くと、フェリカはまた静かに口の端を持ち上げた。穏やかな表情に穏やかな瞳。


 いたたまれなくなって顔を伏せる。


 するとティエルを慮ってか


「最後に先ほどの豆知識をまとめさせていただきまして、本日は最後にしましょう」


 と穏やかな声が言った。


 驚いて顔を上げる。


「『竜王』とは竜を従える為に生まれたというだけでなく、『竜の父』に抵抗するために生まれた名称なのではという意見があるということですね。


 実際、父が竜を総べるようになったことを機に竜が『竜王』派と『竜の父』派に分かれたのも事実ですから、一つ覚えておいて損はないと思います」


 ぱたんと本を閉じる音が響いた。


「では、これで本日の授業を終わります」


「あ、ありがとう、ございました」


 ティエルは申し訳なさに胸を痛めながら、立ち上がって深々と頭を下げた。


「ティエル様はよく話を聞き、多くの質問してくださいますので、私としても教えがいがあります」


 慰めなのか本心なのか、どちらにしてもその優しい言葉ですら、今のティエルには痛い。


「そんな……」


 顔を反らしながらそう応じる。


 今すぐにでも逃げ出したいと思っていると、不意に外から獣が暴れるような音と廊下を走るバタバタという音と


「エヴィ様!?」


「ご無事ですか!?」


 という声が聞こえた。


 二人で同時に廊下の方へ視線を向ける。しかし、厚い壁に覆われた部屋からでは、外の様子を伺うことは出来ない。


「また何を……」


 ティエルは呆れたように呟いた。


 それと同時に


「エヴィ……?」


 とフェリカが囁く。


「え?」


 大きく見開かれた瞳がティエルを見た。


「もしかして、エヴィ・F・エンドレスですか?」


「は、はい。そうですけど、なんで……」


「……そん、な……」


 フェリカは消え入りそうな声でそう残し、戸惑うティエルに背を向けて部屋を後にした。

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