エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
3
この世界の王族は大体が男女を問わず跡継ぎや若い親族に兵役の義務を課している。それは次期世界王であるティエルも例外ではなく、物心がついた時にはもうすでに兵士としての訓練を行っていた。
また、エデン・ガーデンの最北端にあるセブンス小国郡ヴィオラ領の次期領主候補であるケーイもティエルと同様に兵役の義務が課されている。彼女は数年前までは自国の軍に所属していたが、そこでの成績が認めらおれて城に招致されたエリートだ。
二人が所属している現王アルフェルドが率いる世界軍、またの名をエデン軍は世界屈指の強豪達によって組織されている。つまり『エデン・ガーデン』における最強の軍隊だ。
ティエルとケーイの二人はそこでの功績が認められ、現在は副隊長という立場に就いている。ケーイに関しては最年少の副隊長就任だ。
エデン軍に所属している兵士達はいつも決まった時間に様々な訓練を行う。素振りであったり、真剣での戦闘訓練であったり、時には自主的に決闘を行う者も居る。ただ決闘の場合には許可を取る必要があるため、あまり進んでやろうとする者はいない。
というわけで、誰も使わない決闘場でティエルとケーイは向かい合っていた。
首に武器を突きつけられた方、もしくは急所、心臓や首に攻撃を受けた方が負け。
二人はいつもそういうルールで決闘を行っている。
しかし今まで何度となく剣を交えてきた二人の勝負がついたことは一度もない。
今度こそ決着をつけようという心持ちで二人は向かい合っていた。
決闘場の周りは訓練を中断させてまで両者の決闘を見ようという兵士達で溢れ返っている。
毎度のこととはいえ、見世物になるのはやはり気分の良いものではなかった。
「落ち着かないな」
「そうか?」
ティエルは前に立つケーイに声をかける。
しかし対するケーイはすっかり落ち着いていた。しかも口調がいつの間にか副隊長のそれに変わっている。
「しかし、いい見本にならねば、とは思ってしまうな」
顔を微かに動かして周りを見つめるケーイ。彼女はふっと口を微かに歪ませて不敵に笑った。
「責任重大だな。そういうの柄じゃないぞ、俺は」
「そうでもないだろう。ティエル副隊長はいつだってみんなのいい見本じゃァないか。隊長に逆らうとどうなるか、というな」
何が可笑しいのか、言ってから彼女はくくっと喉を鳴らした。
「嬉しくねえな」
ティエルは視線を逸らしてとぼけたように肩を竦めてみせた。
「ま、さっさと始めてしまおう。邪魔が入ると面倒だ」
ケーイは不敵に笑ったままそう言い、腰のホルダーから訓練用の二刀の短剣を模した木刀を取り出した。
それに習ってティエルも腰から木刀を抜く。長さはティエルの足先から腰ぐらいまでで、T字型の柄の上に長方形に大きく切られた木を載せたような形をしていた。
ゆったりとした動作で二人はそれぞれの剣を構える。
ケーイは二つの短剣を両手で逆手に持ち、腰を落としてティエルを見据えている。
ティエルは体に一切力を入れることなく、力なく垂れ下げた右手で剣を握っていた。
お互いに無言。それによって生まれる張り詰めた空気が決闘場に流れ始めると同時に、周りでざわめいていた観衆達の声が止んだ。
ティエルもケーイも一切動こうとはしない。お互いがどう出るかを探っているかのようだ。
張り詰めた緊張感。息が苦しくなるほどの圧迫感。そして、湧き上がる高揚感。
それらのボルテージが最高にまで達したとき、ティエルが動いた
右手に持っていた剣を軽く振り上げる。
その瞬間、ゴッという鈍い音と共に何かが空高く舞い上がった。
それはケーイが持っていた二刀の短剣の内の一本だった。
常人の目にも見えるような大きな動きをしたのがティエルだったため、先にティエルが動いたように見えたが、実はその数秒前に既にケーイは小さく且つ素早く行動を起こしていたのだ。右手に持った短剣の投擲というひどくシンプルな行動を。
短剣が上に弾き飛ばされると同時にケーイがはっきりと動いた。
あっという間にティエルの眼前まで迫ると左手に持った剣を一閃。
対するティエルは近づいてきた瞬間に一歩後ろに下がり振り上げた剣を振り下ろした。
鈍い音を立てて剣が交わる。
それに周りで見ていた観衆が息を吹き返したように僅かにどよめいた。
剣が交錯したのは一瞬。すぐにケーイは後ろに下がった。
その後をティエルが追撃。剣の柄を両手で握り締めるとしっかり踏み込んで剣を横になぎ払う。
それを短剣で軽く斜め上いなしてケーイは後ろに跳躍し、さらに距離をとった。
ティエルは払われた剣を下に降ろす。そしてケーイから目を逸らさないように、両手で剣を構えたまま、じっとケーイを見る。
ティエルは全神経を観察に集中させ、ケーイの狙いを探った。それと同時に自分から仕掛けるかどうかを考える。
こうしていつまでも見合っているだけでは決着などつかないのだ。
思考を巡らし、あらゆる作戦を一気に練り上げる。
そしていよいよ決断を下そうとしたとき、ティエルはケーイの足元に何かがあるのを見つけた。
「っ!」
全ての考えを放棄して横に飛び退く。
しかし
「甘い!」
ケーイはそう言うと同時に足元にあった何か、最初に投擲した短刀を蹴り上げると、そのまま足で蹴り飛ばした。
計算していたのか、飛び退いたティエルの眼前目掛けて飛んできた短刀。それを咄嗟に左腕を前に出して顔を覆うことで防ぐ。
短刀が当たった瞬間、左腕に激痛が走った。
「つぅ……!」
思わず呻く。一瞬でも視界を塞いでしまったため、ティエルは着地に失敗して仰向けに倒れた。
「しぶといな」
ケーイは小さく唸ると追い討ちをかけようとティエルに駆け寄った。
「あったりまえだろ!」
ティエルは精一杯の力を込めて叫ぶ。そして、両手を地面につけて腕を思い切り曲げ、足を高く上げるとバネのように跳ね上がった。
そのまま着地。
起き上がるときに拾っておいたケーイの短剣を振って、ケーイの剣と交錯させた。
ごっという鈍い音がなる。
二人はその体勢のままで一瞬視線を交叉させると、同時に不敵に笑って見せた。
しばらくぎりぎりと鍔迫り合いをする。しかし両者の力は拮抗しており、決着がつかないと思った二人はすぐに飛び退いて距離をとった。
ティエルはふっと短く息を吐き、
「息、上がってるぞ。そろそろ、厳しいんじゃないのか?」
と言いながらケーイに短剣を投げ返した。
「まだ、まだ……っ!」
それを左手で受け取ったケーイはにやりと笑ってそれに答えた。
両者共に既に息は上がっている。荒い息遣いが決闘場に響いた。
しかし、再び剣を交えるために二人は足に力をこめる。
一瞬の間。
そして互いに渾身の力で相手に挑もうとした――そのとき、
「なんの騒ぎですか、これは!!」
不意に訓練場に怒声が響き渡った。
二人はビクッと体を萎縮させて動きを止める。
コツン、コツンと床を叩く硬い靴音が訓練場を支配した。
逃げようのない圧倒的存在感を放ちながら着実に、怒声の主はこちらに近づいてくる。
しばらくして、決闘場の周りに居た人ごみが突然割れた。
乱入者は固い靴音を鳴らしながら人の道を悠然と歩き、ティエル達の前までやって来た。
赤い長髪を上でひとつに縛り、きりっとした眉を思い切り寄せて、確固とした意志が宿った赤い瞳を極限まで細めた少女。
リン・トラスト。
彼女は固まったままの二人を仁王立ちで見上げて、少し低めの声で怒鳴った。
「もう一度お聞きします。な、ん、の、騒ぎですか!」
二人は顔を見合わせると、渋々、腰のホルダーに剣を収めた。
そして決闘が始まる前とはまた違った緊張感を発しながら押し黙るリンと向かい合った。
「よお、リン、こんなところで会うなんて珍しいな」
額に浮かぶ汗を拭いながら、ティエルはなるべく気さくに声を掛ける。
するとリンは訝しげに眉を寄せて
「そんなことはありません。私とティエル様が公用以外でお会いするのは大体がこの場ですよ」
と言った。
それにティエルは何も返すことが出来ず、「はは」と乾いた笑みを浮かべて黙りこんだ。
「そんなことより、今の状況を教えていただけませんか。もう同じことを問いたくはありません」
リンはティエルを睨むと、さらに声を低くしてそう言った。
「見ての通り、決闘だ」
その問いに答えたのはケーイだった。開き直った調子で言う。
「随分と長い間ティエルと手を合わせてなかったのでな。お互い鬱憤も溜まっていたし良い機会だったのさ」
それを聞いたリンは二人を交互に見て、深く溜息を吐いた。
「まったく」
呆れ返って物も言えない。そんな態度のリンにティエルは思わず
「俺達だって兵士だ。手合わせぐらいしたくなる。それに使えるのに使わないなんて勿体無いだろ。それを使って文句を言われる筋合いはないぞ」
と言った。
「そういう問題ではありません」
しかしリンはぴしゃりとティエルの意見を切り捨てた。
「このような話を何度もしたくはないのですが、貴方方はもう少し自覚を持つべきだ。己がどのような立場に居るのかを」
リンは一度言葉を区切ると小さく息を吐いた。
「大体、決闘場を使わないのが勿体無いというのなら貴方方が独占して使うのではなく、貴方方が率先して兵士達に使うように促せばいいのです」
有無を言わせない態度。ともすれば父より悪質なそれがティエルはあまり好きにはなれなかった。
項垂れつつ、それでも
「だって」
と小さく呟く。
「だって、ではありません。それに見てください。貴方方の手合わせでこれだけの者達が己の鍛錬を怠っています。それを注意もせずに放って置くとはどういうことですか? これは立派な妨害行為ですよ」
耳に痛い言葉の数々。それだけでは飽き足らないのか、さらに追い討ちをかけるようにリンは言葉を続けた。
「あと、ティエル様。アルフェルド様から伺ったのですが、今日もお部屋を抜け出されたそうですね。素振りはどうなさったのですか? 確か本来の二千回にプラス二千回で四千回だと仰っていましたが」
うっと言葉に詰まる。ティエルは顔を背けると、頬を軽く掻いた。
「い、いい天気だな」
誤魔化そうというのが見え見えすぎて誤魔化しにすらなってない台詞を呟く。それにリンは思い切り顔をしかめた。
「そうですね。しかし今は天気を気にしている暇などないのでは?」
あまりに冷たい返事。
ティエルは仰々しく溜息を吐くと、拗ねたように呟いた。
「……これからやろうと思ってたんだよ」
「そうですか。やるべきことをしていないのならプラス二千回だという言伝を預かっているのですが、これからするのであれば大丈夫ですね」
どうやら取り付く島もないらしい。
「素振り、してくる」
そう思ったティエルは顔を逸らしたまま言うと、決闘場の上から飛び降りて走り去って行った。
また、エデン・ガーデンの最北端にあるセブンス小国郡ヴィオラ領の次期領主候補であるケーイもティエルと同様に兵役の義務が課されている。彼女は数年前までは自国の軍に所属していたが、そこでの成績が認めらおれて城に招致されたエリートだ。
二人が所属している現王アルフェルドが率いる世界軍、またの名をエデン軍は世界屈指の強豪達によって組織されている。つまり『エデン・ガーデン』における最強の軍隊だ。
ティエルとケーイの二人はそこでの功績が認められ、現在は副隊長という立場に就いている。ケーイに関しては最年少の副隊長就任だ。
エデン軍に所属している兵士達はいつも決まった時間に様々な訓練を行う。素振りであったり、真剣での戦闘訓練であったり、時には自主的に決闘を行う者も居る。ただ決闘の場合には許可を取る必要があるため、あまり進んでやろうとする者はいない。
というわけで、誰も使わない決闘場でティエルとケーイは向かい合っていた。
首に武器を突きつけられた方、もしくは急所、心臓や首に攻撃を受けた方が負け。
二人はいつもそういうルールで決闘を行っている。
しかし今まで何度となく剣を交えてきた二人の勝負がついたことは一度もない。
今度こそ決着をつけようという心持ちで二人は向かい合っていた。
決闘場の周りは訓練を中断させてまで両者の決闘を見ようという兵士達で溢れ返っている。
毎度のこととはいえ、見世物になるのはやはり気分の良いものではなかった。
「落ち着かないな」
「そうか?」
ティエルは前に立つケーイに声をかける。
しかし対するケーイはすっかり落ち着いていた。しかも口調がいつの間にか副隊長のそれに変わっている。
「しかし、いい見本にならねば、とは思ってしまうな」
顔を微かに動かして周りを見つめるケーイ。彼女はふっと口を微かに歪ませて不敵に笑った。
「責任重大だな。そういうの柄じゃないぞ、俺は」
「そうでもないだろう。ティエル副隊長はいつだってみんなのいい見本じゃァないか。隊長に逆らうとどうなるか、というな」
何が可笑しいのか、言ってから彼女はくくっと喉を鳴らした。
「嬉しくねえな」
ティエルは視線を逸らしてとぼけたように肩を竦めてみせた。
「ま、さっさと始めてしまおう。邪魔が入ると面倒だ」
ケーイは不敵に笑ったままそう言い、腰のホルダーから訓練用の二刀の短剣を模した木刀を取り出した。
それに習ってティエルも腰から木刀を抜く。長さはティエルの足先から腰ぐらいまでで、T字型の柄の上に長方形に大きく切られた木を載せたような形をしていた。
ゆったりとした動作で二人はそれぞれの剣を構える。
ケーイは二つの短剣を両手で逆手に持ち、腰を落としてティエルを見据えている。
ティエルは体に一切力を入れることなく、力なく垂れ下げた右手で剣を握っていた。
お互いに無言。それによって生まれる張り詰めた空気が決闘場に流れ始めると同時に、周りでざわめいていた観衆達の声が止んだ。
ティエルもケーイも一切動こうとはしない。お互いがどう出るかを探っているかのようだ。
張り詰めた緊張感。息が苦しくなるほどの圧迫感。そして、湧き上がる高揚感。
それらのボルテージが最高にまで達したとき、ティエルが動いた
右手に持っていた剣を軽く振り上げる。
その瞬間、ゴッという鈍い音と共に何かが空高く舞い上がった。
それはケーイが持っていた二刀の短剣の内の一本だった。
常人の目にも見えるような大きな動きをしたのがティエルだったため、先にティエルが動いたように見えたが、実はその数秒前に既にケーイは小さく且つ素早く行動を起こしていたのだ。右手に持った短剣の投擲というひどくシンプルな行動を。
短剣が上に弾き飛ばされると同時にケーイがはっきりと動いた。
あっという間にティエルの眼前まで迫ると左手に持った剣を一閃。
対するティエルは近づいてきた瞬間に一歩後ろに下がり振り上げた剣を振り下ろした。
鈍い音を立てて剣が交わる。
それに周りで見ていた観衆が息を吹き返したように僅かにどよめいた。
剣が交錯したのは一瞬。すぐにケーイは後ろに下がった。
その後をティエルが追撃。剣の柄を両手で握り締めるとしっかり踏み込んで剣を横になぎ払う。
それを短剣で軽く斜め上いなしてケーイは後ろに跳躍し、さらに距離をとった。
ティエルは払われた剣を下に降ろす。そしてケーイから目を逸らさないように、両手で剣を構えたまま、じっとケーイを見る。
ティエルは全神経を観察に集中させ、ケーイの狙いを探った。それと同時に自分から仕掛けるかどうかを考える。
こうしていつまでも見合っているだけでは決着などつかないのだ。
思考を巡らし、あらゆる作戦を一気に練り上げる。
そしていよいよ決断を下そうとしたとき、ティエルはケーイの足元に何かがあるのを見つけた。
「っ!」
全ての考えを放棄して横に飛び退く。
しかし
「甘い!」
ケーイはそう言うと同時に足元にあった何か、最初に投擲した短刀を蹴り上げると、そのまま足で蹴り飛ばした。
計算していたのか、飛び退いたティエルの眼前目掛けて飛んできた短刀。それを咄嗟に左腕を前に出して顔を覆うことで防ぐ。
短刀が当たった瞬間、左腕に激痛が走った。
「つぅ……!」
思わず呻く。一瞬でも視界を塞いでしまったため、ティエルは着地に失敗して仰向けに倒れた。
「しぶといな」
ケーイは小さく唸ると追い討ちをかけようとティエルに駆け寄った。
「あったりまえだろ!」
ティエルは精一杯の力を込めて叫ぶ。そして、両手を地面につけて腕を思い切り曲げ、足を高く上げるとバネのように跳ね上がった。
そのまま着地。
起き上がるときに拾っておいたケーイの短剣を振って、ケーイの剣と交錯させた。
ごっという鈍い音がなる。
二人はその体勢のままで一瞬視線を交叉させると、同時に不敵に笑って見せた。
しばらくぎりぎりと鍔迫り合いをする。しかし両者の力は拮抗しており、決着がつかないと思った二人はすぐに飛び退いて距離をとった。
ティエルはふっと短く息を吐き、
「息、上がってるぞ。そろそろ、厳しいんじゃないのか?」
と言いながらケーイに短剣を投げ返した。
「まだ、まだ……っ!」
それを左手で受け取ったケーイはにやりと笑ってそれに答えた。
両者共に既に息は上がっている。荒い息遣いが決闘場に響いた。
しかし、再び剣を交えるために二人は足に力をこめる。
一瞬の間。
そして互いに渾身の力で相手に挑もうとした――そのとき、
「なんの騒ぎですか、これは!!」
不意に訓練場に怒声が響き渡った。
二人はビクッと体を萎縮させて動きを止める。
コツン、コツンと床を叩く硬い靴音が訓練場を支配した。
逃げようのない圧倒的存在感を放ちながら着実に、怒声の主はこちらに近づいてくる。
しばらくして、決闘場の周りに居た人ごみが突然割れた。
乱入者は固い靴音を鳴らしながら人の道を悠然と歩き、ティエル達の前までやって来た。
赤い長髪を上でひとつに縛り、きりっとした眉を思い切り寄せて、確固とした意志が宿った赤い瞳を極限まで細めた少女。
リン・トラスト。
彼女は固まったままの二人を仁王立ちで見上げて、少し低めの声で怒鳴った。
「もう一度お聞きします。な、ん、の、騒ぎですか!」
二人は顔を見合わせると、渋々、腰のホルダーに剣を収めた。
そして決闘が始まる前とはまた違った緊張感を発しながら押し黙るリンと向かい合った。
「よお、リン、こんなところで会うなんて珍しいな」
額に浮かぶ汗を拭いながら、ティエルはなるべく気さくに声を掛ける。
するとリンは訝しげに眉を寄せて
「そんなことはありません。私とティエル様が公用以外でお会いするのは大体がこの場ですよ」
と言った。
それにティエルは何も返すことが出来ず、「はは」と乾いた笑みを浮かべて黙りこんだ。
「そんなことより、今の状況を教えていただけませんか。もう同じことを問いたくはありません」
リンはティエルを睨むと、さらに声を低くしてそう言った。
「見ての通り、決闘だ」
その問いに答えたのはケーイだった。開き直った調子で言う。
「随分と長い間ティエルと手を合わせてなかったのでな。お互い鬱憤も溜まっていたし良い機会だったのさ」
それを聞いたリンは二人を交互に見て、深く溜息を吐いた。
「まったく」
呆れ返って物も言えない。そんな態度のリンにティエルは思わず
「俺達だって兵士だ。手合わせぐらいしたくなる。それに使えるのに使わないなんて勿体無いだろ。それを使って文句を言われる筋合いはないぞ」
と言った。
「そういう問題ではありません」
しかしリンはぴしゃりとティエルの意見を切り捨てた。
「このような話を何度もしたくはないのですが、貴方方はもう少し自覚を持つべきだ。己がどのような立場に居るのかを」
リンは一度言葉を区切ると小さく息を吐いた。
「大体、決闘場を使わないのが勿体無いというのなら貴方方が独占して使うのではなく、貴方方が率先して兵士達に使うように促せばいいのです」
有無を言わせない態度。ともすれば父より悪質なそれがティエルはあまり好きにはなれなかった。
項垂れつつ、それでも
「だって」
と小さく呟く。
「だって、ではありません。それに見てください。貴方方の手合わせでこれだけの者達が己の鍛錬を怠っています。それを注意もせずに放って置くとはどういうことですか? これは立派な妨害行為ですよ」
耳に痛い言葉の数々。それだけでは飽き足らないのか、さらに追い討ちをかけるようにリンは言葉を続けた。
「あと、ティエル様。アルフェルド様から伺ったのですが、今日もお部屋を抜け出されたそうですね。素振りはどうなさったのですか? 確か本来の二千回にプラス二千回で四千回だと仰っていましたが」
うっと言葉に詰まる。ティエルは顔を背けると、頬を軽く掻いた。
「い、いい天気だな」
誤魔化そうというのが見え見えすぎて誤魔化しにすらなってない台詞を呟く。それにリンは思い切り顔をしかめた。
「そうですね。しかし今は天気を気にしている暇などないのでは?」
あまりに冷たい返事。
ティエルは仰々しく溜息を吐くと、拗ねたように呟いた。
「……これからやろうと思ってたんだよ」
「そうですか。やるべきことをしていないのならプラス二千回だという言伝を預かっているのですが、これからするのであれば大丈夫ですね」
どうやら取り付く島もないらしい。
「素振り、してくる」
そう思ったティエルは顔を逸らしたまま言うと、決闘場の上から飛び降りて走り去って行った。
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