エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

1

 アルフェルド・エデン。彼は現職の世界王であり、ティエル・エデンの父である。


 ティエルは目の前の父と向かい合うと深く礼をした。


 向かい合う父子の間に流れるのは張り詰めたような緊張。


 ティエル頭の片隅で、そういえばこうしてゆっくりと顔を会わせるのは何年ぶりだろうか、と思った。


 現在、ティエルはエヴィをつれて謁見の間を訪れていた。


 謁見の間は壁も床も白色の大理石で出来ている。床には白に良く映える長いレッドカーペットが敷かれていた。レッドカーペットの先には金の装飾で飾られた玉座が据えられている。


 アルフェルドはその玉座の前に立っていた。その目の前にティエルが立ち、数歩後ろにエヴィが立っている。


 エヴィが自分は魔女であると名乗った後、ティエルは何も言うことが出来ずに固まってしまった。それでは埒があかないと思ったのか、固まったままのティエルにエヴィが王に会わせてほしいと提案したのだ。


 こうしていても仕方がないし、説明が必要なら王が居る場で説明する、とエヴィは言った。


 だからティエルは父の元にエヴィを連れて行くことにした。


 そして今に至る。


 顔を上げる。父と目が合った。緊張で喉が乾く。


「何用だ」


 しばらくして、低く響く厳かな声が言った。


 アルフェルドの鋭い眼光がティエルを見る。


 突然声を掛けられ、微かに体が震える。冷や汗が背中を伝っていくのを感じた。


 ティエルは敬礼をすると、声を張り上げた。


「報告します! 本日、城南東の位置で地下室を発見しました」


 端的にさっきあった出来事を説明する。


 最後に


「保護した少女、エヴィ・F・エンドレスの危険性は低く、また何かあったとしても対応できると判断し、本人の希望により隊長の元へ参上した次第です」


 と言って締めくくった。


 アルフェルドはしっかりとティエルを見据えながら神妙な様子で話を聞いていた。


「承った。して、その少女とやらは貴殿でよろしいのか」


 そうして神妙な様子のままで頷くとティエルから視線をずらし、後ろに佇むエヴィを見た。


 エヴィは威圧的なアルフェルドの態度に臆した様子もなく、恭しく礼をした。


「お初にお目にかかります。エヴィ・F・エンドレスと申します」


 それに倣ってアルフェルドもエヴィに頭を下げる。


 そしてすぐに顔を上げると、ティエルの横を通り過ぎてエヴィの前に立った。


「貴殿のことは聞いている」


「どうやら、約束は果たされているようですね。安心しました」


 アルフェルドが言うと、ほっとした様子でエヴィは胸を撫で下ろした。


 父がエヴィについて何かを知っている。その事実にティエルは無表情を装いつつ、内心で驚いた。


 それと同時に疎外感を感じる。この中で何も知らないのは自分だけなのだ。


「少しお話を伺いたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 エヴィが尋ねると、


「問題ない」


 とアルフェルドは静かに応じた。


「では」


 エヴィはそのまま話を進めようする。


 しかし、アルフェルドは手を挙げてそれを制した。


 そして再びティエルに向き直ると、厳しい口調で言う。


「お前は下がれ」


 ティエルは思わず目を瞠った。


「か、彼女を保護したのはお、私です。もし彼女になにかあるならば私だって……」


 なんとかこの場に居座ろうと食らい付く。


「下がれ」


 しかし父の態度は有無を言わせないものだった。


「なぜですか。ここに居てはならない理由を教えてください」


 しかし、ティエルは諦められなかった。


 それにアルフェルドは呆れたように溜息を吐く。そして諭すような口調で言った。


「お前は聞かなくても良い事だからだ」


 それにティエルは余計に腹が立った。


 思わず大声を上げる。


「そんな理由で納得できるか! エヴィは聞きたいことがあるならお父様と居るときに説明すると言っていました。それでも俺はここに居てはならないんですか!」


 激昂するティエル。アルフェルドも少しだけ怒ったように眉を寄せた。


「ならん」


「なぜですか!」


 しばらく無言で睨みあう。


 長い静寂を破って先に口を開いたのはアルフェルドだった。


 顔を逸らして言う。


「……今は何刻だ?」


 短い問いかけ。


 その瞬間、ティエルは自分の敗けを確信した。


 一瞬だけぐっと口を噤み、拳を握り締める。


「赤の、刻です……」


 押し殺したような声で呟いて、ティエルは歯を食いしばった。


「何故、お前は今ここに居る?」


 アルフェルドは静かな眼差しでティエルを見た。


「………………………………」


 返す言葉もない。ティエルはしばらく逡巡した後に静かな声で


「それは今、関係のないことではないでしょうか」


 と言った。


 アルフェルドはいかめしい顔をより険しくすると突き放すように


「関係ないものか。自分のすべきことも満足に出来ぬ者に教えることなど何もない」


 と言い切った。


 ティエルは今更になって自分の方が不利であったということに気付いた。


 自分は勉強部屋を抜け出してここにいる。本来ならこの時間は授業を受けていなければいけないのだ。


 やるべきことを放棄してここにいるということはティエルにとって圧倒的に不利な状況だった。


 本当はここに来たときにそれを言われなかった方がおかしかったのだ。


 父を納得させるような言葉を返すことが出来ない。それがティエルは悔しかった。


 無意味だとわかりながら口を開く。


「今日の範囲はもう既に自習で済ませてあります。先生からだってちゃんと許可をいただいて……」


「言い訳はいい。下がれ」


 予想通り、それに対した効果はない。むしろ自分が虚しくなるだけだった。


「……でも……」


「下がれ」


 少し語気を強めた声。それは今までのとは違う、明らかな命令だった。


「わかり、ました」


 もう無理だと悟ったティエルは諦めて、そう小さく呟いた。そしてぐっと唇を噛み締める。


 父に向けてさっと軽く礼をする。そして出口に向けて歩き出した。父の横を俯きがちに通り過ぎる。


 するとアルフェルドが思い出したように 


「待て」


 と言った。


 足を止める。しかし振り返りはしなかった。


 何を言われるかはなんとなく察しが付いていた。


 アルフェルドはそんなことはお構いなしに言う。


「部屋を抜け出した罰として今日の鍛練はお前だけ素振り二千回追加だ。わかったな」


 もう何回言われたかも解らないペナルティにティエルは小さく頷いた。


「はい」


 悔しさを噛み締め、また再び歩き出す。


 それを気取られないように前を向いて歩いた。すると、エヴィと目が合う。


 エヴィは何か言いたげな表情でティエルを見ていた。


 それに微かに笑いかけ、小さく首を振ってみせる。


 するとエヴィは眉尻を下げて、ひどく悲しそうな顔をした。


 なぜそんな顔をするのかティエルには全くわからなかった。


 しかし理由を聞くことが出来ない。ティエルは何も言わないままその横を通り過ぎ、無言で王の間を後にした。

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