僕のお姫様
1.強要
堂抜咲麻は最近発足した科学部に所属している。
そうは言っても実際は部員不足に悩む友人に頼まれ、名前だけ貸している幽霊部員だ。
ほとんど部活動には参加せず、ごくたまに足を運ぶ程度で今回も顔を見せるのはおよそ数カ月ぶりになる。
「やっほー」
「おう、咲麻。よく来たな!」
挨拶もなしにいきなりドアを開け放つと科学部部長は驚いた風もなく底抜けに明るい声で迎え入れてくれた。
「う、うん」
しかし彼がここまで機嫌が良いことは滅多にない。
どうしたのだろうと思わず身構えながら堂抜は後ろ手にドアを閉めた。
「……あれ?」
科学部の活動場所である理科室。辺りを見渡してもそこに他の部員の姿はない。
ぽつんと一人で椅子に腰掛ける部長の姿に首をひねる。
元々賑やかな部活ではないが、堂抜以外に幽霊部員はいない。全員参加でない日はあるにしても必ず二、三人は部室にいて活動しているはずなのだが。
「みんなは?」
再度辺りを見渡して誰もいないことをしっかりと確認してからそう問いかける。
上機嫌な部長は声を上げて笑い「今回は違うぞ。全員休みだ」と言った。
部活に顔を出す際、堂抜はいつも部員の誰かに参加の意を伝える。するといたずら好きな科学部員達は必ずと言っていいほどに何かしらのどっきりを仕掛けてくるのだ。
前はとある教育番組のドミノ的装置を連想させる仕掛けでバケツ一杯の水を頭から被せられた。
「なら良いんだけどさ……」
堂抜はまだおっかなびっくりと言った様子で数歩前に進み出る。そのまましばらく待つが何も起きる気配がなく、そこでようやく肩の力を抜く事ができた。
「実はまた素晴らしい発明をしてしまったんだ」
そんな堂抜のことなど気にもとめず、部長はすっかり長くなった前髪を指先で払ってみせる。気障ったらしい仕草だがどこか板についているのはきっと何度も同じ事をしているからだろう。
「そうなんだ。今度は何?」
科学部が発足するきっかけとなった文化祭。あの時、彼は人と人をくっつけてしまう薬を作った。それ以外にも様々な面白い薬を生み出している。
堂抜はわくわくしながら部長の下へ歩み寄った。
すると彼は得意げな顔で自前の白衣から茶色の小瓶を取り出す。
「これだ」
堂抜はひょいと首を伸ばして手の中を覗き込んだ。その瓶にはラベルが貼ってあり、そこに几帳面な字で書かれた文面を読み上げる。
「惚れ、薬……?」
堂抜は考え込むように視線を彷徨わせ、もう一度ラベルへと走らせる。それを数度繰り返してからようやく「ええ……?」と部長の顔を見た。
彼は相変わらず自信満々に胸を張っている。
「惚れ薬って、惚れ薬?」
「それ以外に何がある?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ……」
今までの功績から部長の腕を疑うつもりはない。しかしにわかには信じられない物を目にして堂抜は戸惑いを隠せずにいた。
「……成功したの?」
「愚問だな。成果も得られないままに完成などと宣うわけがないだろう」
懐疑の視線を向ける堂抜に部長はぶすっとした顔をする。
普段から怪しい、胡散臭い等の台詞を毛嫌いしているため、それが気に入らなかったのだろう。
堂抜は逆鱗に触れるかもと一瞬怯んだが、意を決して再び口を開いた。
「誰で?」
「部員達で」
「じゃあ、みんなが休みなのは?」
「彼女が出来たからだな」
神妙な顔で頷く部長。堂抜は「なるほど」と唸った。
彼女が出来たのなら部活などやっている場合ではないかもしれない。
「そっか……」
ぐるりと科学室を見渡す。いつも賑やかだったかつての姿は見る影もない。妙に物悲しくなってしまって、堂抜はその撫でぎみの肩をより一層落とした。
するとそっと肩に手が置かれる。
「咲麻」
顔を上げると穏やかな笑みを浮かべた部長と目が合う。
「部長……」
そこで一番悲しいのは彼だということに気付いた。何せ自分が作って部員を集めた部活だ。それが今、衰退の一途を辿ってしまっているのは見るに堪えないだろう。
何か言葉を掛けないといけない気がして「部長」ともう一度呟く。
「会心の出来だ。咲麻にもやろう」
しかし、彼は強かった。
取り出した小瓶をぐっと胸に押しつけてくる顔に先ほどの笑みはなく、ただこの薬を人に使いたいという意欲に燃える瞳がそこにある。
「え、いらない……」
それに気圧されて思わず口からこぼれ落ちたのは紛れもない本心だった。
「遠慮すんなって」
だというのに部長は一歩も引かず、堂抜の手にがっちりと瓶を握らせる。
それ以上強くあしらう事もできず、満足げに再び机に向かう部長の背中と惚れ薬を交互に見て堂抜は深く溜息を吐いた。
そうは言っても実際は部員不足に悩む友人に頼まれ、名前だけ貸している幽霊部員だ。
ほとんど部活動には参加せず、ごくたまに足を運ぶ程度で今回も顔を見せるのはおよそ数カ月ぶりになる。
「やっほー」
「おう、咲麻。よく来たな!」
挨拶もなしにいきなりドアを開け放つと科学部部長は驚いた風もなく底抜けに明るい声で迎え入れてくれた。
「う、うん」
しかし彼がここまで機嫌が良いことは滅多にない。
どうしたのだろうと思わず身構えながら堂抜は後ろ手にドアを閉めた。
「……あれ?」
科学部の活動場所である理科室。辺りを見渡してもそこに他の部員の姿はない。
ぽつんと一人で椅子に腰掛ける部長の姿に首をひねる。
元々賑やかな部活ではないが、堂抜以外に幽霊部員はいない。全員参加でない日はあるにしても必ず二、三人は部室にいて活動しているはずなのだが。
「みんなは?」
再度辺りを見渡して誰もいないことをしっかりと確認してからそう問いかける。
上機嫌な部長は声を上げて笑い「今回は違うぞ。全員休みだ」と言った。
部活に顔を出す際、堂抜はいつも部員の誰かに参加の意を伝える。するといたずら好きな科学部員達は必ずと言っていいほどに何かしらのどっきりを仕掛けてくるのだ。
前はとある教育番組のドミノ的装置を連想させる仕掛けでバケツ一杯の水を頭から被せられた。
「なら良いんだけどさ……」
堂抜はまだおっかなびっくりと言った様子で数歩前に進み出る。そのまましばらく待つが何も起きる気配がなく、そこでようやく肩の力を抜く事ができた。
「実はまた素晴らしい発明をしてしまったんだ」
そんな堂抜のことなど気にもとめず、部長はすっかり長くなった前髪を指先で払ってみせる。気障ったらしい仕草だがどこか板についているのはきっと何度も同じ事をしているからだろう。
「そうなんだ。今度は何?」
科学部が発足するきっかけとなった文化祭。あの時、彼は人と人をくっつけてしまう薬を作った。それ以外にも様々な面白い薬を生み出している。
堂抜はわくわくしながら部長の下へ歩み寄った。
すると彼は得意げな顔で自前の白衣から茶色の小瓶を取り出す。
「これだ」
堂抜はひょいと首を伸ばして手の中を覗き込んだ。その瓶にはラベルが貼ってあり、そこに几帳面な字で書かれた文面を読み上げる。
「惚れ、薬……?」
堂抜は考え込むように視線を彷徨わせ、もう一度ラベルへと走らせる。それを数度繰り返してからようやく「ええ……?」と部長の顔を見た。
彼は相変わらず自信満々に胸を張っている。
「惚れ薬って、惚れ薬?」
「それ以外に何がある?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ……」
今までの功績から部長の腕を疑うつもりはない。しかしにわかには信じられない物を目にして堂抜は戸惑いを隠せずにいた。
「……成功したの?」
「愚問だな。成果も得られないままに完成などと宣うわけがないだろう」
懐疑の視線を向ける堂抜に部長はぶすっとした顔をする。
普段から怪しい、胡散臭い等の台詞を毛嫌いしているため、それが気に入らなかったのだろう。
堂抜は逆鱗に触れるかもと一瞬怯んだが、意を決して再び口を開いた。
「誰で?」
「部員達で」
「じゃあ、みんなが休みなのは?」
「彼女が出来たからだな」
神妙な顔で頷く部長。堂抜は「なるほど」と唸った。
彼女が出来たのなら部活などやっている場合ではないかもしれない。
「そっか……」
ぐるりと科学室を見渡す。いつも賑やかだったかつての姿は見る影もない。妙に物悲しくなってしまって、堂抜はその撫でぎみの肩をより一層落とした。
するとそっと肩に手が置かれる。
「咲麻」
顔を上げると穏やかな笑みを浮かべた部長と目が合う。
「部長……」
そこで一番悲しいのは彼だということに気付いた。何せ自分が作って部員を集めた部活だ。それが今、衰退の一途を辿ってしまっているのは見るに堪えないだろう。
何か言葉を掛けないといけない気がして「部長」ともう一度呟く。
「会心の出来だ。咲麻にもやろう」
しかし、彼は強かった。
取り出した小瓶をぐっと胸に押しつけてくる顔に先ほどの笑みはなく、ただこの薬を人に使いたいという意欲に燃える瞳がそこにある。
「え、いらない……」
それに気圧されて思わず口からこぼれ落ちたのは紛れもない本心だった。
「遠慮すんなって」
だというのに部長は一歩も引かず、堂抜の手にがっちりと瓶を握らせる。
それ以上強くあしらう事もできず、満足げに再び机に向かう部長の背中と惚れ薬を交互に見て堂抜は深く溜息を吐いた。
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