何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

12



帝国に居を構えることになって数日、ようやく落ち着いてきた頃にエリーゼの下に、剣と盾が印字されその上から皇帝を示す大鷲の印が押された手紙が運ばれてくる。
エリーゼが手紙に目を通すと、近況を窺う言葉から始まり先日交わした取引の関係で明日登城してほしい旨が記載されていた。


ふと、思う。開封されずに・・・・・・渡された手紙。
本来であれば緊急時を除き、執事のセバスが確認して持ってくるはずの手紙は、セバスでもメイド長のメリルでもなく、メイドの一人が持ってきた。
皇帝の紋が本物であるかどうかをはっきりと認識でき、その上メイドが持ってきた時点で理解できた。
屋敷の主・・・・はエリーゼあるいはセルジェだが、彼ら自身の主・・・・・・はエリーゼではない。
元より、皇帝が直々に「用意する」といった屋敷に住み、手配された使用人がいる以上、エリーゼだけでなく精霊王セルジェや水龍フランを監視・・するという目的もあるのだと。


時折、エリーゼやセルジェの動向を窺うメイド、それに二人が交わした他愛のない会話をこの屋敷の使用人がどこか・・・に報告していることにエリーゼは気付いていた。


帝国には王国とは比べ物にならないほど数多くの精霊がいる。
両国共に精霊を見る者は数は少なく、そしてエリーゼは精霊を見ることが出来る。見るだけではなく会話も可能なのだが、そのことを利用して屋敷内の様子を探っていたから、使用人がいつ何をしているのかを知ることが出来たのだ。
更に使用人らがエリーゼとセルジェの会話に聞き耳を立てている時だけでなく、その報告時にも気付かれないように気配を殺し周囲に気を遣っている様子からただの使用人ではないことが分かる。
別にそのことを咎めるつもりもない。聞かれて困るような話はしていないし、報告されたからといって皇帝むこうから何かされるわけでもない。彼らには彼らの事情や目的がある。


―――ただ、そう。


「コソコソされると腹が立ちますね……」


一人、誰もいない静かな部屋でエリーゼは呟いた。










翌日、エリーゼは皇帝の要求に従い、城へ向かった。
門番を務めている騎士に取り次ぎをお願いすると、話は通っていたらしく確認のための僅かな時間待たされただけですんなりと城内へと通された。


案内のためと先導する侍従の後について謁見の間への長い廊下を歩いていくと、城内は活気に溢れていてエリーゼが知る王国の城内と似通った部分は全く見受けられなかった。
派手ではないがきちんと皇帝としての威厳を示すための装飾や調度品が備えられており、誰もが活き活きと仕事に精を出していた。


「? どうかなさいましたか?」


尋ねてくる侍従にエリーゼはいえ、とひとつ首を振ってから返す。


「皆さん活き活きしていらっしゃるなと思いまして」


「ああ、そうですね。あと一週間ほどでユルゲン様の在位五年となりますのでその記念式典が行われる予定なのです」


「記念式典、ですか。五年単位で行われているのですか?」


「在位五年式典は五十年ぶりですね」


「それまで開催されなかったのはやはり……?」


「えぇ、そういうことです」


侍従は苦笑して言うと再び歩き出した。


心地いいとも言える喧騒の中で、エリーゼは過去へと意識を向ける。
王国での催しはただ王族がやたらと贅沢をするだけのものが多く、国王に媚び諂う貴族が贈り物と称して賄賂を贈ったり、下級貴族から貰ったりするものでしかなかった。
この国はどうなんだろうと考えたがすぐに答えが出たためやめた。それはすぐ目の前にあったからだ。
活気付く城下の町。城内の人間の顔は明るく賑やかに楽しそうに奔走している。


「ルヴィンド様、こちらです」


「……はい」


「エリーゼ・ベル・ルヴィンド様がいらっしゃいました」


扉の向こうから少し間をおいて「……通せ」と威厳ある声が聞こえた。


謁見の間は前回同様余計な人物はおらず、皇帝自身が信用できると公言した軍務卿ダルトン、近衛騎士の三人がいた。
そして唯一見覚えのない人物へ目を向けると。


「こいつはヘレイル・ヘレン。帝国一の治癒師だ」


「ヘレイルと。よろしくお願い致します、エリーゼ嬢」


「宜しくお願い致します、ヘレイル様」


「早速だが、部位欠損に準ずる負傷をした者がいる。まずはそいつから治してもらいたい。それを持ってお前を聖女として認めさせてもらおう」


「承知致しました」


皇帝の合図で騎士の一人がある男性を連れてきた。
なんでも先の小国との小競り合いの時に負傷し、急いで治癒魔法をかけたがその前にした応急処置が悪かったらしく片手が麻痺してしまったとのことだ。
アルテミシアの生まれ変わりであるエリーゼならばその程度《治癒:小ヒール》で十分な効果を発揮するが、どうせならと気紛れに《治癒:大ハイヒール》をかけた。


「……《治癒:大ハイヒール》」


キラキラとした粒子が光と共に男性の体を包む。
目立つ変化はなかったが、光が消えた後呆然とした様子の男性は動かなかった左腕を動かし、拳を握ったりしていた。そして次第に自分の腕が治ったと理解したと同時にぼろぼろと涙をこぼしエリーゼの足元に跪いた。


「ありがとうございます、本当に、ありがとうございます……! これで俺はまた剣を振ることが出来る、貴女のお陰です!」


「いえ、私は皇帝陛下に頼まれただけです。礼ならばそちらにお願い致します」


「ヘレイル」


「はい。ちょっと失礼いたします」


ヘレイルはそう言うと見える範囲で丹念に男性の体を観察する。
事前にそうすることを聞かされていたのか、軍人らしいその男性は非常に協力的な様子であった。


「…………古傷まで消えてます」


「! ……間違いないか?」


「はい。私でも《治癒:大ハイヒール》では不可能。この方は間違いなく、聖女様の生まれ変わりでしょう」


「そうか。エリーゼ嬢、疑ってしまって申し訳ない。精霊王や水龍が嘘を言うとは思わないが、俺たち人間は彼らとは違って魂を見ることはできないからな」


「―――そうですね。気にしておりませんので、皇帝陛下もお気になさらないで下さい」


エリーゼは一瞬、肯定することを躊躇った。皇帝や騎士たちが気づいた様子はなかったのが幸いだろうか。
そんなエリーゼの様子に気付かなかったユルゲルは尋ねる。


「そういってくれて助かる。まだ魔力に余裕はあるか?」


「はい。一度に数百人治せと言われても問題ないかと」


「……そ、そうか」


顔を引き攣らせた皇帝を見てエリーゼは溜飲を下げた。


その後、皇帝は予定があるということで退室した。エリーゼはヘレイルとダルトンに連れられて別室へ行くとそこには二十名ほどの騎士と思しき男達が待たされていた。全員表情は暗く、呼ばれた理由を知っても尚、失った手足が戻るとは信じることができないようであった。
失った手足があれば教会の神官ならば繋げることは出来なくもないが、生やすとなれば話は別である。
帝国一の治癒師にすら出来なかったことが、成人して間もない小娘に出来るとは到底思えなかったのだろう。


「セルジェ様が待っているので手早く終わらせますね」


エリーゼは部屋の外に愛しい存在の気配を感じて・・・・・・そう宣言すると、ヘレイル達の返事を待たずに治癒魔法を起動させた。


「《範囲エリア治癒:大ハイヒール》」


室内にいた男達全員の体を光が包み込み、傷口から光の粒子が手足を形作ると、やがて。


全員の四肢が元に戻っていた。
呆気にとられるダルトンやヘレイルを一度だけ見遣り、エリーゼはそのまま退室する。


「ヘレイル様、ギャレット様。皇帝陛下には、約束は守りましたとお伝えください。私はこれで失礼致します」


それだけ言うと、二人が我に返る前に部屋の外で待っていたセルジェに駆け寄る。


「エリーゼ、大丈夫であったか?」


「はいっ。わざわざ迎えに来ていただいてありがとうございます」


「屋敷にいなかったからな。子らに聞いたら此処だと言っていたし、馬車とはいえ時間がかかるから迎えにきてしまった」


エリーゼの姿が見えず待ちきれないと迎えに来たようだった。
思わずくすりと笑うエリーゼにセルジェはバツが悪そうに顔を背けつつ顔を見られないように華奢な体を抱き寄せた。


二人は次第に騒ぎが大きくなりつつある部屋の前から姿を消した。







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