何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

06



この世界に生まれ落ちて幾百年。
枯茶の大地から土龍が生まれ、大地に神の涙が零れ落ち海が出来、そして水龍が生まれ。波を揺らす神の吐息からやがて風龍が生まれた。
神代の頃に神がこの世界に灯した火より生まれた火龍はその時から唯一の存在となり、精霊王と共に世界の均衡を保ち続けてきた。


神の手によりヒトが生み出され、脆弱なそれらはやがて村を作り、街を作り、国を作った。
短き生を謳歌するヒトは命を繋ぎ同族を増やしては戦や病で減らしを繰り返して、いつしか世界中にその勢力を広げていった。


時折、欲深い為政者の指揮で龍を討ち取ろうとすることもしばしばあったが、それらを蹴散らしたこともあった。


世界の理を真に理解する龍と精霊王は、世に誕生する魂の鼓動が聴こえる。
それは悪しき者であったり、後に英雄と呼ばれる者であったり。そして時には聖なる力を持つ魂が上げる産声を耳にすることもあった。


そうして、千にも近い年月を重ねたある日。
我らは出会ったのだ。
のちに聖女と呼ばれるようになった儚き者にんげん。名はアルテミシア。
その儚き者の魂の在り様はまだ世に誕生していないにも関わらず高潔で純粋で心惹かれる色と音を備えていた。
そして永きを生きる龍にとって短い時を経て聖女は輪廻の環へと還っていく。
アルテミシアと過ごした時間は永き時を生きる龍にとってほんの一瞬の、瞬きほどの時間であったが龍にとって掛け替えのない大切な時間となった。
そして龍達は輪廻の環へ還ったアルテミシアの魂を見送り、決意したのだ。
再びアルテミシアの魂が輪廻を巡り戻ってくるその時を待とう。そうして今度はあのような・・・・・最期を迎えることが無いよう、固く誓ったのだ。


そして、再び火龍はアルテミシアの魂が世に生まれ落ちる音を聴く。
久方ぶりに耳にしたその音はかつて聴いた時と同じ、清く澄み渡る音をしていた。


『―――嗚呼、漸くこの時が来たのか。これほど長く遠く感じたのは初めてだ』


火龍はそう独り言ちてから、魂の契約コントラットが果たされるその時を待った。










チリチリとした形容し難い感覚に火龍は目を開ける。
火山として活動が激しいこの霊山では頂上にある火口から底の方へ行くと無数の穴ができている。
その内の一つで眠りに就いていた火龍は自身の近くで転移魔法が展開されるのを感じ取り、小さく笑う。
それは懐かしい気配と清純たる魂の訪れを告げていた。


『待ち草臥れたぞ、友よ』


光の中から現れた二人の影。
三百と数十年ぶりに再会する精霊王セルジェと龍達の待ち人だ。


『仕方ないだろう、なんせ三番目・・・だ』


「久しぶりですね、ジル」


火龍―――ジルの言葉に二つの影が答えた。
転移が終わり、姿をはっきりと認識できるようになった火龍は長年の友とその連れ合いたる自分の主に笑いかける。


『他のは元気だったか?』


『うるさいくらいだったぞ。風の・・は特にな』


『クハハ、奴らもまだ若いからの。それも仕方あるまいて』


「ジルは、ずっとここにいたのですか?」


『うむ。主が死んでからだが、最近・・は火浴びもしておる』


「火浴び……ですか?」


『そうか、ここは霊山だったな』


『ここの火は心地良い。主の側と同じでな』


時折、火山活動が激しくなるこの火山で、噴き上げる溶岩を浴びていたジル。
ジルが言った火浴びというのは人間で言うところの入浴のようなもので、百年に一度ほどの頻度で訪れる噴火に、一種の娯楽を見出していた。しかも霊山ということもあり、この山の火は古龍たるジルととても相性が良い。
純粋なものを好む彼らにとってこの山は特に人の手が入っていないこともあり、とても澄んで・・・いる。だからジルはアルテミシアが輪廻の環へ還って以来此処で過ごしていたのだ。


ちなみに余談ではあるが、現在ジルがいる横穴も通常であれば人間は一瞬で熱で燃え出すほど高温だが唯一の人間エリーゼのためにセルジェが魔法で保護をかけているため常と変わらず過ごせている。


『して、主よ。今世の名は何と言う?』


「エリーゼ・ベル・ルヴィンド……、いえ、もう家は捨てたのだからただのエリーゼ。私の名前はエリーゼ」


『エリーゼ。良い名だ』


―――神との約束。誓い。
そんな意味が込められた彼女の名が、聖なる力を宿す魂に、それを受け入れるに足る器につけられたのは。
彼女のが意味を知っているとは思えない。ただの偶然だったのだろうが、それでも意味はあるとジルは内心思う。


『エリーゼ。私達の愛しき主。君の生に祝福を』


「……ありがとう、ジル」


礼を言い微笑むエリーゼにかつての主の姿が重なる。
微かな傷、僅かな穢れであっさりと死んでしまう彼女をそっと見下ろした。
かつての面影は無いに等しい。生まれ変わっているので魂は同じだが、アルテミシアとエリーゼは違うようでとても似ている。それは大元となる魂が同じということ以外にも共通点はあるのだが、ジルにとってそれらは瑣末なことであり、ただ目の前に待ち人がいるということが純粋に嬉しかった。


―――永い長い時の中で巡り合い、得たもの、失ったものも多い。
世界の頂点の一角を担う龍たる己にこれほど敬愛し慕う儚き者あるじが出来るとは思いもしなかった。


『私の次は水龍か。あやつも首を長くして待っていることだろう。早く往ってやると良い』


『良いのか?』


『何、これが最後という訳でもあるまい。我らの寿命は長い。また気が向いたら来訪してくれるのであろう?』


『助かる。土の・・はともかく風の・・が面倒だったのだ』


『アレは若いから仕方ない。その内大人しくなろう』


『早くその内が来てほしいものだ。エリーゼを連れて行った時には三日も側を離れようとしなんだ』


『あやつらしいではないか。エリーゼ、再び君に会えるのを楽しみにしていよう。近い内、会いに往く』


「はい、また今度」


ふわりと花が綻ぶように笑ったエリーゼ。
セルジェはそっとエリーゼの肩を抱き、エリーゼの来訪を待つ水龍がいる場所へと向かうため転移魔法を発動する。
徐々に光の粒となって薄れていく二人の影を見遣り、火龍は目を細めた。


―――『【おもしろき こともなき世を おもしろく】。昔の偉人の言葉なんだけどさ。この世の事象全てどう捉えるかは自分次第って意味なんだ。だったら嘆くより楽しんだ方が良い。それが俺の、儚き者おれたちの生き方だよ』


異世界から召還された彼の勇者はそう言って朗らかに笑った。


『おもしろき ことなきこの世を おもしろく、か。異世界の御仁も良き言葉を遺したものよ』


顔も、ましてや何を成してどう亡くなったかさえ知らない、知る由も無い異世界の偉人へ思い馳せる。
そして火龍は溶岩の煮え滾る音を聞きながらゆっくりと目を閉じた。


目を閉じた暗闇の向こうでかつて戦いを共にした戦友たちの姿が浮かんだ気がした。



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