何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

04





土龍との再会を終えて、エリーゼたちは前世でよく逢瀬を交わしていた草原へとやってきていた。
吹き抜ける風が優しくエリーゼの頬を撫でる。
傍らにいるのは前世でも愛した愛しい人、精霊王セルジェ。


「(―――ああ、なんて幸せなんだろう。王城にいた頃とは大違いだ)」


そんな風にエリーゼが思っていることも露知らず、セルジェは壊れ物を扱うような手つきでエリーゼに触れる。その仕草、眼差しから溢れるのはエリーゼへの慈しみだ。
僅かに熱を孕んだ透き通る薄氷の瞳を向けられたエリーゼの頬にさっと紅が差す。
エリーゼの髪をひと房手に取ったセルジェはキスを落として妖しく微笑んだ。


言うまでもないが、セルジェは原始の精霊であり、すべての精霊を従える立場にある。
つまりは、人外の美しさを備えている。エリーゼがアルテミシアだった頃から、精霊ということもあり、その美しさだけでなく、精霊らしく好意を一切隠そうとしないところは未だに、いや下手に数百年と間が空いてしまっているからか余計に慣れなかった。むしろ前世で培った耐性が減った気さえする。


『アルテミシア、遊ボウ』
『遊ボウ!』


『お前たち、今はアルテミシアではない。エリーゼ、だ』


『えりーぜ?』
『デモ、魂同ジダヨ?』
『えりーぜハ、アルテミシア?』


『魂は同じでも、今はエリーゼなのだ。今後はエリーゼと呼ぶのだぞ』


幼い子供に言い聞かせるように言葉を重ねるセルジェ。
まだ自我が芽生えてからさほど時間が経っていない下位精霊たちは分からないなりに理解しようとしているのか、何度か繰り返すが次第にそういうものだと理解したらしく、元気にエリーゼの周りを飛び回る。


『エリーゼ!遊ボウ!』
『精霊王バッカリ、ズルイ!』


欲求に忠実な精霊は精霊王に抗議するが、その本人はと言えばエリーゼから離れる気も無い。
むしろ離すまいとエリーゼを抱きしめる腕に力をこめた。


『エリーゼよ、お前はどっちと一緒にいたい?』


「セルジェ様。私は勿論セルジェ様と、この子達とも一緒に遊びたいです」


望んだ答えではないが、一応自分と離れたくないと思っているエリーゼの答えにセルジェは満足げに笑うと、仕方ないとエリーゼを離した。


「セルジェ様ったら……ふふ、子供みたい」


『む……』


一連の精霊たちとのやり取りを見て笑ったエリーゼにそう言われ、心外だとばかりにむくれたセルジェ。その様子がとても微笑ましくてまた笑いがこみ上げる。
原始の時から存在するのにこの人はエリーゼわたしがアルテミシアだった時からいつまでも変わらない、と安心と喜びに目を細めた。


『っ、もうよい。気は進まぬが、風の・・が待っている』


「はい」


セルジェは離していたエリーゼの体をもう一度抱き寄せて、仕返しとばかりにエリーゼの額に唇を落としてから転移魔法を発動させた。


一瞬で切り替わる景色。今度は断崖絶壁の崖が聳え立つ、所謂谷底に転移していた。
谷を通り抜ける風は容赦なく吹き荒び、セルジェに支えられていなければ立っているのも難しいほどの風速だった。
上を見上げるが聳え立った崖と薄っすらとかかる霧のお陰で崖の上は見えず、人気は一切無かった。


「……此処も、変わら、なぃです、ね……」


風の・・は暴風龍とも言われているからな。エリーゼ、きつければ無理して喋らない方がいい』


多少なりともセルジェが魔力で緩和しているとはいえ、ここは暴風域の真っ只中であり、風の向きが気紛れに変わるため、如何せん喋りづらいことこの上ない。エリーゼはセルジェの言葉に甘えて大人しく口を閉ざした。


『それにしても、いい加減鬱陶しいな』


セルジェは苛立たしげに吐き捨てると同時に指先に魔力を集中させて風を操作している源に向けて魔力波を放つと、一瞬の間を置いて今度は谷の奥から全てを吹き飛ばしてしまうほどの一際強い向かい風が吹いた後、ピタリと止み静寂が訪れる。
暴風は風龍がヒトから見つからない為の結界なのだ。隠蔽、魔法遮断、物理無効等々、有り余る力に任せて作られたその結界をあっさりと壊してしまったセルジェは悪びれもせず、結界を張った張本人、もとい龍が現れるのを待った。


『あーーー!!結界が解けたぁ~~??何でぇ~~???』


気が抜けるような、少女特有の甲高い声が響く。
谷の奥、人間の視力では視認出来ないほどの距離が開いたその先に翡翠色の龍が慌てた様子でわたわたと辺りを見回していた。まだセルジェ達に気付いていないらしい。
何故声が聞こえるのかと言うとセルジェが風属性の伝達魔法を使っている上、対象が龍なだけあり声が大きかったためだ。


『んんん~~~???何で解けちゃったんだろう……まぁ、張り直せばいっかぁ。……んん?あっ、主様だぁ~~~~!!!主様~~!!!』


あまり深く考えない性格のせいか、特に気にした様子も無い風龍は自身の感知範囲内に敬愛する主人の気配に気付いてその巨体を一生懸命動かして向かってきた。
暴風龍とも呼ばれ恐れられているはずなのに子供を思わせるその様子に諦観の念を隠せないセルジェは難しい顔をしてその主であるエリーゼに愚痴る。


『……アヤツは相も変わらず螺子が足りてないのではないか?』


「可愛らしいじゃないですか。私は好ましいと思いますよ?」


『昔からお前はアヤツには甘い』


「人型になった時は子供ですし、つい甘やかしてしまうんですよね。前世では子供を持てませんでしたから余計……」


『エリーゼ……あの時・・・を覚えて、』


『主様ぁ~~~!!』


雰囲気が暗くなりかけた時、そんなものを吹っ飛ばすように地響きをさせてようやく風龍が近くまでやって来た。
土龍と比べると一回りか二回りほど小さい風龍だが、それでも巨体は巨体。その影は十メートルは離れているはずなのにエリーゼとセルジェを覆っていた。


「久しぶりね、アン・・。元気にしてた?」


『はいっ!主様もお元気そうで何よりです!それに、不服ですけどセルジェ様も!』


エリーゼに撫でてもらおうと頭を下げるアンを撫でると、今度はぶすっとした表情でエリーゼの隣にいるセルジェに仕方なく挨拶した。


『私をついでのように扱いおって。エリーゼのついでだから許せるものを。……これだから生まれたて・・・・・は好かんのだ。目上の者を敬うことを知らん』


『むきー!!何さ何さ!いつもは精霊界に引きこもってるだけの年寄りなくせしてぇ!』


『ふん、精霊が精霊界にいることの何が悪いのだ。それに外界に繋がるのはあの・・王国の近く。穢れが酷くて敵わん』


『うぐっ……、だけどあそこは確かにボクも近寄りたくないかも……』


最初はお互い敵対心に溢れたやり取りをしていたが、それこそ付き合いの長さ故か、セルジェの長年の経験故か。分かりやすく話題転換をしたにも関わらず単純なアンは特に気にせず心底嫌そうな顔をして同意した。


「……それほど、なのでしょうか?」


『ああ。それほど・・・・なのだ、あの国は』


意味深に強調された言葉。
原始の精霊であるセルジェ。四大龍の中で一番幼いが、最も穢れを祓う事に特化していたアン。その二人が厭うほど、あの国は穢れが溜まっているのだ。
穢れ。一言で言うならば、人の持つ負の感情。適度な感情であれば問題ないが、度が過ぎれば恨み、憎しみへと変わっていく。そんな感情が、あの国には、あの場所には嫌と言うほど染み付いているのだ。


「私は見たことありませんでしたが……」


『それもそうだろうな。お前は王国に生まれてしまったが故に生まれつき・・・・・穢れがまとわりついている。言うなればある意味、穢れ自体と同化しているにも等しい。幸いにも、私と共にいるからだいぶ薄くなってはいるが……、そもそも穢れは清いモノを好む。アルテミシアの聖女としての力を持って生まれたエリーゼは尚更、穢れが寄ってくるのだろう』


『主様は綺麗だからねー!じゃなきゃボクらは主だなんて認めたりしないもん!それに、多分だけど王国があれだけで済んでるのって主様がいたからだよね?』


『あぁ、風の・・の言うとおりだな。穢れが増していくのをお前は無意識の内に抑えていたのだろうが、その抑えがなくなった以上、これから先どうなることやら』


セルジェはそう言いつつも既に関心はないようだった。それはアンも同じで、心底どうでもいい。と言うよりそもそも精霊や龍は人の治世に関知していないため、どの国が栄え、どの国が滅びようと関係ないのである。
だが、エリーゼは違う。嫌な思い出ばかりの場所だったが、王国は生まれ育った地でもあるのだ。穢れが最も多く、深いとされる場所にいたエリーゼは王国が辿る未来に思い当たり、さっと血の気が引くのを感じた。


「そんな、まさか……」


『まぁ今は大丈夫だろう。あの国は穢れが溜まりすぎてて少し増えたくらいでは対して変わらない』


だから、心配するな。とセルジェはエリーゼの髪を撫でた。アンもまた、セルジェに追従するようにしきりに首を振っている。
セルジェからしてみたら王国のエリーゼへの仕打ちには思うところしかないので、いっそさっさと滅んでしまえばいいのにと思うが、この心優しいエリーゼはそんなこと露ほども望まないということも理解していた。


「……ありがとうございます」


安心してもいいのか疑問だったが、今すぐに変わる訳では無いというセルジェの言を信じて笑みを浮かべたエリーゼは礼を言うと『撫でて撫でて!』と擦り寄ってくるアンに目を向ける。
爬虫類を思わせる低温の皮膚にそっと手を伸ばして昔のようにアンを撫でると気持ちよさそうに目を細めた。そんな一人と一匹を微笑ましく思い見つめるセルジェ。


不意に、よく知る・・・・魔力の気配を感じ振り返ると、少し離れた場所に水が魔法陣を形成していた。
それは土龍や風龍と再会するためにセルジェも使用した転移魔方陣で、これから転移してくる者を想像してセルジェはげんなりとした。戯れていたエリーゼとアンもセルジェの様子に気付いてその方へ視線を向けると。


タイミング良く、と言うべきか、タイミング悪く、と言うべきか。
転移魔法を使って現れたのは、水の上位精霊、水を愛し者ウンディーネだった。





「何も変わっておりません、今も昔も。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く