何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

02







婚約破棄が宣言された夜会から一夜明け、ようやくエリーゼのいる牢屋へと護衛の騎士と付き人を伴いエドワードがやってきた。
貴族の令嬢たちから好かれる整った顔には明らかな嘲笑と侮蔑が浮かんでいる。


「エリーゼ、頭は冷えたか?泣いて命乞いをするなら精霊の森行きは取り消してやってもいいぞ!まぁ、追放に変わりはないがな」


開口一番、小馬鹿にしたよう鼻で笑ったエドワード。
令嬢が、しかも妃教育までされていたエリーゼが牢屋に入れられるなど、本来の一晩経って冷静になった今なら精霊の森行きを拒否すると思ったのだろう。


エリーゼは小さくため息をついた。
王族が一度発した言葉を取り消すなど、そうそう出来ることではない。
私的な場だけならともかく、国王主催の夜会はこの上ない公的な場。公的にした発言を撤回することは王族、ひいては国が侮られることへと繋がるのだ。
それが分からない頭ではないだろうに、この人はそこまで盆暗だっただろうか。
とそこまで考えてからエリーゼは考え直した。
『あの令嬢がそうさせてしまったのだ』と。


「お断りします」
「ッ俺の慈悲を無下にした事、あの世で後悔するがいい!!」


エドワードは怒りのままにそう吐き捨ると大きな足音を立てながら来た道を引き返していく。
八つ当たりされる付き人は酷く迷惑そうにしながら護衛の騎士と共にエドワードの後を追っていった。


その様子を見ていた見張りの騎士の一人が何か言いたげな表情でこちらをチラチラ見ていたが、エリーゼはこの後魔の森へと追放される身なので何も関係ないことだと見なかったふりをして、襤褸い布の上に座り直した。


それからまた暫くして別の騎士がやってきた。


「エリーゼ・ベル・ルヴィンド、精霊の森へ行く時間だ」


威厳たっぷりに言う壮年の騎士はこの国の騎士団長を務めるゼウラ・デラ・ファルマン。
昨夜エドワードらと一緒にエリーゼを糾弾したトーマスの父親である。


彼は騎士さながらの不器用を発揮しながらも紳士らしく努めエリーゼの手を取り、立たせた。


牢屋から出て輸送用の馬車に乗せられたエリーゼ。
逃亡防止のため窓は無く、自害をさせない為かゼウラが同乗し、馬車は走り出す。


万が一生き延びても困るためだろうからか、食料や着替えなど日用品類は持たされなかった。
王城にある与えられた私室に残した物も今頃処分されてしまっているはずだ。
私物と言っても消耗品ばかりで、自分の物だと胸を張って言える物も無かったので別に構わないが。
ついでに言えば物心ついた時からすでに王城で教育を受けていたため、実家であるルヴィンド家に私の私物はない。


走り出して間もなく、沈黙を破ったのはゼウラだった。


「エリーゼ嬢」
「……なんでしょうか」
「申し訳ない!!」


そう言うと同時にガバッと頭を下げるゼウラ。
彼になにか謝られるようなことをされたのだろうか?とエリーゼは首を傾げて再度問う。


「それは何に対しての謝罪でしょうか」
「……此度の、エドワード王子、そして我が愚息らの暴走を止められなんだ。結果、エリーゼ嬢には「構いません」……は?」


そんなことか、とゼウラの言葉を遮るエリーゼ。
本人からしたら事実、心の底からどうでも良かった。むしろ喜んでさえいるのだから。
それに本人達ならまだしも、その親に今更謝られたところでどうにかなることでもない。どうにかしたいと、この国に残りたいと思えるほどこの国に未練がありはしないけれど。


「私はとうに見切りをつけておりました。良い機会です。それに、私達は先日成人の歳を迎えておりますから、トーマス様の行いを貴方が謝る必要はありません」
「だが……」


尚も食い下がるゼウラに内心面倒に思いながらも唯一、心残りとなっていた件をお願いしようと思った。


「ゼウラ様、私は貴方に謝罪される覚えはありません。ですが、私に欠片でも罪悪感を感じているのなら一つだけ伝言を頼んでもよろしいですか?私が視察で回っていた孤児院の一つに、伝言を頼みたい方がいるのです」


妃教育の一環でいくつか視察で回った孤児院。その中で、唯一その後も親交があった人物がいた。


ゼウラは一つ頷いて先を促す。


「王都の東に菖蒲を紋とした孤児院があります。そこにいるシスター・エレンに『約束を守れず申し訳ない、このお詫びは次の機会に』とお伝えいただけますか」
「相分かった。……必ず、伝えよう」


沈痛な面持ちで約束してくれるゼウラだが、エリーゼが言った“次の機会”が来ないことを気にしているのだろう。
息子のトーマスとは違って思慮深く、人情味のある義理堅い人間だった。


「ゼウラ様、今までありがとうございました」
「エリーゼ嬢……」


森の近くへ着いたのか、馬車は止まり御者が声をかけてくる。


「エリーゼ嬢。何の役にも立たないかもしれぬが、これを」


そう言って彼がエリーゼに渡したのはゼウラが日頃から愛用していた短剣だった。
いくつかの戦場で死の危機に遭った時、命を救ってくれたといつだか語ってくれた、余計な装飾は一切ない実用的な短剣。


ゼウラとエリーゼは所謂師弟関係でもあった。
妃教育は教養や所作の勉強だけでなく、難事の際に自分の身を守れるだけの術も教えられる。
その時に師としてエリーゼに武器の扱いや戦い方を指南したのがゼウラだった。


武器に関しては一通り教えており、実力も短剣を扱うには申し分ない。
この森にいるのは獣ではなく精霊だが、それでも何も無いよりは良い。
そう思っての行動だったのだろう。


実際のところ、森でエリーゼが危険な目に遭うことは皆無なのだが。


「……ゼウラ様、最後に進言を。コンラード王国からは早々に退去された方が御身のためです。貴方があの国にいるには、酷でしょう」


エリーゼは短剣の礼にと、自身の願いをその言葉に隠して進言したが、これだけではきっと彼は行動しないだろう。
彼は義理堅く、その忠義を、自らを剣として国に捧げた“騎士”だから。


思えば、王城にいた頃から優しくしてくれたのはゼウラだけだった。
時には優しく、時には厳しく……そう、まるで父のように。


「さようなら―――お父様」
「……ッ!」


それだけ言うと短剣を懐に隠し、馬車を飛び降りると御者と後ろについていた騎士に目もくれず駆け出した。
さほど離れていない森は昼間だと言うのに驚くほど薄暗く、森の入口は僅かだが道があるが中に入ればすぐに数メートル先も見えなくなるだろう。
一気に駆け抜け、道がなくなったところで足を止めた。
振り返った時にはすでに入ってきた入口は木々に隠され、すでに見えなくなっていた。




……人は、この森を恐ろしいと言った。
人間を嬲り殺しにして魂を奪い、糧とする恐ろしい精霊が棲まう森だと。


でも私はそうは思わない。
なぜなら、この森に棲む精霊たちは。


「古き盟友たちよ。懐かしき友たちよ。幾年経とうとも変わらぬ愛しき者たちよ」


エリーゼの周りに柔らかな光がいくつか浮かび上がる。
喜びを表すようにぐるぐるまわる光たちは次第に数を増やすと同時に様々な色を発していた。


―――昔も今も、私の大切な友人なのだから。


『オ帰リ、アルテミシア・・・・・・
『待ッテイタヨ、君ガ帰ッテクルノヲ』
『精霊王ガ待ッテルヨ』


早ク行コウ、と無数の光のうちの一つが先導する。
私を導くのは変わらない、確かな優しさを持った友人たち。


この森に棲まう精霊たちは、エリーゼの前世、アルテミシアの友人であり、かけがえのない家族だからだ。
中でも彼らが言う“精霊王”はアルテミシアと関わりの深い人物である。





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