何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

01





「エリーゼ・ベル・ルヴィンド! コンラード王国王位継承第二位、エドワード・アレスタ・コンラードの名においてお前との婚約は破棄させてもらう!」


耳障りな声が、そう宣う。
あぁ、昔からこの人はそうだ。
私の言葉を聞こうとせず、他人の都合のいい言葉にばかり耳を傾ける。


婚約破棄を言い渡されたエリーゼは一人心中でため息をついた。
そんなエリーゼに気付かずエドワードは続けてエリーゼへの罪状を高らかに喋りだす。


「度重なるアリス・ホークレッタ男爵令嬢への嫌がらせに中傷、他にも傷害や殺害未遂など諸々の犯罪の証拠がある! ……何か申し開きはあるか?」


やっていないことの証拠があると言われても……、むしろそのアリスとかいう令嬢と顔を合わせるのも初めてだというのに。
エリーゼはそう思うがこの様子では聞き入れることはないだろう。
それはエドワードだけでなく、この場でエリーゼを睨む全員に当てはまることであった。


第二王子、エドワード・アレスタ・コンラード。
宰相のご令息、マルコ・アトル・フォレンタージュ。
騎士団長のご令息、トーマス・デラ・ファルマン。
そして、エドワードの後ろで怯えた振りをする男爵令嬢、アリス・ホークレッタ。
上座にある豪華な椅子にはエドワードの親である現王、ジェラルド・エレセウス・コンラードとその隣にいる王妃、ロベリア・セレン・コンラード。


第一王子の姿は見えないが、国王主催の夜会に集まった国内に存在するほとんど・・・・の公爵家以下の貴族たちと王家に招待された他国の要人が何があったのかと様子を伺っていた。


再度、他人にばれないようエリーゼがこっそりとため息をついていると、何も言わないことに痺れを切らしたエドワードが声を荒げた。


「おい、聞いているのか! 何か言うことはないのかと言っているのだ!!」
「……言うこと、でございますか」
「そうだ!!まずはアリス嬢に謝るのが筋だろう!!」


エリーゼじぶんの言葉に耳を貸さない相手に、今更何を言えと言うのだろう。
エドワードが言う証拠とやらも恐らく捏造か脅迫によるものに違いない。
何故ならエリーゼじぶんにはそんな嫌がらせことをする自由など与えられていないのだから。


「何を謝れと言うのでしょうか?そもそもそこにいらっしゃるご令嬢の顔を見たことはあれどそれ以外何も存じませんし、初対面の方に謝ることなどございませんわ。それに先ほどおっしゃっていた、嫌がらせ?傷害に殺人未遂?でしたか?全くと言っていいほど心当たりはありませんが何より、」
「白々しい嘘をつきおって! お前が彼女にやったであろうことは全て彼女らが証言してくれたぞ!」


エリーゼの言葉を遮ってエドワード王子がエリーゼの背後を指差す。
振り返って確認するとそこには学園でエリーゼが仲良くしていた貴族のご令嬢たちがいた。
皆一様にエリーゼとは目を合わせようとせず、どこか気まずそうに顔を見合わせていた。


貴族は縦社会。
その頂点である王族に、そうであるかを問われれば頷く他ない。
成人し、職務に就けばまだ法や秩序を知り、世界は広がるが、所詮貴族と言えど子供なのだ。
王族、貴族社会の頂点が黒と言えば白も黒になる。
これは見本のような例だった。


彼女たちには申し訳ないことをしたと、申し訳なさを感じるがそれと同時に謝る必要も無いということも事実であった。
この時点で未来の王太子に逆らえば自分だけでなく家族にまで影響するかもしれないのだ。
長いものに巻かれた彼女たちを責めるのはお門違いだ。ましてや聞きたいことしか聞かない脳内お花畑の相手をするのは骨が折れるであろうし、という僅かな憐憫もあったのだ。


「どうだ、これで言い逃げ出来まい」


フンと鼻で笑い、どや顔するエドワード。
エドワードの後ろにいる令嬢もさっきから怯えた表情をしつつ口元を手で覆っているが隠しきれない醜悪な笑みが表れているし、察するにそういうことなのだろう。


たかが・・・男爵令嬢如き・・が、身の丈に合わぬ夢を見て、それを実現するだけの運を持っていたということ。
エリーゼわたしを蹴落とした後でその運がどれだけ役に立つかわからないが王妃教育だけでなく、王妃の座を狙う令嬢とその一族からの嫌がらせに耐えられるといいのだが。
という皮肉めいたことを思いながらエリーゼは過去を思い浮かべる。


そもそもこの婚約は陛下、ひいては公爵である父が勝手に決めたことであり、エリーゼは最初から最後まで嫌で嫌でしょうがなかったのだ。
妃教育とは名ばかりの、王妃による虐め。世話をするためにいるはずの侍女からの嫌がらせ。王妃候補から外れてしまった令嬢の親から差し向けられる悪意の嵐。


お気に入りの物を隠されたり壊されたり、心を開いていた乳母は早々に任を外され、怪我をしていたから保護した動物も怪我が増えていたり酷い時には殺されていた時もあった。挙句の果てには将来の王太子妃であるエリーゼの食事に毒が入っていることもあったのだ。死ぬような毒ではなかったが、おかげで数日寝込み、遅れた分の妃教育がさらに厳しくなったりもした。


そんな鬱々とした厳しすぎる日々を思い出してエリーゼの目が『死んだ魚のような』と形容されそうなものになりかけた時、追い討ちのようにエドワードが後ろに隠れていたアリスへ蕩けるような笑顔を向けながら言った。


「アリス嬢はお前と違って心優しい。殺されかけたというのに死刑だけはと減刑を求めたのだ。私は死刑でも生温いくらいだと思ったが、アリス嬢の嘆願によってエリーゼ・ベル・ルヴィンド、お前を“精霊の森”へ追放する!」


芝居じみた身振り手振りでエドワードが宣言する。
あまりにも重過ぎる刑に、傍観していた貴族達は互いに目を見合わせたり、耳打ちしたりと静まり返っていたダンスホールには少しずつざわめきが伝染していく。


精霊の森とはコンラード王国の南に位置する大森林のことであり、城下の庶民たちの間では魔の森とも呼ばれている。
多くの精霊が棲んでいて、人間の魂を好むため森に侵入した人間の魂を食らうと言う。
『精霊に食われた魂は輪廻転生の環に入れず、未来永劫精霊の糧として消費され続ける』と伝えられているため、多くは大逆を犯した者に課せられる処刑方法なのだが、これをたかが男爵令嬢のために適用させるとはエドワードのアリスへの入れ込みようが伺えるというものだろう。


恐怖に取り乱すのを期待しているのか、エドワードや他の取り巻き達はニヤニヤと嫌らしい笑みをエリーゼに向けている。
けれど、エリーゼはむしろ“精霊の森”行きは願ったり叶ったりだった。
あの森が危険ではないことを知っている・・・・・からだ。
故に、エリーゼは深々と頭を下げ、言葉の中に感謝の念をこめる。


「エドワード・アレスタ・コンラード王子殿下のご命令、ルヴィンド公爵家長女 エリーゼ・ベル・ルヴィンド、委細承知致しました」


カーテシーをしながらそう返すエリーゼ。思惑が外れたエドワードやその取り巻きだけでなく、他の貴族たちはまさか了承すると思っていなかったのかとても驚いていた。


その様子にエリーゼは小さく諦観を表に出す。


この馬鹿……じゃなくて殿下は王族である自分の発言の重さをもう一度考え直した方が良いのではないか?となかなか辛辣な、口に出せば不敬罪としてその場で斬り捨てられてもおかしくないことを考えていた。


そんなエリーゼの様子にぽかんと間抜け……もとい呆然としていたエドワードたちを訝しげに見ながら声をかける。
追放してくれるなら早くしてくれないだろうか、そう思って。


「いつ追放されるんですか?なんなら今からでも構いませんが」
「…………!、騎士たちよ、この女を捕らえよ!牢屋に繋いでおけ!」


驚いて固まっていたエドワードがようやく声をかけると遅れて、王族の警護の為に控えていた騎士たちが一斉にエリーゼを拘束する。
一応犯罪者とはいえ、令嬢であるエリーゼを気遣ってかその手付きは幾分か優しい。


ダンスホールを出る際、一際強く感じた視線。その方へエリーゼが顔を向けると、もう長いこと会っていない、顔もおぼろげなエリーゼの両親が般若のような顔で睨んでいた。


父の表情から察するに『我が家の家名に泥を塗りおって!』と大層お怒りらしい。
母は母で父の顔色を窺っておどおどしている。


そんなことに気付かない騎士は足を止めることなく進み、王城の地下へと向かう。


面倒ですね、さっさと追放なりなんなりしてくれていいのですが。
そんな風に思いながらエリーゼはそっとため息をつく。


檻の中へ入り、足枷をつけると騎士たちは三人ほどの見張りを残してようやくいなくなった。


満足に掃除もされていない、埃や泥などに塗れた石畳の牢屋。
貴族令嬢を入れるにはあまりにも似つかわしくないところに入れられたが、これはこれで構いはしないとエリーゼはむしろ肩の力を抜いた。
今更あの人達に配慮などと高等な行為を期待するだけ無駄というものだ。


それにエドワードの性格から察するに、明日には馬車に乗せられて精霊の森行きになるはずだ。
牢屋の隅に用意されていた申し訳程度の襤褸い布切れを床に敷いてその上に座る。
冷たいことには冷たいが、我慢できないほどではない。
王太子の妃として、何より王妃のスペア・・・・・・として課された教育・・に比べればまだ温いほうだ。


早く明日にならないかしら。
エリーゼは明日を待ち侘びながら冷たい牢屋の片隅に身を寄せて朝が来るのをゆっくりと待つことにした。





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