夢であえたら

成井露丸

夢であえたら

目を開くと、僕は林の中に居て、視界が広がる。

「カイト! 左から三匹迫っているわ、お願い!」
振り向くと、白い外套に身を包んだ美しい少女がこちらを見ていた。彼女は胸の前に両手を広げ、詠唱を完成させると、彼女のみが持つ特殊系列魔法『絶対守護領域アブソリュートフィールド』を展開する。
彼女はフローレンス王国の第一王女――エレナ・レッツェンファード。

「了解!」
僕は両手で下げていた長剣の柄に再び力を入れて、地面を蹴る。エレナが展開した不可視の障壁の向こう側、唸る野生の狼に剣を放った。

でも、この感覚は、どこか現実じゃない気もする。
僕の意識は蜃気楼の中に浮かぶみたいにフワフワしていた。
そうだ。僕はこの感覚を知っている。これは夢の中。夢の世界なのだ。

僕はただのWEB小説家。仕事をしながら、プライベートの時間を使って、日々小説を書いているWEB小説家なのだ。
剣と魔法のファンタジー世界に住む、主人公なんかじゃない。

でも、僕の意識は、今、このファンタジー世界の中にあった。
僕という存在は、物語の主人公――カイト少年の中にあり、彼の視点でその世界に立っていた。

ここは、僕が書いたファンタジー小説『浮遊する僕らと要塞のファンタジア』の舞台――ユーレフラシア。

ただ、夢だと明らかに認識する一方で、僕は、この世界が現実であって欲しいと思ってもいた。だって、あの作品は、僕がそのために書いた物語だったから。

――夢であるような、君の世界と、君との時間を、小説という世界の中で現実にする。

昨年の夏、自宅近くのスーパーマーケットで、僕は一人の美しい少女に出会った。
フードコートの窓際に座っていた少女。シェイクのストローを唇に挟んで、その視線は中空を見つめていた。
小説の執筆に集中しようとフードコートにやってきた僕は、そんな彼女に惹きつけられた。「綺麗な女の子だな」なんて思いながらも僕は、ひょんなことから彼女と話すようになり、そして、僕らは友達になった。

彼女の名前は、エレナ・レッツェンファード。フローレンス王国の第一王女。この世界へと異世界転移してきた王女さまだったのだ。
彼女と過ごした時間については、以前にもエッセイ『夢であるように』に記したので、改めて詳細に話すのは避けておく。

昨年の夏から秋にかけて、僕らはよく一緒の時間を過ごした。
夏には運動不足解消のため、一緒に近所のプールに出掛けたこともあったし、秋には近くの丘を散策したこともあった。その全てが、僕にとって忘れられない思い出なのだ。

でも、昨年の冬――クリスマスがやってくるよりも前に、彼女は僕の前から姿を消した。「さようなら」の言葉を交わすことすら無いままに。
きっと、異世界転移の摂理、そういうものに飲み込まれて、君はユーレフラシアへと帰っていったんだと思う。さよならは言えなくても、僕は君の無事を願った。

君と会えなくなって、でも、君のことを忘れたくなくて、僕は長編ファンタジー小説の執筆を開始したのだ。
『浮遊する僕らと要塞のファンタジア』。西の果ての村レヴァロンから旅立ったカイト少年が旅をして、最後には君と出会って世界を救済する物語。
君が教えてくれたユーレフラシアという世界のことを、小説の中で現実にする。
それを僕は強く願ったのだ。

だから、僕が今見ているこの世界は、ただの夢なんかじゃない。
僕――カイトの背後で、懸命に魔力マナを放ち、不可視の障壁を展開している君は夢の中の虚ろな存在なんかじゃないんだ。

僕が絶対守護領域アブソリュートフィールドを突き抜けるように放った長剣が、飛び上がる狼の脇腹を捉える。血飛沫を撒き散らし、狼は地面へと落下した。
振り向きざまにもう一匹。剣を突き立てる。飛びかかってきた狼の眉間に長剣が突き刺ささり、狼が落ちる。
しかし、それでも、もう一匹が右方から、地面を蹴って飛びかかる。

「カイト! 右っ!」
後ろから王女様の声。でも、分かってる。
意識を右方に展開しながら、僕は魔力マナの流れを呼び出した。

「――神よあまねく物体を浮かび上がらせる不可視の障壁を……『浮遊レヴィテート』!」
魔法の高速詠唱が完成し、僕に飛びかかる狼の胴体を捉えた。僕の白魔法『浮遊レヴィテート』。不可視の小球が、その野獣の胴体を捉え、浮かべて、狼は僕の頭上を通過する。驚きの表情を浮かべる獣は、そのままエレナが展開する絶対守護領域アブソリュートフィールドの障壁に衝突し、落下した。
僕は長剣の一撃を浴びせる。急所を突いた剣先からは狼の血が流れた。しばらくは唸り声を上げていたが、直に、その狼は動かなくなった。

斜前方を見遣ると、狼の群れと戦っていた赤毛の少女も戦いを終え、肩で息をしている。周囲には数体の狼の死体が転がり、右手のレイピアからは赤い血が滴り落ちていた。
ミューリィ・エルドット。僕と一緒に、空中要塞から逃げて、そして、世界を守る旅をした仲間だ。今では、エレナ王女を守る近衛騎士団の一員。

周囲から狼の気配が消えて、エレナは絶対守護領域アブソリュートフィールドを形成していた魔力マナを開放した。不可視の障壁がゆっくりと消失していく。

「大丈夫? カイト? ミューリィ?」
「ボクは大丈夫だよ。カイトは、ちょっと余裕なかったみたいだけどね」
振り返った少女が悪戯っぽく軽口を叩く。ミューリィは、家紋のあしらわれたレイピアを振るうと、鞘へと仕舞った。

「もう、狼ぐらいには、僕だって負けはしないよ」
「カイトも成長したってことなのかな〜?」
近付いてきたミューリィが、右手で握り拳を作って僕の胸をコンっと小突いた。

血生臭いのは好きじゃないけれど、何だか、ミューリィと一緒に『迷いの森』を抜けた時のことを思い出す。あの時はフラウロウも一緒だった。
まだ、一年も経っていないのに、それは随分と昔のことのようだ。

「――二人は本当に仲が良いですよね。私なんか割り込めないくらいに」
後ろでエレナ王女がククッと可笑しそうに笑った。
「……なっ! ボクはこんな奴となんて、仲良くなんてないよっ」
ミューリィが顔を真っ赤にして、眉間に皺を寄せた。
そんな二人を、僕は微笑ましく眺めるのだった。

僕は、エレナ王女の背後に立つ大きな木の下で怯えるように震えていた男の子と女の子に「もう大丈夫だよ。気をつけて真っ直ぐに村に帰るんだよ」と声を掛ける。二人はコクリコクリと頷いて、林の中を真っ直ぐ、村の方へと走っていった。

僕らは今、王国の各地を巡る視察の旅をしている。

空中要塞を空に浮かべてルーベリック帝国が王国へと攻め入った戦役が終わり、フローレンス王国は一応の落ち着きを取り戻していた。人々は勇者の活躍を讃え、そして、王都には復興に向けた機運が少しずつ盛り上がりを見せていた。
しかし、帝国軍に攻め落とされた外縁部の主要都市の状況は未だわからず、中央部の街や村の実態も不透明。

だから、エレナ王女と僕らは視察の旅に出たのだ。
王女の危険を心配する声が多く、最初は、近衛騎士団長のリディアも大反対していたけれど、僕はエレナ王女の気持ちも理解できた。
だから周囲の説得にも出来るだけ協力して、三人での旅を許して貰ったのだ。

その道すがら、狼の群れに襲われそうになっている、男の子と女の子を見つけた。
僕ら三人の今の状況は、簡単に言えば、そんな状況なのである。

「少し、休憩しましょうか?」
エレナ王女が提案して、僕とミューリィも「そうしよう」と頷いた。

ちょうど、座って休憩できそうな横長の岩があり、僕らはそこに腰掛けた。
僕の右にエレナ王女、そして、その向こう側にミューリィ。

木々の向こうには山間から流れる一本の渓流があって、木々の間から差し込んだ太陽の光が、水面に反射して、煌めいていた。

「――ねぇ」
隣のエレナ王女が呟いて、僕は振り向く。
彼女は僕の顔を覗き込むように見つめていた。
「何?」
その瞳を見つめ返したまま、僕は首を傾けた。
美しい黒髪を肩まで垂らし、柔らかな微笑みを浮かべた少女の瞳は、真っ直ぐに僕のことを見つめる。
その瞳は、カイト少年のことだけじゃなくて、その瞳の奥にいる僕のことも見つめているようだった。

そして少女の柔らかそうな唇が踊り、言葉は紡がれて――

そこで、目が覚めた。

――ピピピッ! ピピピッ!

僕の枕元でスマートフォンが目覚ましのアラームを鳴らす。
薄っすらと目を開くと、寝室のカーテンの間から朝日が差し込んでいた。

僕は、寝返りを打つと、枕元を右手で探って、充電中のスマートフォンを引きずり出す。そして、画面をスワイプすると、アラームを止めた。
上半身を起こし、左腕で両目を擦り、そのまま何気なく、スマートフォンの画面ロックを解除した。

画面ロックが解除されたスマートフォンのブラウザ画面には、いつものWEB小説投稿サイトが開かれている。
そのページには、昨日発表になった、WEB小説コンテストの中間選考結果が掲載されていた。

僕の応募した『浮遊する僕らと要塞のファンタジア』は、見事に中間選考を突破していたのだ。
それを知った昨日はとても嬉しかった。そして、ホッとしたのだ。まだ、この物語に現実へと繋がる道が残されたことに。

その結果を見た時の喜びを反芻しながら、僕は夢の中での出来事を思い出す。
完結させた小説の中では描かなかった、カイトやエレナの後日譚。きっと、それはまだ、どこかに息づいていて、紡がれることを待っている物語なのだ。

僕は目が覚める直前、エレナが口にした言葉を思い出す。

――ありがとう。私の願いを叶えてくれてありがとう。それから、この世界を守ってくれてありがとう。

その言葉は、カイト少年に向けられた言葉だったのだろう。
でも、それは同時に、瞳の奥に居た僕に気付いた、彼女がくれた言葉でもあったと思いたい。
夢であるような、君の世界と、君との時間を、小説という世界の中で現実にする。
それが僕の使命だったから。

だから、僕はその物語をより多くの人に読んで欲しいと願うのだ。
物語は読んだ人の数だけ、現実になっていくのだから。

そして、僕らが描く、僕らの物語は続く――。

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