無能王子の冒険譚
14 決意の食堂
ビリー達を撃退してから一週間後。
ウィル達はそこから少し離れた小さな街に滞在していた。
目的地の南の港町、デジマはここから徒歩で一週間程の所にある。
ウィル達は戦闘で汚れたウィルとフィアの服を買うためと、リールラの契約精霊を使って城と連絡をとるために、一時滞在することにした。
ここからキサラギの都、トーキョーまでの距離だと精霊は往復に一週間位かかると思われる。
そして、推測通りつい先程精霊が帰ってきた。
リールラは滞在している二階建ての宿屋の部屋で精霊を迎えた。
部屋には彼女しかいない。ウィル達は昼食のため一階の食堂にいる。
ウィルを連れて帰ってくるように、と命令されるだろうとリールラは思っていた。
今回の事態を鑑みれば、やはり一国の王子がわずかな供と旅をするなど危険極まりない。
しかし、手のひらに乗れるくらいの小さな人の姿をした精霊が持って帰った伝言は、リールラの予想を裏切った。
固いパンと、具の少ないスープ。もう数日こんな感じの料理が続いている。
はっきりいって味はそんなに美味しいものではない。
特に城の生活でキサラギ料理に慣れしたんだウィルには、一般的であるはずのこの料理は口に合わなかった。
パンをちぎり、スープに浸して食べる。少しは食べやすくなる。
ウィルの隣に座っているレナは、ウィル程は食事に不満はない。
彼女はキサラギ料理の方が馴染みはない。このような料理の方が当たり前だった。
二人の向かいにはディッツとフィアが黙々と食事をしている。
空いた場所にはまだ二階にいるリールラの分が置いてあった。
味気のない固いパンを、スープと少し割高な水で流し込みながらウィルはこれからのことを考える。
この街に入る前にリールラをから城へ連絡すると言われていた。
帰るように言われるだろうか。いや、恐らくそうなる。
また、暗殺者が差し向けられたらと考えれば、母なら城にウィルを戻し、徹底して護衛するだろう。
しかし、帰るわけにはいかない。自分はまだ何もやっていないからだ。
ビリーを退けたのは自分だが、それもフィアとレナの力があってこそだったし、最後に彼を討ったのはリールラだ。
「無能王子」の汚名を覆すほどの武勲にはならない。
それどころか、護衛におんぶにだっこで死にかけながら成したと知られれば、今以上に馬鹿にされるかも知れない。
無能ゆえ一人では何も出来なかったと。
だから、まだ帰らずに誰もが納得して黙るくらいの成果を上げたい。
それに………。
レナのこともある。レイチェルに彼女を守ると約束したし、彼女にも直接そう告げた。
それも自分のことと一緒に果たしたいと考えていた。
思わず食事の手を止めレナを凝視してしまっていた。
それに気付いたレナが、さっと視線をそらし俯く。
「……………」
ウィルはレナに声をかけようとして何も言えずに黙った。
戦いが終わってからのレナは少し様子がおかしかった。
こうしてウィルの横にはいても、前のように身体を必要以上に寄せてくることはなくなったし、笑顔を見せながら顔をやたらと近づけてくることもない。
こうして目が合うと、顔を赤くして視線をそらすのだ。
何か起こらせてしまうようなことをしてしまったのだろうか?
そう思ったが、心当たりが全くない。こんなときどうしたらいいのかよく分からなかった。
同年代の少女でまともに接したことがあるのは、双子の妹と、二つ下の妹ぐらいだ。
二人なら怒らせて機嫌が悪くなっても、自分の分の食後のデザートでもあげればある程度機嫌は良くなるのだが………。
今、自分の目の前には食べかけのパンと、飲みかけのスープと水しかない。
手の打ちようが全くなかった。
一方、レナはレナで自分の気持ちに戸惑っていた。
あの求婚の後からウィルの事をまともに見ることが出来ない。
彼を見ると胸が高なり、顔が熱くなる。
改めてみるとウィルは今まで見てきた同世代の男たちと比べると容姿は良かった。
艶のある神秘的な黒髪に同じような黒い瞳。整った顔は黙っていると凛々しく、爽やかさもあり、微笑むと抜群に優しい。
ちくしょう………! 格好いいじゃねえか!
レナは俯きながら毒づいた。見れば見るほど非の打ち所がない。しかも、人前で大胆に告白する気持ちの強さも実に魅力的だ。
そういえば自分のことも身を呈して庇ってくれた。
暗殺者の刃に躊躇うことなく腕を投げたしたのだ。
勇気もある。完璧だ………。
まるでおとぎ話に出てくるお姫様を守る王子さまの様だとレナは思った。
それは比喩であったが、図らずもある意味比喩になっていなかった。ただそれはまだレナが知らないことであった。
顔の火照りは治まらない。
向かいのディッツはとっくに食事を終えていた。彼にはここの食堂の量は少なすぎた、食べ終わるのもあっという間だった。
食べるのを終えると頬杖をついて向かいのウィルとレナを観察していた。
二人よりも年長のディッツは二人が何を考えているのか大体の察しはついていた。
年頃の男女だし、そういうこともあるだろうとは思う。
だが、片方はこの国の王子で、その相手が詐欺師の不良神官というのはいただけない。
不毛かつ、危険なことになるのではないかいう不安と心配が尽きない。
そういった関係にならないようにしたいところだが………。
ディッツは隣で何やらキラキラしているフィアを見た。
勿論本当に光っているわけではないが、ウィルとレナを見るフィアの顔と雰囲気は光輝いて見えた。
ディッツと同じく早々に食事を終えたフィアはまるで祈るように胸の前で手を組んで二人をキラキラした目で見つめている。
フィアは男女の恋物語に飢えていた。レイチェルの元で幼い頃から修行を重ね、話す相手と言えば同じ門下の少女たちだけ。
魔法を扱う魔導士や神官は女性の比率が高いこともあるが、レイチェルが男性を弟子にしなかったからだ。
男と女の話など物語の中と、皆で語り合う空想の中にしかには無かったのである。
しかし今、自分の目の前に恋い焦がれ憧れ、空想を膨らませ、女友達と語り合った恋物語が目の前にある。
絶対にこの恋は実らせる………!
フィアはそう決意して、隣のディッツはその分かりやすい表情からそのフィアの決意を感じ取った。
苦虫を噛み潰したような顔で三人を見回している。
何あれ………?
二階から下りてきたリールラは狭い店内の一つのテーブルに座る奇妙な一行を見咎め首をかしげた。
ウィルは困ったようにレナを見て、レナは顔を赤らめながら俯き、その二人を向かいから輝く表情でフィアが見つめていて、そのフィア達を眉間に皺を寄せたディッツが見ている。
奇妙奇天烈な様子に、近づくことを一瞬ためらったが、その四人の歳を足したくらいの間を生きている年長のリールラは、長年の経験から冷静で沈着だった。
その光景を見て見ぬふりをすることにして、疑問は頭の片隅に追いやってテーブルに近づいていった。
ウィルは近づいてきた精霊騎士にすぐ気がついた。
リールラは何事もなかったように自分のために用意されているパンとスープの皿の前に座る。
「どうだった………?」
そう聞いてしまってから、レナの事を思い出す。彼女にはまだ自分達の素性を知られないようにしていた。
彼女のいる場所で城からの話をするべきではなかった、と思わず口を押さえる。
何事かと俯いていたレナが顔を上げた。まだ、ほんのりと頬が赤い。
リールラはその辺は流石に心得ていた。
レナにウィルの挙動のおかしさを悟られないようにすぐに説明をしてくれた。
「ええ、精霊に周囲を丹念に調べました。怪しい人間はいないようです。明日にでも予定通りデジマに向かいましょう」
リールラのその言葉にウィル、ディッツが驚いた。
精霊に周囲を調べさせたというのは、ウィルの質問を誤魔化すための方便だ。
大事なのはそこではなく、デジマに向かうと彼女が言ったことだ。
つまり、リールラの報告を聞いた向こうの判断は出国を許可するという、非常事態でも有り得なさそうなものだったということだった。
「本当に問題ないんですかね?」
ディッツの言葉は無論、暗殺者に対する危険以上に、キサラギを出ていいのか?という確認だ。
「ええ、出来るだけ早く向かいましょう」
リールラの報告を聞いたカズマの命令は、ウルセトに向かうつもりであるならば、可能な限り早くそこへ避難するように、だった。
城の中で何人いるかもわからない暗殺者からウィルを守る自信が全くない、とまで言われてしまった。
かと言ってキサラギに留まればまた暗殺者が送られるかもしれない。
そうなるくらいならキサラギを出てくれた方が安全かもしれないとのことだった。
ウィルもリールラの言葉からウルセト行きを許可されたことを理解した。
もしかしたら最悪、リールラ達と別れてでも旅を続けることを覚悟していたので、安心した。
精霊騎士に拳闘士、魔導士に神官という、接近戦も、遠距離戦もこなせるバランスのいいパーティだ。
そこに剣士の自分が加われば完璧になる。
自分が中心となり、父親達と同じような武勲をあげ、自分こそが勇者の再来と呼ばれるようにる。
それこそが旅に出た目的だ。この面子であればそれが叶うかもしれない。
ウィルは興奮で熱くなるのを押さえられなくなった。
もしかしたら、レナと出会ったり、レイチェルによってフィアが連れられてきたのも運命かもしれない。
このパーティで両親のように冒険をし、偉業を成し遂げるようにと神が与えてくれたチャンスだ。
ウィルはそっと腰に携えている剣の柄に手をやった。
ウィルが成人した際に父から贈られた名剣だ。稀少な金属を材料に、魔法も付与されて並の剣であれば簡単に両断出来る切れ味を誇る。
誰でも手にすることが出来るような剣ではない。
だが、ウィルはその事を嬉しく思ったことはない。この剣はただ自分が国王の息子だったから貰えただけと思っているから。
自分が本当に欲しかった聖剣ファルシオンは双子の妹が受け継いでしまった。
勇者の再来と呼ばれているのも今は妹だ。
だが、ウィルが大きな武勲を手にすれば、それはウィルのものになる。
妹も聖剣こそ受け継いだが、武勲らしい武勲を挙げているわけではない。
これからだ。自分はまだこれからなのだ。今までは不遇の時を過ごしてきたが、この旅でそれが報われるのだ。
がたっ、と勢いよくウィルは立ち上がった。他の皆がどうしたのかと見上げてくる。
その彼等にウィルは宣言した。
「僕はこの旅で絶対に大きな男になって見せる!」
自信と決意に満ちた表情ではあった。言っていることも立派と言えないこともない。
ただ、リールラは思ったのは、思春期のくらいの人間の男の子は突然こういうこと言い出す人がいるな、ということだった。
ディッツは思った。うちの王子はたまに恥ずかしくなることを言うな、とこの前のレナに対する求婚もどきを思い出した。
フィアは食堂を見回した。他に人がいなくて良かった、と心から安心した。
突拍子もないウィルの行動にさっきまでも妄想は頭から吹き飛び、冷静になっている。
レナは呆然とウィルを見つめていた。
す………素敵すぎる………!
もうレナはウィルが何をやっても、言っても格好よく見えていた。
不良神官の少女の神官は人生初めての恋をしていた。
その恋が自分の人生を大きく狂わせていくことを彼女はまだ知る由もなかった。
ウィル達はそこから少し離れた小さな街に滞在していた。
目的地の南の港町、デジマはここから徒歩で一週間程の所にある。
ウィル達は戦闘で汚れたウィルとフィアの服を買うためと、リールラの契約精霊を使って城と連絡をとるために、一時滞在することにした。
ここからキサラギの都、トーキョーまでの距離だと精霊は往復に一週間位かかると思われる。
そして、推測通りつい先程精霊が帰ってきた。
リールラは滞在している二階建ての宿屋の部屋で精霊を迎えた。
部屋には彼女しかいない。ウィル達は昼食のため一階の食堂にいる。
ウィルを連れて帰ってくるように、と命令されるだろうとリールラは思っていた。
今回の事態を鑑みれば、やはり一国の王子がわずかな供と旅をするなど危険極まりない。
しかし、手のひらに乗れるくらいの小さな人の姿をした精霊が持って帰った伝言は、リールラの予想を裏切った。
固いパンと、具の少ないスープ。もう数日こんな感じの料理が続いている。
はっきりいって味はそんなに美味しいものではない。
特に城の生活でキサラギ料理に慣れしたんだウィルには、一般的であるはずのこの料理は口に合わなかった。
パンをちぎり、スープに浸して食べる。少しは食べやすくなる。
ウィルの隣に座っているレナは、ウィル程は食事に不満はない。
彼女はキサラギ料理の方が馴染みはない。このような料理の方が当たり前だった。
二人の向かいにはディッツとフィアが黙々と食事をしている。
空いた場所にはまだ二階にいるリールラの分が置いてあった。
味気のない固いパンを、スープと少し割高な水で流し込みながらウィルはこれからのことを考える。
この街に入る前にリールラをから城へ連絡すると言われていた。
帰るように言われるだろうか。いや、恐らくそうなる。
また、暗殺者が差し向けられたらと考えれば、母なら城にウィルを戻し、徹底して護衛するだろう。
しかし、帰るわけにはいかない。自分はまだ何もやっていないからだ。
ビリーを退けたのは自分だが、それもフィアとレナの力があってこそだったし、最後に彼を討ったのはリールラだ。
「無能王子」の汚名を覆すほどの武勲にはならない。
それどころか、護衛におんぶにだっこで死にかけながら成したと知られれば、今以上に馬鹿にされるかも知れない。
無能ゆえ一人では何も出来なかったと。
だから、まだ帰らずに誰もが納得して黙るくらいの成果を上げたい。
それに………。
レナのこともある。レイチェルに彼女を守ると約束したし、彼女にも直接そう告げた。
それも自分のことと一緒に果たしたいと考えていた。
思わず食事の手を止めレナを凝視してしまっていた。
それに気付いたレナが、さっと視線をそらし俯く。
「……………」
ウィルはレナに声をかけようとして何も言えずに黙った。
戦いが終わってからのレナは少し様子がおかしかった。
こうしてウィルの横にはいても、前のように身体を必要以上に寄せてくることはなくなったし、笑顔を見せながら顔をやたらと近づけてくることもない。
こうして目が合うと、顔を赤くして視線をそらすのだ。
何か起こらせてしまうようなことをしてしまったのだろうか?
そう思ったが、心当たりが全くない。こんなときどうしたらいいのかよく分からなかった。
同年代の少女でまともに接したことがあるのは、双子の妹と、二つ下の妹ぐらいだ。
二人なら怒らせて機嫌が悪くなっても、自分の分の食後のデザートでもあげればある程度機嫌は良くなるのだが………。
今、自分の目の前には食べかけのパンと、飲みかけのスープと水しかない。
手の打ちようが全くなかった。
一方、レナはレナで自分の気持ちに戸惑っていた。
あの求婚の後からウィルの事をまともに見ることが出来ない。
彼を見ると胸が高なり、顔が熱くなる。
改めてみるとウィルは今まで見てきた同世代の男たちと比べると容姿は良かった。
艶のある神秘的な黒髪に同じような黒い瞳。整った顔は黙っていると凛々しく、爽やかさもあり、微笑むと抜群に優しい。
ちくしょう………! 格好いいじゃねえか!
レナは俯きながら毒づいた。見れば見るほど非の打ち所がない。しかも、人前で大胆に告白する気持ちの強さも実に魅力的だ。
そういえば自分のことも身を呈して庇ってくれた。
暗殺者の刃に躊躇うことなく腕を投げたしたのだ。
勇気もある。完璧だ………。
まるでおとぎ話に出てくるお姫様を守る王子さまの様だとレナは思った。
それは比喩であったが、図らずもある意味比喩になっていなかった。ただそれはまだレナが知らないことであった。
顔の火照りは治まらない。
向かいのディッツはとっくに食事を終えていた。彼にはここの食堂の量は少なすぎた、食べ終わるのもあっという間だった。
食べるのを終えると頬杖をついて向かいのウィルとレナを観察していた。
二人よりも年長のディッツは二人が何を考えているのか大体の察しはついていた。
年頃の男女だし、そういうこともあるだろうとは思う。
だが、片方はこの国の王子で、その相手が詐欺師の不良神官というのはいただけない。
不毛かつ、危険なことになるのではないかいう不安と心配が尽きない。
そういった関係にならないようにしたいところだが………。
ディッツは隣で何やらキラキラしているフィアを見た。
勿論本当に光っているわけではないが、ウィルとレナを見るフィアの顔と雰囲気は光輝いて見えた。
ディッツと同じく早々に食事を終えたフィアはまるで祈るように胸の前で手を組んで二人をキラキラした目で見つめている。
フィアは男女の恋物語に飢えていた。レイチェルの元で幼い頃から修行を重ね、話す相手と言えば同じ門下の少女たちだけ。
魔法を扱う魔導士や神官は女性の比率が高いこともあるが、レイチェルが男性を弟子にしなかったからだ。
男と女の話など物語の中と、皆で語り合う空想の中にしかには無かったのである。
しかし今、自分の目の前に恋い焦がれ憧れ、空想を膨らませ、女友達と語り合った恋物語が目の前にある。
絶対にこの恋は実らせる………!
フィアはそう決意して、隣のディッツはその分かりやすい表情からそのフィアの決意を感じ取った。
苦虫を噛み潰したような顔で三人を見回している。
何あれ………?
二階から下りてきたリールラは狭い店内の一つのテーブルに座る奇妙な一行を見咎め首をかしげた。
ウィルは困ったようにレナを見て、レナは顔を赤らめながら俯き、その二人を向かいから輝く表情でフィアが見つめていて、そのフィア達を眉間に皺を寄せたディッツが見ている。
奇妙奇天烈な様子に、近づくことを一瞬ためらったが、その四人の歳を足したくらいの間を生きている年長のリールラは、長年の経験から冷静で沈着だった。
その光景を見て見ぬふりをすることにして、疑問は頭の片隅に追いやってテーブルに近づいていった。
ウィルは近づいてきた精霊騎士にすぐ気がついた。
リールラは何事もなかったように自分のために用意されているパンとスープの皿の前に座る。
「どうだった………?」
そう聞いてしまってから、レナの事を思い出す。彼女にはまだ自分達の素性を知られないようにしていた。
彼女のいる場所で城からの話をするべきではなかった、と思わず口を押さえる。
何事かと俯いていたレナが顔を上げた。まだ、ほんのりと頬が赤い。
リールラはその辺は流石に心得ていた。
レナにウィルの挙動のおかしさを悟られないようにすぐに説明をしてくれた。
「ええ、精霊に周囲を丹念に調べました。怪しい人間はいないようです。明日にでも予定通りデジマに向かいましょう」
リールラのその言葉にウィル、ディッツが驚いた。
精霊に周囲を調べさせたというのは、ウィルの質問を誤魔化すための方便だ。
大事なのはそこではなく、デジマに向かうと彼女が言ったことだ。
つまり、リールラの報告を聞いた向こうの判断は出国を許可するという、非常事態でも有り得なさそうなものだったということだった。
「本当に問題ないんですかね?」
ディッツの言葉は無論、暗殺者に対する危険以上に、キサラギを出ていいのか?という確認だ。
「ええ、出来るだけ早く向かいましょう」
リールラの報告を聞いたカズマの命令は、ウルセトに向かうつもりであるならば、可能な限り早くそこへ避難するように、だった。
城の中で何人いるかもわからない暗殺者からウィルを守る自信が全くない、とまで言われてしまった。
かと言ってキサラギに留まればまた暗殺者が送られるかもしれない。
そうなるくらいならキサラギを出てくれた方が安全かもしれないとのことだった。
ウィルもリールラの言葉からウルセト行きを許可されたことを理解した。
もしかしたら最悪、リールラ達と別れてでも旅を続けることを覚悟していたので、安心した。
精霊騎士に拳闘士、魔導士に神官という、接近戦も、遠距離戦もこなせるバランスのいいパーティだ。
そこに剣士の自分が加われば完璧になる。
自分が中心となり、父親達と同じような武勲をあげ、自分こそが勇者の再来と呼ばれるようにる。
それこそが旅に出た目的だ。この面子であればそれが叶うかもしれない。
ウィルは興奮で熱くなるのを押さえられなくなった。
もしかしたら、レナと出会ったり、レイチェルによってフィアが連れられてきたのも運命かもしれない。
このパーティで両親のように冒険をし、偉業を成し遂げるようにと神が与えてくれたチャンスだ。
ウィルはそっと腰に携えている剣の柄に手をやった。
ウィルが成人した際に父から贈られた名剣だ。稀少な金属を材料に、魔法も付与されて並の剣であれば簡単に両断出来る切れ味を誇る。
誰でも手にすることが出来るような剣ではない。
だが、ウィルはその事を嬉しく思ったことはない。この剣はただ自分が国王の息子だったから貰えただけと思っているから。
自分が本当に欲しかった聖剣ファルシオンは双子の妹が受け継いでしまった。
勇者の再来と呼ばれているのも今は妹だ。
だが、ウィルが大きな武勲を手にすれば、それはウィルのものになる。
妹も聖剣こそ受け継いだが、武勲らしい武勲を挙げているわけではない。
これからだ。自分はまだこれからなのだ。今までは不遇の時を過ごしてきたが、この旅でそれが報われるのだ。
がたっ、と勢いよくウィルは立ち上がった。他の皆がどうしたのかと見上げてくる。
その彼等にウィルは宣言した。
「僕はこの旅で絶対に大きな男になって見せる!」
自信と決意に満ちた表情ではあった。言っていることも立派と言えないこともない。
ただ、リールラは思ったのは、思春期のくらいの人間の男の子は突然こういうこと言い出す人がいるな、ということだった。
ディッツは思った。うちの王子はたまに恥ずかしくなることを言うな、とこの前のレナに対する求婚もどきを思い出した。
フィアは食堂を見回した。他に人がいなくて良かった、と心から安心した。
突拍子もないウィルの行動にさっきまでも妄想は頭から吹き飛び、冷静になっている。
レナは呆然とウィルを見つめていた。
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