無能王子の冒険譚

エムックス

12 君といつまでも

終わった………。

木に背をもたれさせ、両足を投げ出すように座り込んだままウィルはぼんやりとしていた。
ビリーに刺された右腕をレナが治してくれている。
フィアは燃え広がった林の消火活動を魔法で行っているので、姿は見えない。

光に包まれた自分の腕をただ見つめながらウィルは戦いを思い出していた。
ベラ達が死人となって襲ってきて、それを倒すと、死人と思っていたビリーが生きていて自分達な襲いかかってきた。

視線を落とすと胸は真っ赤な血で濡れている。
死にかけたのだ。
生き残ったのはレナとフィアのお陰だった。二人がいなければ自分などビリーに手も足も出ずに殺されていただろう。

そのビリーは先程死体となって戻ってきた。リールラとディッツが運んできたのだ。
手負いのビリーにとどめを刺したのだろう。自分がしなかった、出来なかったことを二人はやってくれた。

そして、二人はもう一つ死体を運んできていた。
その死体を見たウィルは、リールラ達と同じ理由で驚いた。

二人とは違い、口から血を吐き、浅黒くなった顔に見覚えはなかった。
ただ、その服には見覚えがあった。城で働く者に支給される服だ。

戻ってきたとき二人は死んでいるもう一人の中年男を「死霊使いネクロマンサー」だと説明した。

その時にようやくおぼろげではあるが、ウィルも今回の襲撃の全容を把握しつつあった。
狙われたのは恐らく自分だ。何者かの命を受けた二人が刺客となって襲ってきた。
そういうことだ。

彼等は今、ベラとモルドーと共にリールラが道の端に土の精霊に呼び掛け、掘られた穴に埋められている。

何故、僕を襲った?

理由がわからなかった。二人が突発的に殺しに来たことはないだろう。命令した人間がいるはずだ。
まず間違いなく城の中に。そうでなければ、雇われた城下の人間と、王妃の直属の部下を動かすことは不可能だ。

「終わったわよ」
レナの声に答えの出ない考えを止めた。情報が少なすぎる。
不安はあったが、レナに笑顔を見せる。
「助かったよ。君のお陰で死なずに済んだ」
「特別手当………頂戴ちょうだいね」

少しムッとした表情を見る限り、軽口ではなく本気の要求なのだと察したウィルは頷いた。
「そうだね、二人と相談して案内料に上乗せするよ」
レナはその答えに満足したのか、笑顔を見せた。

笑うと可愛いんだけどなぁ………。

しかし、金銭に対する強い執着を感じる。神官であればそれほど困るものでもないだろうに、どうしてだろうか。

先程までとは別の疑問がわいてくる。
彼女の神聖魔法はかなりのものだ。
数少ない大神官と呼ばれる人達とひけをとらない、凄いものだった。

刺されて短剣が貫通した腕も簡単に治してしまった。
これほどの力を持っているなら若くてもそれなりの地位にいてもおかしくはない。お金の心配なんか要らないように思える。


「それで、一体どういう事態なのかしら?」
笑顔からまた表情を曇らせたレナが尋ねてくる。
ウィルは首を振る。
「ごめん。僕にも何が何だかわからない。どうして襲われたのかも」
相手の素性を知っていること以外は嘘ではない。
何故、彼等が、誰の命令で自分達を殺しに来たのかはこっちが知りたいくらいだとウィルは思った。

それとも、リールラ達なら何かわかっているのだろうか?
もしかしたら自分達のいないところでどちらからか話を聞けたのかもしれない。

ただ、レナのいる前では詳しくは話せない。後から機会をみて話そうとウィルは決めた。

黙りこんだウィルをレナは胡乱うろんな瞳で見つめていた。
とんでもない戦いに巻き込まれた。

彼女が考えているのは、これからどうするかだ。
金回りが良さそうなので案内を買って出たが、予想もしない危険な事態な巻き込まれた。
このまま着いていけば今回以上に危険なことが待っているかもしれない。

金と命を天秤にかけるなら当然命に傾く。ここでこれまでの料金を貰って別れるのが一番だと思う。

だが……。

レナは埋葬を終えて歩いてくるリールラとディッツ、消火を終えて林から姿を現したフィアを見た。

この三人は只者ではない。人前に姿を見せること自体が珍しいハーフエルフの精霊騎士。
ここキサラギでは見かけることのはない拳闘士。
極めつけは尋常ではない力を持った魔導士。

護衛として雇われた冒険者だというが、冒険者としては規格外過ぎる。特にフィアは大貴族が大金を積んでも雇いたいと思うくらいの実力だ。
こんなのがそこらをうろついていたら、すぐに噂になり、そういった者達が黙ってはいないのではないか。

仮に彼等が冒険者という立場に拘りがあったとしても、それならば何故、商人なんかに雇われることを受け入れるのか。
その話に乗るくらいの人間なら、とっくにどこかの貴族に自分達を売り込みにでも行っているだろう。護衛よりもずっと大金を得られる。

レナはウィルを見る。ウィルはそんなレナを不思議そうに見返してくる。
朴訥ぼくとつでいかにも純情そうな少年だ。年の頃は去年成人したばかりの自分より少し上くらいか。
その珍しい黒髪を除けばどこにでもいそうだし、世間知らずな商人の子供には見える。

だが、只者ではない三人が護衛するウィルこそ、彼等よりももっと只者ではないのではないかとレナは推測した。
商人の息子ではない。恐らくはどこかの貴族の子息なのだ。
旅に出るのを許されているなら、三男というのは本当かもしれない。もしくは妾腹しょうふくの子ということもある。

家を出ても大きな問題にはならない。だが、万が一にも死ぬようなことがないように、金に糸目をつけず一流の護衛を雇った、もしくは王家に連なる家系であるならそちらに働きかけ、手練れを送ってもらった
というのがありそうな話だ。

もしそうなら……もしそうであれば、かなりの金を手に入れられるチャンスかもしれない。
どんな豪商よりも、これだけの実力者たちを雇える貴族なら、相当な金を融通できるはず。

幸いに今の自分達はバランスの取れたパーティになっている。上手く連携すれば余程の相手でもなければ撃退は出来る気がする。
天秤を金に傾けてもそれほど楽観的でもないように思えた。

ならば……。

レナはにたり、と笑った。さっきの可愛らしい笑顔ではなく、欲が顔に浮かんだ邪悪なものだった。

「レナ………?」
ウィルは長い間考え込むように黙ったかと思うと急ににやにやし始めたレナにうすら寒いものを感じながらも声をかける。
レナはぱっとまた可愛い笑顔をすると、
「わかったわ、そうであれば仕方ないものね」
と答えた。うって変わって晴々とした笑顔だ。

「ウィルさん」
リールラが「うふふ、うふふ」と不気味に笑い続けるレナを気味悪そうに眺めながら声をかけてくる。
「取り敢えずはここは片付きましたから、移動しましょう」
「そうだね」
「お二人の服もどこかで買わないと行けませんしね」
ディッツも笑い続けるレナを胡散臭そうに見つめていた。彼女の神官服はウィルの血がついていたはずだが、今は元通り綺麗になっている。

浄化の神聖魔法で血痕を消したのだ。ウィルとフィアのは血の跡は消せても短剣で空けられた穴はどうしようもない。
裁縫道具など持ち合わせはない。買った方が良かった。

「腹も減ったなー、どこかに街かなんかあっかな?」
ディッツが地図を取りだし広げる。現在地はオーサカとデシマの中間辺りだ。
直進する先には大きな街はなかった。買い物が出来るような所は少し外れだ。ウィルにそれを伝える。

「じゃあ、そこに寄ろう、近いのかい?」
ウィルの問いにディッツが地図を見たまま答えた。
「昼飯抜きで歩いても大丈夫なくらいのところには」
「………そう」
ならば、服を買うならどうせなら食事もそこで済ませば良いと考える。
手持ちはあまり美味しくない保存食だけだ。

「でも、また襲われたりしませんか?」
そう言ったのは泣きそうな顔のフィアだ。彼女の不安も最もだったが、リールラは心配ないと言うように横に振った。

「街に入れば多分大丈夫よ。外は危険かもしれないから、これから先は注意深く行きましょう」
「街だと何で大丈夫ってわかるの?」
今度はレナが質問する。

「経験ね。あいつらのような輩は人が多いところでは仕事はしないわ」
リールラは平然と嘘をついた。本当はもし同じ相手から暗殺者が仕向けられるとしたら、誰かに目撃される可能性の高い町や村など人のいるところを避けると思ったからだ。

城に勤めている人間なら顔を見られれば二度と戻れなくなる。無論、一回限りで使い捨てのように城に戻らないことを前提で仕掛けてくるかもかも知れないが。

そこはもう考えすぎればこちらが何も出来なくなる。
ある程度は割り切らなくてはならない。

レナはリールラの答えを不審に思ったようだが、それ以上は何も言わず、軽く肩をすくめた。

座り込むウィルにリールラが手を伸ばしてきた。ウィルはリールラの手を握り、引っ張られながら立ち上がる。

「じゃあ、行きましょう」
リールラはウィルの手を握ったまま三人に言った。こういうとき必ずウィルの横を確保するレナが何か言いたそうにしたが、やはり黙っている。
ウィルは歩き始めたリールラの横顔を見た。

エルフらしく硬質で、人間らしい柔和さのある美しく整った顔に、神秘的な銀色の髪。
いつ見ても美しいと思う。

そんなリールラに見惚れていると、前を向いたまま彼女が口を開いた。
「御無事で何よりでした。胸の血を見たときは肝が冷えました」
臣下として王子を心底案じていたと感じられる声色だった。
後ろに聞こえないように気遣っているのもあるだろうが、いつもハキハキと喋る彼女らしからぬ、落ち込んだ様子がわかった。

ぎゅっ、とウィルの手を握る力が増した。
ウィルはその彼女の気遣いを嬉しく感じ、生き残った事を初めて嬉しく思った。さっきまではそんな余裕すらなかった。
リールラの手の柔らかさと暖かさが自分を落ち着かせてくれたのだと気付いた。

「フィアとレナのお陰で死なずに済んだよ」
ちらりと後ろに目をやる。
フィアは相変わらず気弱そうな顔をしている。レナはウィルと目が合うとにこっと笑った。
リールラも二人を後ろ目で見ていた。

「フィアは流石にレイチェル様が連れてきただけのことはあるようですね」
モルドーを焼いた魔法は凄まじいものがあった。
それに、ディッツとこの場を離れてから三人がビリーと渡り合えたのも彼女の魔法があったからだろうと思った。

しかし、三人が生き延びたのはフィアの力だけではなかった。
塞がってはいたが、リールラはウィルとフィアの刺された場所を見て無事であることに驚いていた。

刺された場所と血の跡からして致命傷だと察しがつく。しかし、レナの治癒の奇跡はその傷を癒し、それだけでなく失った血すらも作り補ったのだ。
二人とも大量に出血したとは思えないしっかりとした足取りで歩いている。

力だけで言えば、大神官や司祭に並ぶほどだろう。
こんなところをウロウロしていい存在ではない。

だからこそ、リールラはレナを危険に思う。明らかに金が目的で自分達についてきている詐欺師紛いの神官。
ただ、その行動と持っている神の奇跡の力の大きさがそぐわない。

こんな力を待っているなら、教団内での立場も安泰のはすで、詐欺を働いて金を稼ぐなんて事をせずにも生きていくのに困ることはないはずだ。

自分達も訳ありだが、レナもかなりの秘密を持った訳ありだと想像できる。
暗殺者がまた来るかもしれない。その時に彼女は今回のように力になってくれるとは限らない。
信用がおけない。
内憂ないゆうを抱えたまま暗殺者を迎え撃つという事態になることは避けたかった。
だからウィルにこう提案した。

「ウィル様。次の街で彼女と別れませんか?」

「駄目だ」

もしリールラやディッツがそのようなことを言ってきたら、こう答えるのだと決めていたかのようにその言葉が出た。
自分でも驚いたが、ウィルはレナと別れる気はなかった。

即答されたリールラは戸惑いながらも続ける。
「ウルセト語の通訳でしたらデジマに誰かしらいると思います、そこで新たに案内役を雇い直しましょう」
リールラは次の町で買い物がてら城にいるアリィに精霊で連絡を取るつもりだった。もしかしたらそこで向こうからは帰るように言われるかもしれないと考えていたが、今はそれを言わなかった。

「殿下、彼女は信用………」
出来ません、と言おうとして口を閉じる。ウィルが普段見せないような厳しい顔をしているに気付いたからだ。

その表情を崩さぬままウィルは言った。

「リールラ………お前たち二人が彼女を危険に思っているのは何となくわかる。それ故に僕から遠ざけようも今の提案をしたのもな」
「でしたら………」
尚も食い下がるリールラを睨み付けるとリールラは再び黙りこむ。
「彼女を信頼して守ると決めた。だから彼女が自分の意思で僕たちから離れない限りは僕は彼女を見捨てない」

見捨てない、とは実に奇妙な言葉だとリールラは思った。どちらかと言えば何かあればレナの方が自分達を見捨てて逃げ出しそうな気がする。

しかし、そう言うウィルの瞳は強い決意に満ちている。
彼は自分とは何か違うものをレナに見ているのだろうか。
リールラは何故かそのウィルに若き日の君主、カズマを思い出した。

どこか軽薄さを感じさせるカズマだが、いざとなると芯の強さとその意志の輝きを瞳に宿らせていた。
この人についていこう。
そんな気にさせてくれる不思議な魅力があった。
若い頃のカズマに瓜二つの容姿も相まって、今のウィルに同じ物を感じる。

「承知いたしました」
レナの事は信じられない。だが、ウィルは信じられる。リールラはそう思った。
「でも私たちの最優先事項は御身の安全です、それだけは譲りません」
「………わかった」
仕方ない、という風にウィルは頷いたを彼女たちは父の命令で動いている。そこはウィルも弁えていた。

「よし、なら一度はっきりとさせとかないとな」
そう思うと晴れやかな気持ちになる。ウィルは立ち止まり、振り返る。
後ろのレナ達が何事かと立ち止まった。

ウィルはリールラから手を離すとレナの前に歩いていく。
そして、キョトンとしていたレナの手を取って、その白く美しい手を優しく両手で包むようにした。

「な、何………?」
戸惑うレナにウィルは真剣な顔で宣言した。

「レナ!君の事は僕が守る。だからずっと側にいてくれ!」

リールラは右手で目を覆うようにして天を仰いだ。

そうだ、同じだ。カズマもこうやって周りの女性と接していた。
自分と出会う前、エリスやレイチェル達と旅をしている頃からそうだったらしい。

その言動で幾人もの女性が勘違いをした。その最もたるのが、エリスとレイチェルだ。
レイチェルが城を出たのは恋敵として二人の関係が悪化したからに他ならない。

こういうところは似なくていいのに。

リールラはつくづくそう思った。

ディッツは突然のウィルの告白にあんぐりと口を大きく開けて呆然としている。
フィアは両手で頬を押さえながら何故か嬉しそうにウィルとレナを交互に見ている。

当のレナはその場にいる誰もが初めて見る顔をしていた。
神官の凛とした顔でもなく、詐欺師の邪な笑みでもない。

年相応の少女の顔だ。

突然の求婚プロポーズの言葉に顔を真っ赤にして自分を見つめているウィルに熱い視線を返している。

リールラは前言を撤回してやっぱりレナと別れてデジマで通訳を雇いましょうと、もう一度提案しようかと本気で悩んだ。

二人はしばらく手を取り合い見つめあっていた。












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