無能王子の冒険譚

エムックス

11 死闘の決着

レナは戦いが始まってから混乱と驚きが入り交じって頭が混乱してきた。

だから、あのお人好しのお坊っちゃんを助ける気になったのだと自分に言い訳をした。

でなければ、金蔓かねづるを無くすことをおそれているだけだ。

フィアが頷くのを合図にウィルのもとへと駆け出す。
横目に見ると、無数の氷の矢と、人の頭より少し小さいくらいの火の玉がビリーに向かって飛んでいく。

「……………!?」

走りながらではあるが思わずフィアを振り返った。
魔法の杖を振るフィアの頭上から氷の矢が直線的に、火の玉が曲線的な軌道を描いてビリーを襲う。

詠唱もない上に、二つの魔法を同時に発動させている……!?

衝撃的だった。無詠唱ノンスペルと二つの魔法の同時発動。そのどちらか片方でも出来るのは一握りの魔導士くらいだろう。
それを一緒にやってのけるなど、そんな魔導士は聞いたこともない。

いや、一人だけいる。

大魔導と呼ばれた英雄のレイチェルである。
レナは昨夜会ったおっとりとした淑やかな魔導士、リルムを思い出した。

まさか?

だが、一先ひとまず、驚きと疑問は後回しにする。今にも倒れそうなウィルの所へたどり着くと、彼の体を支える。

白い神官服に血がベッタリと付いたがそれも後回しだ。
ウィルは彼を抱くような形になったレナに何かを言おうとして、また血を吐いた。

「横になって……!」

レナはウィルを抱いたまま、腰を下ろす。ふにゃっ、とウィルの体から力が抜け、少し強い勢いで地面に横たわった。
レナはフィアにしたように錫杖しゃくじょうを構える。
すぐに二人を金色に光る沢山の小さな粒子が包んだ。

ウィルは光に包まれながら、神に祈りを捧げるように目をつぶるレナを見上げていた。
必死に彼女に呼び掛けようとするが声にならない。

逃げてくれ……僕はもう助からない。

神聖魔法による治癒は万能ではない。傷が深ければ助からないことも珍しいことではない。傷が塞がったとしても大量に失血すれば人は死ぬのだ。
そんな自分など置いて二人で逃げてるべきだと思った。

胸の痛みがどんどん消えていく。血を失いすぎて感覚が無くなってきたのだろう。
その内意識も途切れ、絶命するのだろう。
ウィルはゆっくりと目をつぶる。なにも考えられない。

人は死の直前、それまでの人生を走馬灯のように振り返ると言うがそうではないらしい。
ただ、無念さだけがあった。英雄となることが出来ずに死ぬことに対して。

痛みは全くなくなった。息苦しさも。
どうやら自分は黄泉の国へと旅だったらしい。

パチンと、両頬が叩かれた。はっ、と目を開ける。
レナがほっとしたように見下ろしている。彼女が両手で頬を挟むようにしている。

「終わったわよ」

その言葉に体を起こす。思って以上に力を入れられることに驚く。
そして、自分の胸を触る。右手を血が濡らすが、痛みは全くない。

「え?」

ウィルは呆然と自分の体をまさぐるのだった。
そういえばフィアの傷もかなり出血していたのに彼女は今はピンピンして魔法を撃ちまくっている。
レナの治癒の奇跡は人の血をも作り出すというのか。

そんなことを出来る神官をウィルは一人しか知らない。


一体、何だと言うのだ……!?

フィアの魔法からたまらず林の中に逃げ込んだビリーは舌打ちをした。
周りの木や草が燃え始めている。どうやらあの魔導士が生み出したあらたな魔法の炎はモルドーを焼き付きしたものとは違い、今度は人以外の物も燃やすらしい。

やむを得ず、林の奥へと更に身を隠す。

計算違いに焦りが生まれる。あまり時間をかけると、リールラとデイッツが戻ってきてしまう。
その二人とあの魔導士を同時に相手にするのはかなり厳しい。

それにしても、あの二人は何だ……!

王妃から任務を受けたとき、大魔導レイチェルが関わるかもしれないことは聞いていた。だが、レイチェルはおらず別の魔導士がいた。
レイチェル程の魔導士などそうはいない。手強いかもしれないが、彼女でなければそれほど怖れることはないと思っていた。

しかし、実際にはとんでもない魔力と技をもつ魔導士だった。
これではレイチェルを相手にしているのと変わらないのではないか。

あんな魔導士が何処どこに支えるのでもなく、在野に埋もれていたというのか。

それに、あの神官だ。

そのフィアを回復させた、神聖魔法。これもフィアの魔法並みにあり得なかった。
フィアの傷は間違いなく致命傷だった。背後から肝の臓を刺し貫いたのだ。

肝の臓は血袋と呼ばれるほど血をその中に蓄えている。そこを刺すと大量の血が流れ程なくして命が尽きるのだ。

例え治癒の奇跡を用い、傷が癒えても血が足りず死に至るのだ。

だが、フィアは回復して自分を追い詰めるほど魔法を連発している。とても、死にかけていたとは思えないほどの回復力だ。

王子にも致命傷をあたえたが、あの神官に治されている可能性が高い。

あの神官をまず、排除しなくては。今最も邪魔な存在は情報に全くなかったあの神官だ。

ビリーはその淀んだ瞳に殺意をたぎらせた。


ウィルたちは道の中央に固まっている。まだ横になっているウィルに寄り添うレナに、一旦魔法を撃つのをやめたフィアが合流していた。

「レナさん、凄いですね……」
燃える林の中を警戒しながらフィアがレナに言った。
レナがフィアに驚いたように、フィアもレナに驚いていた。

「まるで大神官セリシア様のようです」
その名はカズマ達とともに英雄として数えれる神官の名。
大陸で知らぬものなどいない。仕える神が違うとしても勿論レナも知っていた。

言われたレナはどこか挑発じみた笑顔で答える。
「貴方も相当ね。まるで大魔導レイチェルのよう………手ほどきでも受けたのかしら?昨日の彼女と一緒に」
その言葉にフィアはギクリとした、そう言えばこの娘には自分達の素性を知られては不味いのだということを思い出した。

「えー……そんなこと……ないですよぉ?独学で学んでいたら……たまたま……出来るようになったんです」
しどろもどろを絵に描いたような答えに、レナはじとっとした半眼で見上げる。

その時、眼前の林からがさり、と大きな音がした。
三人は音のした方向を見る。炎はかなり強くなって壁のように燃え上がっている。
燃えた木が倒れたのか、と思った瞬間、今度は後ろから音がした。

一番初めにその姿を確認したのはウィルだった。
レナの背後、ビリーが姿を消した道の反対側の林から彼は飛び出してきた。

完全に虚を突かれたレナは無防備な姿を晒してしまっている。
そのレナにビリーが逆手に持った短剣を振り下ろした。

「危ない!」
叫ぶと同時にウィルが動いた。レナに振り下ろされる短剣にことなく躊躇ためらうことなく右腕を差し出す。

レナは自分の眼前で差し出された腕から血にまみれた刃が飛び出しているのを見た。
ぽたぽたっと顔に血が垂れて、瞬間頭に血が上った。

「このっ……!!」

錫杖をビリーの頭めがけて横に薙ぎ払う。
ビリーはウィルの腕から短剣を引き抜くと、素早く林へと姿を消した。

「ちょこまかと……!」

レナは舌打ちする。精霊使いのビリーの動きは人間離れしていた。
膂力りょりょくもかなりものだ。人の腕を短剣で容易く貫き、そしてやはり容易く抜いてしまった。

「ぐっ……!」
ウィルは血を流す腕を押さえる。かなり痛い。目の前がチカチカするほどだ。
「ウィル様っ!」
「ウィル!」
二人のこちらを案じる声を刺されてない方の手で遮る。
精一杯の強がりで微笑む。

「大丈夫……それよりもレナ」
「…………何よ?」
「君、守護の神聖魔法は使えるのかい?」
「…………勿論よ」
「じゃあ…………………」
ウィルはある作戦を提案する。レナは正気を疑うような表情を見せた。

「ウィル様、危険です」
フィアは泣きそうになっている。一歩間違えば今度こそ死んでしまうかもしれない。
「上手くいくはすだよ」
自信に満ちた声で二人言う。フィアとレナは思案するように顔を見合せ、

「わかったわ」
レナは守護の奇跡をウィルに行使する。短剣なら防ぐどころか、精霊使いのビリーの力を用いて攻撃してくれば、逆に折るくらいの強度のはずだ。びくともしない。

「でも、本当にいいの?力を集中させれば、そこ以外を刺されたら防げないわよ」
レナの忠告にウィルは右腕の痛みを堪えながら、力強く言った。
「大丈夫。あいつは絶対にここを刺す」


「無能王子めっ……!」
林の中を音もなく走りながらビリーは毒づいた。
仕損じた。しかも、あの王子に邪魔をされるとは屈辱的だった。
「おのれ………!」
もうあまり時間はかけられない。こうなれば多少の危険を侵してでも三人を早目に殺さなければならない。

力の精霊に呼び掛ける。人間の限界ギリギリまで取り込む。
みしみしと音をたてるように身体の筋肉が膨張していく。
肌が赤黒く変色して、血管も無数に浮かび上がる。

動きが更に速くなる。

よし、やってやる。

ビリーは短剣の柄を誤って握り潰さないようにしながら林から道へ飛び出した。

やや離れた位置に三人の姿が見える。ウィルを先頭に魔導士と神官が陣取っている。
神官はウィルの右腕を治療している最中だった。
させるものかと凄まじい速度で三人に駆けていく。
その速さに驚く三人だが、ウィルが剣を構えて飛び出してきた。
ビリーに向けて剣を振り上げる。

馬鹿が……!

先程でも遅すぎるほどに感じたウィルの動きがいまのビリーには一層遅く感じていた。
身体の急所と言う急所ががら空きになっている。

同じ過ちを繰り返すとは、やはり無能か!

先程は致命傷をあたえたが、しくじってはいた。今度は確実に即死させる。そうすればあの神官にもどうしようもあるまい。

にやりと邪悪な笑みを見せ、ウィルの心臓を目掛けて短剣を突き出した。
ウィルは全く反応できていない。

やった! と、思ったその時だった。目にも止まらぬ速さで突かれた短剣がウィルの胸の前で砕け散った。
何事かと思う間もなく、勢いも止められなかったビリーの右手がぐりゃりとひしゃげ、手首から落ちた。

「ぐあっ!?」

凄まじい激痛に思考が止まる。痛みの衝撃で精霊を体から解き放ってしまう。
みるみると萎むように元通りの体になりながら、ビリーは血が流れる手を押さえながらうずくまった。

レナの守護の奇跡による光の壁が、ウィルの心臓を守ったのだ。よく見ればウィルの左胸のところが微かに光っている。

顔を上げると剣を振り上げたままこちらを見下ろすウィルと目があった。
思った通り、ビリーは心臓を狙ってきた。先程仕留め損なったのだ。だから、同じ隙を見せれば今度は心臓を狙ってくると確信していた。
そして、レナに守護の奇跡を左胸に集中させてもらったのだ。

ウィルはそれでも緊張から全身冷や汗だらけになっていた。
レナの守護の奇跡はウィルにビリーの攻撃の衝撃を少しも感じさせないものだったが、心臓を短剣で突かれたのだから無理もなかった。死の恐怖が全身を包んでいた。

だがまだ戦いは終わっていない。ビリーは重傷だが生きているのだ。
剣を振り下ろし終わりにしなければ。

「…………………っ!」

しかし、体は動かなかった。自分を殺しに来た相手だ。殺したところで問題はない。
それに、レナたちの力を借りたとはいえ、ここで彼を斬れば、無能とそしられてきた自分の初めての武勲とも言える。

二人の美女とともに命を狙ってきた相手を返り討つ。いかにも英雄物語の一部になりそうな話だ。
憧れていた英雄の道への第一歩となるかもしれない。
だが、そのために………。

殺すのか……?

ビリーは父が討ち果たした邪竜でも水竜でも、魔剣に憑かれた魔剣士でもない。
母の部下であるただの人間だ。

その人間をを殺すことが英雄の行いだというのか。

ウィルの逡巡しゅんじゅんは本人には長く感じたが、実際はさほどではなかった。
作戦通りにいき、動きを止めたビリーに攻撃の手を止めたウィルに後ろからレナが叫んだ。

「ウィル!」

その声に我に返る。考えてる暇などあるわけはなかった。
あれこれと考えるのは後にすればいいのだ、とウィルはビリーに剣を構え直す。
が、そのウィルの顔に血が飛んでくる。ぬめっとした液体が目に入り、後ずさってしまう。

腕で血を拭い、両目の痛みを堪えながら何とか目を開けると、走って逃げるビリーの姿が見えた。
自分の腕から流れる血を目潰しに使ったらしかった。

ウィルは名前を呼びながら駆け寄ってくる二人を血を拭きながら迎えた。
そして、ビリーを殺さずにすんだことに安堵している自分に気付いた。

ビリーは林道を手首から流れる血を押さえながら走っていた。早く手当てしなければ命に関わるが、あの場から離れなければならない。
屈辱に歯ぎしりする。まさか、あの無能王子に一杯食わされるとは……。

正体がばれたので城に帰るという選択肢はない。怪我を治してすぐさま再起を図り、ウィル達の命は奪う。

元の立場には戻れないが、雇い主から大金が貰えるはずだ。
そうしたら後はどこかで一生のんびりと暮らせばいいのだ。

まずはあの無能を八つ裂きにしてやる。


ビリーがウィルへの復讐を誓った瞬間。両足が何かに絡めとられるように動かなくなった。
走る勢いそのまま顔面から地面に倒れる。

思わず傷ついた右腕も使って顔をかばってしまい、傷口に泥が入った痛みに呻き声を上げる。
何があったのかと、腹這いのまま足を見ると、つたのようなものが両足の膝まで絡み付いていた。

「そんなに急いでどこに行くのかしら?ビリー……?」

冷たい女性の声が前から聞こえる。そちらに顔を向けると、長剣ロングソードを片手に持ったリールラ立ち塞がっていた。

足に絡み付いた蔦は横の林から伸びている。彼女が精霊に呼び掛けたのだ。

「なるほど、二人組だったってことかい」

その声はデイッツのもので後ろからだった。彼らは足を止めた上でも二人どちらかに固まってビリーに万が一にも逃げる隙を与えるという愚を犯さなかった。

ビリーは腰につけている袋から毒を取り出そうとして失敗した。焦りのあまり痛みも忘れてなくなった右手で取ろうとして空ぶったのだ。ごろりと仰向けに転がる。

そのビリーの首をリールラが踏みつける。冷たい視線で見下ろしている。

「毒、必要ないわよ。どうせ何も話さないでしょうしね。ちゃんと殺してあげる」

首を踏みつけられた苦しさに思わず開けた口に、リールラの剣がゆっくりと入れられる。歯と刃が当たり、かちかちと音をたてた。

ビリーには何とか足掻こうという意思はあったが、意味はなかった。

ウィルと違い、リールラに躊躇いはなかった。
リールラの剣が喉に突き刺さり、延髄を突き抜け地面に刺さる。

暗殺者「サン」ことビリーは絶命した。








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