無能王子の冒険譚

エムックス

10 暗殺者との死闘

リールラとディッツが追った先には、男の死体が一つあった。
「ニ」と呼ばれる暗殺者だったが、勿論その名を二人は知る由もなかった。

だが、知らない相手と言うわけでもなかった。
その事実が二人を驚愕させた。

「こいつ……あねさん……」
ディッツが起こし、木に寄りかからせた男の口からは血が流れている。
毒を飲んだらしい。追い付かれると確信して自ら命を断ったのだ。
情報を与えないようにする暗殺者の取る手段ではある。

だが、それなら顔も潰すべきだったわね、とリールラは血を吐き息絶えた中年の男を見下ろしながら思った。

男の名前を二人は知らなかったが、城の中で顔を見たことがあった。
城下町から雇われて、場内の清掃をしている者の一人だった。
何年も前からいるので顔だけは知っていたのだ。

そんな、どこにでもいるような一般人と思っていた人間が自分達を襲ったと言うのか。

「たまたまここに居たってことはないですかね?戦闘を見掛けて怖くなって逃げたとか」
ディッツは自分で言っていても白々しい仮定だと思ったが、それくらい信じられないことであった。

「周囲にはこの男しかいない。もし私の精霊が感知できないほど遠くに死霊使いネクロマンサーがいたとして、この男は何故ここにいたの?」
男の服装は城で働くときの服装そのままだった。だからこそ二人はすぐに顔も見たことがあると思い出せた。

いとまをもらって里帰り、なんて見えない、こいつは城から直接私たちを狙ってここに来たのよ。そして私たちに情報を与えないように自決した」
自分達が、城の人間とわかって襲ったのは間違いない。
この男がベラ達を操った死霊使いネクロマンサーだ。
そしてそれは城に自分達の暗殺を図った人間が潜んでいたことに他ならない。
何年も、何年もじっと一般の人間として溶け込んでいた。

それが何より恐ろしい事実だった。

「こいつ、何で逃げて自決したんですかね?」
「だから、情報を与えないため、でしょう」
「そりゃ、そうですが……ベラさん達を操って俺達を殺すって言う手段しか用意してなかったのかなって……」
「どう言うこと?」
リールラの疑問にディッツは立ち上がりながら答えた。
「こいつは俺達の事を知っていた。暗殺者が殺す対象の事を調べないなんてあるわけないからな。だから姐さんや俺にあてがうためにベラさん達を殺して操ったんだ」
リールラはディッツの言わんとしたことを何となく理解したが、頷くことで続きを促すにとどめた。

「ベラさんもビリーも精霊を扱ってこそ全力を出せる、だから精霊の使えない死人にしては俺達には及ばない可能性もだってこいつはわかってたはずだ、なのに他の手段を用意せずにベラさん達がやられたらすぐに逃げ出した………暗殺者にしては間抜けすぎませんかね」
「追い付かれるかどうかはともかく、逃げることも作戦の一つ……?」

リールラの呟きに、ディッツははっと気付く。
「俺か、姐さんをあそこから引き離すのがこいつの目的だ!」
「まさか、まだ死体が動くとでも?」
「俺達は死霊術を詳しく知ってる訳じゃあない、有り得ないことじゃないかもしれない」

二人は急いでウィル達のもとへと駆け出した。取り合えずこの男の事は後回しだ。

ウィル達に危険が迫っているかもしれなかった。


倒れたフィアの体から血が流れ、赤い血溜まりが広がっていく。
ウィルは地面に突き刺していた剣を抜くと構える。

どういうことかは全くわからないが、死体が再び動き出した。
だが、何かがおかしかった。

ビリーは驚くウィルとレナを尻目に、懐から布を取り出すと短剣にこびりついた血を拭き取り始めたのだ。
その目は感情が欠落してはいるが、人らしき意思というものを感じさせた。

「お前……生きてるのか?」
ウィルの問いかけにビリーはにたり、と口だけ笑みの形を作った。目は少しも笑っていない不気味な笑顔だ。
「ええ、そうですよ。全くディッツの野郎、思い切り殴りやがって」
ビリーは二人が向かった方向を見ながら言った。
「精霊で身を守っていなければあばらが全部折れてましたよ」
ビリーは精霊使いだ。精霊使いはエルフの様に精霊と契約して使役するわけではない。
様々な精霊を自分の体に憑依ひょいうさせて、人間以上の力を発揮するのだ。

ウィルはレナを庇いながら後ずさった。目の前の男からは恐怖しか感じない。
「どういうことなんだ、ビリー」
ベラ達と一緒に殺され、死人として操られていたと思っていたビリーが生きていて、フィアを刺した。
訳がわからない。一体何が起こっているのか。

「どういうこと?」ビリーは不気味な笑顔のまま言った「どういうことかと聞かれれば、貴方をここで殺すということですかね、他の者ともろともに」
じり、とにじりよってくる。ウィルとレナはその分後ろに下がる。
ウィルは倒れているフィアを見た。苦しそうに呻いている。意識はあるようだが動けないらしい。早く手当てをしないと危ないだろう。

そのためには目の前のビリーを何とかしないといけない。
しかし、自分にそれが出来るとは思えない。それが出来るのなら先程の戦いに加わることにリールラ達が止めることはなかった。
あれは提案ではなく、遠回りな制止だということをウィルは察していた。

「ビリー……お前は何者なんだ」

時間を稼ごう。ウィルはそう決めた。フィアには申し訳ないが、リールラ達が戻ってくるまで何とか耐えてもらう。
自分ではビリーにかなわけもない、二人に何とかしてもらわなければ……いつ戻るかはわからないが。


「俺?」
いつでも二人を殺せるという自信があるのか、それとも何も考えていないのか、ビリーはウィルの疑問に答えてきた。
「俺は殺し屋ですよ。貴方を殺すよう依頼されたんです、ああ、因みにベラとモルドーを殺したのも俺です。晩飯に毒を入れされてもらいました。普通に殺すには手強いですからね」
淡々と答えるビリーにウィルは戦慄した。母の部下ではビリーが一番の新参だったが、それでも五年くらいの付き合いが彼等にはあったはずだ。
それをあっさり殺したというのか。名前も呼び捨てている。親愛の情は感じられない。

「君が死霊使いネクロマンサーなのか?」
「違いますよ、俺は精霊使いです。昔も今もね、死霊使いネクロマンサーは二人が追ってますよ」
ビリーは淀みなく答える。はぐらかす様子もない。
どうせ殺すのだから喋っても構わないと思っているらしかった。

ウィルはリールラ達と同じ恐ろしさを感じていた。母親の腹心の部下に暗殺者が潜んでいた。もしかして死霊使いネクロマンサーもそうなのかもしれない。

城の中にいつでも自分達を殺せる立場に暗殺者がいたという事実は驚愕以外の何物でもない。

「誰だ、誰の命令で!」
「それは流石に言えませんね……さてそろそろ死んでもらいますか」
夕食の献立を告げるかのような気楽な口調でビリーは宣言した。
短剣を構える。

ウィルはこれ以上の時間稼ぎが出来ないことを悟った。
ならば、やることは一つだ。後ろのレナに囁きかける。
「僕が時間を稼ぐから、フィアを治してここから逃げるんだ」
女の子を守るのが英雄の役目だ。それに、彼女の事をレイチェルから託されている。レナを信じて守るのがレイチェルとの約束だ。
レナが首を縦に振る。それを見てウィルは勇気を振り絞った。

「うわああああっ!」
絶叫し、ビリーに突撃する。技も何もない、ただがむしゃらに剣を振り回す。
ビリーはその勢いに押され後ろへと下がっていく。ただ、慌てた様子はなく落ち着いている。
ウィルの事は長年見てきている。無能王子に遅れを取るなど有り得ない。

ウィルとビリーが離れるとレナはフィアに駆け寄る。
フィアは苦しそうにレナを見上げてくる。

面倒な事に巻き込まれた。レナはつくづくそう思っていた。出来ればすぐにでもこの場を離れたいが、ただ逃げるだけでは駄目そうだ。
あのビリーと呼ばれる男は実力は勿論のこと、かなり危険な男らしかった。

ウィル達を皆殺しにするつもりだ。普通に逃げてはすぐに追い付いてくるだろう。
ならば、ここである程度は足止めしなければならない。

盾が必要だ。ウィルだけでは足りない。
レナは錫杖しゃくじょうを両手で横に持つとフィアに向けた。
錫杖から金色の光の粒子が溢れ、二人を包んでいく。

神の奇跡たる、神聖魔法。レナは相手がどんな怪我をしていても少しでも息があれば回復させることが出来た。
この怪我だと多少時間はかかるが、問題はない。

フィアには頑張って貰わないとならない。盾二号として。


レナにとっての盾一号は、ほんの少しだけビリーを圧倒したかに見えた。だが、それは無茶苦茶に剣を振り回すウィルにビリーが念のために下がっただけに過ぎない。

すぐに攻め疲れ、ウィルの動きは止まった。激しく息を乱し、肩を上下させる。

こんなものか、とビリーは落胆することもなく納得した。新兵の腕試しにも使えないと評された実力は、悲しいことに誇張どころか過大評価だったらしい。
「無能王子」と呼ばれるだけの事はあった。

毒殺に後ろからの不意討ちとつまらない殺し方が続くいて、それよりもつまらない相手になりそうではあったが、まあいいかと思い直した。
これを排除すればその後は手応えがありそうな相手が続くからだ。

ウィルにもビリーの余裕は伝わっている。いや、初めからわかっている。自分に勝てる相手など探すのが難しいくらいだ。
王妃の護衛を務めていて、しかも暗殺者だったというビリーになどどうやったって敵うわけはないのだ。

しかし、だからといってただ簡単に殺されるわけにもいかない。
レナとフィアを逃がす時間くらいは稼いでみせる。

勝たなくていい。弱い自分が出来る最大限の事を成すべきだ。
例えそれが英雄のような戦いではなくとも、目的を果たすことが出来ればいい。

剣を上段に構えて、ビリーに再び突進する。ビリーは動かない。
掛け声と共に剣をビリーに降り下ろした。

斬った――――。

そう思った瞬間、胸に熱い衝撃を感じ、口から血を吐いた。
ビリーが何の予備動作も見せずに短剣を胸に突き立ててきたのだ。

僕の方が早かったのに……。

短剣が抜かれると、胸と更に口から血がまた溢れた。
全身から力が抜けて、ウィルの体はそのまま前に倒れていく。

「おっそ……」

すれ違い様にビリーの呟きが聞こえた。ちくしょう、と罵ることも出来ずにウィルは顔から地面に倒れた。

ウィルが刺されて倒れるのと、フィアの傷が癒えたのはほぼ同時だった。

盾が間に合った。レナは内心で快哉を叫んだ。もう一つの盾はもう役に立ちそうにない。
ビリーが倒れたウィルをそのままにこちらに向かってくる。予告通り皆殺しにするのつもりなのだろう。

「ウィル様っ…!!」
傷が癒えたフィアはすぐさま立ち上がると、ウィルを見て叫ぶ。
リールラもディッツも、そしてフィアもウィルに対してかなり敬意を払っているのが今まで彼等の様子を見る限り感じられた。
商人だという親に雇われただけにしては随分と強いものを感じる。

レナはふと感じた違和感を、頭の片隅に追いやった。今は向かってくる暗殺者をどうにかしないと逃げられない。
自分に戦闘能力はほとんどないが、神聖魔法で援護は出来る。

立ち上がったフィアが杖を振ると、無数の氷の矢が中空に表れた。
それが凄まじい勢いでビリーを襲う。それをビリーは人間離れした反応で避けていく。

精霊使いは色々な精霊を体に宿して、身体能力を向上させたりする。
それを目の当たりにして戸惑ったが、接近されれば、こちらの負けだとフィアは理解していた。

手を休めることなく氷の矢を次々と生み出しては息をつかせるまもなく放っていく。
凄まじいばかりの勢いに、ビリーは近づくことが出来ずに回避が精一杯になる。

外れた氷の矢が地面にぶつかる度に土煙が巻き上がり、冷気が辺りを舞った。
肌寒さを感じるくらいになっても、フィアの魔法は止まらなかった。

凄いわね……。

レナはフィアの後ろ姿を見ながらその魔法に感心した。
並みの魔導士ならとっくに魔力が尽きてもおかしくはない。
だが、フィアはそんな素振りは少しも見せずに氷の矢を放っていく。
とんでもない魔力量だ。今のところは援護の必要は無さそうだ。

「レナさん」
驚いたことにフィアは魔法を発動させながら話しかけてきた。
いや、そう言えば彼女は魔法を使うのに詠唱らしき事を全くしていないではないか。

無詠唱ノンスペルという一流の魔導士の技だとレナは驚く。魔法の発動に詠唱を必要としない。
凄腕なんてものではない。大貴族に雇われていたり、城の宮廷魔導士として取り立てられていてもおかしくない実力だ。

「私が彼を……抑えていますから……その隙にウィル様をお願い……します」
いつものように気弱ではあったがはっきりと言った。
普段の様子や言動とは裏腹に彼女の芯は強いらしい。
レナはわかった、と答えようとしてウィルの方を見て、息を飲んだ。
フィアもそれに気付き、やはり息を飲んだ。

離れたところに倒れていたはずのウィルが剣を杖がわりにして立ち上がっている。
胸と口からは相変わらず大量の血が溢れている。
立っているのもやっとのようで剣を握る腕も、体を支える両足もブルブルと震えて今にもまた倒れそうに見える。

「動かないで……死んじゃう……!」
フィアの悲痛な叫びは彼女自身の魔法が地面に炸裂する音にかき消されてウィルには届かない。
レナも呆然とその様子を見る。

ウィルは二人と目が合うと右手を払うように振った。
逃げろ、とその動作と目で言っている。

何故……?

レナには信じられなかった。父親が金で雇っただけの護衛と、ほんの少し前に出会っただけの行きずりの自分のためにそこまで、命を懸けると言うのか。

馬鹿じゃないの?

そうレナは心で吐き捨てたが、ウィルを死なせたくないとも強く思った。

「あいつをちゃんと抑えていてね。私が彼を治す」

そう力強く宣言した。









「無能王子の冒険譚」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く