無能王子の冒険譚

エムックス

8 暗殺者の襲撃

ウィル達から半日ほど離れところに、エリスによって、追跡任務を受けた三人がいた。

ウィル達とは違い、馬車を使って移動してきた彼らは城を出てからさほど時間がかからないうちにウィル達に迫っていた。

町や村で聞き込みをしながらだったので、始めこそ多少は手間取ったが、オーサカで彼りらしき者たちが食堂で騒動を起こしたという情報を手に入れてからは、それほど迷うことなく追跡することが出来た。

この分であれば明日にも接触できるだろつ。任務になんとか目処めどがつきそうなことに三人は安堵した。

しばらくして―――

ぱちぱちと枯れ木が燃える音が響き、火にかけられた鍋がぐつぐつと煮えたぎっている。
人が口に入れるには熱すぎる温度になっていたが、それを冷ますことも鍋を火からどけることもされていない。

そこに、一人の男が姿を現す。

中年の冴えない顔をした、少しくたびれた旅装束を着こんだ男は、やや警戒するように焚き火に近づく。

そこには食器を地面に散乱させたまま、倒れ動かない追跡部隊の姿がある。
すぐ側の馬もごろりと横たわっている。

男は馬を見て眉をひそめた。

「馬にも食わせたのか…………」

彼等には毒が盛られたのだ。この男によって。
男は『ニ』と呼ばれる暗殺者だった。命令を受け、王子てあるウィルを殺すべく追ってきた。
そのための準備をするために追跡部隊に毒を盛ったのだ。

ニは倒れている一人の側にしゃがむと、念のために首筋に触れる。
口からは大量の血が溢れ、苦しかったのだろう、今は焦点が定まらず虚ろな両の目からは涙が流れていた。
他の者も同様だった。

ニは死んでいることを確認すると、荷袋から尖った小さな石を取り出す。
濃い紫色をした、焚き火に照らされてもそほど光を反射させない、濁った硝子がらす玉のような石。

びり、と服の胸の部分を開く。そして、その石を肌に突き刺すと、何やら呪文のようなものを呟いた。
肌に埋まった石が鈍く光る。すると、横になっていた体がむくりと上体を起こした。

上手くいったと、ニは口の端を微かに上げて笑った。
しばらくぶりの実践に完全に自信があったわけではなかったので、安心した。
半日もならせば、呪力が全身に行き渡り、思うように動かせるようになる。

ニ自身は戦闘能力は殆ど無かった。だから、暗殺の際にはこうして死体を利用するのだ。
死んで間もないものなら、人でも獣でも、魔獣でも使役することが彼には出来た。

死霊使いネクロマンサー

それが彼の正体だった。どの国でも研究する事が発覚すれば極刑は免れない、禁忌とされる技を駆使して任務を果たすのだ。

ニは袋から更に石を取り出すともう一つの死体に刺していった。

揺れるような炎の灯りの中、死体が動き出す異様な光景がそこにあった。




最初に気付いたのは最後方のディッツだった。
立ち止まると、振り返る。
前方にいたリールラも彼の横に移動すると身構えた。

林に囲まれ、陽の光が遮られているせいで昼ながらややくらい道。五人は固まり身を寄せあった。

気配がする。だが、異質だ。人なのかなんなのかわからない。
ディッツは危険が感じられないときは外している手甲を取り出し身に付けた。
リールラも腰の剣の鞘に手をかけた。精霊がざわめき始めている。
異様な気配に警告を発しているのだ。

その後ろではウィルがレナとフィアを背中に庇うようにしている。
やはり剣をいつでも抜けるようにする。
レナとフィアもそれぞれ錫杖しゃくじょうと魔法の杖を構えた。

程なくして、五人の視線の先に人影が三つ現れた。
それは、ウィル達三人には見覚えのある者達だ。

ダークエルフの女性騎士、ベラ。重歩兵の男
、モルドー。精霊使いの男、ビリー。

いずれも王妃エリスの直属の部下で。ウィルも国王の直属の部下のリールラ、ディッツもよく知っている相手だ。

しかし………。

三人の様子はおかしかった。恐らくはウィルを追跡してきたのは間違いない。
捕縛して連れ戻すよう言われているのだろうと察しはついた。
だが、三人はウィル達を見てもなんの反応も示すどころか、話しかけてもこない。

やや背を丸め、両手をだらりと垂らすようにぶらぶらさせながら、奇妙に首を曲げたまま歩いてくる。
その目は虚ろでどこを見ているのかもわからない。

まるで……。

「アンデット………?」

レナが呟いた。
アンデット。死者に悪霊が乗り移り動くものだ。
そう、三人からは生きている人間の気配が全く感じられなかった。

「この昼日中に?」
ディッツが誰となく訊ねる。アンデットの最大の特徴は夜行性だ。
太陽の光の下で彼等が活動することは不可能だった。

「あれは多分……」泣きそうな顔と声でフィアが言った「死霊使いネクロマンサーの仕業です」
いつも気弱で泣きそうに見える彼女は、不気味に迫る三人を見て今にも泣き出しそうに恐怖に身体をぶるぶる震わせている。

「胸に呪力の……こもった石を埋め込んで……死んだ直後の人の魂を……無理矢理に繋ぎ止めるんです……でも……死んで消えるはずの魂にはもう……その人の意志は……無くなるので……死霊使いネクロマンサーは術を……使ってその人たちの体を操るんです」
フィアの怯えながらの説明に、ウィル達は納得した。ベラの物しか確認できないが確かに胸の辺りに石のようなものが埋め込まれている。

「死んだ直後ってことは……あの三人を殺せるほどの奴なのか?」
少しずつ近づいてくるベラたちから、後ずさりながらディッツが言った。
「ならこんなことしなくても直接来ればいいだろうに」

「私たちを襲うのにベラ達が邪魔だと考えて先に排除して利用することを考えたか……それとも死霊使いネクロマンサーとは別に殺した人間がいるってところかしらね」
リールラの想像はどちらにしろ厄介だった。前者は三人を倒しうる人間が一人の可能性があるが、後者なら何人いてもおかしくない。

ベラ達とは立場上交流がよくあったし、稽古も五人でやっていた。
だから、リールラもディッツもあの三人が簡単に殺せる実力ではないことはわかっている。

まさか毒殺されたなどとはリールラ達には計り知れないことであったが、事実はどうあれ、相手が単独ではないかもしれないという警戒はして当然だった。

目の前の動く死体となった三人と死霊使いネクロマンサーの上に、三人を殺しうる実力を持った者が複数人いるとなると、リールラとディッツだけでは無理かもしれない。

リールラは後ろに目をやる。ウィルは戦力にはならない。
ウィルに戦わせるなら、そこらにいる村人の子供のほうが余程戦力になる。

レナは問題外だ。金をむしりとるつもりのだけの彼女がウィルのために戦うとは思えない。

であれば、頼れるのは…

「フィア。加減しなくていいわ、盗賊団を壊滅させたっていう実力、見せてもらうわよ」
リールラの言葉にフィアはこくりと頷くと、二人と並ぶよう前に進み出た。

「待って、僕も戦うよ」

そのウィルの言葉にリールラとディッツがぎょっとする。
ウィルはすでに剣を抜き両手で構えている。

白銀の刀身がきらりと光を反射させた。グルドニアの名工が打ったというその剣はもし、名だたる剣豪に使われることがあれば、後の世でその使い手の名が冠されることが間違いない名刀であったが、いかんせん現在はその使い手に問題があった。

死体の三人はどんどん迫ってくる。あまり迷っている時間も、説得する時間もない。なんと言って止めようか困ったリールラに代わってディッツがウィルに言った。

「ウィルさん、ここは俺たちに任せてくださいや。料金分は働かないといけないんでね、それよりも大将はレナさんを守ってください」
ディッツの言葉にウィルが後ろのレナを振り返った。
レナは緊張した面持ちで動く死体を見つめている。
「女の子を守るのは英雄の役目ですぜ」
ウィルの矜持プライドを傷つけることなく、戦闘から遠ざけるよい方便だった。

その言葉が決め手になった。英雄に憧れているウィルの琴線に響いた。
「わかった」
レナの手を握り、リールラ達から離れる。

離れていくウィルとレナを確認して、リールラ達は死体と向き合った。
目を離さないまま、リールラはディッツに言った。
「そう言えば私達、雇われていた冒険者だったわね」
その言葉にディッツは呆れた。せっかく必死に覚えたというのに、考えた本人が忘れているのだから。

「死人には精霊は応えない。だから、ベラとビリーはそれほどでもないはずよ」
「なら、モルドーが一番の難敵だな」
かなり近づいたベラ達死体も武器を手にしていた。
ベラは細剣レイピア、怪力自慢だったモルドーは両刃の巨大な戦斧バトルアックスを握りしめている。
精霊使いのビリーは空手だった。彼はある程度無視しても構わないかもしれない。

「フィア、申し訳ないけどダークエルフと素手の男を足止めしてちょうだい」
リールラはフィアにはそう説明した。彼女は彼らの名前も何者かも知らない。
フィアは頷く。
「よし、やりますか」
ディッツが拳を打ち合わせるとがちんと大きな音がなった。
手甲に包まれた彼の両手は剣にも盾にもなる。

響き渡った音を合図に三人と三つの死体の戦いが始まった。
剣戟けんげきと怒声、魔法の音が響く。

ウィルはそれを何処か他人事のように眺めていた。
鞘から抜かれ、行き場をなくした剣は地面に刺してしまっていた。

肌が白くなるまで拳を握りしめ唇を噛み締める。悔しさと惨めさで胸が締め付けられる。

自分達に任せろという言葉にウィルは自分が戦わずにすむことに安心してしまった。
英雄の役目という大義を言い訳に安全な場所に逃げたことを恥じるのではなく、安心している自分自身にウィルは衝撃を受けていた。

こんなのが……仲間を戦わせて安全な場所に逃げるのが英雄の役目なのか…?

そう自分に問いかけても、自分があの戦いのなかにいる姿を想像できない。
自分が戦えば、あっという間に打ち倒されてしまうだろう。

それが自分でもわかっているから、恥じる気持ちよりも安心感の方が大きいのだ。
その事が悔しくてたまらない。

それでも本来、あの戦いの中に自分はいなくてはならないはずだ。
そういう自分になるために……英雄と呼ばれるために旅に出たはずなのに自分は今、何もせず後方でぼんやりしてるだけ。

行かなければ、と思っても体は全く動かなかった。足を動かそうとすると頭の中に、ベラの細剣レイピアに突き刺され、モルドーの戦斧バトルアックスぎ払われ、ビリーに踏みにじられる自分の姿が浮かび上がるのだ。

ウィルはただ激しい戦いを眺め続けるだけだった。不意にレナがウィルの腕を抱え込むようにして身を寄せてきた。
小さく身体が震えている。

ウィルははっとした。

例え欺瞞ぎまんだとしても、女の子を守るという役目だけは果たさなければならない。
死霊使いネクロマンサーは間違いなく自分達の事を知っている人間だ。
だからベラ達を殺してあてがってきたのだろう。

そんな自分達の事情に巻き込んだだけのレナを危険な目に会わせるわけにはいかない。
いざとなったら盾になってでも彼女を守らなければ。

ウィルはレナに安心させるように笑いかけた。

どうなってるの…?

ウィルに守られるようにしているレナも混乱していた。
訳ありなのは理解していた。リールラ達の説明を全て真に受けていた訳ではないが、それでも死霊使いネクロマンサーが襲ってくるというのは想定外だ。

レナにも死霊使いネクロマンサーの知識は多少あった。アンデットを浄化する神聖魔法を学ぶなかで教わったのだ。
死霊使いネクロマンサーの技法そのものが禁忌で、大っぴらに使えるものではない。
研究すれば極刑に値する術を用いているのだから使う方もかなりの覚悟がいる。

たまたま偶然、練習しているところに出くわした何て事があるはずもない。
相手の死霊使いネクロマンサーは最悪自分が処断されるのを承知で術を使っているのだ。

(どれだけの厄介事を抱えているのよ、こいつらは……!)
厄介事の大きさは後ろめたさにも繋がる。そこをつけば大金をせしめられると思い、彼等を案内しようと決めたが、ここまでとは思わなかった。

レナはリールラ達がやられそうになったら逃げようと決めた。
死霊使いネクロマンサーの目的はウィル達が最優先のはずだ。
雇われているわけではない自分は手出しできなくなるところまでいけば、無理には殺さないかもしれない。

無論、そう楽観できないが、一目散に離れ、国外にでも出られれば相手も諦めるだろう。
自分にはウィル達を助ける義理はないのだからそれでいい。

結局儲けは宝石一つだけになってしまうかもしれないが、命あってのものだねだ。
赤の他人に深く関わって命を落とすなんて事があったら馬鹿馬鹿しい。

いざとなったらこいつを囮にしてやろう。レナはそう決めて一層ウィルの腕を抱く手の力を入れた。
どうせ、向こうだって知り合っても間もない自分のために体を張る何て事はないだろう。
こっちを見捨てて逃げるかもしれないのだから遠慮することはない。

レナはそう考えていた。自分が企むことは相手も企んでくるだろう、という人を信用しない人間の大多数が持つ思考だった。

レナは微笑みかけてきたウィルに、笑顔を返す。
怖いけど、貴方を信じています、という健気さが伝わるように精一杯演技をした。

二人の体は繋がっていて、心もある意味繋がっていた。
いざとなればやろうとしていることは一緒なのだから。

目的は限りなく違っていたが。




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