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無能王子の冒険譚

エムックス

7 泉のほとりで 夜の帳

大魔導士レイチェル。

その名は共に戦った、勇者カズマ、剣の姫エリス、四精霊王と結びし者アリニフィーレ、そして大神官と呼ばれた女性神官と共に大陸中に轟き渡っている。

通常の十人分の魔導士の魔力を持ちながら、魔力飽和症まりょくほうわしょうを起こすこともなく、強大な魔法を無詠唱で繰り出す天才。

幾度の戦いのあと、カズマたちの元を離れはしたが、それからも魔法の研究を続け、今も新しい魔法を数々開発している。

勇者一行の中の最大戦力と恐れ、崇められた人が今、ウィルの目の前にいた。

リルムという偽名を名乗って。

程なくして水浴びから一人で戻ってきたリールラから説明を受けたウィルとディッツは、三人を迎えるため焚き火の準備を始める。

「どうして身分を誤魔化すんだい?レナは神官だ、嘘をつかなくたったいいじゃないか」
ウィルは不満を口にした。どうもリールラとディッツはレナを善く思ってないらしいというのはここ数日の接し方で感じていたことだ。

「レナはどうやら他国から来たようなのです。王家の醜聞しゅうぶんを他国に広めるわけにはいきません」
そのリールラの答えにウィルは、だからこそ神官であるレナが醜聞を広めるわけはないと憤ったが、父の臣下のハーフエルフはがんとして譲らなかった。
ディッツもリールラに同調して特に口を挟んでくることはなかった。

二対一になってしまったことで仕方なく、ウィルはリールラの具申を受け入れることにした。

「殿下はマンダイの大商人の三男ということにいたしましょう」
リールラの説明が始まる。
「ウィル様は三男故に後を継ぐことの出来ない身の上をはかなんで、別の道で身を立てることにして一念発起し旅に出ました。もちろん別の道とは冒険者です。息子の身を案じた父親はたまたま街を訪れていた冒険者の私とディッツを護衛に雇い三人はマンダイを出ましたが、まだ安心できなかった父親は、知り合いの魔導士であるリルムさんにお願いして追加の護衛を送った。そして今さっき到着されたということにします」
早口で一気にまくし立てる。三人が戻る前に済ませてしまうつもりなのだろうが、
「ごめん、リールラ。もう一度説明してくれるかな」
一度では覚えきれなかった。ディッツも同じらしく目を白黒させている。
ウィルはリールラに感心した。泉からここまではそう離れていないらしいし、レイチェルと出会ったのも想定外のことなのに、泉からここまで来る短い間でそんなに細かく考えたのかと。

レイチェル達がいつ戻るかはわからなかったので、リールラは焦りぎみに説明を繰り返した。
そして、何とか二人がそれを覚え、陽が沈みはじめた頃に三人が戻ってきた。

そして六人が焚き火を囲むようにして座り込み、今に至っている。

例によってレナはウィルの横を確保してぴったりと寄り添っている。
その向かいに、リルムと名乗ったレイチェルと、その弟子だというフィアことフーセレティアがいた。
カズマとレナの左側にリールラ、その反対側にディッツがいる。

自己紹介を終えたリルムは相変わらずにこにこしている。
ウィルは懐かしさを感じた。久しぶりに会ったが、彼女はいつも穏やかな笑みを浮かべるしとやかな女性だ。

見た目は自分と歳が変わらないように見えるが実際は両親と同年代で二人とは少しだけしか歳が離れていない。

強大な魔力を持つ魔導士の中では時おり、ある程度成長するとその強い魔力が細胞に影響を及ぼし、肉体的には年を取らなくなる者がいる。
そうなった魔導士は人間の通常の寿命の何倍も長生きする。
どれくらい寿命が延びるかはその魔導士の魔力次第であった。

「それで、そのリルムさんとフィアさんはどうしてこちらに?」
レナが質問する。どうやら足止めしてる間にリルムは何も説明しなかったらしい。
色々考えているのはリールラだから下手なことを言って齟齬そごが生じるのを恐れたのだろう。

「悪かったわねレナ」答えたのはリールラで頭を下げる「新しい護衛が送られることを失念していたの」
「護衛ですか……」
レナは値踏みをするように四人の顔を見比べた。
正しく銭勘定をしているのではなかろうか、とリールラは思った。

「そうなのよぉ、ウィルちゃんのぉ、お父上にお願いされて凄腕の魔導士を連れてきたのぉ」
リルムは横に座っている何故かおどおどとしている女性の肩に手を乗せた。

「うう……フーセレティアと申します。呼びにくかったらフィアとお呼びください」
今にも泣きそうなか細い声で囁く、小動物の子供のような弱々しさだ。
本当に凄腕なのだろうか……?

レナだけでなく、ウィル達も不安に感じた。リルムの正体を知っているウィル達からすれば、頼りなさげなフィアよりも彼女の方についてきてもらいたいと思った。

その雰囲気を察したのだろう、リルムがウィル達を安心させるように言った。
「大丈夫よぉ、こう見えて本当に凄い子のなんだから。半年くらい前に近くの盗賊団を一人で壊滅させたのよぉ」

「あうぅ……」
リルムの言葉にフィアが一層泣きそうな表情になる。
およそ今聞かされた武勇伝とかけ離れた姿にウィル達は全く安心できなかった。

だが、レイチェルがここに来たということは、恐らくはカズマの命令だ。
その命を受けて連れてきたのが彼女なのだから、見た目とは裏腹に本当に優れた魔導士なのだろう。

ウィル達三人はそう思い直した。本当に商人が知り合いに頼んだ連れ合いなら信じられるわけはないが、かの大魔導士が連れてきたのだから。

「ねえ」レナが普段よりも真剣な表情でウィルを見つめた「そろそろ貴方達の事情を教えてくれないかしら」
ウィルは答えに詰まった。話して良いのか迷ったのではない。覚えたはずの設定を結局ど忘れしたのだ。
やはり覚えきれるものではなかった。

助けてくれ、とリールラに視線を向ける。リールラは半ば呆れていたが、考えたのは自分なのだから説明の義務は自分にあると考えていた。

「私が説明するわ」
そして、先ほどウィル達にした説明をかいつまんでする。
ウィルとディッツはもう一度しっかりと覚えようと、リルムとフィアは細かい点を刷り込ませるため、レナは付け入る部分を見つけるために、リールラの説明に聞き入った。

説明が終わると得心がいったというようにレナは息をついた。
改めてウィルを見やると、そっとその頬に手を当てた。
「思っていたより大変そうね。でも安心して、ミラ=フィルナの神官の名に懸けて力になるわ」
潤んだ瞳でウィルを見つめ続ける。

「あ、ありがとう」
礼を言いながらウィルはどぎまぎする。暗闇の中、焚き火の赤い光に浮かぶレナの美しい顔はその陰影も相まって、美しさに加えて艶っぽさも感じさせる。
形がのいいふっくらとした唇がやけに眩しく見える。

ううん、とリールラが咳払いをする。
レナははっと手をウィルから手を話すと恥じらうように俯いた。
ウィルも顔を赤くしている。

何てあざとい……!

リールラ達はあからさまなレナの芝居がかった様子に呆れたが、やられた当の本人のウィルには効果が覿面てきめんだった。

ただ、リルムだけはそんな二人を見守るように微笑んでいた。

「思い出すわぁ……」

小さな呟きは焚き火の枝が爆ぜる音に紛れて隣にいるフィアだけに辛うじて聞こえた。
フィアは師の呟きに首をかしげたが問いかけることはしなかった。

すっ、とリルムが立ち上がった。何事かと皆がリルムを見上げた。
「私はもう帰るわねぇ。フィアちゃんしっかりとやるのよぉ」
弟子に微笑みかけると、リルムはウィルの方を向き手招きする。

「ウィルちゃん、ちょっと話があるからこっちに来てぇ」
立ち上がるとリルムは焚き火を回り込み、ウィルの手を引きその場から離れていく。
レナが止める間もなく、二人は歩いていった。

焚き火から離れるとすぐにレイチェルは魔法で火の玉を作り出した。
握り拳程度の大きさの火の玉が二人を先導するように前を浮遊する。

「レイチェル様。どこまで行かれるのですか」
思わず本名を呼ぶとレイチェルはぴたりと足を止めて振り返る。
かなり離れたところに焚き火のちろちろとした赤い炎に四人の姿がぼんやりと浮かんでいた。

余程の大きな声でなければお互いの声が聞こえない位置だ。
小柄なレイチェルがウィルを見上げる。
「また大きくなったのねぇ……」
前にあったのは四年くらい前か、カズマが病に倒れ見舞いに城を訪れたときだ。
普段の彼女はオーサカから東にある小さな街に弟子達と暮らしている。

四年前からウィルの身体は更に大きく成長していた。
「若い頃のカズマさんと瓜二つ」
背伸びをして両の手でウィルの頬を優しく包んだ。レナの仕草と違い、おおらかな母性を感じさせた。
見た目は同じ少女のようなのに。
どれくらいそうしていたか、レイチェルは名残惜しそうにそっと手を離す。

そして、
「ウィルちゃん。お願いがあるの」
少し困った様な顔を見せたレイチェルにウィルは戸惑った。何を言われるのだろうか。
「あの神官の女の子ね……」
小さく見える炎に照らされた少女を見つめながら、
「何があっても信じて守ってあげてねぇ……」
そして不安そうな顔で見上げてくる。

言われるもないことだった。女の子を助けるのは男の役目、女の子を救うのは英雄の務めだ。
ウィルは力強く微笑みはっきりと答えた。

「わかってます。何があってもレナを守って見せます。それが父さんと母さんの、英雄の息子の僕の役目です」
自信に満ちている、そして彼女が望んでいた通りのウィルレットの答えにレイチェルは破顔した。

「やっぱりカズマさんの子供だねぇ……心配すること無かったわぁ」
ぎゅうっとウィルを抱き締める。小柄なレイチェルであったが、ゆったりとしたローブに包まれた身体はとても女性らしかった。

ウィルの身体がふっくらとした柔らかい感触に包まれる。特にお腹の辺りにはとっても大きな感触のものが二つむにむにと押し付けられ、ウィルを赤面させた。

三十も数えれない程度の時間の包容が終わるとレイチェルは寂しそうに言った。
「もう皆のところに戻りなさい。身体には気を付けるのよぉ」
「レイチェル様もいつまでもご壮健で…」
ウィルはそう言うと焚き火の炎を頼りに戻っていく。
レイチェルは火の玉を消す。自分の手すら見えなくなる。

五人の姿を見つめ思い出を振り返る。カズマにエリス、アリニフィーレに神官、そして自分の五人。

リールラがハーフエルフでディッツが拳闘士ではあるが良く似ている。
そして何より神官の少女。

「歴史は繰り返すのかしらねぇ」

レイチェル達の仲間の神官は、幼い頃に親に捨てられ十二になるまで娼舘にいた。
麻薬で縛り付けられ身体を売らされていた彼女が教団に助けられたときは廃人寸前だったという。

神の奇跡で身体は浄化されても、親に捨てられ、幼い頃から娼舘で働き続けて傷ついた心までは戻らなかった。
神官として修行をし、幾つもの神の奇跡を身に付けても、誰も信じなかったし、誰も救わなかった。
己のみを救うためにしか神の奇跡を行使しなかったのだ。

そんな彼女を教団は破門して放逐した。彼女は今度は救ってもらった教団に捨てられた。
そして、冒険者を始めるつもりで仲間を探していたエリスとレイチェルと出会ったのだ。

彼女は生きていくためお金を稼ぐという利害のためだけに二人を利用して、それまでのように二人のことを信じず、心を開くことは無かった。

そんな彼女を救ったのがカズマだった。

レイチェルは空を見上げる。灯りがない空は無数の星々を瞬かせている。
彼女ももしかしたらこの星空を見上げているかもしれない。
仲間の中で今は一番離れたところにいる。

人は変わる。その事をレイチェルは間近で見てきた。
カズマとの旅の中で彼女の傷ついた心は癒され、溶かされ、救われたのだ。

神の奇跡を自分と戦いのためだけでなく、誰にでも分け隔てなく使うようになった彼女を人々は自分と並び称するように大神官と呼んだ。
放逐された教団からも復帰を許され、名声を高めた。

そして戦いのあとに彼女を見初めた遠国の王子のもとへと嫁いでいったのだ。
今ではエリスと同じ王妃となっていた。

今日久しぶりにウィルレットとレナに会って驚いた。
二十年以上も前の二人の姿を見せられた様だった。

不安もあるが安心もそれ以上にある。会う度にウィルレットはカズマにそっくりになっていく。
見た目はもちろんその心根がカズマと似ていることが嬉しくて誇らしい。
他の何よりも一番引き継いでもらいたかった部分をウィルレットは強く引き継いでいたからだ。

レナのことも任せて大丈夫だ。自分達が面倒をかけられた不良神官に比べれば、詐欺師の神官など可愛いものだ。

焚き火の方に目を向けるとぴったりと重なる二つの影がある。
他は一つずつだからそれがウィルレットとレナだろう。

「貴方達に幸あれよぉ……」

レイチェルは胸の前で十字を切った。十字の切り方は教団ごとに違っているもので、これはアルハルマ=ルーナートという月の女神を信仰する教団のものだ。
仲間で大神官と呼ばれた彼女に教わったものだ。

その名をセリシアと言った。















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