無能王子の冒険譚

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6 泉のほとりで

レナを案内役に加えたウィルたちは、街道を南へと向かっていた。

港町、デジマを目指す。

デジマは西のウルセト、東のニストの二国と船による交易を行うキサラギ第三の都市だ。

オーサカから徒歩で二週間ほどの道のり。馬車でなら四、五日ほどで到着できる距離だ。

ウィルたち一行は徒歩での移動を選んでいた。
いずれは船に乗ることになるので馬車を調達してもすぐに手放さなければならないし、乗り合いの馬車での移動をウィルが嫌ったからだ。

目立つ行動をして、トーキョーに連れ戻される事を避けたのだ。

ただ、実のところオーサカを出る頃にはリールラの元にはアリニフィーレから風の精霊による連絡が届いて、捜索は城下町だけでトーキョーの外に範囲が広げられていないことを知らされていた。
少数の追っ手が差し向けられるかもしれないとは言われたが。

急ぐに越したことはないが、そういうことであるならとリールラはディッツと相談して方針はウィルの好きにさせる事にした。

途中にある村や集落に立ち寄るのも食料の調達程度にとどめた。

なので、オーサカ以降は野宿をしていた。

オーサカを出て五日目、その日も街道沿いにそそり立つ巨木の下で野宿をすることにしていた。

村で調達した食料で夕食を済ませると、近くの林から枯れ木を集め焚き火の用意をする。
日が沈むにはまだ時間があった。

リールラとレナは林の中に見つけた泉に水浴びをすると言ってその場を離れていた。

ウィルは剣を鞘から抜き、素振りを始める。日々の鍛練を一日でも欠かしたことはない。
両親のような英雄になるには修行あるのみとウィルは幼い頃から励んできたのだ。

ぶんぶんと素振りの風を切る音が響く、自らが発する音を聞きながらウィルはここ数日の事を振り返る。

トーキョーからオーサカ、そしてここまでこれと言って何も起こらなかった。
村や集落に寄る度に、盗賊や魔獣に困ってないかと尋ねたが、平和そのものだった。

キサラギは比較的、治安が良いし、魔獣は山の中に生息していて、食べるものに困ることがなれば頻繁に人里に降りてくることはないのだ。

城の外に出れば、何かあるのではないかと期待していたのたが、それは今のところ空振りに終わっていた。

だが、デジマからウルセトに行けば何かあるかもしれない。その時のために少しでも強くならなければ、とウィルは素振りを続ける。

一心不乱に剣を振るウィルをディッツは木にもたれながら腰を下ろし見つめていた。
拳闘士であるディッツは両手両足に大きめの
手甲とすね当てを身に付けている。 後は額と胸と腹を簡素な防具で守っている。
寝るときは邪魔になるので手足の防具は外すが、見張りの間はこのままだ。

武器を使って戦うことないディッツであったが、当然のことながら剣や槍を使う相手と実戦でも稽古でも戦ったことがある。

だから、相手の動きを見ればある程度の実力は察することが出来た。
「…………………………」
ディッツの見るウィルの動きは珍妙な踊りのように見えた。
上半身と下半身の動きはてんでバラバラで、重心も定まっていない。
剣を握って間もない新兵の方が何倍もましだろう。

ディッツがウィルの稽古を見るのは初めてではないし、もうそれから数年は経っているが全くといって成長していない。

当たり前と言えば当たり前だが、ディッツはウィルが「無能王子」と呼ばれ揶揄されていることは知っていた。

ウィルは剣どころか槍も弓もまともに扱えない。本人が剣士に拘っていることを差し引いても、平均以下の熟練渡だった。

そのことも心無いものからは陰口を言われ、次第にそれは本人の耳にも入っていった。

それでもウィルが腐ることは無かった。例え稽古で誰からも一本を取ることがなくても、毎日毎日、朝から晩まで修行を欠かさないのだ。

だから、「無能王子」の呼び名を付き合いの浅いものが広めたが、親しいものはそのたゆまぬ努力を好ましく思っていたし、彼をその二つ名で呼ぶことなど無かった。

だが、その努力が報われないだろう事をディッツを含め、親しいものも痛感していた。

両親は大陸に名を馳せるほどの剣の使い手。双子の妹はその両親の才を余すことなく受け継ぎ、若くして天才の名を欲しいままにして、更には聖剣に選ばれた傑物。

しかし、ウィルは剣の才能が皆無だった。

ディッツはウィルのふらふらとした拙い剣舞を無表情で眺めるだけだった。


温暖な気候のキサラギでは、日が暮れるような時間になり多少気温がさがっても水浴びが辛いと言うことはない。
むしろ気持ちがいいくらいだ。
リールラとレナは裸体となり泉に身を浸からせていた。

ここ数日身体を洗う機会が無かったので、全身を水で流すと身体と共に気分もすっきりした。
ざばりとリールラが泉に潜り、すぐに立ち上がる。
美しい肢体をしとどに濡らし、肩まで伸びた銀色の髪からたぱたぱと水が流れ落ちる。
平均よりも大きめの胸のツンとした頂から水滴が泉に落ちる。

レナは自分の同年代の少女と比べるといささか慎ましい胸に手を当てた。
悔しくなんかない、全然悔しくないし、これっぽっちも悲しくない、と心の中で繰り返し反芻はんすうした。
全くもって欠片も悔しくはないのだ。

それにしても、ここ数日共にして相手がどんな人かはわかっていたが、リールラは珍しい相手だった。

銀色の髪と尖った耳、白い肌。

人とエルフの間に生まれたハーフエルフと呼ばれる種族。
人からもエルフからも敬遠される彼等は大抵、両者から離れた所に集落を作り寄り添うようにひっそりと暮らしている。

こうして人と一緒に旅をするなど聞いたことがなかった。

世間知らずそうな少年に、護衛らしき拳闘士とハーフエルフ。
思った通り訳ありの一行が、訳ありの旅をしているのだ、と確信する。

新興国のキラサギはまだ領地を与えられた貴族はそれほどいないと言うが、平民などではないとここ数日接して感じていた。

恩を売っても、かなりの金になりそうだし、珍しいハーフエルフがいるなら身柄をそのまま売っても大金になるだろう。

これから向かう予定のウルセトは奴隷制度のある国で知り合いの奴隷商人が沢山いる。
レナのつてとはその奴隷商人たちだ。
このハーフエルフをその商人たちに競りをかければ結構な額になる、暫く遊んで暮らせるかもしれない。

ただ、このリールラも拳闘士だというディッツもかなりの手練れらしいので、奴隷商人な売り飛ばすとなると荒事になるので激しく抵抗されるだろうから、それは最後の手段だ。

恩を売って金を引き出すのだってやり方次第では結構な額になるはずだと当たりをつけている。
出来ればこのすました表情のハーフエルフが奴隷商人に売り飛ばされて泣き叫ぶ顔を見てみたいが。
レナは全然悔しくは無かったがじーっとリールラの胸を睨み続けた。

リールラはぞくりと身体を震わせる。寒さや水の冷たさではない。
レナが憎しみのこもったような、親の敵でも見るような目で自分の胸の辺りを睨んでいるからだった。

どうしてだろう、と首を傾げたがそれよりもリールラはレナに確かめなければならないことがある。
それは彼女の目的だ。
おおよその察しはついてはいるが、それでも確証は得なければならない。
早い内に話をしたかったが、仲間に加わってからずっとレナはウィルにつきっきりだった。
甘え媚びるように身体をすり寄せ離れようとしない。

か弱い少女が悪漢に絡まれているところを助けてくれた少年に恋に落ちた、何てことが有るわけはない。

無害な冒険者の男たちに難癖をつけて、金を巻き上げようとしたのは、この神官の少女の方なのだから。

彼女は標的をしがない冒険者から、宝石を見知らぬ少女にぽんと手渡したウィルに変えたのだ。
ウィルに取り入るための態度と行動の変化なのだろう。

面の皮が厚いことこの上ないが、ウィルの方はレナの事を悪くは思っていないらしかった。
黄金色の髪は、紛れもなく神の加護を受けた証であったし、一度だけたが簡単な治癒の奇跡を見せてもらっていた。

何より、可愛らしい少女に寄り添われたらウィルのような年頃の少年なら悪い気がしないどころか嬉しいくらいだろう。

神官という立場と自分の性別と容姿を利用して信頼させる。
リールラやディッツが持っている不信感を伝える前にウィルからの信頼を得てしまった形だ。
いや、おそらくこちらの考えを察して先にそうするべくウィルにべったりだったのだこの少女は。

実のところ確認する前から疑いは確信に変わっている。
ウィルの目的とレナの提案が一致しているから今は見逃しているが、話を聞いて許容できないような危険を察知したならば排除せねばならない。

この少女は根っからの詐欺師だ。自分達を売り飛ばすくらいはやりかねない。

じっと胸を睨んでいるレナに話しかけようとしたその時だった。
精霊からの警告がリールラの耳に響いた。誰かがこの泉に近づいてくる。

覗きにきたのがディッツなら顔の形が変わるまで殴ればいいだけだが、精霊は近づいてくるのは二人だと言っている。
清廉潔白なウィルが覗きなどするわけがない。なら二人いるのであればウィルたち以外の人物だということだ。

「ひゃっ………!」
レナの手を引き、自分の背中に回らせ庇う。レナは短い悲鳴を上げたが、ただならぬ気配を感じとり、大人しくなった。
武器は泉の側の服と共に地面に置かれたままだ。

油断してしまった……!

リールラは唇を噛みしめると風と水の精霊に念じた。
そして、林に向かってまだ姿を見せぬ相手に叫ぶ。

「姿を見せなさい…!さもなくば精霊をけしかけるわよ!」
リールラの警告にがさがさと草をかき分けて、二人の女性が姿を現した。
驚きにリールラの見開かれた。一人は知らない相手だが、片方は知っている人物だったからだ。
思わず名を呼ぼうとして、後ろのレナの存在を思い出しとどまった。

彼女の名を知り、深い仲だとわかればレナならば自分達がどんな立場の人間か気づいてしまうかもしれない。

真っ黒なローブを着た二人の女性のうち、見た目は若いがその実年長の方が近づいてくる、にこにこと微笑んでいて、気安さが伝わる。

リールラは風の精霊に念じて自分の声をその女性にだけ聞こえるようした。

「レイチェル様。少々事情がありまして……この子に貴方の名前を知らせないでほしいのです」

レイチェルと呼ばれた女性は口を開きかけやめる。リールラが精霊を使っていることに気づいたからだ。
話してもリールラの後ろにいる少女に自分の声は聞こえないのだろうが、不自然さは伝わってしまう。

レイチェルは黙ることで了解の意思を示した。
リールラは話を続ける、手短にしなければレナに不信に思われる。

「レイチェルの名前と、ウィルレット様が王子殿下であることを伏せてください。私たちが知り合いと知られるのは避けられないでしょうが、そのことが知られると都合が悪いのです」

そう言うとリールラは、精霊の力を解いた。

レイチェルが泉の近くまで来ると朗らかな声で話しかけてくる。
「リールラちゃあん。ご主人様の命でフィアちゃんを連れてきたわよぉ」
のんびりとした穏やかな話し方だ。後ろにいるレイチェルと同じく黒いローブを着た女性が頭を下げる。
こちらはどこか気弱そうな雰囲気がある。

「ご主人様………」
レナの呟きに不穏なものを感じたが、取りあえずは仕方ないと割りきるしかない。
リールラは泉から上がると風の精霊を使って身体を乾かし始める、ついでにそのままレイチェルに話しかける、レナの位置からは二人とも顔が見えない。

「ウィル様はマンダイの町の豪商の息子ということにしましょう」
レイチェルは頷く、
「なら私の名前はリルムとでもしておくわぁ」
その名前は二人の共通の知り合いだった。どこにでもいる珍しくもない名前だ。
「私は先に戻ってウィル様たちに説明してきますので少しの間彼女を足止めしてから来てください」
「わかったけどぉ………」
レイチェルはチラリと一瞬だげ岸に歩いてくるレナを見た、レナも泉から上がるつもりらしい。
「神官相手にそんなに警戒することあるのぉ?王族だってわかっても神官なら黙っててくれるでしょうに」
レナの髪と地面におかれている服でレイチェルにもレナが神官ということはすぐにわかった。

神に仕える神官が他人の不利益になることをするはずがないと思うのは当然のことだった。
「彼女は神官ですが、恐らく詐欺師です」
「まあ……!」
驚くレイチェルを尻目にリールラは服を着込む。その間にレナも泉から上がったが、リールラは彼女を乾かすつもりは無かった。

少しでも時間を稼ぐためだ。ウィル達と口裏を合わせるためには少々時間がかかる。
服を完全に着終ったリールラは何も言わずにウィル達のところへと向かった。

「ちょっと、待ちなさいよ!」
不満も露なレナの声を無視された。
「何なのよ、もう!」
いきなり背中に庇われたかと思うと見知らぬ女性たちが現ると、何も言わずに先に帰ってしまったのだ。
怒りを感じるのも当然と言えた。

リールラを見送ったレナは濡れ鼠のまま初対面の女性二人と取り残された。
一人はふわふわした雰囲気の自分より少し年上に見える女性。
もう一人は眉を八の字にした気弱そうな女性だった。


二人とも黒髪をしてローブを纏っている。

魔導士だとレナは理解し、置き去りにされた不満を忘れ密かに微笑んだ。

若い主人、護衛の拳闘士とハーフエルフの三人に、魔導士が二人も訪ねてくる、しかもそれは彼女たちのご主人様とやらの命令らしい。
もう平民だなんてことない。あったとしてもただの平民であるわけがない。絶対に金回りが良いに違いなかった。

これは当たりだ。ウィルたちは絶対に金になる。

レナの頭の中では金貨の山とそれで遊び倒す自分の未来が見えていた。










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