無能王子の冒険譚

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5 キサラギに潜む影

キサラギは建国されてから二十年程の歴史の浅い国である。

周辺諸国の難民が建国当初の国民のほとんどの割合を占めていたゆえにその頃は様々な言語が飛び交う国であったが、建国を後見した主命国のレクトゥール語が公用語として定められ、広められた。

独自の言語もなく、歴史の浅さから独自の文化もない。
キサラギと言えばこれ、と言われるものはあるものを除いて無かった。

そのあるものが料理。
国王、カズマ・キサラギの同郷の女性、チカ・タカサキが開祖となり、都のトーキョーを中心にキサラギ食の名と共にキサラギ全土に広げていく。

キサラギを訪れる者は、王公貴族から平民の旅人、人の里に降りてきた異種族に至るまでキサラギ食の味の虜になる。

見たこともない盛り付けに、聞いたことのない名前の料理を、『ハシ』という日本の細長い木の棒で挟んで口に運び入れると、今まで味わったことのない美味なる味わいが味覚と脳髄のうずいを刺激するのだ。

そして、トーキョーに来たなら一度は訪ねるべきと言われるのが、宮廷料理人となったチカの弟子たちが営む、大食堂『タカサキ亭』である。

城下町の最も活気づく、市場の近くに構えられたその食堂は、周囲の建物より一回りか二回り以上は大きく、百人以上の客を受け入れることが出来た。

タカサキ亭の一階は主に住民や、旅人達が利用する所で、値段も安く抑えられている。
二階は身分の高い者たちのための部屋と、それなりにする値段のキサラギ食が提供される

キサラギの唯一の名物と、その庶民でも手頃な値段から、食事時ともなれば八十人ほどが定員の一階は食事に舌鼓したつづみを打つもので満員になり、楽しそうな喧騒に包まれる。

そんな食堂の隅の二人がけのテーブル席にその男たちはいた。

片側が壁にくっついたテーブルに向かい合うように座る男たちの顔はうかがい知れない。
フードを目深まぶかに被ってうつむいているからだ。

その二人だけを見たならばかなりの怪しさを感じたかもしれないが、周囲の人たちは自分達の料理と会話を楽しんでいたため、男たちを注視する者はいなかった。

男たちはそういうところだから、ここで話をすることを選んだのだ。

ゆっくりと、それでいて人に聞かれない様に話をする場所としては賑やかな食堂は最適な場所の一つと言えた。

「かれえらいすですか?」
ハシを持った男が、スプーンを持った男に話しかけた。声は相手にだけ聞こえる程度の大きさに抑える。
スプーンを持った男が答える。
「私はハシを上手く扱えなくてね、スプーンで食べられるキサラギ食しか食べない」
スプーンにかれえらいすを掬い、口に運ぶ。米に乗った『るう』のほどよい辛さと、鼻に抜ける香辛料の香りか食欲を更に掻き立てる。

「君は相変わらず器用にハシをつかうね」
パクパクとかれえらいすを食べながらスプーンの男が言った。
ハシの男は汁の入った大きな丼にハシを入れると、真っ白で太いパスタとは全く違った麺を持ち上げ、すする。

ずずずっと音が響く。パスタをこのように食べれば行儀が悪いと言われるが、キサラギ食のスープに入った麺類は音を立て、啜るのが作法と言われている。

太いもっちりとした麺に甘辛い汁が絡み、何とも言えない旨味が口に広がる『山菜ウドン』がハシの男の好物だ。

二人は一心不乱に料理を食べ続け、器を空にした。
そして、有料の水で喉を潤す。キサラギ食はどんな国の料理よりも上手いが、味が濃いのが特徴で、食後の水分は欠かせないのが数少ない欠点だ。

「さて」スプーンの男がかれえらいすの皿にスプーンをおき「例の件はどうなった?」とハシの男に尋ねる
中年くらいの落ち着いた声をしている。

対してハシの男は幾分か若いようだった。
ハシを丼の上に縁同士を繋ぐ橋のように横に置き答える。
「トーキョーを出たのは間違いないです、ナナが確認しました」
「そうであろうな。殿下は目立つ御仁だ、城下にいれば衛兵たちであればすぐに見つけられる」

「はい、それに陛下が街の外に出るように手引きしたようです。捜索を城下に限定する勅命もその一貫かと……」
若い男は水を口に含む。
中年男は吐き捨てるように言った。

「相も変わらずふざけているものよ。国王が王子の出奔を手助けするなどな……」
その口調に王に対する敬意は無かった。
「計画が狂ってしまったな」
ため息をつく中年男に若い男は少し笑った。
「いいえ、良い方に転がるかも知れません。サンが追跡の任務をたまわりました」

「ほう、そうか」
それを聞いた中年男はにやりと笑った。確かに若い男の言う通りかもしれない。
「事を運ぶのに、偽装する必要や手間がなくなるかもしれんな………たがサンだけでは心もとないな、他に手が空いている者は?」
「ニであれば」
「よし、誰にも気づかれぬようにサンの補佐につけろ。そして二人に伝えておけ」
中年男の笑みは暗く獰猛どうもうなものを帯びている。
野心に満ちた顔だと若い男は思った。ただ、自分も似たような顔をしているだろうとも思った。

「必ず王子殿下を亡き者にしろ、次期王位には妹君のシルフィール様に就いてもらうのだ」

それを聞いた若い男は立ち上がる。急ぎ「ニ」のもとに向かい、「サン」と連携し王子を暗殺するように伝えねばならない。

賑やかな食堂を出て歩く。胸が高鳴っていた。

無能な王子など消してしまい、美しく聡明な王女に国を継いでもらうのだ。

第一王女のシルフィール・キサラギこそ王位に相応しいのだと若い男は考えていた。
何故なら彼女は父親が持っていた聖剣のファルシオンを引き継いだからだ。

聖剣は使い手を自ら選ぶ。国王が病に倒れてから彼にはファルシオンが鞘から抜けなくなった。

だが、一年前にシルフィールが誰にも抜けなくなった聖剣の鞘からファルシオンを抜いたのだ。

勇者と呼ばれた国王と、剣の姫と称えられるほどの実力を持っていた王妃、それぞれ二人の才を存分に受け継いだシルフィールが聖剣に選ばれたのだ。

何の取り柄もない、無能王子の出る幕などはないのだ。
それに………。
王妃の若い頃を知っているものはシルフィールの事を口を揃えて王妃の少女の頃と瓜二つだと言う。
あの燃えるような真っ赤な髪もそのまま受け継いでいた。

生唾を飲む。

上手くいって取り入れば婿にだってなれるかもしれない。
男はそれなりの身分だった。
だが、自らは王につもりはない。あくまで国を統べるのは聖剣の持ち主だ。

それにあの美しい少女とねやを共に出来るかもしれないという若い男が持つ邪な欲望も叶えられるものならば叶えたい。
何しろ容姿は母と変わらないのかもしれないが身体つきは違った。

鍛えて引き締まった身体でもシルフィールは母親とは違い出るとこは出ている実に女らしい肢体をしている。

想像の中でシルフィールの服を脱がすという不埒なことを考えながら男は歩き続ける。

向かう先はキサラギの城だ。「サン」も「ニ」も普段から城に勤めている臣下だ。だが、その正体は先程まで一緒だった中年男が抱える暗殺者だった。

彼の野望のために何年も前からキサラギに仕えている。
正体を悟られぬように、性別も年齢もバラバラ、雇わせるのも推薦だったり、試験を受けさせたりとこれも、方法や次期を別々にした。

配属される部隊や役職には極力口を出さない様にして関係を悟られないようにした。
そうして中年男は時間と手間をかけ全員で八人の暗殺者を城に入れる事に成功したのである。

そうして彼ら自身に自らを周囲に信頼させ、磐石の体制を築いたのだ。

若い男は中年男の最終的な目的は知らなかった。少なくとも王子の暗殺ではないはずだ。彼が暗殺者を城に入れ始めたのは、何年も前からで、シルフィールが聖剣に選ばれるよりもずっと前だからだ。

その頃の状況であれば、王子を暗殺することだけを目的で暗殺者を招き入れることは考えずらかった。
無論、その可能性が全くないわけでもないが。

しかし、経過は話しても中年男は全てを話してはくれていない。
自分を完全に信じていないのか、別の理由があるのか。

だが、若い男は現段階では過程が一緒であれば構わないと割りきっていた。

その一つがシルフィールを次期国王にすること。
そしてもう一つがそのためにウィルレットを亡き者にすることだ。

その二つが叶って、もし中年男の目的が自分にとって邪魔になれば、その時は中年男を消せばいいのだと若い男は考えていた。
相手も同じことは当然考えたいるかもしれないが、その時はその時だ。

やるかやられるか。野望の実現には危険は付き物だ。
弱腰になっては叶うものも叶わない。

やがて城門の前にたどり着いた。

「今戻った」

威厳ある声で門番に告げる。彼の事をよく知っている門番は二人揃って敬礼した。

「お帰りなさいませ、団長殿」

若い男の名はエイデルトン。

キサラギの都、トーキョーを守護する五つの騎士団の一つを率いる男であった。

 

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