無能王子の冒険譚

エムックス

4 国王と王妃と宰相と

キサラギの都、トーキョー。

城下を見下ろすような小高い丘にある城の廊下をつるりとした禿頭とくとう男が肩をいからせながら歩いている。

細く小さな瞳を怒りに染めながら男はたるのような体を揺らしながらとある部屋を目指す。

男の名はゲハール。キサラギ建国当初からの臣下で宰相を務める重臣である。
彼が向かっているのは国王の寝所だ。一言物申さなければ気がすまない事があった。
国王は病により床に伏せていたが、それほと気を遣うことはない相手だ。

廊下の角を曲がると、そこに白を基調としたドレスに身を包んだ女性に出会った。
彼女は寝所の扉の前に立っており、角から現れたゲハールを見て少し驚いたような顔をした。
後ろには三人の部下が控えていた。

「ゲハール。貴方もカズマに会いに来たのかしら?」
「は、左様でございます。貴方も…とは王妃様も、陛下に御用で?」
ゲハールは頭を下げる。女性はこの国の王妃、エリス・キサラギだった。
年の頃は四十を越えているが、昔から讃えられてきた美貌は損なわれることはなく、相変わらずの美しさを保っていた。

現在、彼女は病に伏せる国王に代わり、政務を取り仕切っている。
この時間であればいつもならまだ政務の最中であったはずだったが…。

「私と同じ用件かしら?」
エリスは首をかしげる、燃えるような赤い髪がさらりと胸の前に流れた。
「王子の件でございます」
ゲハールの答えにエリスは頷くと、扉の前の衛兵に扉を開けるように促した。

衛兵は、王妃と宰相からの命を受けて、中に声をかけてから扉を開ける。

「どした?二人揃って珍しいな」

二人を出迎えたのは国王のカズマ・キサラギ。
大きな天蓋付きの別途の横におかれた安楽椅子に横たわりながら、気軽な調子で右手をあげながら二人を出迎えた。

病気とは思えない様子だが、彼の病は身体を長時間動かすことが困難になる症状で、どんな薬も、神の奇跡による癒しも効果のないという不治の病だった。
ただ、死に至るものではなく、安静にしていれば殆どのものが天寿を全うできる。
死なないからといっても日常の生活は失われるのだから、かかった当人には何の慰めにもならないが。
しかしてそんな病ゆえに、痩せてはいるが、カズマは病人のわりには元気な様子に見せている。

妻と同じくらいの年齢のカズマは、短めの黒髪を左手で撫でながら微笑んでいる。
珍しい黒髪。魔に魅入られた者の証しと言われる黒髪。だが彼の息子同様父親であるカズマにも魔力はなかった。


部屋にはもう一人、カズマの側の椅子に腰かけているエルフがいた。
名をアリニフィーレと言い、エルフの特徴である輝き透き通るような金髪と、長い耳を持つ白い肌の美しい少女のような容姿をしている。

「陛下」声をかけるゲハールは怒りも不機嫌さも隠さなかった「お話を伺いたく参りました」
「だろうな、じゃなきゃわざわざ寝室にはこないよな」
一方カズマはそんな宰相の怒気を特に気に留めた様子もなく、ざっくばらんな口調で答える。

「はあい、カズマ。あーん」
「おお、サンキュー」
アリニフィーレが切り揃えられた果物が乗せられた皿から、その一切れを楊子ようじで刺すとカズマの口の前まで運ぶ。
カズマはそれを口に入れると美味しそうに咀嚼そしゃくした。
そんなまるで恋人同士の様なやり取りにゲハールは怒りも露に身体を震わせた。

「カズマ…。話聞く気あるかしら?」
妻の呆れた声に、カズマは口の中のものを飲み込むと、
「わかってる」顔を真っ赤に、いや頭まで真っ赤にまるで茹でだこのようになっているゲハールに「ちゃんと聞いてやるからそんなに怒るな」と言った。

ゲハールは深呼吸をすると、カズマに言った。
「陛下。何故王子殿下の捜索を城下町のみにどどまらせたのです?」
ウィルが城を出たことは当然、すぐに発覚した。
それから三日、城下の捜索は殆ど終わったといってよかったが、ウィルは見つからなかった。
「トーキョーから出たと考えるのが自然です。すぐにでも国内全域に捜索範囲を広げるのが当然でございましょう」

しかし、それに対してカズマは城内の臣下達に捜索は城下町に限定するとの勅命を下したのだ。
病気になってからは、滅多に国政に関わらなくなったと言うのに、この一大事に限っておかしな命令だった。

ゲハールの提案に、カズマはとぼけたように答える。
「そーんな事ないよ。ほら、思わぬところに隠れてるかも知れないでしょうよ」
ゲハールはそんな国王を半眼で見つめる。国王らしからぬ軽薄さは、即位建国から一貫して変わっていないのでもう気にはしない。
そこを責めたところで不敬に問うこともしない人物であるが、諭したところで意味のない相手だということも長年の付き合いで理解している。
怒りは収まることはないのままだ。

「ここ数日、リールラ殿とディッツ殿を見かけませんな」
いつもならカズマの護衛も務めている直属の臣下だ。余程のことがなければ長い間カズマから離れることなどない。
「お使いに行ってもらってるんだよ」
いかにも嘘だろうと言う解答に、ゲハールの禿頭に怒りのあまり血管が浮かんだ。
第一王子が姿を消し、国王直属の部下も見当たらない、子供でもどう言うことか想像がつくが、確たる証拠が無いことを盾にカズマはすっとぼけるつもりらしい。

「全く貴方と言うお方は何年経っても国王たる者の自覚と言うものがないのですか…!」
「そんなに怒るなよハゲール、血圧上がるぞ」
「私はゲハールです!」
このやり取りも長年二人の間で行われているもので、それが可笑しかったのかアリニフィーレは声をあげて笑って「ハゲ、ハゲ」とゲハールの頭を指差している。
どこまでも気楽な二人にゲハールの怒りは頂点に達した。
更に糾弾すべく、カズマに詰め寄ろうとする。

「待ちなさいゲハール」
それを制したのはそれまで成り行きを大人しく見守っていたエリスだ。
エリスは夫にため息をつくと、
「カズマ、どういうつもりかは知らないけれど、私はあの子を連れ戻すわよ」
ゲハールとは違い、確証などなくとも、ウィルを手助けしたのはカズマだと確信しており、確かめることもしない。
カズマも妻相手には誤魔化し、とぼけることもしなかった。

「可愛い子には旅をさせろって言うだろ」
「知らないわね、そんなの」
「そっか、こっちにはなかったっけか。でも俺は息子に城の中だけに閉じ籠るような生活をさせるつもりがなくてな」
「たった一人の王子よ?何かあったらどうするの」
「そのために二人をつけた。それにレイチェルにも頼んでいる」
カズマの出した名前にエリスは眉をひそめる。共に戦い数々の死線を乗り越えた仲間であったが、出来れば聞きたくはない名前だった。
カズマには先程までの軽い雰囲気はなくなり、真剣な顔でエリスを見上げている。
アリニフィーレも笑うのをやめて神妙な顔をしていた。
エリスはそのアリニフィーレに声をかけた。

「アリィ、リールラに連絡して帰るように言いなさい」
エルフとハーフエルフの二人なら相当離れなければ風の精霊を使って連絡を取り合えるはずだ。少なくともキサラギ国内であればであるが。
アリニフィーレ―――アリィは肩をすくめた。
「お断りよ、だって私も一枚噛んでカズマに協力してるんだもの」
アリィはあっさりと白状した。悪びれる様子もない。
「アリニフィーレ殿………!」
アリィの答えに激昂しかけるゲハールをエリスが手で制した。
エリスからしてみれば想定していた答えだ。この二人は昔からよく一緒につるんでは下らないことをしていた悪友みたいな間柄だ。

エリスは再びカズマに問いかける。
「意味のあることなのかしら?後継者を失うかもしれない危険にみあうほどの成果を得られると言うの?」
「俺達だけの損得で決める事じゃないってことさ。シルや聖剣のこと、婚約破棄のこと、ここに居続ければ息子は考えすぎて駄目になる、だからさ、城を出て色んなことを経験することがあの子のためになる」

わかってはいた。カズマという男は不真面目に見えてそんなことはなく、いつも色んな人のことを考える人間だ。勿論自分の息子のことも。
適当に考えた訳ではないのは理解している。
それでも、
「非常識が過ぎるのよ。やりようは他にもあるし、私達に相談もなしに決めることではないわ」
ゲハールも同意するように首を縦に振った。
カズマは昔から独断専行し過ぎる嫌いがあった。
そして「だって俺国王だし、一番偉いし」と開き直るのだ。

「相談したら止められるからな。それに城を出ると決めたのはウィル自身で俺がさせた訳じゃない、俺は便乗しただけだからな」
「そう」エリスは答えると隣のゲハールにここを出ようと促した、これ以上は話しても無駄だと判断した「なら私は私で好きにするわ、相談するつもりはないわよ?止められたくはないから」

エリスの嫌みにカズマは黙り込んだ。返す言葉もない。
アリィは話そのものには興味がなくなったのか、果物を自分で食べて三人にはもう目も向けていなかった。
このエルフは気まぐれな性格をしているのだ。

「どうなさるおつもりで?」
ゲハールがエリスに尋ねる。捜索範囲の決定は国王の勅命だ。
出した直後に間違ってましたで変更、撤回をするのでは信頼と威厳を失うかもしれない。
軽々しく変えていいものではない。
だが、エリスは落ち着いていた。
何か妙案があるのかとゲハールは目で問い掛ける。
「カズマと同じことすればいいだけよ」
エリスはそう答えると、寝所の前に待機させていた三人の部下を見やった。

そう言うことか、とゲハールは納得した。エリスが寝室に入る前から付き添っていた彼らは、リールラやディッツと同じ立場で、エリスの直属の部下だった。

カズマの勅命を受けた他の臣下たちとは違い、エリスの命令で独自に動かすことが出来る。

種族の象徴、輝くような白金の髪と褐色の肌を持ったダークエルフの女騎士のベラ。

長槍と戦斧を背中に携える怪力無双の重歩兵の男モルドー。

寡黙な精霊戦士の男、ビリー。

いずれも一騎当千のエリスが従える腹心の兵士だった。

「ウィルレットがリールラ、ディッツと共に城下を出たわ」
「何と!それは一大事でございますな!」
堅苦しい口調のモルドー。質実剛健で軍人の見本のような男と言われている。

「やはりそう言うことでしたか」
モルドーに対して落ち着いた口調なのはダークエルフのベラだった。
三人のまとめ役で、見た目は二十歳はたちそこそこだが実際には百歳を越えている。

ここにいる者のなかで一番の年長者だ。
「では、我々が城下を出て捜索するということですか?」
ここ数日に出た城下町に限定された捜索の勅命を無論のこと知っていたベラは、エリスがこれから命じるであろうことを先んじて確認してきた。

「ええ、リールラとディッツもだけど、レイチェルが関わってきそうなの、だから……多少強引かつ乱暴な手段も許可するから、何がなんでもウィルを連れ戻しなさい」
少々過激な命令だが、ベラもモルドーも反論しなかった。
同僚とも言えるリールラとディッツはかなりの実力の持ち主だ。
エリスの仲間で大魔導士と呼ばれたレイチェルが関わってくるなら彼女と、弟子の魔導士にも警戒しなくてはならない。
抵抗してくれば手心を加えるとかなり難しいことになりそうだ。

「拝命承りました」
ベラ達三人は胸に手をあて頭を下げる。そして、すぐさま準備をするために急ぎ足でエリスとゲハール元から去っていった。

その姿を見送りながらゲハールは嘆息した。
「王子も陛下も困ったものですな」
今までの苦労が頭をよぎった。異世界から来たと言い張っている変わり者の国王はいつも突拍子のないことや、思いもよらないことを言っては周囲を困惑させてきたものだ。
そんな国王に振り回されたことは、もう幾度あったかなど覚えていないほど沢山あった。

心優しく、真っ直ぐな性根に育った王子にはそこだけは引き継いでほしくはないのだが。

「ゲハールにはいつも苦労をかけるわね」
労るようなエリスの声に、ゲハールは苦笑で応えた。
首を振りながら、
「そんなありませぬよ、まあ多少疲れるのは確かですが…」

確かに迷惑は沢山かけられてきたかもしない。
だが、他国を追われる形でキサラギに来たゲハールを登用したのはカズマだった。
元いた国や、それを理由に責める文官達から庇ってくれたのもカズマだ。

自分を信じ、他の者と差別することなく正当に評価してくれた。それはゲハールに限ったことではなく、カズマは身分に関わらず実力あるものを評価してくれる人物だった。

そんなカズマの下だからこそ自分のような者が宰相にまでなれたのも事実だった。

そこには感謝の念しかない。無いのだが…。

「やっぱりこういうことは控えてほしいですなあ…」
ゲハールの心からの呟きにエリスは同情を禁じ得なかった。


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