無能王子の冒険譚
3 不良詐欺師神官 レナ
「待つんだ!」
意を決したウィルレットが右手をかざしながら大男と神官の少女を止めに入った。
男たちと少女はそこで初めてウィルレット達に気づいたようだった。
皆、胡乱げな眼差しを三人に向けた。
割って入ったウィルレット達はウィルレット達で怪しい一行だったからだ。
昼間の食堂で三人ともフードを被っていて顔がよく見えない。
「なんだテメエら?」
真っ先に反応したのは神官の少女だった。気絶して動かない男の後頭部を踏みつけたまま錫杖をウィルレットに向けた。
その目は敵意に溢れている。
見たところウィルレットと同じくらいの年頃だが纏っている迫力は相当なものだった。
乱暴で下品な口調に負けていないその話し方が芝居や強がりのようなものではなく、素のものだと実感させる。
そして、神官の少女と揉めていた男達の方がどこかすがるような雰囲気でウィルレット達を見ていた。
仲間を人質に取られていて身動きがとれなくなっていたところに現れた闖入者が、事態を打開してくれるかもしれないと期待しているようだった。
逆だよ…。逆。
揉め事を止めるのであれば立場は逆であってほしかったというのが紛れもないウィルレットの本音だった。
なのになんだというのだろう、これは。
芝居や少女は犬歯を剥き出しにせんがばかりの獰猛さをもってウィルレットを威嚇している。
ミラ=フィルナと言ったか。その名は知っている。大陸東部で多く信仰されている大地の女神の名だった。
その女神は何を考えてこの少女に加護を与えたのだろう。
「神官様。どういう事かはわかりかねますが、少しやりすぎではないでしょうか?」
敬語にはあまり慣れていないが、王族とばれるわけにもいかないので、両親と話す心持ちで神官の少女に語りかける。
神官の少女は形の良い眉をピンと跳ね上げさせて、ウィルレットに向き直った。
「聞こえてなかったのか?こいつらがあたしのケツを触ったんだよ。神につかえる神官の、それも無垢な美少女の身体を汚い手でまさぐったから神罰を下したのさ」
少女は殊更に倒れている男の頭をぐりぐりと踏みにじりながら、絶句している大男達を見回した。
その言葉と行動に無垢なものを感じた者はその場には一人もいなかった。
周囲の客や店員達も息をするのも忘れて成り行きを見守っている。
「罪には罰を、そして罪を浄化するにはお布施だ。わかったか?」
「馬鹿言うんじゃねえ!銀貨十枚なんて法外なお布施があってたまるか!」
「金貨一枚でも構わねぇよ?」
「同じだろうが!」
少女の無茶な要求に男達が怒鳴った。
銀貨十枚は金貨一枚と同等で、贅沢をせずただ生活するなら一月くらいはもつ金額だった。
それをこの少女は四人の男からそれぞれ取るつもりらしい。
物凄く高いわけではないが、安いわけもなく、男達の反応からして持ち合わせはないようだった。
だが、仮にあったとして男達には払う義理などないだろうと思えた。
無茶苦茶を言っているのは神につかえていると言う少女の方だからだ。
「それともあんたが払ってくれるのか?」
挑発するような小馬鹿にした声で少女はウィルレットを嘲けった。
男達もそうだが、ウィルレット達も金回りが良さそうには見えない。
「しかたねーな。じゃ…」黙りこくったウィルレットを無視して少女は男達に話しかける「女神の慈悲をもって銀貨五枚にまけてやるよ」
慈悲などどこにあっただろうか?男達は渋面を作って汗を流した。たが、半額にはなった。
少しだけましに思える。
最初からそのつもりだったのだろう。初めに無理な金額を要求して、相手が拒めば金額を下げて、心理的に払っても構わないのではないかと思わせる手法だ。
手慣れている。ウィルレットの後ろでその様子を見ていたリールラとディッツは呆れた視線を神官の少女に向けた。
おそらくこの少女はこの手の犯罪の常習犯だ。神の使いが聞いて呆れた。
どこからどうみても詐欺師のやり口だった。
二人は確信した。男が少女のお尻を触ったのではない。少女がこうするために身体を押し付けたのだ、と。
これはもう関わらない方がいいかもしれない。リールラはディッツに頷きかけると、彼も同感だったのだろう、すぐに頷き返してきた。
が、ウィルレットの行動は二人を慌てさせる。
ウィルレットは自分の懐から巾着を取り出すと、中から一つ宝石を出した。
「ちょっ…で…、いえ」
殿下ともウィルレットとも呼び掛けられずに二人がまごついている間にウィルレットは呆然と宝石を見つめる少女の手のひらにそれを乗せた。
金貨一枚どころではない、高価なものだ。さしもの神官の少女も固まっている。
「これで彼らを許してあげてくれませんか?」ウィルレットはやはり固まっている男たちに向き直って「貴方達もこれで済むなら構わないですよね?」と尋ねた。
ウィルレットの確認に戸惑いも露に大男が言う。
「俺たちはそれで構わねぇが、坊主はそれでいいのか?」
「争いがそれで収まるなら」
ウィルレットは少女の肩を掴むとやんわりと倒れている男から退かせる。
男達は仲間を抱き起こすと、
「すまねえな坊主、感謝するぜ」
と、一言礼を言うと店を出ていった。一秒でも早く少女から離れたいと言った風だった。
誰かが息をつき、周囲からも緊張感が溶けていく。
店主らしき男がウィルレット達に恐る恐る近づいてくる。
「ありがとうございました」店主は未だぼんやりしている少女に聞こえないように囁く「騒ぎを大きくせずに感謝いたします」
店主は頭を下げると、一瞬非難めいた視線を少女に向け、彼女には何も言わずに戻っていった。
少しずつ周りからの話し声が戻り始め、程なくして少し前の喧騒が戻ってきた。
「殿下」
ディッツがウィルレットの肩を叩きながら席に戻るよう促してきた。
ウィルレットは頷くと、宝石を眺めながら動かない少女を一瞥してから席に戻った。
テーブルについたウィルレットはすっかり温くなった水を一気に飲み干し一息つく。
望んだ形では無かったが、争いが収まったのをよしとしようと言い聞かせる。
「殿下……やりすぎです」
リールラは眉間に皺を寄せている。怒っているのが伝わってきた。
「すまないと思ってるよ、でも神官があんなことするんだ、もしかしたら何か事情があるのかもしれないだろう?」
ウィルレットの言葉にリールラは深々とため息をついた。
「いいですか殿下………ああいう輩………」
そして何かを言おうとして口をつぐむ。
驚きに目を剥き、ウィルレットの横を見ている。
何だろうとウィルレットが右横を見ると、神官がの少女が隣の椅子に座っていた。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、興味深くウィルレット達を観察していた。
「まだ何か御用ですかい、神官様?」
食事を再開して、パスタをもぐもぐと頬張りながらディッツが訪ねる。
当然と言えば当然だが、ディッツにはこの神官の少女に敬意を持って接するつもりはなかった。
侮蔑の表情を隠そうともしなかった。
少女の方はそんなディッツの態度を気にも留める様子もない。
「あんたたち随分と気前が良いじゃない………冒険者って感じじゃないわね」
口調は先程とはうって変わって柔らかく年相応の少女のものになっていた。
「だとしても、神官様には関係ございませんな」
「つれないこと言わないでよ、訳ありなんでしょ?」
少女はそう決めつけてきた。リールラとディッツは嫌悪感を露にした。
少女が何のつもりか察しがついた。
「こんな昼間から顔を隠すように食事をしてるものね……そうね、さしずめ貴族のお坊ちゃまの逃避行って所かしら?」
隣のウィルレットを上目遣いで見上げてくる。
性格はともかく少女は容姿はとんでもなく美しかった。
その少女に見つめられウィルレットはどぎまぎした。
頬が赤くなるのを感じた。
この少女は本当に見た目は物凄く美しいのだ。
「貴方には関わりないことでしょう」
リールラの冷たい拒絶も少女は意に介さなかった。
どうやら、ウィルレットの方が立場は上だと完全に看破しているらしく、目の前の二人は無視してウィルレットに直接話しかけてくる。
「力になりますよ。ミラ=フィルナの神官、レナが」
胸に手を当てながら名乗ってきた。
どう答えようかとウィルレットが思案していると、不意にレナが手を伸ばしてくる。
あっ、と思ったときは手遅れだった。
レナがウィルレットのフードをめくる。
「あら」驚くレナ「貴方魔導士だったの?」
ウィルレットの黒髪を見ながらそう言った。
ウィルレットは慌ててフードを被り直す。幸いなことに周りの人には見られずに済んだようだった。
「それにしては剣を持ってるのね、魔法剣士なの?」
レナの疑問は当然だった。黒い髪は魔に魅いられた者の象徴。
金の髪が神からの加護ならば、黒い髪は魔族からの加護だった。
強大な魔力に溢れ無数の魔法を操る者。それが黒い髪の持ち主に対する人々の認識だ。
更に、魔力と筋力は通常、反比例するもので
魔導士は武器を扱うのが苦手だった。
ただ、ごく稀に例外が存在する。それが魔法剣士、魔法戦士と言われる人たちで、ほんの一握りしかいない。
「いや、僕に魔力は一切ないんだ」
思わず正直に答えるウィルレットにリールラとディッツは頭を抱えた。
レナに事情や弱味を知られていいことは一つもないのはわかりきっていた。
はたしてレナはその答えを聞いてしめた、という顔をした。
「やっぱり相当に複雑な事情がありそうね」
完全に獲物を狙う目付きでレナは自分を睨み付けている、ウィルレットの従者に―彼女はは二人の立場をそうだと認識した―勝ち誇った笑みを見せる。
自分をどんな人間か想像がついているらしい二人よりは世間知らずそうなボンボンを相手にした方がいい。
「どこかに行きたいなら力になれるわよ、私はこれからウルセトに向かおうと思ってるの。つてを頼ってね。」
その言葉にウィルレットが反応した。
「もしかして、ウルセト語が話せるのかい?」
思い出したのは先程までのリールラ達との会話だ。
ウルセトの言葉を話せる人がいるなら確かに助けになる。
リールラもディッツも嬉しそうにするウィルレットに不味いと思ったが、ウィルレットは半ば興奮してしまっていて止まりそうもなかった。
かかった――――。
「ええ、問題ないわ」
力強い回答にウィルレットは一層喜色満面になった。
レナはほくそ笑む。
見知らぬ人間の揉め事に宝石一つをポンと差し出す大金持ち。
いい金蔓になるのは間違いない。
付き添いの二人は面倒そうだが、この黒髪の少年を言いくるめれば従者なら従うだろう。
自分に見つめられ少し頬を染めている様子はいかにも女慣れしていない感じだ。
いざとなれば身体を餌にでもすれば簡単に言うことを聞くと思える。この年頃の男などちょろい。
レナは微笑むと右手を差し出した。
「じゃあ道案内として雇われてあげる、一日銀貨一枚ってところでいかが?」
誰がどう考えても先程の宝石で有り余るお釣りがくるものだったが、レナは先程の宝石は大男達から貰うはずたったものを立て替えただけだと考えていて、臆面もなく恩着せがましい言い回しで雇われるのだと言い切った。
信じられないくらいの神経の図太さだった。
ウィルレットは差し出された手を握り返した。
「それでいいよ」と答えた。
リールラとディッツは頭を抱えたままだ。
「よろしくね…えっと……」
握手をしながらレナが首を傾げる。ウィルレットはその時、自分が名乗ってないことに気付いた。
「ああ、僕は……」本名を名乗るわけにはいかない。「ウィルだ。こちらこそ宜しく」
こうして不良詐欺師神官が仲間になった。
意を決したウィルレットが右手をかざしながら大男と神官の少女を止めに入った。
男たちと少女はそこで初めてウィルレット達に気づいたようだった。
皆、胡乱げな眼差しを三人に向けた。
割って入ったウィルレット達はウィルレット達で怪しい一行だったからだ。
昼間の食堂で三人ともフードを被っていて顔がよく見えない。
「なんだテメエら?」
真っ先に反応したのは神官の少女だった。気絶して動かない男の後頭部を踏みつけたまま錫杖をウィルレットに向けた。
その目は敵意に溢れている。
見たところウィルレットと同じくらいの年頃だが纏っている迫力は相当なものだった。
乱暴で下品な口調に負けていないその話し方が芝居や強がりのようなものではなく、素のものだと実感させる。
そして、神官の少女と揉めていた男達の方がどこかすがるような雰囲気でウィルレット達を見ていた。
仲間を人質に取られていて身動きがとれなくなっていたところに現れた闖入者が、事態を打開してくれるかもしれないと期待しているようだった。
逆だよ…。逆。
揉め事を止めるのであれば立場は逆であってほしかったというのが紛れもないウィルレットの本音だった。
なのになんだというのだろう、これは。
芝居や少女は犬歯を剥き出しにせんがばかりの獰猛さをもってウィルレットを威嚇している。
ミラ=フィルナと言ったか。その名は知っている。大陸東部で多く信仰されている大地の女神の名だった。
その女神は何を考えてこの少女に加護を与えたのだろう。
「神官様。どういう事かはわかりかねますが、少しやりすぎではないでしょうか?」
敬語にはあまり慣れていないが、王族とばれるわけにもいかないので、両親と話す心持ちで神官の少女に語りかける。
神官の少女は形の良い眉をピンと跳ね上げさせて、ウィルレットに向き直った。
「聞こえてなかったのか?こいつらがあたしのケツを触ったんだよ。神につかえる神官の、それも無垢な美少女の身体を汚い手でまさぐったから神罰を下したのさ」
少女は殊更に倒れている男の頭をぐりぐりと踏みにじりながら、絶句している大男達を見回した。
その言葉と行動に無垢なものを感じた者はその場には一人もいなかった。
周囲の客や店員達も息をするのも忘れて成り行きを見守っている。
「罪には罰を、そして罪を浄化するにはお布施だ。わかったか?」
「馬鹿言うんじゃねえ!銀貨十枚なんて法外なお布施があってたまるか!」
「金貨一枚でも構わねぇよ?」
「同じだろうが!」
少女の無茶な要求に男達が怒鳴った。
銀貨十枚は金貨一枚と同等で、贅沢をせずただ生活するなら一月くらいはもつ金額だった。
それをこの少女は四人の男からそれぞれ取るつもりらしい。
物凄く高いわけではないが、安いわけもなく、男達の反応からして持ち合わせはないようだった。
だが、仮にあったとして男達には払う義理などないだろうと思えた。
無茶苦茶を言っているのは神につかえていると言う少女の方だからだ。
「それともあんたが払ってくれるのか?」
挑発するような小馬鹿にした声で少女はウィルレットを嘲けった。
男達もそうだが、ウィルレット達も金回りが良さそうには見えない。
「しかたねーな。じゃ…」黙りこくったウィルレットを無視して少女は男達に話しかける「女神の慈悲をもって銀貨五枚にまけてやるよ」
慈悲などどこにあっただろうか?男達は渋面を作って汗を流した。たが、半額にはなった。
少しだけましに思える。
最初からそのつもりだったのだろう。初めに無理な金額を要求して、相手が拒めば金額を下げて、心理的に払っても構わないのではないかと思わせる手法だ。
手慣れている。ウィルレットの後ろでその様子を見ていたリールラとディッツは呆れた視線を神官の少女に向けた。
おそらくこの少女はこの手の犯罪の常習犯だ。神の使いが聞いて呆れた。
どこからどうみても詐欺師のやり口だった。
二人は確信した。男が少女のお尻を触ったのではない。少女がこうするために身体を押し付けたのだ、と。
これはもう関わらない方がいいかもしれない。リールラはディッツに頷きかけると、彼も同感だったのだろう、すぐに頷き返してきた。
が、ウィルレットの行動は二人を慌てさせる。
ウィルレットは自分の懐から巾着を取り出すと、中から一つ宝石を出した。
「ちょっ…で…、いえ」
殿下ともウィルレットとも呼び掛けられずに二人がまごついている間にウィルレットは呆然と宝石を見つめる少女の手のひらにそれを乗せた。
金貨一枚どころではない、高価なものだ。さしもの神官の少女も固まっている。
「これで彼らを許してあげてくれませんか?」ウィルレットはやはり固まっている男たちに向き直って「貴方達もこれで済むなら構わないですよね?」と尋ねた。
ウィルレットの確認に戸惑いも露に大男が言う。
「俺たちはそれで構わねぇが、坊主はそれでいいのか?」
「争いがそれで収まるなら」
ウィルレットは少女の肩を掴むとやんわりと倒れている男から退かせる。
男達は仲間を抱き起こすと、
「すまねえな坊主、感謝するぜ」
と、一言礼を言うと店を出ていった。一秒でも早く少女から離れたいと言った風だった。
誰かが息をつき、周囲からも緊張感が溶けていく。
店主らしき男がウィルレット達に恐る恐る近づいてくる。
「ありがとうございました」店主は未だぼんやりしている少女に聞こえないように囁く「騒ぎを大きくせずに感謝いたします」
店主は頭を下げると、一瞬非難めいた視線を少女に向け、彼女には何も言わずに戻っていった。
少しずつ周りからの話し声が戻り始め、程なくして少し前の喧騒が戻ってきた。
「殿下」
ディッツがウィルレットの肩を叩きながら席に戻るよう促してきた。
ウィルレットは頷くと、宝石を眺めながら動かない少女を一瞥してから席に戻った。
テーブルについたウィルレットはすっかり温くなった水を一気に飲み干し一息つく。
望んだ形では無かったが、争いが収まったのをよしとしようと言い聞かせる。
「殿下……やりすぎです」
リールラは眉間に皺を寄せている。怒っているのが伝わってきた。
「すまないと思ってるよ、でも神官があんなことするんだ、もしかしたら何か事情があるのかもしれないだろう?」
ウィルレットの言葉にリールラは深々とため息をついた。
「いいですか殿下………ああいう輩………」
そして何かを言おうとして口をつぐむ。
驚きに目を剥き、ウィルレットの横を見ている。
何だろうとウィルレットが右横を見ると、神官がの少女が隣の椅子に座っていた。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、興味深くウィルレット達を観察していた。
「まだ何か御用ですかい、神官様?」
食事を再開して、パスタをもぐもぐと頬張りながらディッツが訪ねる。
当然と言えば当然だが、ディッツにはこの神官の少女に敬意を持って接するつもりはなかった。
侮蔑の表情を隠そうともしなかった。
少女の方はそんなディッツの態度を気にも留める様子もない。
「あんたたち随分と気前が良いじゃない………冒険者って感じじゃないわね」
口調は先程とはうって変わって柔らかく年相応の少女のものになっていた。
「だとしても、神官様には関係ございませんな」
「つれないこと言わないでよ、訳ありなんでしょ?」
少女はそう決めつけてきた。リールラとディッツは嫌悪感を露にした。
少女が何のつもりか察しがついた。
「こんな昼間から顔を隠すように食事をしてるものね……そうね、さしずめ貴族のお坊ちゃまの逃避行って所かしら?」
隣のウィルレットを上目遣いで見上げてくる。
性格はともかく少女は容姿はとんでもなく美しかった。
その少女に見つめられウィルレットはどぎまぎした。
頬が赤くなるのを感じた。
この少女は本当に見た目は物凄く美しいのだ。
「貴方には関わりないことでしょう」
リールラの冷たい拒絶も少女は意に介さなかった。
どうやら、ウィルレットの方が立場は上だと完全に看破しているらしく、目の前の二人は無視してウィルレットに直接話しかけてくる。
「力になりますよ。ミラ=フィルナの神官、レナが」
胸に手を当てながら名乗ってきた。
どう答えようかとウィルレットが思案していると、不意にレナが手を伸ばしてくる。
あっ、と思ったときは手遅れだった。
レナがウィルレットのフードをめくる。
「あら」驚くレナ「貴方魔導士だったの?」
ウィルレットの黒髪を見ながらそう言った。
ウィルレットは慌ててフードを被り直す。幸いなことに周りの人には見られずに済んだようだった。
「それにしては剣を持ってるのね、魔法剣士なの?」
レナの疑問は当然だった。黒い髪は魔に魅いられた者の象徴。
金の髪が神からの加護ならば、黒い髪は魔族からの加護だった。
強大な魔力に溢れ無数の魔法を操る者。それが黒い髪の持ち主に対する人々の認識だ。
更に、魔力と筋力は通常、反比例するもので
魔導士は武器を扱うのが苦手だった。
ただ、ごく稀に例外が存在する。それが魔法剣士、魔法戦士と言われる人たちで、ほんの一握りしかいない。
「いや、僕に魔力は一切ないんだ」
思わず正直に答えるウィルレットにリールラとディッツは頭を抱えた。
レナに事情や弱味を知られていいことは一つもないのはわかりきっていた。
はたしてレナはその答えを聞いてしめた、という顔をした。
「やっぱり相当に複雑な事情がありそうね」
完全に獲物を狙う目付きでレナは自分を睨み付けている、ウィルレットの従者に―彼女はは二人の立場をそうだと認識した―勝ち誇った笑みを見せる。
自分をどんな人間か想像がついているらしい二人よりは世間知らずそうなボンボンを相手にした方がいい。
「どこかに行きたいなら力になれるわよ、私はこれからウルセトに向かおうと思ってるの。つてを頼ってね。」
その言葉にウィルレットが反応した。
「もしかして、ウルセト語が話せるのかい?」
思い出したのは先程までのリールラ達との会話だ。
ウルセトの言葉を話せる人がいるなら確かに助けになる。
リールラもディッツも嬉しそうにするウィルレットに不味いと思ったが、ウィルレットは半ば興奮してしまっていて止まりそうもなかった。
かかった――――。
「ええ、問題ないわ」
力強い回答にウィルレットは一層喜色満面になった。
レナはほくそ笑む。
見知らぬ人間の揉め事に宝石一つをポンと差し出す大金持ち。
いい金蔓になるのは間違いない。
付き添いの二人は面倒そうだが、この黒髪の少年を言いくるめれば従者なら従うだろう。
自分に見つめられ少し頬を染めている様子はいかにも女慣れしていない感じだ。
いざとなれば身体を餌にでもすれば簡単に言うことを聞くと思える。この年頃の男などちょろい。
レナは微笑むと右手を差し出した。
「じゃあ道案内として雇われてあげる、一日銀貨一枚ってところでいかが?」
誰がどう考えても先程の宝石で有り余るお釣りがくるものだったが、レナは先程の宝石は大男達から貰うはずたったものを立て替えただけだと考えていて、臆面もなく恩着せがましい言い回しで雇われるのだと言い切った。
信じられないくらいの神経の図太さだった。
ウィルレットは差し出された手を握り返した。
「それでいいよ」と答えた。
リールラとディッツは頭を抱えたままだ。
「よろしくね…えっと……」
握手をしながらレナが首を傾げる。ウィルレットはその時、自分が名乗ってないことに気付いた。
「ああ、僕は……」本名を名乗るわけにはいかない。「ウィルだ。こちらこそ宜しく」
こうして不良詐欺師神官が仲間になった。
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