無能王子の冒険譚

エムックス

2 水の都市オーサカにて

キサラギ第二の都市オーサカ。

国の中央にある都、トーキョーから南にあるオーサカは豊かな水源に囲まれた都市である。

かつて水竜が眠っていた洞窟からは、その水竜によって長年さえぎられていた湧き水が大量に溢れてくるのだ。

そういう理由でこのオーサカは大衆食堂などでもできれいな水が無料で飲める稀有な場所なのである。

そんなオーサカの食堂の一角にウィルレット達はいた。
夜には酒場になるらしい食堂には、現地の人や旅の人たちが沢山訪れ、なかなか繁盛している。
カウンターも十以上あるテーブルも殆ど埋まっており、食事をする人たちの賑やかな話し声が店内に響いている。

トーキョーから王子が行方知れずになったという報せはまだ来ていないようだったが、念のため人の多いところにいて紛れているのであった。

念のために外套についているフードを三人とも被ったままだった。
ただそれは顔を知られているという心配からではなく、ウィルレットとリールラの髪が目立つので注目されるのを避けるためだった。


「国を出るのですか?」

オーサカのよく冷えた水を飲み干し、リールラがウィルレットに聞き返した。
その顔は驚きと若干の呆れが混じっていた。
リールラの隣では山盛りのパスタを豪快に頬張るディッツが喋れないが故に成り行きをリールラに任せている。

二人の反対側でウィルレットは、キサラギを出る以前から考えていたことだと伝えた。

「父さん達だって僕くらいの年の頃に大陸中を旅して沢山功を立てたじゃないか。僕もそうするんだ」

本心はそれだけではなかったが、ウィルレットはそう言った。

「キサラギを出るとして…」口の中のパスタを飲み込みながらディッツが「どこに行くんですか?オーサカに来てしまいましたからね、レクトゥールやグルドニアに行くのは難しいですよ?」

キサラギは南を海に接し、三つの国に囲まれている。レクトゥールはキサラギの北に位置する国で、グルドニアはさらにその北にある国だ。
ウィルレット達はその二国からは離れるようにここ南のオーサカに来てしまっていた。

そして、残り東西の国はただ接していると言う訳でもなかった。
東の国、ニストはキサラギとは海と見間違うほどの大河を挟んで接しており、行き来するには船で渡るしかない。

西の国、ウルセトはレクトゥールの西の国境沿いに南半分からキサラギを通る海まで続く山脈が塞いでおり人が往来するのはニスト以上に困難だった。
険しい森林には多くの魔獣が生息しており、国を繋ぐような街道が整備されていないのだ。

「デジマからどちらにも船が出ているんじゃなかったか?」
それに、ニストなら大河沿いに幾つか港があり、交流がある。
因みにデジマとはキサラギの南にある港町である。
ウィルレットの言う通り、ニスト、ウルセトと海路で繋がっている。

悪くない案だと思ったが向かいにいる二人の反応は鈍かった。
国を出るという以前に、どうやら二人はウィルレットがキサラギ内で事を為すと思っていたらしかった。

「国内や、親交の深いレクトゥールじゃすぐに城に連れ戻されちゃうかもしれないだろう? それじゃあ意味がない」
キサラギはそれほど治安が悪いわけでもないし、魔獣の被害も頻繁にあるわけではない。
ウィルレットの望むような成果を得られない可能性が高い。
二人からすれば他国にいけばそれだけ危険が増えるので賛成したくないのだろうが、ウィルレットからすれば譲れないところだ。

「殿下のお考えはわかりましたが…」
リールラはフォークの先でサラダを弄びながら言った。
「ニストやウルセトに行くなら、言葉はどうするのです?」
「え?」
思いもよらない指摘にウィルレットは食事の手を止めてリールラを見返した。
「殿下はニストやウルセトの言葉はわかるのですか?」
「言葉って通じないの………?」
「もちろんです」
「でもレクトゥールにはそんなことないじゃないか」
キサラギの後見でもあるレクトゥールにはウィルレットは幼い頃から何度か訪問したこともあるし、キサラギを訪れた使者などと話したことがある。
言葉が通じないなんて事はなかった。
「そりゃ、キサラギの公用語はレクトゥール語ですからね、キサラギはレクトゥールの属国みたいなものですから」
そう説明したディッツは驚いたことに山盛りのパスタを平らげお代わりを給仕の女性に頼んでいた。

レクトゥールの南部を割譲する形で建国されたキサラギはその成り立ちゆえにレクトゥール語を公用語としているのだった。

ニストやウルセトの国の人間と深い付き合いのないウィルレットはてっきり近隣では自分達が遣う言葉で通じると思い込んでいた。


「二人は………?」
レクトゥール語以外は話せないのだろうか、という疑問にリールラとディッツは首を横に振った。
「私は生まれも育ちもレクトゥールです。レクトゥール語以外は話せません。純血のエルフだった母は言葉には困らなかったようですが、ハーフエルフの私にはその加護はありませんので…」
エルフは精霊の加護により、言葉に意思を乗せて伝えることが出来る、また相手の言葉からその者の意思を受けとることも出来るので、どんな言葉でも問題なく意思疏通が出来るのだ、とリールラは教えてくれた。

「俺はグルドニアの生まれですからね、そことここのは話せますが、ニストとウルセトはちんぷんかんぷんです」
お代わりの山盛りのパスタを給仕から受け取りながらディッツが答えた。

「何て事だ………」
二人の答えにウィルレットは頭を抱えた。
言葉は国によって違う。そんな誰でも知っているような当たり前の事をウィルレットは知らなかった。

「キサラギ国内が駄目なら、やはりせめてレクトゥールにしませんか?」
「駄目だ!」
即答する。キサラギは勿論のこと、レクトゥールもウィルレットにとっては選択肢にはない。
意外とも思える強い拒絶にリールラは怪訝な顔をする。
ディッツも不思議そうな表情をしている。

「何故でしょうか殿下。言葉が通じないのは不便を通り越して何か一つするにしても支障をきたします。連れ戻される可能性が高いことを考慮しても、その方がまだ良いと思えるくらいですよ?」
「しかしだな…………」
リールラの言うことは正しい。だが、どうしても譲れなかった。
キサラギでは駄目なのだ。話が伝わって縁談を取り消したレクトゥールもだ。
自分の事を知らない、自分と妹の事を知らないところに行きたいのに…。
しかし、言葉が通じないのは大問題なのは確かだ。
いや、それでも…。

どうするべきかわからなくなり、ウィルレットは黙り込む。
食事の手は、思考と共に止まり静寂の中でディッツの食事の音が大きく聞こえた。

静寂……?
ウィルレットははっとして周りを見渡した。店の中には結構な数の客がいて先程まで
賑やかだったのに。

その瞬間、床に食器がばらまかれる音と、怒号が響いた。
それはウィルレットの真後ろ、少し離れた場所からだった。
どうやら店内の客達はそこで起こっていることに話すことをやめていたらしい。
気付けば、リールラとディッツもウィルレットの肩越しに後ろを見ていた。

椅子の背もたれに肘を乗せながら身体を捻る。
そこには筋骨隆々の大男が、頭二つは小さい少女を睨み付けていた。

三人はその少女を見て息を呑んだ。

白い服に身を包んだ少女の腰まで伸びた髪は蜂蜜のような艶をもった美しい金色をしている。

「神官だ………」

ディッツが呟いた。ウィルレットもすぐにわかった。国によって言葉が違うことは知らずともこの事は知っていた。

神の加護を受け、強い神力しんりょくを持つ者は金色の髪を持って生を受けるのである。
故にその者は幼い頃から神殿に預けられ神官としての修行に励む。
そして数々の神の奇跡たる神聖魔法を身に付けていくのだ。

少女の身を包む白い服は神官服だった。どこの教団かまではウィルレット達にはわからなかったが、神官服はどこの教団でも似ている作りをしている。

いかにも乱暴者と言った風体の男に見下ろされながらも、神官の少女は全く怯んだ様子は無かった。
それどころか可愛らしい顔を怒りに染めて男を睨み返している。
両手に錫杖しゃくじょうを握りしめていた。

「てめえふざけてんじゃあねえぞ!」

大男は少女を怒鳴り付ける。腰に携えた大剣に今にも手を伸ばしそうだった。

「いけない……!」

反射的にウィルレットが立ち上がった。揉め事の原因はわからないが、神官が、それも小柄で華奢、か弱そうに見える少女が危険に晒されているのを見逃すわけにはいかなかった。
目立つことは避けたいが、これを見逃すのはこれから自分のやろうとしていることに反していた。
英雄は困っている少女を見捨てるなんてことはしないのだ。

立ち上がったウィルレットを見てリールラとディッツも立ち上がった。
二人は主が何を考えているか敏感に察知した。そして二人の任務は主のウィルレットを守ること。
素早くウィルレットの横に並ぶ。
三人は大男と神官の少女に近づいていく。

その時だった。

「ああん!?ふざけてんのはテメエの方だろうがよ!あたしのケツ触るなんて舐めた真似しやがって!バラしてミラ=フィルナの供物にしてやんよ!」

時間が停まった―――かのように誰もが錯覚した。
店内の客は手を止め、歩き回っていた給仕や、喧嘩を止めようとしたのだろう二人のいるテーブルに近づいていた店主らしき中年の男も、みな一様に動きを止め少女を見つめた。

ウィルレット達も固まったように動かない。

可愛らしい顔に似合った可愛らしい声だった。しかし、その声で紡がれた言葉は可愛らしさとは全くかけ離れていた。

見た目と声、言葉遣いのギャップに誰もが脳の処理が追い付かなくなったのか、時間でも止められたように固まっていた。

「何言ってやがる!」
「歩いてるところに肘がちょっと肘が当たっただけだろう!」
ガタガタっと椅子に座っていた男が二人立ち上がる。
どうやら大男の仲間らしい。見れば神官の少女の足下に大男達の仲間とおぼしき男が更に一人床に倒れている。

「それをいきなり問答無用で殴りやがって!
!」
「神聖なる神官のケツを触ったんたぞ!神罰が当たって当然だろうがよ!」
驚いたことに神官の少女は床に倒れて動かない男の頭を錫杖で強かに打ち付けた。
鬼のような所業だった。
大男達は勿論、助けに入ろうとしたウィルレット達、更にはそれを見ている周りの人間にも戦慄が走った。

黙り込む男たちに向かって神官の少女はニヤリと笑みを浮かべた。
「よし、お前ら一人銀貨十枚ずつお布施しな、ミラ=フィルナは大変慈悲深い神だからな、それで罪は許してもらえるぜ?」

完全にかつあげだった。男達の人相が良くないので絵面だけみると悪人が神官の少女を脅しているように見えるが、実際には逆だ。
こうなるとお尻に肘が当たったのも事故なのかどうか怪しく思えてきた。

「殿下、どうします?」
「どうするって?」
「どちらを助けますか?」
出来れば助けたいのはどちらかと言えば神官の少女だ。
ごろつきに絡まれる美少女を助ける。実に英雄的な行動だ、憧れる。

しかし――――。

ついに神官の神官は倒れている男の頭を踏みつけ始めた。錫杖の尖っている部分を男の背中に突きつけている。

仲間を人質に取られた形になった男達は動くことが出来ずに顔を見合わせている。もしかしたら金を払う算段をしているのかもしれなかった。
悪役は完全に神官の少女だった。

どこへ向かうのかも決められず、人助けもままならないのか――。

ウィルレットは額に手を当てて深くため息をついた。











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